二章 聖域の『魔物達』②

「う、うーん……」

 後頭部がズキリと痛んで目を覚ました。解呪後のろうに合わせ、顔のイイ変態さんから受けたダメージで意識が飛んでいたようだ。

 体が重く、まぶたを開けるのもおつくうだが、周囲がとてもさわがしいことに気がついた。

「ギギギ!」

「そうなんですよ! おれ、もう感動しちゃって!」

「プ! プッ、ピッ!」

「ヒュルーンヒュウー」

「ギギッギー!」

「そうですよね、せんぱい。確かに今までの聖女様ともちがうと思いますよ!」

「プププ! プッ、ピーッ!」

「ヒュルーンヒュウー」

「グルルルルッ」

 ぼんやりと会話を聞いていたが、しやべっているのは……魔物!?

「あ、聖女様が起きた」

 びっくりして飛び起きると、イケメンと目が合った。ひとみの色とひとなつっこいふんがコボルトと同じ──。変化をの当たりにしたから分かる。このイケメンは元コボルトだ。

「聖女様、さきほどはお見苦しい姿をさらしてしまってすみませんでした。もう服を着たのでだいじようです!」

 元コボルトさんは私の前に立つと、ていねいに頭を下げたのだが……。

「ふ、服……?」

 ボロボロの布を巻いているだけなので原始人っぽい。まだ『顔のイイ変態』からけ出せていない。今までものだったので、ちゃんとした服は持っていないのだろう。

「あの、よかったらこれをどうぞ」

 ポケットから、アーロン様用に保管していたシャツとズボンを取り出してわたした。

「こ、こんな上等な服を……い、い、いいんですかっ!?」

「ど、どうぞ」

 元コボルトさんがすごい勢いで受け取りに来たので、思わず後ずさった。

 感激しているのか、ふるえる手で服を受け取った元コボルトさんは、すぐに着用し始めた。

 待って、また見てしまう! しゆんに目をつぶり、背中を向けた。

「服だ……ちゃんとした服だ! よごれがない! しわがない! 破れてない! 最高に嬉しいです! やったー!」

 とても感動してくれているようでよかった。子どものようにはしゃぐ姿が微笑ほほえましい。

 でも、服でこんなに喜ぶほど、今までたくさん苦労したんだろうなと思うとせつない。

「ギギッ!」

「あ、騒がしくてすみません! この服、ばつぐん心地ごこちがいいです! どうですか? おれ、変じゃないですか? 似合ってます?」

 そう言って笑う元コボルトさんは、ちがいなくイケメンだった。

「うん、とてもてき! でも、シャツのボタンがずれているわよ」

 うれしくて急いで着たからか、ボタンをけ違えている。直してあげると、照れながらもニコニコと人懐っこいがおを見せてくれた。

「へへっ! 聖女様、ありがとうございます! ほら、見てくださいよ!」

 元コボルトさんが両手を広げ、魔物達に服を着た姿を見せている。魔物達はそれを温かい目で見て…………って魔物がいたんだった!

 ドキリとしたが、さっきもいたゴブリンを見て冷静になれた。おそらくここにいるのは、元コボルトさんのように、のろいで魔物に変えられている人達だ。

 プルプルと震える水色のスライム、つばさうでを持つピンクのもうのハーピー、そして金色の大きなけもの──フェンリルだ。

「…………!」

 フェンリルのんだ青空のようなあおい目に、吸い込まれそうになった。体が大きくてはくりよくがある魔物なのに、全くよこしまなものを感じない。真っぐな目が、彼の中にある『正義』を物語っていた。

「聖女様? まだ体調が悪いですか?」

「! あ、ごめんなさい。なんでもないの」

 ついフェンリルにれてボーッとしてしまった。

「グォッ」

 フェンリルの鳴き声を合図に、彼らはそろってりんとしたれいな礼をしてくれた。あわてて私もおをする。そして、思い浮かんだ質問をそのままぶつけた。

「この聖域には国を救ったけれど、呪われてしまった達がねむっているという伝説があるのですが、もしかして……みなさんのことですか?」

「伝説、ですか。そんな風に言われるほど月日が流れたんですね。確かにおれ達は、じゆうを倒して呪われた騎士団、『テレーゼ騎士団』です」

 やっぱり! 私が倒れる前に見た白銀のよろいの騎士達は、彼らの本当の姿なのだろう。

 聖域が私に見せたのか、私の聖女としての力が働いたのかは分からないが、一時的に正体を見ることができたのだと思う。

「テレーゼ……たしか、初代聖女様のお名前よね?」

 この国に来て、半ば強制的に教えられた歴史の中で耳にした名前だ。

「ええ。おれ達は聖女テレーゼ様により結成されたとくしゆな騎士団なのです。そして、おれ達にここを──居場所をあたえてくれたのもテレーゼ様です」

「居場所?」

「はい。えーと……話してもいいんですよね? 団長」

 そう言って元コボルトさんはフェンリルを見た。

「団長、というと、騎士団長?」

「そうです。あ、自己しようかいがまだでしたね。おれはこの中で一番下っのセドリックといいます」

「セドリックさん」

「はい! ああっ……名前を呼んでもらえるのも久しぶりだあ」

 セドリックさんが感動している。仲間とつうはできていたけれど、人の言葉で名前を呼ばれることはなかった。だから、かんがい深いのだろう。

「あっ、それでは仲間を紹介しますね。ゴブリンが先輩のクレールさん。スライムが年下だけど騎士としては先輩のリュシアン。ハーピーが副団長のパトリスさん。そしてフェンリルが騎士団長エドヴィンさんです!」

「クレールさん、リュシアンさん、パトリスさん、エドヴィンさんですね。私はコハネ・アマカワです。みなさん、たおれていたところを助けてくださって、どうもありがとうございました」

 一人ずつ目を合わせながらあいさつすると、それぞれ丁寧に頭を下げてくれた。セドリックさんの様に名前を呼ばれると嬉しいかなと思い、それぞれの名前を呼んだら、みんな照れていて可愛かわいかった。

「パトリスさんは、女性騎士で副団長なんですね。素敵!」

「いえ、ハーピーは女性形の魔物なので少しまぎらわしいかもしれませんが、副団長は男性ですよ」

「あ、そうなんですね。かんちがいしてすみません!」

 女性騎士に憧れがあったので、興奮して思わず言ってしまったが、確かに幻で騎士達を見たときは男性しかいなかった。

「では、話の続きをしますね。魔物の姿になったおれ達を、家族もたみも受け入れてはくれなかったんです。だれからもうとまれるおれ達には、居場所がありませんでした」

「え…………?」

 聞かされた内容に思わず言葉を失った。国を救ってくれたえいゆう達が、そんなつらい目にあっていたなんて……。

「魔獣の呪いはテレーゼ様にもえいきようしていたのか、強い魔力を持っていたテレーゼ様でも、おれ達を元の姿にもどすことはできませんでした。でも、テレーゼ様はせめておれ達が、人の目を気にせずこころおだやかに暮らせるようにと、この聖域を作ってくれたのです。だから、ここに入ることができるのは、聖女様とおれ達だけなんです」

「そうだったの……」

 聖域の伝説にはこんな悲しい真実があったなんて……。騎士達の気持ちを考えると胸がめつけられる。助けて貰った恩をあだで返す国や民にいかりがいてきて──。

「せ、聖女様!?」

 込み上げて来たなみだまんすることができなかった。悲しくて、くやしくて、やるせない。

「ひどい、あんまりです。命をかけて戦い、守ってくれた騎士様に感謝せず、魔物の姿になっただけできらうなんて……!」

 自分のきようぐうとも重なり、感情移入してしまう。こんなじんなことがあっていいのか!

 どうしてむくわれるべき人が報われないのだろう。悲しみと怒りが込み上げ、涙が止まらない私を見て、騎士達がオロオロとまどっている。

 申し訳なくて必死に泣きもうとしていると、ふわりと温かなものが私を包んだ。

 それは金色の大きな尻尾しつぽだった。

「エドヴィンさん?」

「グルルゥ……」

「団長はおれ達のために涙を流してくれてありがとう、とおつしやってます。……おれからも、ありがとうございます」

 セドリックさんの言葉に続くように、残るみんなも礼をしてくれた。

「そんな! 私の涙にお礼なんて……!」

 私の涙にお礼を言って貰えるほどの価値はない。半分は自分のために流したような涙だ。こんなものでは騎士達のけんしんは報われない。

「いえ、言わせてください。おれ達、本当に嬉しいんです。聖女様は『魔物の姿になっただけ』と言ってくれたけれど、多くの人はそうは思いません。魔物の姿になってからのおれ達は、人として生きたすべてを否定され、魔物として見られてきました」

「そんな……! 家族や友人、こいびとは? 誰か一人でも……」

「寄りおうとしてくれた人もいました。でも、周囲がそれを許さなかったですね。だからおれ達は、誰にもめいわくをかけたくなくて、自分達だけで生きていくことにしたんです」

 こんなひどい目にっているのに、それでもほかの誰かを思いやれるなんて、悲しいほどやさしい。優しすぎて……私は腹が立ってきた。

 びんぼうくじばかり引いていないで、幸せにならないとだめだ!

「私がみなさんの呪いを解きます! 私の力不足で、今すぐみなさん全員の呪いを解くことはできないのですが、必ず解いてみせます!」

 そう意気込んでみせると、騎士達は私の勢いにされたのか狼狽うろたえた。

「聖女様。それはぜひ、おれ達の方からお願いしたいですが……。聖女様のお身体からだに負担はありませんか? おれの呪いを解いてくださったあと、倒れてしまいましたよね?」

 本当に優しすぎる。少しは自分達のことを優先して欲しい!

だいじようです。私にお任せください! 絶対にみなさんの呪いを解いてみせます!」

 みんなの呪いを解けなければ、私は聖女でいる資格はないと思う。聖樹のじようは大事だけれど、旅をしていたときよりも「救いたい」という気持ちが強い。

「元の姿に戻りましょう。そして、この聖域で幸せに暮らしましょう!」

「幸せ、ですか?」

 聞き返したのはセドリックさんだが、みんなも不思議そうな顔をしている。

「そうです。こんなにご苦労をされて、呪いが解けただけでは割に合いません! みんなで国一番の幸せ者になりましょう! 私がみんなを幸せにします!」

 異世界にしようかんされ、利用されて終わるなんていやだ。今まで理不尽な目に遭ってきたみんなといつしよに、私だって幸せになるんだ!

「…………あ! その前に、私はずっとここにいてもいいですか!?」

 力説してしまったけれど、そもそも住まわせて欲しいというお願いがまだだった。

 慌てて聞くと、みんな笑いながらうなずいてくれた。

「……みなさん、ありがとう」

 とつぜんやって来て住み着きたいと言い出した私を、きっと不思議に思っているはずだ。

 でも、理由を聞かずに受け入れてくれるみんなの優しさがありがたい。

「あ! あの、お願いがあるのですが、私のことは『コハネ』と呼んで欲しいです!」

 聖女様と呼ばれ、敬語を使われるのはきよを感じてさびしい。

「え? でも……」

 上司のかくにんが必要なのか、セドリックさんは、エドヴィンさんに視線を送っている。

 断られたら悲しい! という思いを込めて、私はエドヴィンさんを見つめた。

「……グルゥッ」

「いいんですね? じゃあ、コハネと呼ばせて頂きますね」

「ありがとう! うれしい! できれば敬語もやめたいな」

「そうですか? あ、いや……そうか? じゃあ、コハネ。よろしくな! おれのことはリックって呼んでくれ。仲がいいやつはそう呼ぶから」

「うん! よろしくね、リック!」

「ギィ、ギギッギギッ!」

「クレールせんぱい? 『オレのこともクレールと呼び捨てでいい』、だってさ!」

「本当? ありがとう! よろしくね、クレール!」

 ゴブリンのクレールにお礼を言うと、今度はスライムのリュシアンさんが、ポヨンと私の前にねて来た。

「ピィ、ププッ!」

「『僕はリュシーって呼ばれているから、そう呼べばいいよ』って……おれがリュシーって言ったらおこるじゃないか!」

「ピ! ププッ! プップップーッ!」

「ふふっ。今のは『リックはだめ!』かな?」

「コハネ、そんな可愛い言い方じゃなかったぞ。『あんたはまだ許可できないね』と偉そうに言ってるんだ! お前な、おれの方が年上だぞ! お前の方が強いけどさ!」

 そういえばリックのしようかいで、『リュシーは年下だけどとしては先輩』と言っていたことを思い出した。

 みんなの中にも色んな上下関係があるみたいだ。でも、嫌な感じは全くない。

「ヒュルー」

「グルッ」

「団長と副団長も、呼び捨てで構わないそうだよ」

「ほんと? 嬉しい! えっと……パトリスとエドヴィン!」

 二人は副団長と団長で、他の三人よりもどこかかんろくはくりよくがある。だから、親しく呼び捨てにするには少しきんちようしてしまった。

「グルルッ」

「団長は『エド』でいいって」

「ほんと? エド、ありがとう!」

 エドの大きな金色のしっぽがゆらゆられている。はあー……モフモフにやされる。

 少し親交を深めることができたが、もっと仲良くなりたい。そこで提案がある。

「あの、みんなで新生活を祝うお食事会をしませんか? 私、ごちそうを作ります!」

 両親が早くに他界しているため、料理をする機会が多かった。だから、それなりに自信があるし、ぜひみんなに手料理をいたい。

 この世界と地球では、それほど食文化のちがいはなかったから、きっと美味おいしいと思ってもらえるものを作ることができるはずだ。

「い、い、いいのかっ!?」

 私の提案にリックだけではなく、みんなが前のめりになった。

「すごく嬉しいよ! まともな『料理』なんて、もう何百年食っていないか……」

のろわれている間は作らなかったの?」

「魔物の姿の時は、肉さえ食べていれば大丈夫でさ。だから森にいる動物をって、適当に食っていたんだ」

「そ、そうなんだ? じゃあ、気合いを入れて作るね!」

 みんなの目がキラキラしている。何百年ぶりかの料理だなんて、責任重大で緊張する。

「あ、料理をしていないなら、台所はない? みんなの家はどうなっているの?」

 小屋のような建物はあるけれど、みんながまりをできる広さはない。

「一応あめつゆをしのげるだけの建物はいくつかあるが、まともな家と呼べるものはないな」

「家が…………ない!?」

 それは大問題だ。人間の暮らしには、衣・食・住は欠かせない!

「じゃあ、家もつくらなきゃね。とにかく今は、料理を作るためのキッチンを造るね」

「キッチンを造る?」

 私は首をかしげるリックにがおを向けると、聖ほうで小屋型キッチンを創造した。

「!」

 リックだけじゃなく、みんなもおどろいている。テレーゼ様はこういう聖魔法の使い方はしなかったのだろうか。

 この小屋型キッチンは以前も造ったものなのだが、キッチンカーのような設備と見た目が可愛かわいくて、私は気に入っている。旅の間はセインに「余計な魔力消費はするな」と、創造禁止令を出されていたので解禁できて嬉しい。

「コハネ、すごい魔法だな! あっという間に建物ができるなんて! もしかして、家も造ることができるのか?」

「うん。どんな家にしたいか希望があったら、図面にしてくれたらその通りに造るよ」

「本当か!? すげえ! 今から図面を考えてもいいか!?」

「どうぞ。これ、使って。あ、テーブルも作るね」

 リックに紙やペンをわたすついでに、大きなウッドテーブルを作った。椅子いすはそれぞれの身長に合わせた丸太椅子だが、フェンリルで体が大きいエドは椅子なしだ。

 リックは席に着くと、さつそく紙を広げ、夢中になって図案をき始めた。みんなはそれをのぞき込み、ワイワイと盛り上がっている。それぞれ「理想の家」の話をしているようだ。

「副団長は巣箱……いや、じようだんですよ? 団長は犬小屋……だから冗談です!!」

「ふふっ」

 聞こえてきた会話に思わず笑いながら、私はキッチンに入った。まずは、逃げてきた際に汚れてしまった服を何とかしたい。

 収納庫に隠れて着替えを済ませたあと、調理を開始した。

 ものの体で食べてはいけないもの、アレルギーを起こすようなものはないらしい。

 リクエストはないか聞いてみたら、リックは「けものの生肉ばかり食べていたから、調理されて味がある肉料理を食べたい」と言っていた。

 クレールはえんりよして言ってくれなかったが、リックから意外にデザートや甘いものが好きだという情報を得た。

 リュシーはからいもの。パトリスは野菜をたくさん食べたい、ということだった。

 団長のエドは、料理ではないので言いづらそうにしていたが、お酒が飲みたいらしい。

 それはエドだけではなかったようで、私が「どう酒をたるで持っている」と告げると、まくが破れてしまいそうなほどのかんせいがあがった。

 すぐにあげたかったけれど、お酒でおなかをいっぱいにしそうな熱気だったので、ごはんの時間まで待って貰うことにした。

「さて、何を作ろうかな」

 ポケットから調理器具や食材を手当たりだいに取り出してみる。旅の間、何かあったときのためにと買い込んでいてよかった。

「あ、全部任せてごめん! おれは人間にもどっているから手伝うよ!」

 メニューを考えていると、リックが椅子から立ち上がった。

 そして、その横からも、「プ!」「ギ!」「ヒュー」「グルルッ」という声が飛んできた。

「みんなも手伝うって言っている」

「ありがとう! 今日は私がやりたいからだいじようよ。次のときはいつしよに作りたいな!」

「もちろん! じゃあ、たのむな。手が欲しいときはいつでも呼んでくれ」

「うん!」

 私がうなずくと、みんなは図面作りを再開させた。あんなに夢中になっているのに、手伝おうとしてくれるなんてやさしい。本当にみんなは騎士のかがみだ。

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