一章 奪われた場所 奪い取った場所③

 無事、王都を抜け出すことができた私は、暗い森の中を進んでいた。足が痛いけれど、気にしてはいられない。追っ手が来るまでに聖域に入らなければ……。

「この世界のためにがんばったのに、こんな目にあうなんて!」

 歩きながら考えたが、私はダイアナにめられたのかもしれない。ダイアナが部屋に来たころからおくがぷつりとれているし、無意識で見送りをしたなんて信じられない。

 ダイアナとはそれなりに仲良くしていたし、同じ役目を持つ者として友情を感じていた。

 でも、それは私だけだったようだ。いかりと悲しみで押しつぶされそうだが、今はとにかく進むしかない。

「確かこの辺りのはずだわ」

 私が目指している聖域は、王都や聖樹からそうはなれていない。

『遠い昔、じゆうたおして国を守ったが、死にゆく魔獣にのろわれ、魔物の姿になってしまった達がねむっている』という伝説がある場所だ。

 伝説にある『魔獣』はつうの魔物とは違ったようだ。けものの形をしているが、肉体のない悪意のかたまりだったとされている。そんな魔獣を倒した騎士達はすごい。でも、呪われて魔物の姿になってしまったため、聖域で余生を暮らしたなんて悲しい話だ。

「あ、あれは……。見つけた!」

 くらやみの中、目には見えないけれど、不思議な存在感を放つかべを発見した。

 壁というより、森の一帯を包んでいるまく、という感じだ。これが結界なのだろう。

 聖女のみ入ることができると言われているが、実際のところは分からない。思い切って「えいっ」とうでっ込んでみると、何事もなく通過することができた。

 どうやら結界の話は本当のようだ。追っ手が入って来られないなら安心だが、念のためなるべく聖域の奥に行き、生活できそうなところを探したい。

「…………あっ!」

 しばらく進んでいると、ろうが限界に達したのか、足がもつれて転んでしまった。

「うっ……。はあ……もう無理……」

 痛みとつかれで起き上がることができない。もう、このまま休んでしまおうか。

 でも、地面に顔をつけたままなのはいやだ。力をしぼり、なんとかあおけになった。

「……アーロン様の鹿

 目を閉じると、今日の出来事がよみがえってきた。

「こんな世界、だいきらいよ」

 えんもゆかりもないこの世界にくした結果がこの仕打ち。神様がいるならうつたえてやる。

 怒りは増していくのに、意識が遠のいていく──。

「グオッ?」

 …………え? 今、確実に魔物の声が聞こえた。聖域に魔物がいるなんて予想外だ。

 飛び起きようとしたが、身体からだが思うように動かないし、意識も途切れていく。

 かろうじて動かすことができたまぶたを開けると、そこには……。

「…………!?」

 魔物の姿はなかったが……魔物以上にかい力のある光景が広がっていた。

 私を囲むように立ち、見下ろしているのは白銀のよろいをまとった五人の美男子だ。

 茶色のかみに緑のひとみの快活そうなイケメン。水色の髪に灰色の瞳のとうめいかんのある美少年。

 赤色の髪にだいだいの瞳の目つきがするどい美形。ももいろの髪にすみれいろの瞳のようえんれいじん。そして、この美形ぞろいの中でも一番目をくのは、かがやくような金色の髪にあおい瞳の美青年だった。

 もしかして死に神だろうか? これだけ美形だとってもいいかな、と思ってしまう。

 残念なのは……。

「バウバウバウ!」

「ギギギギッ」

「プ! プッ、ピッ!」

「ヒュルーンヒュウー」

「グルルルルッ」

 イケメン達の声が、きたない。残念すぎる!

 そもそも、何を言っているか全く分からないし、魔物のような声だ。

(声までイケメンであって欲しかった──)

 そんなことを考えながら、私は意識を手放した。


    ● ● ●


 第二王子の私室──。

 つい最近まで、アーロン様のとなりにいるのは、聖なる力を持ったくろかみの女だった。

 でも今、アーロン様と共にごうなソファに体をしずめているのは私だ。

『聖女ダイアナ』

 そう呼ばれるようになった私が、この場所を勝ち取ったのだ。

「報告に上がりました」

 部屋にやって来た騎士が、アーロン様の隣に座る私をチラリと見た。私の前で話していいのかちゆうちよしていたようだが、アーロン様が止めなかったので話し始めた。

 さあ、聞かせて? 私にすべてをうばわれた敗者がどうなったのかを──。

「コハネ・アマカワは聖域にげ込んだようです。ついせきを試みましたが、見えない壁のようなものにはばまれ、我々は聖域に入ることができませんでした」

 聖域! やつかいなところに逃げられてしまった。舌打ちしたくなったのをまんする。

 今の私は『心優しくうるわしい聖女様』で、『貧しくてみすぼらしいむすめ』ではない。

 私は身寄りがなく、教会が運営するせつで育ったため苦労が多かった。今まで身分が高い者には散々馬鹿にされてきた。

 必死に生きてきたのだから、これからはちやほやされても許されるはず!

 コハネは、元の世界でも食べ物にも困らず、教育をあたえられるゆうふくな暮らしをしてきたようだし、この世界での立場くらいゆずってもらってもいいでしょう?

「コハネは聖域に入ったか……。やはり、聖女であることはちがいないようだな」

「アーロン様……」

 やはりコハネをそばに置こう、などと言われては困る。アーロン様のよくをくすぐるよう、「私を捨てないで」という表情を見せて体を寄せた。

「心配するな。ダイアナはコハネをえる聖女となるだろう」

「そうなれるよう、努力いたします」

 おもわく上手うまくいったようだ。しゆしような態度を取りつつ、心の中ではほくそんだ。

 そんな私にアーロン様は満足したようで大きくうなずき、騎士との会話を再開させた。

「聖域は森が広がるばかりで何もない。そのうち、別の場所に移ろうとするはずだ。聖域の周囲をかんし、出てきたところをつかまえろ」

「承知しました」

 アーロン様に礼をし、騎士は退出した。とびらが閉まると、アーロン様はソファの背もたれに背を倒し、大きく息をいた。アーロン様のかたに寄りかかり、おびえたフリをする。

「コハネ様がとうぼうするなんて……。私のことをうらんで、何かたくらんだりしないかしら」

 アーロン様にはもっと私に入れ込んで、協力して貰わないといけない。

 思い通りに動かすため、色々と話をき込もうとした、その時──。

「恨まれるようなことをしたのか?」

 扉の方から声が聞こえた。だれ? おどろいて顔を向けると、そこにはほう使つかいのセインと、れいな男性がいた。

「兄上!?」

 アーロン様が声をあららげて立ち上がった。兄上ということは、この美しい男性は、第一王子で王太子のメレディス様!?

「あ、兄上……お身体の具合が悪いのでは!? 動いてだいじようなのですか!?」

 メレディス様は病弱で、ベッドから起き上がることもできないと聞いていた。

 だから私もお目にかかったのは初めてだ。金の髪にむらさきの目はアーロン様と同じだが、印象が全くちがう。アーロン様はなところがあるが、第一王子様にはいつさいない。

 お姿からたたずまいまですべてが洗練されている。てき! アーロン様よりメレディス様に取り入ればよかったと見つめていると、目が合った。胸がおどったが、それはいつしゆんで……。

「…………」

「…………っ!」

 やさしい目をしているのに、心の内をすべてかされるようできようを感じた。

 この方に取り入るのは不可能だ、と直感でさとった。メレディス様の視線がアーロン様に移ったので、私のきんちようは解けたが……まだまだ気をかない方がよさそうだ。

「やあ。アーロン。この通り、私は元気だよ」

「そ、そうですか……」

「おや? 喜んでくれないのかい? 私が元気だと困ることでもあるのかな?」

「い、いえ、そのようなことは……」

 ……私は困る。現国王は聖樹のじようが終わったら、王位を譲るお考えだと耳にした。

 今はメレディス様が王太子だけれど、病弱で王にはなれないだろうと聞いていた。

 だから、浄化の旅を成功させたアーロン様のきさきになれば、私がおう様になれると思っていたのに!

「兄上はどのようなご用件でこちらにお越しになったのですか?」

「用があるのは私ではないのだよ。ひまだったからセインについて来ただけなんだ」

「セイン?」

 アーロン様の視線を受けたセインが私を見た。

「あの……私に何か?」

「コハネは本当にしきを押し付けたのか、そして、君の聖女としての能力を調べたい」

「それは……セイン様は私を疑っているということですか?」

 目になみだめ、セインを見つめる。これをすると、たいていの男は私に味方するのだが……。

「俺は自分の目で見たことしか信じないんだ」

 セインには効かないようだ。メレディス様にも効いている様子がない。どうして?

「コハネの聖ほうは、浄化だけではなかった。聖なる力を使い、色々なことができた。元の世界の知識を使って、ユニークな魔法も作り出していたな」

「え?」

 セインの言葉に、私は驚いた。そんな鹿な! 過去の聖女には病気を治したり、身体からだの欠損を治す聖魔法を使った者もいたそうだが、あの女は浄化だけだと思っていた。

「生活をするための魔法は使えたが、火や水を少し出していたぐらいではないか。ユニークな魔法なんて、使っているところを見たことないぞ!」

 アーロン様が声を上げる。

ほかの魔法を使うことで浄化にえいきようが出ないよう、ひかえていたのです。浄化は激しく魔力や体力をしようもうしますから。手助けしてやることができる俺の前では、色々使っていました。それにお忘れですか? たくさんの荷物を持ち運べたのも、コハネのおかげですよ」

「そ、それは……」

 私の味方をしようとしてくれたアーロン様だったが、コハネの聖魔法について思い当たることがあったようだ。

「ダイアナ、君は浄化しかできないのか? 浄化をしても全くつかれないほど、コハネより聖女としてはゆうしゆうなのに?」

 メレディス様も興味深そうに私を見つめている。まずい、なんとか言いのがれないと……。

「ダイアナもいずれ使えるようになる。まだ聖女として目覚めたばかりではないか」

 アーロン様が私をかばい、セインに向かってそう言ってくれた。

「きっとそうです!」

 この場を切り抜けさえすれば、誰かの力をまた複製すればいい。私には『能力複製』の固有魔法があるのだから。

 魔法は大きく分けて三つ。学べば使うことができるようになる『いつぱん魔法』。そして、魔力が高い者がまれに持つ、個人特有の『固有魔法』。最後は聖女が使う『聖魔法』だ。

 聖魔法は浄化だけではない。聖女が使う魔法は、たとえ火をともしたり水を出したりする一般魔法のようなものでも、かんていすれば聖魔法と出るらしい。まさか私がコハネの浄化の魔法を複製して、聖女に成り代わっただなんて誰にも分かるわけがない。

 そう思っていたところに、部屋の扉をノックする音がひびいた。からきんきゆうれんらくだ。

 メレディス様とセインは退出する様子を見せないので、四人で報告を聞く。

「アーロン様。リノ村が魔物におそわれたそうで……」

「リノ村だと!?」

 アーロン様が声を荒らげ、私も思わず目を見開く。リノ村は私が初めて浄化した場所だ。

「ダイアナ、君が浄化した小さな聖樹の近くだ」

「浄化してすぐなのに、魔物が出るなんておかしいね」

 セインとメレディス様の言葉にあせる。だ、能力の複製が完全ではなかった!?

『能力複製』は、欲しい能力のことを考えながらあくしゆするだけで行える。

 あの女が聖女として旅を始めてすぐのころに、つうまちむすめとして出会い複製したきりだから力が弱まっているのだろうか。

「では、私達は失礼するよ。これからいそがしくなりそうだからね。私達も、君達も──」

 私が混乱している間にセインとメレディス様は退出していった。

「ダイアナ……どうなっているのだ?」

「私にも分かりません。…………あ」

 どう切り抜けるか考えていた私は、最良の答えを思いついた。

「もしかしたら、コハネ様が何か企んでいるのかも……」

「……なるほど。コハネの能力があれば、ダイアナがした浄化のぼうがいも可能か」

「アーロン様! 私、こわい!」

「大丈夫だ、ダイアナ。オレが必ず君を守る」

 単純なアーロン様のことはだまし続けることができそうだけれど、メレディス様とセインにも、これ以上疑われないようになんとかしなければいけない。

 聖女ではない私は聖域に入ることができない。だから、なんとかコハネを聖域からおびき出して、再び能力を複製しよう。

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