二章 聖域の『魔物達』①

 チチチ、と鳥のさえずりが聞こえた。心地ここちよい風がほおをなでていく。

 ゆっくりと目を開けると、木の葉の間から優しいの光が降り注いでいた。

 周囲をわたすと、生き生きとした木々や花が見えた。

「とても綺麗なところね」

 どうやら私は、かげで横になっていたようだ。

 聖域の奥へと向かっているちゆうで行きだおれたはずだが、だれかが運んでくれたのだろうか。

 そういえば、うすれていく意識の中で、おそろしいほどの美形集団を見た気がしたけれど、彼らが助けてくれたのかもしれない。

 でも、ここは聖女のみが入ることのできる聖域のはずだ。追っ手が近くにいる様子はないが、聖域が伝説通りの場所でないのなら、じようきようかくにんした方がよさそうだ。

 けもの道を見つけたので、それに沿って歩いて行くと、何やら建物が見えてきた。

「あれは……住居?」

 木だけで造った山小屋のような建物で、ボロボロだがおもむきがあっていい。

かくれ家って感じでてき!」

 勝手にしんにゆうするのは気が引けたので、周囲をぐるりと回ってみる。裏手に行くと、木々の間に張られたロープに、ボロボロの布がたくさんかけられていた。

せんたくもの、だよね?」

 どう見ても洗濯物を干しているように見えるのだが、布のサイズも形もバラバラだ。

 複数人が生活していることは確かだと思うが、どういう人達だろう。絶対にあの美形集団のものではないことは確かだ。

 洗濯物をながめて考察していると、カサッと近くのしげみから音がした。

 ここの住人が帰って来たのだろうか。顔を向けるとそこにいたのは──。

「バウ!」

 私とほぼ同じたけの人……だと思ったら、二本の足で立っている犬がいた。普通の犬とはちがい、きばするどきようぼうな顔──魔物のコボルトだ!

「ひっ……!」

 短い悲鳴をこぼしてしまったが、なるべくげきしないようにあわてて口を押さえた。

 後ずさり、きよを取りながらげるタイミングを計ったが……。

「?」

 なぜかまったく襲ってくる気配がない。

 コボルトをよく見てみると、顔は怖いが凶暴な感じはしなかった。むしろ、私にどう接すればいいのかまどっているように見えた。

 そういえば、コボルトがこしに巻いている布が、干している洗濯物と似ている。

 ここで暮らしているのはこの子? どう見てもコボルトにしか見えないが、魔物にはない理性があるようなので、話しかけてみた。

「あの……もしかして、あなたが私を助けてくれたの?」

「! バウバウ! バーウ────ッ!」

 私の問いかけにコボルトは何度も頭を縦にり、うれしそうにえた。せわしなくフリフリとれる尻尾しつぽ可愛かわいい! ちがいなく私の言ったことを理解している。

「ふふっ。ありがとう!」

「バフゥッ!?」

 笑いかけるとコボルトはおどろいた様子で固まった。

 尻尾もピタリと止まっていたが、すぐに動き出し「バオオオオン!」と遠吠えをした。

「え? な、何?」

「バウ! バウバウバウ!」

 なんだかテンションが高い。尻尾の揺れも激しさを増した。可愛いなと眺めていると、コボルトが私の背後に視線を向けた。つられてそちらに目を向けると──。

「ギギギッ」

「え……? こ、今度はゴブリン!?」

 私の背後には、小さな子どもくらいの背丈のゴブリンが立っていた。赤黒いはだとがった耳。鋭い目つきでにらまれ、私は思わず再び固まった。

「バウバウ! バウバウバウバウ! バーウ!」

「ギ。ギギッギギギギィ、ギィギギィ」

 魔物同士で会話をしている? とても不思議な光景だ。

「バオーン! バウッ、バウバウバウウウバウッ」

「ギ? ギギッ……ギギッ……」

 話が止まると、ゴブリンは心細そうな目を私に向けた。このゴブリンも襲ってくるような気配は全くないが、魔物とどうコミュニケーションを取ればいいのだろう。

 戸惑っていると、ゴブリンは私に向かってとてもていねいな礼をした。左手は胸に、右手に持っていた木刀は背後に隠し、頭を下げる。この礼……。

 サリスウィードの古い礼の仕方だと聞いたことがある。魔物なのにとてもしんだ!

 思わず私もすぐに頭を下げ、感謝を伝えた。

「あの、急にこちらにおじやしてすみません。助けて頂いてありがとうございました!」

「!」

 ゴブリンが目を見開いて驚いている。そんなに驚かせるようなことを言っただろうか? と首をかしげると、ゴブリンは私からプイッと顔をそらしてしまった。

 ゴブリンのげんそこねてしまったのかと焦ったが、コボルトが嬉しそうに尻尾を揺らしているのでだいじようそうだ。

「…………ギッ」

「バウ、バーウッ!」

 ゴブリンの背中を、コボルトがバシバシとたたいている。ゴブリンはうっとうしそうにコボルトの手をはらっているが、仲がいいことが分かる微笑ほほえましい光景だ。

「あ、そうだ!」

 二ひきを見ていると、お礼になる良いものがあることを思い出した。

「あの、あなた達に服をプレゼントしてもいい?」

 コボルトもゴブリンも、体に布を巻いているのを見ると、服に興味があるのだろう。

「バウ!?」

「ギッ!?」

 二匹は驚いた様子を見せたが、いやがってはいない。むしろ目がキラキラとかがやいている。

「いいのね? じゃあ、さつそく用意してもいいかしら!」

 私は『ポケット』という、なんでも無限に収納できるほうを持っている。

 聖女が使える聖魔法とは、じようの魔法だと思われているが、とても便利なもので、オリジナルの魔法を作り出すこともできるのだ。

 元の世界に帰る、という魔法は作ることができなかったので、何でもできるというわけではないが、生活を便利にするための魔法は大体作ることができた。

 ポケットには旅に必要だったものや、気になって買ったものなど、手当たりだいに色々とめ込んである。

 ゴブリンは子ども服、コボルトは古代ローマ人が着ていたような、体に巻き付ける感じの服だと着やすいだろうか。とにかく、いっぱい出して選んでもらおう。

 私はポケットからいくつか服を取り出し、二匹の前に並べた。

「バウ!?」

「ギギギッ」

 何もないところからとつぜん服が出てきたことに、二匹がとても驚いている。

「どれがいいか選んで?」

「「…………」」

「うん? どうしたの?」

 アイコンタクトでもとっているのだろうか。私の声は耳に入っていない様子だ。

「バウバウバウ!!」

「ギギ? ギギギ、ギギギ?」

「え? な、何!?」

 しばらく様子を見ていたら、二ひきそろって私に何かをうつたえてきた。でも、まったく分からない。私を指さし、手を合わせておいのりのポーズをしては首を傾げているけれど……?

「えっと……『あなたは、おいのりができますか?』かな?」

「バーウ!」

「ギーギ!」

 思いきり首を横に振られてしまった。不正解のようだが、さっぱり分からない。

「……あれ?」

 何を言っているのか解読するため、二匹をジーッと見ていたら気がついた。

「あなた達……のろわれている?」

「「!」」

 コボルトとゴブリンが、目を見開いた。

「悪いもののようだから、かいじゆしてもいいかな? 私、これでも聖女なのよ?」

「「!!!!」」

 今度は二匹の頭の上に、たくさんのビックリマークが見えた気がした。でも、驚いたというより「ですよね!」という感じだ。

 もしかして、さっきは私に「あなたは聖女?」とかくにんしたかったのだろうか。

 この聖域に入ることができるのは聖女だけだと知っている? そもそも、ものなのになぜ聖域の中にいるのだろう。色々と気になったが、とにかく今は呪いを解いてあげたい。

「バ、バーウ……?」

「本当に解呪できるの? って、聞いているのかな? 大丈夫よ、任せて! 呪いを解いてみせるから、ちょっと体を見せてくれる? 動かないでね」

 私がそう言うと、二匹がビシッと直立した。

「ふふっ、そんなにかたくならなくて大丈夫だよ」

 きんちようしている様子が可愛くて思わずなごんでしまったが、気を引きめ直して観察する。

「これは……かなりたちの悪い呪いね。こんなに重い呪いを受けて、今までたくさんつらい思いをしたでしょう?」

 コボルトの体の中は、真っ黒なしよううごめいているように見える。

「バウ」

「ギ」

 二匹は「平気だ」と言っているように見えるが、つらい思いをしてきたはずだ。

「どうしてこれほどの呪いを受けることになったの?」

「バウッ!」

「ギィ!」

「……うん。聞いておいて申し訳ない。全然分からないよ!」

 複雑な事情がありそうだが、なんだかほこらしげにしていることは分かった。

 この二匹にとって、呪いはめいくんしようのようなものなのだろうか。

「とにかく、解呪を試みてみるわね。うーん、全体的によくあつしているような感じね。全能力をふうじているとか? 申し訳ないけれど、同時に解呪は難しいわ。今日はまず、あなたからやってみましょう!」

 まだ解呪しやすいと感じたコボルトの正面に立ち、両手を出した。

「呪いを解くから、私の手をにぎってくれる?」

「バ、バウッ。バウ?」

 コボルトが自分を指差し、ゴブリンに何か聞いている。

「呪いを解いて貰うのは自分からでいいのか?」と確認しているようだ。

 コボルトの質問に、ゴブリンは快くうなずいている。自分が先! と争うのではなく、おたがいを思いやれる二匹は好感が持てる。

「待っていてね。あなたの呪いもりよくが回復したら必ず解くからね」

「ギ、ギギッ……」

 微笑みかけると、ゴブリンは照れくさそうに顔をらした。暮らしぶりといい、仕草といい、二匹とも人間みたいだ。

「バウッ」

 おずおずと差し出されたコボルトの手を握る。あ、肉球だ!

 プニプニしているのかと思いきや、硬いけれど、これはこれでさわ心地ごこちがいい。

「バッ、バウー!」

「あ、ごめんね」

 コボルトがまどっている。ついわくの肉球をモミモミして楽しんでしまった。

「始めるわね。これだけやつかいな呪いだと、痛みがあるかもしれないけれど、少しだけまんしてね?」

「バウ!」

 つないだ手から魔力を送り、コボルトに巣くう呪いに繋ぐ。

 コボルトの体が白の光に包まれていく──。

「うーん……思っていたより根深いわね……」

 これほどの呪いだと、精神までむしばんでいたはずだ。自我を失っていても不思議ではない。

 でも、コボルトはきようぼうになっている様子はない。とても精神力が高いのだろう。

 とはいえ、今は平気でもいつまで続くか分からない。

 コボルトの体の内側を、真っ黒に染めているこの呪い──私が消してみせる!

(白く……白く……黒を白に染めるように……)

 魔力を注ぎ、呪いをじようしていく──。

 言葉を封じる程度の呪いなら、すでに解けているはずだが、この呪いはまだ残っている。

 魔力を注ぎ込み、どんどん浄化を進めていくが、一向に消える気配がない。

 ゴブリンよりも軽いと思ったのに……こんなにつらいなんて!

 でも、私は聖樹を浄化した聖女だ。必ず解いてみせる!

 ダイアナの顔がフッとかび、負けるものか! と力がみなぎった。

「……呪いよ、消えて!」

 魔力を注ぎ込むと、コボルトに張り付いていた呪いがけ始めた。

 よし…………いける! ここからはもう気合いで乗り切る!

「消え去れっ!!」

 魔力をしぼったしゆんかん、コボルトを蝕んでいた呪いのすべてが消え去った。

「……解呪、できたっ!」

 ギリギリだったが、何とかなったようだ。聖樹を浄化するのと同じくらい大変だった!

「はあ……はあ……どう? なにか変わっ………………た?」

 あらくなった息を整えながら、コボルトに話しかけた。それと同時に、繋いでいた手のかんしよくが変わっていることに気がついた。……肉球が消えている!

 それに硬い毛でおおわれていてゴワゴワしていた手が、温かさを感じる人間のものに……。

「お、おれ……に、にんげ……ん、もどっ……」

「??」

 繋いだ手の先にいるのは、茶色のかみに緑の目の快活そうなイケメンだった。

 だれ!? コボルト、どこに行ったの!?

 それに、目の前の人のこしにまいていた布がヒラリと落ちて……はだいろ一色なのですが……。

「人間に……人間にもどったああああ!!!! 聖女様、ありがとう!!!!」

「きゃああああっ!! 顔のイイ変態だああああっ!!」

 さけんだ瞬間、私は糸が切れたかのようにパタンとたおれてしまった。

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