二章 聖域の『魔物達』④

「リュシー!」

「!」

 声をかけると、リュシーは池の中にぽちゃんと飛び込んでしまった。

「え、ええええ!? リュシー! 早まらないでっ! リック、どどどうしよう!?」

「コハネ、落ち着け。水に入ったくらいであいつはどうにもならない。そこを見ろよ」

 リックが言う場所を見ると、水面がまるく盛り上がっていた。水と同化してしまって分かりづらいが、リュシーが顔を出しているようだ。

「こら! 鹿リュシアン、げるな! 早くこっちに来ないと池ごとこおらせるぞ!」

「ちょっと、リック! 乱暴なことはだめだからね!?」

「分かっている! でも、多少ごういんでもあの馬鹿とはちゃんと話をしないと!」

 話をしなければいけない、というのは同じおもいだ。

「……ピ、ププ」

「『人間のときからそうだったんだ』って、何がだ?」

「プププ、ピピ……」

「『味覚、触覚、痛覚、色んな感覚──それに感情も……。僕は昔からあらゆる感覚がにぶかった。だから、僕が何も感じることがないスライムになったのはなつとくだった』って……お前っ!」

 リックと思わず息をんだ。何も感じないなんて、生きた心地ここちがなかったんじゃ……。

「プピピププ……」

「『コハネの料理に喜んでいるみんなを見て不安になった。僕はにおいも分からないし、好きだった酒さえ空気と同じだった。だから、コハネに呪いを解いてもらっても、僕はスライムのままなんじゃないかって思って──』って、そんなわけないだろう!!」

 思わずリックがる。私も胸が痛くなって、思いきりさけんだ。

「今すぐリュシーの呪いを解くわ! それでリュシーはスライムじゃないって私が証明する!」

 リュシーはちゃんと血の通った人間だ。私はリュシーの正体を見ている。

「ねえ、リュシー! 人にもどって、みんなでごはんを食べよう! きっと美味おいしいよ!」

 お祝いのごはんが何の味もしないなんて悲しすぎる。「美味しいね」って、一緒にさわぎたい!

「…………プ」

「『最後でいい』じゃねえ! コハネが解いてくれるって言っているんだ! いいから早く戻って来い!」

「ギッ!」

 背後から声が聞こえた。り返ると、そこにはクレールがいた。パトリスとエドの姿もある。みんな心配で追いかけて来たようだ。

「ほら! せんぱいだって早く解いて貰えって怒っているぞ!」

「……ププ」

 リックが必死に呼ぶけれど、リュシーは動かない。

「ヒュー!」

「グルル!」

「ほら、副団長と団長の『お前から解いて貰え!』っていう命令が出たぞ! 命令はんは森百周だ! からびるまで走りたいのか!?」

「…………プゥ」

 みんなの説得を聞いて、リュシーはしぶしぶこちらへとやって来た。

 逃がさないように、水から上がったリュシーをすかさずき上げる。

「ねえ、リュシー。スライムになって感覚をなくしても、リュシーは私にやさしかったよ? 私はリュシーを、仲間を大事にしている温かい人だと思っているわ。リュシーも、温度は分からなくても、みんなから温かさを感じたことはない?」

「!」

 リュシーがどうようしている。私の言葉に、思い当たることがあったようだ。

「だから、そんなリュシーが、かいじゆしてもスライムのままなわけがないわ。私を信じて」

「…………」

「リュシー、人間に戻ろう?」

「…………プ。ププ」

 リュシーの体がフルフルとれた。すると、見守っていたみんながホッと息をついた。

 どうやらリュシーは、解呪をりようしようしてくれたらしい。

「グォ! グル」

「コハネ、団長が『リュシアンをたのむ』って」

「もちろん! 私、聖女ですから!」

 リュシーの呪いはリックよりも深刻だ。不安はあるが、必ずやりとげてみせる!

 地面に座り、リュシーをひざに乗せてきかかえる。

「始めるね」

「…………ピ」

 冷たくてはだざわりのよいリュシーをでる。このプルプルは名残なごりしいが、最後にしたい。

 りよくつながると、リュシーの状態がより見えてくる。やはりリックよりも状態が悪い。

 リュシーの体をむしばむこの『黒』を『白』に変えていかなければいけない。

 呪いを解いていく時、リックと同様に痛みがあるだろう。でも、リュシーには痛覚がないからだいじようだ。その点だけは、スライムでよかった。

「…………っ」

 魔力を注ぎ続けていると、くらりとめまいがした。まずい、やはりリックの解呪をしたつかれが残っている。でも、気合いで乗り切るしかない。

 でも……もし、失敗したらどうしよう。いつしゆん不安におそわれた。その時──。

「グルルゥ」

「? え…………エド?」

 解呪を続ける私の前にエドが座った。そして、魔力を放出して私にかんしようしてきた。

 何をするつもりだろうとまどったが、解呪をめるわけにはいかない。混乱しながらも続けていると、段々と私の体が軽くなってきた。

 何が起きたのかよく分からないが、この勢いなら確実に成功できる。魔力を振り絞り、たたみかけるように呪いを解いていく──。

(黒を白く……白く……よし、もう少し…………あっ)

 もう一歩、というところで、私は解呪が進んだ理由に気づいた。リュシーの呪いがエドに移っているのだ。でも、そんなことをしたらエドの呪いが悪化する。

 思わずエドを見ると、目が合った。エドのあおい目が「これでいい」と言っている。

 確かに、このまま解呪を止めても失敗するだけだ。任せて、と胸を張っておいて、エドに負担をかけてしまった。……ない。

「グル……」

 エドが「大丈夫だ」と言っている。優しい目がそれを物語っている。余計に申し訳なくなったけれど、解呪に失敗したらエドの助けもにしてしまう!

「呪いよ、すべて白に染まれ!」

 限界まで魔力を出し切り、残りの呪いを一気に消し去った。

「…………あ」

 膝の上にいたリュシーが、変形しながらはなれた。

 白い光に包まれていたまるいシルエットが、人の形になっていく──。

「ぼ……僕、の…………手……だ……」

 現れたのは、たおれる前に見た白銀のの一人。水色のかみに灰色の目の美少年だった。

 高校生くらいの見た目で、少し年下かな? という印象だ。

 自分の手を見つめながら、長いまつ毛がふちまぶたをパチパチさせている。

 とうめいかんのあるれいな子だな……と思っていると、その子がとつぜん私に抱きついてきた。

「リュシー!?」

「感じる。温かい」

 そうつぶやくと、リュシーの私を抱きしめるうでに力が入った。

 ああ、そうか。リュシーは久しぶりの『感覚』をかくにんしているんだ。

「いい匂いがする」

 リュシーはそう言うと、子犬のように顔をすりすりと寄せてきた。綺麗だけれど男の子だし、くっつかれるときんちようしてしまう。

「ありがとう。コハネ」

「う、うん」

 分かったから、もう離れて欲しい。そもそも、リックの時と同様に、リュシーもまた『ありのままの姿』だ。空気を読んで叫ばずにいたけれど! はだいろ一色ですから!

「おい! いつまでくっついているんだ!」

「やめろよ、セドリック。たたかれると馬鹿になるじゃん。……あんたみたいに」

「はああああ!? お前、戻ってすぐにそれかよ!」

「ふふっ」

 二人のやり取りがすべて分かることがうれしい。リュシーは案外、どくぜつだった!

「あ」

 リックとリュシーのやり取りを見てなごんでいたら、ぐにゃりと視界がゆがんだ。

「「コハネ!」」

(ああ、また倒れてしまう。申し訳ないな……)

 どんどん意識が遠のいていく──。

 だが、気絶する前に伝えておかなければいけない大事なことがある。

「ふ、服……リュシー……着て……」

 ポケットから服を取り出して、リュシーに向けて差し出した。

「いや、そんなことはいいから! 大丈夫か!? 早く横になれ!」

「よく、ないよ……」

 体を支えてくれたリックに言い返す。ぜんの美少年なんて問題しかない!

 そう言いたかったけれど、言葉にできないまま、私は完全に意識を失った。


    ● ● ●


「王都でのじようを終えたら、聖女と持てはやされながらごうな暮らしをしていたはずなのに」

「ダイアナ?」

「あ、いえ……なんでもありません!」

 私はアーロン様と、再びリノ村にやって来ていた。聖樹を浄化したのにものが現れたからだ。

 もう一度浄化をしても魔物が出たら、私は本当に聖女なのかと疑われるだろう。

「聖女ダイアナ様!」

 村人達がすでに集まってきて、私のことを見ている。視線がうつとうしいが、聖女らしくわなければいけない。

「あ……セイン様」

 見たくなかった姿を見つけ、思わず顔を歪めそうになったが取りつくろった。

「セイン様も来てくださっていたのですね。心強いです」

「聖樹の状態が見たかったからな。……あのような有様だ」

「…………あ」

 セインの視線の先にある聖樹を見て息をのんだ。

「聖樹が……れそう?」

 青々としていたはずの聖樹が茶色くなっている。まとっていた光もない。

「突然このような状態になってしまったのです! そして、魔物が現れ始めました。村には人がいます。毒にやられたような状態になり、体調をくずした者もいます!」

 聞いてもいないのに、村の老人が話しかけてきた。ぐいぐいとせまってくるぎたない老人に顔をしかめたくなる。あまり近寄らないで欲しい。

「ダイアナ、すぐに浄化をたのめるか」

 悪態をつきそうになるのをまんしている中、アーロン様に話しかけられてあわてた。

「え、ええ……もちろんですわ」

「ああっ、聖女様。我らをお救いください! 聖樹があんな状態では、我々は村で暮らしていけないのです!」

 知らない老人達の暮らしなんてどうでもいいことだ。でも、私の地位とめいを守るためには、がんばらなければならない。そのためには、さわりたくない手も我慢してにぎる。

「ご安心ください。どうぞ私にお任せください」

「聖女様……なんと深い……」

 村人達が私に感謝の意を示す。こんなことでしんすいしてくれるのだから安いものだ。

「では、聖樹を浄化いたしましょう。みなさんもいのってください」

 やる必要のない祈りのポーズを取りながら浄化を実行する。すると、まぶしい光が聖樹を包んだ。急速に聖樹がみずみずしさを取りもどしていく──。

「おお……なんという美しい光景……さすが聖女様!」

「ありがとう、ダイアナ様! 聖女様!」

 村人達からかんせいが上がる。うまくいってよかった。前回はどうして失敗したのだろう。

「ああっ……そんな……!」

 突然、歓声が悲鳴に変わった。

「何が……。え!? ど、どうして……!?」

 みずみずしさを取り戻していたはずの聖樹が、また枯れ始めていた。

「ダ、ダイアナ……これはどういうことだ?」

「アーロン様っ、私も何が起きているのか……」

「とにかく、もう一度頼めるか」

 うなずいてすぐに再浄化すると、またみずみずしさを取り戻し始めた。

「よかった…………あ」

 また村人達から悲鳴が上がる。聖樹の葉の青が、また茶色に──。

「ああっ、聖女様! どうか聖樹をお清めください……!」

「我々をお救いください!」

 うるさい! とりたいのを我慢し、浄化をり返すがすぐに戻ってしまう。

「なんてことだ……聖樹はもう戻らないのか?」

 繰り返すたびに、村人達の不安の声が増していく──。

「村人達には安全な場所に移ってもらおう。……ダイアナ、だいじようか?」

 私を気づかい、アーロン様が村人達を遠ざけてくれた。私を見張る目が減り、少しゆうができたが、悪いじようきようであることは変わらない。どうすれば乗り切れるだろう。

「アーロン様……」

 こうなれば、都合の悪いことはすべてあの女のせいにするしかない。

「こんなことはおかしいです。だれかが意図的に、浄化をぼうがいしているとしか……」

「妨害?」

「はい。私はしっかりと浄化をしております。でも、効果がすぐに消えてしまう。私の浄化を打ち消す力が働いているとしか思えないのです。そんなことができるのは……」

 そこで言葉を止め、悲しげにうつむくと、アーロン様が望んでいた答えを口にしてくれた。

「……聖女であるコハネなら可能か」

 ねらった通りになった。ゆるみかけたほおを引きめ、さらに顔を悲しげにくもらせる。

「コハネ様は私をうらんでいるのでしょう。しきを私に押しつけたのも、私がアーロン様のことを好きになってしまったことに気がついて……」

「…………っ! オレがダイアナを選んだことは、ダイアナのせいではない」

 アーロン様は、コハネから私に乗りえたことに罪悪感がある。だから、それをげきすれば、私に向けられる批難もアーロン様が引き受けてくれるのだ。

 私が加わるまで、アーロン様はコハネを守り、支えていた。でも、立派な聖女のコハネに助けは必要なかったようで、アーロン様は自分の存在意義を見失っていた。

 私はそれにつけこんだ。コハネのように支えを必要としない者ではなく、アーロン様の支えがなくてはならないか弱い女を演じたのだ。

 その結果、アーロン様の心はコハネからはなれ、私にかたむいた。そして、コハネが私に儀式を押しつけた悪女になったことで、アーロン様と私は批難を受けない立場になれたのだ。

「アーロン様、私……どうしたらいいの……」

「やはり多少ごういんな手を使っても、コハネとは話し合わねばならないな」

 あとは、アーロン様に任せて泣いていればいいかと考えていると──。

こんきよは?」

 セインが私にめ寄ってきた。

「ダイアナ。君に聞いている。コハネが妨害しているという根拠だ」

「それは……。そうじゃないとおかしいもの……」

「つまり、根拠はないのだな。……そうだ、君は固有ほうを持っているか?」

「こ、固有魔法ですか?」

 セインの質問にぎくりとした。聖魔法しか使えないはずの聖女の私に、固有魔法を聞くなんておかしい。

 まさか、私が『固有魔法を使って聖女のフリをしている』ということに気がついた!?

 でも、私が能力複製の固有魔法を持っていることは誰にも分からないはず……。

 複製した能力はいくつかストックすることができる。まずは以前複製していた『固有魔法とく』を使い、私の『能力複製』をかくした。

 そして、コハネから複製した聖魔法のみを開示して、私は聖女だと名乗り出たのだ。

「私は聖魔法しか使えません。それは国にも認めて貰っています!」

「そうだぞ、セイン! 何を疑っているのか知らないが、ダイアナは立派な聖女だ。王都のじようはしっかりとできているじゃないか!」

「王都の浄化はできている……ははっ」

「? セイン、何がおかしい」

「コハネの故郷では、そういうセリフを『フラグ』と言うらしい」

「ふらぐ?」

「とにかく──。村人達には、村には戻らずなんして貰った方がよいでしょう」

「……確かに、これ以上彼らを危険な目にわせるわけにはいかない。原因の調査が済み、解決できるまでは王都に避難して貰おう」

 アーロン様が達に村人保護の指示を出す。セインの視線を感じた私は、慌ててアーロン様にくっついた。するとセインがアーロン様を呼び止めた。

「セイン? まだ何かあるのか?」

「浄化の旅に出ることをしぶるコハネを説得し、責任を持って守ると言っていた時のお前は、正しくたみの上に立つ者だった。だからこそ……残念だ」

 そう話すと、セインは私達から離れて行った。「お前」だなんて、いくら旅を共にした仲間でも、王族であるアーロン様に対して無礼すぎる!

「…………。今のは……セイン?」

 アーロン様を見ると、目を見開いたまま去って行くセインの背中を見送っていた。

 あんなことを言われたのに、どうしておこらないのだろう。立場を分からせないとナメられてしまうし、アーロン様のきさきとなる私の価値も下がる。

 そんなことを考えていると、一人の騎士が慌てた様子でけ寄って来た。

「アーロン様、大変です!」

「どうした?」

きんきゆうれんらくが……! 王都周辺にものが出たようです」



  ◆ ◆ ◆


続きは本編でお楽しみください。

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奪われ聖女と呪われ騎士団の聖域引き篭もりスローライフ 花果 唯/角川ビーンズ文庫 @beans

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