二章 聖域の『魔物達』④
「リュシー!」
「!」
声をかけると、リュシーは池の中にぽちゃんと飛び込んでしまった。
「え、ええええ!? リュシー! 早まらないでっ! リック、どどどうしよう!?」
「コハネ、落ち着け。水に入ったくらいであいつはどうにもならない。そこを見ろよ」
リックが言う場所を見ると、水面がまるく盛り上がっていた。水と同化してしまって分かりづらいが、リュシーが顔を出しているようだ。
「こら!
「ちょっと、リック! 乱暴なことはだめだからね!?」
「分かっている! でも、多少
話をしなければいけない、というのは同じ
「……ピ、ププ」
「『人間のときからそうだったんだ』って、何がだ?」
「プププ、ピピ……」
「『味覚、触覚、痛覚、色んな感覚──それに感情も……。僕は昔からあらゆる感覚が
リックと思わず息を
「プピピププ……」
「『コハネの料理に喜んでいるみんなを見て不安になった。僕は
思わずリックが
「今すぐリュシーの呪いを解くわ! それでリュシーはスライムじゃないって私が証明する!」
リュシーはちゃんと血の通った人間だ。私はリュシーの正体を見ている。
「ねえ、リュシー! 人に
お祝いのごはんが何の味もしないなんて悲しすぎる。「美味しいね」って、一緒に
「…………プ」
「『最後でいい』じゃねえ! コハネが解いてくれるって言っているんだ! いいから早く戻って来い!」
「ギッ!」
背後から声が聞こえた。
「ほら!
「……ププ」
リックが必死に呼ぶけれど、リュシーは動かない。
「ヒュー!」
「グルル!」
「ほら、副団長と団長の『お前から解いて貰え!』っていう命令が出たぞ! 命令
「…………プゥ」
みんなの説得を聞いて、リュシーは
逃がさないように、水から上がったリュシーをすかさず
「ねえ、リュシー。スライムになって感覚をなくしても、リュシーは私に
「!」
リュシーが
「だから、そんなリュシーが、
「…………」
「リュシー、人間に戻ろう?」
「…………プ。ププ」
リュシーの体がフルフルと
どうやらリュシーは、解呪を
「グォ! グル」
「コハネ、団長が『リュシアンを
「もちろん! 私、聖女ですから!」
リュシーの呪いはリックよりも深刻だ。不安はあるが、必ずやりとげてみせる!
地面に座り、リュシーを
「始めるね」
「…………ピ」
冷たくて
リュシーの体を
呪いを解いていく時、リックと同様に痛みがあるだろう。でも、リュシーには痛覚がないから
「…………っ」
魔力を注ぎ続けていると、くらりとめまいがした。まずい、やはりリックの解呪をした
でも……もし、失敗したらどうしよう。
「グルルゥ」
「? え…………エド?」
解呪を続ける私の前にエドが座った。そして、魔力を放出して私に
何をするつもりだろうと
何が起きたのかよく分からないが、この勢いなら確実に成功できる。魔力を振り絞り、
(黒を白く……白く……よし、もう少し…………あっ)
もう一歩、というところで、私は解呪が進んだ理由に気づいた。リュシーの呪いがエドに移っているのだ。でも、そんなことをしたらエドの呪いが悪化する。
思わずエドを見ると、目が合った。エドの
確かに、このまま解呪を止めても失敗するだけだ。任せて、と胸を張っておいて、エドに負担をかけてしまった。……
「グル……」
エドが「大丈夫だ」と言っている。優しい目がそれを物語っている。余計に申し訳なくなったけれど、解呪に失敗したらエドの助けも
「呪いよ、すべて白に染まれ!」
限界まで魔力を出し切り、残りの呪いを一気に消し去った。
「…………あ」
膝の上にいたリュシーが、変形しながら
白い光に包まれていたまるいシルエットが、人の形になっていく──。
「ぼ……僕、の…………手……だ……」
現れたのは、
高校生くらいの見た目で、少し年下かな? という印象だ。
自分の手を見つめながら、長いまつ毛が
「リュシー!?」
「感じる。温かい」
そう
ああ、そうか。リュシーは久しぶりの『感覚』を
「いい匂いがする」
リュシーはそう言うと、子犬のように顔をすりすりと寄せてきた。綺麗だけれど男の子だし、くっつかれると
「ありがとう。コハネ」
「う、うん」
分かったから、もう離れて欲しい。そもそも、リックの時と同様に、リュシーもまた『ありのままの姿』だ。空気を読んで叫ばずにいたけれど!
「おい! いつまでくっついているんだ!」
「やめろよ、セドリック。
「はああああ!? お前、戻ってすぐにそれかよ!」
「ふふっ」
二人のやり取りがすべて分かることが
「あ」
リックとリュシーのやり取りを見て
「「コハネ!」」
(ああ、また倒れてしまう。申し訳ないな……)
どんどん意識が遠のいていく──。
だが、気絶する前に伝えておかなければいけない大事なことがある。
「ふ、服……リュシー……着て……」
ポケットから服を取り出して、リュシーに向けて差し出した。
「いや、そんなことはいいから! 大丈夫か!? 早く横になれ!」
「よく、ないよ……」
体を支えてくれたリックに言い返す。
そう言いたかったけれど、言葉にできないまま、私は完全に意識を失った。
● ● ●
「王都での
「ダイアナ?」
「あ、いえ……なんでもありません!」
私はアーロン様と、再びリノ村にやって来ていた。聖樹を浄化したのに
もう一度浄化をしても魔物が出たら、私は本当に聖女なのかと疑われるだろう。
「聖女ダイアナ様!」
村人達がすでに集まってきて、私のことを見ている。視線が
「あ……セイン様」
見たくなかった姿を見つけ、思わず顔を歪めそうになったが取り
「セイン様も来てくださっていたのですね。心強いです」
「聖樹の状態が見たかったからな。……あのような有様だ」
「…………あ」
セインの視線の先にある聖樹を見て息をのんだ。
「聖樹が……
青々としていたはずの聖樹が茶色くなっている。
「突然このような状態になってしまったのです! そして、魔物が現れ始めました。村には
聞いてもいないのに、村の老人が話しかけてきた。ぐいぐいと
「ダイアナ、すぐに浄化を
悪態をつきそうになるのを
「え、ええ……もちろんですわ」
「ああっ、聖女様。我らをお救いください! 聖樹があんな状態では、我々は村で暮らしていけないのです!」
知らない老人達の暮らしなんてどうでもいいことだ。でも、私の地位と
「ご安心ください。どうぞ私にお任せください」
「聖女様……なんと
村人達が私に感謝の意を示す。こんなことで
「では、聖樹を浄化いたしましょう。みなさんも
やる必要のない祈りのポーズを取りながら浄化を実行する。すると、
「おお……なんという美しい光景……さすが聖女様!」
「ありがとう、ダイアナ様! 聖女様!」
村人達から
「ああっ……そんな……!」
突然、歓声が悲鳴に変わった。
「何が……。え!? ど、どうして……!?」
みずみずしさを取り戻していたはずの聖樹が、また枯れ始めていた。
「ダ、ダイアナ……これはどういうことだ?」
「アーロン様っ、私も何が起きているのか……」
「とにかく、もう一度頼めるか」
「よかった…………あ」
また村人達から悲鳴が上がる。聖樹の葉の青が、また茶色に──。
「ああっ、聖女様! どうか聖樹をお清めください……!」
「我々をお救いください!」
うるさい! と
「なんてことだ……聖樹はもう戻らないのか?」
繰り返すたびに、村人達の不安の声が増していく──。
「村人達には安全な場所に移って
私を気づかい、アーロン様が村人達を遠ざけてくれた。私を見張る目が減り、少し
「アーロン様……」
こうなれば、都合の悪いことはすべてあの女のせいにするしかない。
「こんなことはおかしいです。
「妨害?」
「はい。私はしっかりと浄化をしております。でも、効果がすぐに消えてしまう。私の浄化を打ち消す力が働いているとしか思えないのです。そんなことができるのは……」
そこで言葉を止め、悲しげに
「……聖女であるコハネなら可能か」
「コハネ様は私を
「…………っ! オレがダイアナを選んだことは、ダイアナのせいではない」
アーロン様は、コハネから私に乗り
私が加わるまで、アーロン様はコハネを守り、支えていた。でも、立派な聖女のコハネに助けは必要なかったようで、アーロン様は自分の存在意義を見失っていた。
私はそれにつけこんだ。コハネのように支えを必要としない者ではなく、アーロン様の支えがなくてはならないか弱い女を演じたのだ。
その結果、アーロン様の心はコハネから
「アーロン様、私……どうしたらいいの……」
「やはり多少
あとは、アーロン様に任せて泣いていればいいかと考えていると──。
「
セインが私に
「ダイアナ。君に聞いている。コハネが妨害しているという根拠だ」
「それは……。そうじゃないとおかしいもの……」
「つまり、根拠はないのだな。……そうだ、君は固有
「こ、固有魔法ですか?」
セインの質問にぎくりとした。聖魔法しか使えないはずの聖女の私に、固有魔法を聞くなんておかしい。
まさか、私が『固有魔法を使って聖女のフリをしている』ということに気がついた!?
でも、私が能力複製の固有魔法を持っていることは誰にも分からないはず……。
複製した能力はいくつかストックすることができる。まずは以前複製していた『固有魔法
そして、コハネから複製した聖魔法のみを開示して、私は聖女だと名乗り出たのだ。
「私は聖魔法しか使えません。それは国にも認めて貰っています!」
「そうだぞ、セイン! 何を疑っているのか知らないが、ダイアナは立派な聖女だ。王都の
「王都の浄化はできている……ははっ」
「? セイン、何がおかしい」
「コハネの故郷では、そういうセリフを『フラグ』と言うらしい」
「ふらぐ?」
「とにかく──。村人達には、村には戻らず
「……確かに、これ以上彼らを危険な目に
アーロン様が
「セイン? まだ何かあるのか?」
「浄化の旅に出ることを
そう話すと、セインは私達から離れて行った。「お前」だなんて、いくら旅を共にした仲間でも、王族であるアーロン様に対して無礼すぎる!
「…………。今のは……セイン?」
アーロン様を見ると、目を見開いたまま去って行くセインの背中を見送っていた。
あんなことを言われたのに、どうして
そんなことを考えていると、一人の騎士が慌てた様子で
「アーロン様、大変です!」
「どうした?」
「
◆ ◆ ◆
続きは本編でお楽しみください。
奪われ聖女と呪われ騎士団の聖域引き篭もりスローライフ 花果 唯/角川ビーンズ文庫 @beans
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