二章 聖域の『魔物達』③

 二時間ほどかけ、私は料理を仕上げた。魔法で調理時間を多少カットできたが、それでも思っていた以上に時間がかかってしまった。

 私が調理している間に、リック達はたくさんの図面を完成させていた。

「コハネ、見てくれ! これがおれ達の理想の家だ!」

「これは……すごい!」

 何枚もの紙を使って描かれているのは、立派なおしきの図面だ。

「あ、おれ達の願望をめ込んだだけで、この通りに造ってくれと言っているわけじゃないんだ。無理させるつもりはないから! 楽しくてつい描いちゃったんだよ」

 リックを筆頭に、みんなが申し訳なさそうにしている。

「うん、分かったわ!」

 私が頷くと、みんなはホッとしていた。大丈夫、私が絶対この通りに造ってみせる!

 みんなは遠慮しているけれど、これがみんなの理想ならかなえてあげたい。この規模だと準備も必要だし、とにかく今はまず腹ごしらえだ。

「ごはんができたから、運ぶのを手伝ってくれる?」

りようかい! やったぜ! 飯だああああっ!」

 リックのさけびに合わせ、みんなもたけびをあげた。

 今日のメニューはリクエストにこたえつつ、たくさん食べられて楽しいものを用意した。

 この世界での料理名は違うかもしれないが、私が作ったのは大皿に盛ったシーザーサラダとポテトサラダ。そして、野菜たっぷりのミネストローネ。

 作るのが簡単でたくさん食べられるメニューの王道、スパゲッティは三種類。

 ミートソース、カルボナーラ、そして辛いものが好きなリュシーのためのアラビアータ。

 リックの肉料理というリクエストに応え、みハンバーグとローストチキン。

 そして、私が食べたくなった、からあげは山盛りにげた。スパイシーな味付けと塩からあげの二種類を用意したので好きな方を食べて貰いたい。

 あと、キッチン小屋の外にそくせきで作ったかまで焼いたピザは、マルゲリータ、シーフード、照り焼きチキンの三種類だ。

 子どもが好きそうなメニューが多くなってしまったけれど、たくさん食べそうなみんなの食欲を満たせて、わいわい楽しく食べられる美味おいしいものを考えた結果、こうなった。

 クレールのために作ったデザートはパンケーキと、フルーツポンチ。そしてプリンだ。

「わあ、色がたくさんある! いいにおいだっ! 腹減った! 早く食べよう!」

 リックの言葉にみんなのテンションも上がっている。そしてここで、みんな待望のお酒を出そうとしたその時──、ふと気がついた。

 うれしそうにさわぐみんなの中で、リュシーだけ静かにたたずんでいる。

「リュシー、どうしたの? 何か気になることがある?」

「! プッ……ピピッ!」

「うん? コハネ、リュシアンは『なんでもない』ってさ」

「そう? それならいいんだけれど……」

 元気がないように見えたけれど、私の気のせいだったのだろうか。

「ププ!」

「なんだと! ぷよんぷよんさせるぞ、こいつ!」

「プッピッピー!」

 今はリックと楽しそうにたわむれている。大丈夫そうなので、もう少し様子を見よう。

「さあ、食事の前にかんぱいをしましょう!」

「待ってましたっ!!!!」

 とりあえず葡萄酒のさかだるを二つ取り出し、みんなの前にドン! と置いた。

「葡萄酒です。まだまだありますから、お好きなだけ飲んでくださいね!」

「やったぜー!」

「ギギギッ!」

「ヒュー!」

「グルォォ!」

 ……あれ? やっぱりリュシーの声だけ聞こえない。ちらりと見ると、やはり元気がないように見えた。リュシーの声といえば、どこから出ているのだろう? それに、口がないリュシーに味覚はあるのだろうか?

「コハネ! もう樽を開けていいか!?」

「あ、うん! みんな、何に入れて飲む? これでいい?」

 私が聖ほうで作った木製ジョッキを取り出した。

「おおっ! いっぱい入っていいな! みんなそれで! あ、団長はバケツにします?」

「え!? バケツ!?」

「グルルゥ」

「なるほど! コハネ、団長は樽のままいくって言っているよ?」

 フェンリルのエドは体が大きいから、サイズ的に樽がちょうどいいかもしれないが、本当にこんなに飲むことができるのだろうか。

「じゃあ、もう一つ、エド用の樽を出そうか?」

「グルル!」

 ああっ、しっぽのふりふりが激しくて可愛かわいい。喜んで提供いたします!

 エドに酒樽をわたしているうちに、みんなはお酒を注ぎ終わっていた。準備が早い!

 みんな私を待っているようなので、あわてて自分用の葡萄ジュースを取り出した。

「コハネ、乾杯のあいさつしてくれよ」

「え! 私!?」

 みんながうんうんと首を縦にる。きんちようするから遠慮したいが、断れる空気じゃない。

「難しく考えなくていいよ。一言でいいからさ!」

「でも……」

 エドにお願いしたくて目でうつたえてみたけれど、れいあおい目で見つめ返された。

「がんばれ」って言われている気がする。というか、もうみんなの意識はお酒や料理にしか向いていない。

 私の挨拶の必要性をまったく感じないが、これ以上みんなを待たせるのが可哀かわいそうだ。

 半ばやけくそになって、声を張り上げた。

「みなさんと出会えて嬉しいです! かんぱーい!」

「あはは! 簡単だなあ!」

「だ、だって……!」

「最高だよ! おれもコハネに会えて嬉しい! かいじゆしてくれてありがとう! 乾杯!」

「ギギ! グギギー!」

「ヒュルルー!」

「グルルッ! グォォ!」

 みんなが声を上げ、それぞれのお酒を一気に飲み干した。いい飲みっぷり過ぎる!

「うっ……美味うめえ……」

「ギギギ……」

「ヒュルー……」

「グルル……」

 またたけびを上げて喜ぶのかと思ったら、みんなはお酒の美味しさをみしめていた。

「…………」

 そんな中、リュシーは静かにジョッキをかたむけていた。体に流し込んで飲んでいるようだけれど、みんなとは明らかにふんちがう。もしかして……。

「ねえ、リュシー。味が分からない?」

「!」

「様子がおかしい気がしたから……。スライムになってから味覚がないのかな?」

 リュシーからはなんの反応もない。でも、私の問いかけにどうようしているのが分かる。

「え。ええええ!? リュシアン! そ、そうなのか!?」

 やり取りを見ていたみんなも動揺し始めた。どうやらみんなも知らなかったようだ。

 ほかのみんなは、ものの姿になっても味覚を持ち続けていた。でもリュシーは、姿だけではなく、感覚の一つまで失っていたとしたら……。

「プ! プピピ!」

 みんなの視線を受けて、気まずそうにしていたリュシーが動き始めた。

「『僕は散歩してくるから食べていて!』って、おい! リュシアン!」

 リュシーがピョンピョンねながら、森の奥へ行ってしまった。一人にしてあげた方がいいのか迷ったけれど、今はきっとそうじゃない。すぐに追いかけなければ……!

「ごめん、リック。リュシーと話がしたいから、いつしよに行ってくれる?」

「もちろん!」

「グオッ! グオオオッ」

「コハネ、団長が『リュシアンが俺達には言えないことも、コハネになら打ち明けることができるかもしれない。仲間のことをどうかたのむ』って」

「うん! 任せて!」

 エドの言う通り、解呪だけではなく、私だからこそできることがあるはずだ。リュシーががおで一緒にご飯を食べられるように、私は力になりたい。

「あれ? どうしよう、もういない!」

だいじようだ。おれはあいつの気配が分かる。ついて来てくれ!」

「うん!」

 けて行くリックの後ろをついて行く。森の中は走りにくいけれど、ぶつかりそうな木の枝はリックが折ってくれている。さすが様だ。

「クソっ! あんなポヨンポヨンのくせに、どうしてこんなに速いんだ!」

 おこっているようだけれど、声からとてもリュシーを心配していることが感じ取れる。

 私もリュシーが心配だ。一人でつらい気持ちをかかえ込んでいないといいけれど……。

「リュシー、やっぱり味覚がないのかな」

「あの反応だと、そうだろうな。……ったく、元々人に相談するタイプではないけどさ。それは分かっているけれど……どうして言ってくれなかったんだ!」

 相談してくれなかったことがさびしいし、気づいてあげられなくてくやしいよね……。

「おれはさ、魔物としての味覚があったから、生肉でもそれなりに美味うまかったよ。こんな森の中では大した楽しみがないから、食事はちょっとした楽しみだったっていうか……。魔物になっても、自我を保つために必要なげきだったと思うんだ。でも、あいつにそれがなかったと思うとさ……やるせないよ」

 リックの心からき出しているような言葉に、私も胸がまる。

「……味覚だけなのかな」

「え?」

「スライムだと、しよつかくとか痛覚とかきゆうかくとか、他もどうなんだろう」

「まさか……! 何も感じずにいたのなら、おれなら心がこわれている」

 ……私もきっとそうなると思う。

「コハネに聞かせるような話じゃないと思うけれど……。おれ達、最初は五人じゃなかったんだ。もっと人数がいたんだ」

「え?」

 確かに、五人で『騎士団』というのは少ないな、とは思っていたけれど……。

 心臓がいやな予感でドクドクと鳴り始める。じゃあ、他の人達はどこに?

「魔物になったおれ達は『不老』になったんだ。『不死』ではないけれど、老いで死ぬことはないから、ほどのことがないと死なない。でも、今おれ達が五人しかいないのは……。魔物としてほうもない時間を生きていかなくちゃいけないことに絶望して……」

 リックはここで口をつぐんだ。言葉にしたくないのが分かる。自ら終わりを選んだ、ということなのだろう。リックの仲間達がそのせんたくをする前に、ここに来て救いたかった。

「リュシアンはおれ達よりも精神的に追い詰められていたはずなのに、今生きている。おれはそれに感謝したいよ」

「本当にそうだね。リュシーは強いね」

 リックの言葉に大きくうなずく。……決めた。すぐリュシーののろいを解こう。

 体調がばんぜんじゃないと無理かもと弱気になっていたけれど、絶対に呪いを解く!

「よし、あいつが立ち止まった! 今のうちにつかまえるぞ!」

「うん!」

「いた! あそこだ!」

 リックが指差す先には池があった。そのほとりに小さくてまるいリュシーの姿が見えた。

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