第三話
「一回分? あまり目立ちたくのうて、呼ばせて見れば、また、とんでもないモノが出てきたのう……」
桜姫は少しため息をつき、柱の陰で
骸骨にあやつられている鬼は、ただただ
そして眷属とはいえ、
「厄介なことよ、人であったが人でなく、神であって神でなく……なんの恩返しか知らんが、気軽に動いてくれよるわ。このままでは、わらわの立場がないではないか。でも、アレに見つかるわけにも……どうしたものか……」
桜姫はそう言いながら、鬼をもてあそびつつ戦っている紅姫に、早く帰れと念を送っていた。
そのときである。骸骨の顔を持つ女の怨霊が、怪しい動きを見せ“伍”に向かってゆっくりと顔を向け近づいてゆくのが見えたのは。
どうやらあの怨霊は、紅姫を消すには“伍”が邪魔だと気づいた様子であった。そして、あのボンヤリ(“伍”)は、紅姫に目が釘づけで、どうみても気がついていない。
怨霊は、カタカタと歯を鳴らしながら立ち上がり、手にした長い数珠を持ち上げ、なにかを唱えている。すると、女のころもの裾から、不気味な黒い煙が床を這い、ズブズブと、床を黒く腐敗させて“伍”に近づいてゆく。
「あちらの始末を頼めばよかったものを……しかたない……わらわも“借り”があるといえば、ある身の上じゃ……」
桜姫は、ため息をつくと、柱の陰から出て、なにか“
するとどうだろう。まばゆい光が小さな桜姫を包み込み、みるみるうちに、人の大きさになった桜姫が、そこにあらわれる。
身丈よりも遥かに長く、星屑のような光をまとう淡い桜色の髪、すべてを吸い込むような澄んだ
小さなすがたであったときには、とても分からなかったが、そんな彼女の額には、白い光を放つ梵字が、ひとつ浮かんでいる。
彼女の
「さて、そなたには、なんの興味もないが、わらわも“伍”に、ほんの少しは借りがある」
「…………」
彼女は“骸骨女”にそう言うと、右腕に腕飾りのように、ぐるりと巻きついていた金色の蛇に、なにやらささやく。すると蛇は、金の粉のような輝きを放ちながら、幾多の餓鬼のような鬼を呼び出している、骸骨の顔をした女に向かって、ふわりと浮かび飛んで行った。
『ヒ、ヒィ――』
飛んで行った金色の蛇は、女の抵抗など気にもせず、餓鬼たちと一緒に、乾いた悲鳴を上げる女の腕に巻きつき、やがてどんどん大きくなると、最後には頭から女を飲み込んでしまう。
それと同時に、先程の鬼は支配が消えて自由になったのか、ひょいと穴の開いた空に飛びあがると、
いつの間にか紅姫も、鬼が消えると同時に姿を消していた。消える前に、桜姫の顔を一瞬凝視してから。
「ふん……逃げ足の速い。ついでに紅姫も始末しようと思うたに……」
桜姫はそうつぶやくと、まだ呆然としたままの“伍”を小突いて、籠を持ってこさせ、もとの小さな姫君になって、一緒に、
***
〈
白い紙で作られた
結局明け方近く、謎の龍神のお姫さまを、カゴに入れたまま連れて帰って来た“伍”は、自分の散らかった曹司(部屋)で、のんびりと寝ていた“弐”のところに駆け込んで、「かくかくしかじかで、とんでもない目に会った!」と、珍しく強気で文句を言い、早起きが過ぎる“四”は、その説明をあとで聞いて、文献を調べに蔵の方へ消えていたが、朝餉の支度が整ったと、“壱”が紙で作った式神の女房が告げに来たので、古びた文献を片手に、みながそろう母屋へと向かう。
「いや――、ただの軽い病って聞いてたから……」
「あれが、軽い病ですか! おかげで……えっと、いろいろあって! えっと、桜姫にも助けてもらって! なんですかあれは!?」
一番上座の畳の上に、ちょこんと座っていた桜姫は、“四”がなにか手がかりらしき、文献を持っているのを見て、彼の方に近づいて覗き込む。
「ふむ、文献によると、あれは、絶世の美女と宮中でもてはやされ、その若さを保つために、怪しい呪術に手を染めていたことが発覚して、彼女が生んだ帝の子共々、内裏を追放され、どこぞに出家させられたはずの女官のようだ……あとは、塗りつぶされて、分からんな……えっと、ご、五百、五百年ほど前?」
わらわより結構若いな、ほんの小娘……
桜姫は、料紙の束をのぞき、みなが真剣に話をしているのを、なんとなく聞きながら、そんな関係のないことを思っていた。
「そんな、厄介者ならば、墓にも封印をしているはずだが……」
「この大火により、封印が解けたのであろう。この様子だと、あちらこちらに追放された有象無象が、大挙して京に押し寄せてくるやもしれぬ……“伍”は、これからも修行と思って頑張れよ」
「まあ、勤務時間内や、場合によっては手伝ってやる」
“壱”たちに、そんな脅すような、押しつけるようなことを言われた“伍”は、思わず逃げ腰になり、この中でも一番の実力者である“六”に視線を向けて、無言で助けてくれと訴える。
「いい機会だ。もう少し役に立つ式神を、ひとつふたつ、手に入れたらどうだ?」
「いまは、桜姫だけで手一杯なんです!」
「自分の蒔いた種……いや、招いた貧乏神だろうが」
「わらわが、いつ迷惑をかけた!? だれが貧乏神じゃ! 昨夜なんて、助けてやったのに!? おかわりはまだか無礼者!」
「もう食べたのか……いいから姫も“伍”と一緒に、迷惑料だと思って働け。むだ飯を食いまくる怨霊を飼う余裕はないぞ」
「だれが怨霊か!? どいつもこいつも、龍神に向かって無礼ぞ!」
「貧乏神龍神……」
“六”は、ほんの少しの例外を除き、生きとし生ける者に、ひとしく辛辣な男であり、国で一番の実力を持つ陰陽師であったので、桜姫の放った金の蛇を、ひょいとよけるとなにかを唱え、桜姫の上に庭の大きな岩を瞬時に移動させて、顔だけ出して下じきにすると、オロオロしている“伍”と、これで落ち着いて朝餉が食べられると、なごやかに膳に箸を伸ばす、残りの陰陽師たちを残して、どこかへ消えた。
「ぶ、ぶれ…いもの――……」
「桜姫!? 大丈夫ですか!? だれか助けてあげてください!」
「お前が助けてやれ、そうやって人に甘えるから、腕が上がらないんだよ」
“弐”は、そう言いながら朝餉を食べ終えると、のんびりと白湯を飲みながら、他の陰陽師たちに、どれくらいで岩が上がるか賭けをはじめていた。
「は、早く……“伍”早く助けて……」
呪い? のかかった岩は、なぜか桜姫の力は、通用しなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます