一章 奪われた場所 奪い取った場所②
──パチッ
勢いよく
「私、何をしていたっけ?」
直前に何をしていたか
思い出すために部屋を見回していると、窓の外が明るいことに気がついた。
「…………え? まさか、日付が変わっている!? もう王都での儀式当日だわ!」
しかも、時計を見ると、儀式開始の直前だった。どうしてこんなことになったのか分からないが、とにかく儀式に行かなければならない。
「急がなきゃ! ……あれ? 出られない。
でも、魔法で解除することができたので、そのまま部屋を飛び出した。
「…………っ!? 出て来たぞ!
「何をするの!
「アーロン様から、あなたを儀式に連れてくるように言われています」
「!」
騎士達を見ると、確かにアーロン様の部下達だった。
罪人のように
そう思い、大人しく騎士達の指示に従った。馬車ではなく、騎士と一緒に馬に乗せられ王都を進む。落ちそうで
騎士達の態度が異様に冷たいし、儀式に
そう思っていたのだが……私の期待はすべて打ち
旅の集大成として臨んでいた王都での最終
今まさに私の目の前で、ダイアナが王都の最終浄化を終え、国民の割れんばかりの
「聖女ダイアナによって、七つある聖樹のすべてが浄化された!
そして、ダイアナを聖女だと認めるアーロン様の言葉に、頭が真っ白になった。
それから何を言われたのかあまり覚えていない。とにかくダイアナとアーロン様と話をしなければ、という思いだけが頭の中をぐるぐると
儀式が終わり、広場から少し離れたところにある宿の一室に連行された私を待っていたのは、
「コハネ・アマカワ! どうしてダイアナに儀式を押しつけた!」
「…………え?」
儀式直後は
「騎士達も言っていたけれど、私が儀式を押しつけたって何のこと?」
「とぼけるな! 旅の仕上げとなる王都での最終浄化──。最も重要な儀式を民衆の前で行うのは、確かに大変なことだろう。だからと言って、聖女として目覚めて間もないダイアナに責務を押しつけ、自分は
「何を言っているの? 私、そんなことをしていないわ!」
「では、どうして部屋に閉じこもった! わざわざ
確かに
「確かに部屋も封印されていたけれど、私がしたんじゃありません」
「どうして私を信じてくれないの!? 三年間、大変な思いをして
誰よりも私の努力を見ているはずなのに、分かってくれないなんて
「だ、だが……逃げたのではないなら、どうして出て来なかったのだ!」
思わず
「私だって分からないわ。昨日の夜、ダイアナが部屋にやって来て……」
そう話していると記憶が
「ねえ、ダイアナに話を聞きたいわ!」
「……私はここにいます」
声の元を
いやに近い二人の
「あなたが部屋に来てくれた後、私はどんな様子だった? ダイアナはいつ帰ったの?」
「…………っ」
私が一歩
「わ、私は、コハネ様と一緒にお茶を飲んだあと、
「本当に? 見送った覚えはないけれど……」
「コハネよ。まさか、ダイアナのせいにするつもりではないだろうな?」
「そういうわけじゃ……。ちゃんと話を聞きたいだけです!」
「最後の記憶がダイアナとの
「そんな意図はありません。事実を言っただけです。でも、見送った記憶なんて本当にないのです。ダイアナ、あなたの言っていることは確かなの?」
私には聖女としての
そう意気込んでいると、私と視線を合わせていたダイアナが涙を流し始めた。
「コハネ様は、私を疑っているのですか? 私、聖樹の浄化はまだ二回目で、たくさんの人に見られていて怖かった……。それでも、必死に頑張ってやりとげたのに……!」
ダイアナは涙ながらにそう語ると、部屋を出て行ってしまった。
残された私達に流れる空気は最悪だ。アーロン様の後ろには騎士達が待機しているが、彼らの目もアーロン様の目も、私を責めている。
「やはり今の君は、聖女として失格だ」
「…………え?」
「これからはダイアナが全面的に聖女として
絶望と
「今までの私の努力を、全部明け
まっすぐにアーロン様を
「……君の努力には感謝している。これまで通り生活も保障するし、聖樹を浄化したことに対する
「浄化の大半は私がしたのに、私は聖女として表に出ず裏で
扉に施されていたのはどういう封印だったか、どうして私は
それらを解明できれば、ことの真相が分かるはずだ。
「何をどう調べろと言うのだ? 君は部屋から出てこなかった。それがすべてだ」
「調べてくれないなら、私はもうこの国のために何もしません」
「…………。
「?」
「ダイアナが聖女として認められたことが気に食わないのだろう?
「……アーロン様。あなたは、さっきから何を言っているの?」
私は聖女として務めた三年間を認めて欲しいだけだ。どうしてそれを分かってくれないのだろう。私の気持ちも何もかも否定するアーロン様の言葉を聞いて、何を言っても
「君はダイアナより自分が
「え?」
そういえば、先ほど見たときも、
「ダイアナが優秀だというのならば、すべて彼女に任せればいいでしょう。私はもう、あなたのために、そしてこの国のために身を
もうこの国にいる必要はない。私には聖女としての能力があるから、どこに行っても生きていけるだろう。
「どこへ行く」
歩き出した私の
「どこでもいいわ。ここではない国」
「その力はこの国で生かすべきだ。君を
「でも、もうダイアナがいるから聖女はいらないのでしょう? いいように使われるだけの生活なんてまっぴらよ!」
アーロン様の腕を
「……コハネを黒の
「!」
指示を受けた騎士達が私を取り囲む。黒の塔は「罪を
そんなところに入れられたら、自分では身動きが取れなくなってしまう。
逃げようとする私の行く手を騎士達が阻んだ。
「私は何もしていない!」
「国外に行くというのなら塔にいて
「私の方からお断りだわ!」
そう
「……オレは、ダイアナと婚約することになるだろう」
婚約破棄を言い渡した相手に、新たな婚約者を告げるなんて信じられない。
「今回のことは残念だったが、君は婚約破棄をしても生きていける強い女性だ。だが、ダイアナは
「あなたは強いから
今の言葉を聞いて、この出来事がなくても、私は捨てられていただろうと
聖女が二人いれば国益になるのに、私を裏に回そうとしたのは、ダイアナとの婚約を正当化するためかもしれない。
そうなると、私が最終浄化をしないように閉じ込めたのはアーロン様? もしくはアーロン様の新しい婚約者のダイアナだ。
「連れて行け」
アーロン様は騎士達に指示を出すと部屋を出た。それと同時に騎士達が私を取り囲む。
「……コハネ様。
私を連行しようとしている騎士の一人が
「……あなた、ウエストリーで警護をしてくれた騎士さん?」
「そうです。レイモンです」
浄化のために立ち寄った町では、警護のために地元の騎士がついてくれることがある。
レイモンさんは、ウエストリーという町で私を守ってくれた騎士だった。
「王城に配属になったの?」
「そうです。あなたの浄化に感動して……。聖女様の力になりたくて志願しました」
「……そう」
「どうして、ダイアナ様に使命を押しつけるようなことをなさったのですか! ウエストリーを救ってくれたあなたは──」
「さっきのやり取りを見ていたでしょう? 私、信じてくれない人とは話したくないの」
「…………っ」
……
「くっ、目がっ……! 何が起こった!?」
騎士達の間をすり
振り切るために、私は目に入った細い路地裏に入った。とにかく姿を
「……なんとしてでも逃げてやる。
「逃げられると思ったのか? 相変わらず勢いだけで浅はかだな」
「!? ……あれ、セイン?」
誰もいないと思っていたのに、話しかけられて
「そう簡単に国外まで逃げることができると思うか? すぐに連れ
「やってみないと分からないじゃない! 事情は分かっているようだけど、セインも私がダイアナに
私の質問に、セインはまっすぐな目を向けてきた。私を見定めているような目だ。
「こちらの世界に来たばかりのお前は、確かに
喜んでいいのか、落とされる前兆だと構えた方がいいのか分からない。
「お前と第二王子のやりとりをこっそり聞いていたが……」
「え、
「
思わず口を
「聖女であるお前を眠らせた方法が
どうやらセインは、ダイアナと私を公平に疑って判断をしようとしているようだ。
ちゃんと事実を知ろうとしてくれている。それは私が何よりも望んでいることだ。
「うん。無条件で信じてくれなくていい。セインが正しいよ」
真実が明らかになったら、セインは私の力になってくれるだろう。……多分。
「……お前の婚約者だったあの脳筋は、無条件で信じるべきなのだがな」
「うん?」
「いや、何でもない。王都を出たいなら逃がしてやる」
「え、いいの? セインが責められたりしない?」
しばらくは大人しくしろと言われると思っていた。まさかの申し出に目を見開く。
「バレるようなヘマはしない。俺の心配より、自分の心配をしろ。お前の『誰にも利用されず、ひっそりと暮らしたい』という願いを
「私だけ? そんな都合の良い場所…………あ! 『聖域』ね!」
王都の近くには、聖女だけが入ることができるという森──聖域がある。
そこなら誰も私を捕まえに来ることができない。
「でも、ダイアナが来たら……」
「あれが入ってくることができたなら、返り
「入ってくることができたなら?」
セインの言い回しに少し引っかかったが、確かに追いかけてきても、返り討ちにすればいいと
旅の中、危険なこともたくさんあったし、ダイアナには負ける気がしない!
「行け。しばらくお前の姿が見えなくなるように魔法をかけてやる。時折
「セイン……!」
見た目も中身も
「ありがとう! ツンデレセイン! いつかきっと恩返しするから!」
「さっさと行け!」
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