一章 奪われた場所 奪い取った場所②

 ──パチッ

 勢いよくまぶたが開いた。しばらく頭がボーッとしていたが、城内にある私室のソファで眠っていたようだ。

「私、何をしていたっけ?」

 直前に何をしていたかおくがない。夕方になり、部屋に戻ってきたことは覚えている。

 思い出すために部屋を見回していると、窓の外が明るいことに気がついた。

「…………え? まさか、日付が変わっている!? もう王都での儀式当日だわ!」

 しかも、時計を見ると、儀式開始の直前だった。どうしてこんなことになったのか分からないが、とにかく儀式に行かなければならない。

「急がなきゃ! ……あれ? 出られない。ふういんされている?」

 とびらを開けようとしたが、かぎではなく魔法でじようされていることに気がついた。

 でも、魔法で解除することができたので、そのまま部屋を飛び出した。

「…………っ!? 出て来たぞ! つかまえろ!」

 ろうに出た私を、見覚えのある騎士達が取り囲んだ。そしてうでこうそくされた。

「何をするの! はなしてよ!」

「アーロン様から、あなたを儀式に連れてくるように言われています」

「!」

 騎士達を見ると、確かにアーロン様の部下達だった。

 罪人のようにらえられてあせったが、儀式の場に連れて行ってくれるなら従おう。

 そう思い、大人しく騎士達の指示に従った。馬車ではなく、騎士と一緒に馬に乗せられ王都を進む。落ちそうでこわいけれど、文句を言えそうな空気ではない。

 騎士達の態度が異様に冷たいし、儀式におくれてアーロン様はおこっているだろうか。でも、説明すればきっと分かってくれるはずだ。

 そう思っていたのだが……私の期待はすべて打ちくだかれた。

 旅の集大成として臨んでいた王都での最終じようはダイアナによって成され、それまでの成果もダイアナのものにされてしまった。

 今まさに私の目の前で、ダイアナが王都の最終浄化を終え、国民の割れんばかりのかんせいを浴びている。

「聖女ダイアナによって、七つある聖樹のすべてが浄化された! ものしゆうげきおびえる日々は終わったのだ! サリスウィードは平和を取り戻した!」

 そして、ダイアナを聖女だと認めるアーロン様の言葉に、頭が真っ白になった。しようげきのあまり気がつくと私は騎士の手をすりけ地面にひざをついていた。

 それから何を言われたのかあまり覚えていない。とにかくダイアナとアーロン様と話をしなければ、という思いだけが頭の中をぐるぐるとめぐっていた。

 儀式が終わり、広場から少し離れたところにある宿の一室に連行された私を待っていたのは、こんやく者であるアーロン様のせいだった。

「コハネ・アマカワ! どうしてダイアナに儀式を押しつけた!」

「…………え?」

 まえれもなくられ、私は目を丸くした。旅の中でケンカをしたこともあったけれど、こんな風に一方的に怒鳴られたことは今まで一度もなかった。

 儀式直後はぼうぜんとしていた私だが、今は少し冷静さを取り戻している。聞きたいことは山ほどあるが、怒鳴りつけられるようなことをした覚えはない。

「騎士達も言っていたけれど、私が儀式を押しつけたって何のこと?」

「とぼけるな! 旅の仕上げとなる王都での最終浄化──。最も重要な儀式を民衆の前で行うのは、確かに大変なことだろう。だからと言って、聖女として目覚めて間もないダイアナに責務を押しつけ、自分はげるなどはじを知れ! そこなった!」

「何を言っているの? 私、そんなことをしていないわ!」

「では、どうして部屋に閉じこもった! わざわざだれにも解けない封印をほどこしてまで!」

 確かにほうで封印されていたが、私は簡単に解くことができた。でも、他の人は解除できなかったようだ。どういうこと?

「確かに部屋も封印されていたけれど、私がしたんじゃありません」

 じようきように混乱したが、それよりも一方的に責められるなんてなつとくがいかない。

「どうして私を信じてくれないの!? 三年間、大変な思いをしてがんってきたのに、最後に逃げたりするわけがないじゃない! ずっと一緒にいたのに分からないの!?」

 誰よりも私の努力を見ているはずなのに、分かってくれないなんてくやしい。

「だ、だが……逃げたのではないなら、どうして出て来なかったのだ!」

 思わずなみだこぼれた私を見て、アーロン様は戸惑っている。

「私だって分からないわ。昨日の夜、ダイアナが部屋にやって来て……」

 そう話していると記憶がよみがえってきた。そうだ、私はダイアナと一緒にいたのだ。

「ねえ、ダイアナに話を聞きたいわ!」

「……私はここにいます」

 声の元を辿たどると、ダイアナはアーロン様の背中にかくれるようにして立っていた。

 いやに近い二人のきよかんが気になったが、今は私への誤解を解くのが先決だ。

「あなたが部屋に来てくれた後、私はどんな様子だった? ダイアナはいつ帰ったの?」

「…………っ」

 私が一歩み出すとダイアナは怯えた。すると、アーロン様と達は彼女をかばうように、私の行く手をはばんだ。私を危険人物のようにあつかう態度にムッとした。

「わ、私は、コハネ様と一緒にお茶を飲んだあと、つうあいさつをして帰らせて頂きました。コハネ様も部屋の扉まで見送ってくださったではありませんか」

「本当に? 見送った覚えはないけれど……」

「コハネよ。まさか、ダイアナのせいにするつもりではないだろうな?」

「そういうわけじゃ……。ちゃんと話を聞きたいだけです!」

「最後の記憶がダイアナとのだんしよう。記憶はれ、気づけばしきの時間が過ぎていた──。まるでダイアナに何かをされたような口ぶりではないか」

「そんな意図はありません。事実を言っただけです。でも、見送った記憶なんて本当にないのです。ダイアナ、あなたの言っていることは確かなの?」

 私には聖女としてのほこりがある。「儀式を押しつけた」だなんて、めいわくをかけられたままでは納得いかない。絶対に真相をあばいてやる!

 そう意気込んでいると、私と視線を合わせていたダイアナが涙を流し始めた。

「コハネ様は、私を疑っているのですか? 私、聖樹の浄化はまだ二回目で、たくさんの人に見られていて怖かった……。それでも、必死に頑張ってやりとげたのに……!」

 ダイアナは涙ながらにそう語ると、部屋を出て行ってしまった。

 残された私達に流れる空気は最悪だ。アーロン様の後ろには騎士達が待機しているが、彼らの目もアーロン様の目も、私を責めている。

「やはり今の君は、聖女として失格だ」

「…………え?」

「これからはダイアナが全面的に聖女としてたみの前に立つだろう。今日の儀式で、民も聖女とはダイアナのことだとにんしきしたはずだ」

 絶望といかりで、ふらりとたおれそうになった。でも、今言い返さないと一生こうかいする。

「今までの私の努力を、全部明けわたせということでしょうか。私がどれだけ頑張ったか、誰よりも知っているあなたがそれを言うの?」

 まっすぐにアーロン様をえると、彼は私の視線からのがれるように顔をそらした。

「……君の努力には感謝している。これまで通り生活も保障するし、聖樹を浄化したことに対するほうしようあたえる。これからもその力をこの国のために、民のために使って欲しい。そして、ダイアナの補助をしてやってくれ」

「浄化の大半は私がしたのに、私は聖女として表に出ず裏でをしろと? 鹿にしないでください。それに褒賞なんていらないから、何があったかちゃんと調べて!」

 扉に施されていたのはどういう封印だったか、どうして私はねむってしまったのか。

 それらを解明できれば、ことの真相が分かるはずだ。

「何をどう調べろと言うのだ? 君は部屋から出てこなかった。それがすべてだ」

「調べてくれないなら、私はもうこの国のために何もしません」

「…………。しよせんその程度か」

「?」

「ダイアナが聖女として認められたことが気に食わないのだろう? たたえられるのが自分ではないから、サリスウィードの人間が困ってもいいと思っているのではないか?」

「……アーロン様。あなたは、さっきから何を言っているの?」

 私は聖女として務めた三年間を認めて欲しいだけだ。どうしてそれを分かってくれないのだろう。私の気持ちも何もかも否定するアーロン様の言葉を聞いて、何を言ってもなのか、と気持ちが冷めた。言葉にすることも馬鹿らしくなってきて、私は口をつぐんだ。

「君はダイアナより自分がすぐれていると思っているようだな? ダイアナは聖女として認められたのがおそかっただけで、能力的には君よりゆうしゆうだ。君は儀式のたびへいしていたが、ダイアナは前回も今回も、体調不良を起こしていない」

「え?」

 そういえば、先ほど見たときも、だんと変わらない様子だった。最も大きい聖樹を浄化したのに、ダメージがないなんて信じられない。ダイアナのじようにはかんがあったし、今日の儀式はちゃんと終わったのか疑問がかんだが……もう私には関係のないことだ。

「ダイアナが優秀だというのならば、すべて彼女に任せればいいでしょう。私はもう、あなたのために、そしてこの国のために身をけずることはしません。さようなら」

 もうこの国にいる必要はない。私には聖女としての能力があるから、どこに行っても生きていけるだろう。

「どこへ行く」

 歩き出した私のうでをアーロン様がつかんだ。

「どこでもいいわ。ここではない国」

「その力はこの国で生かすべきだ。君をしようかんしたのはサリスウィードだ」

「でも、もうダイアナがいるから聖女はいらないのでしょう? いいように使われるだけの生活なんてまっぴらよ!」

 アーロン様の腕をりほどいて歩き始めたが──。

「……コハネを黒のとうへ連れて行け」

「!」

 指示を受けた騎士達が私を取り囲む。黒の塔は「罪をおかした要人のろう」といえる場所だ。

 そんなところに入れられたら、自分では身動きが取れなくなってしまう。

 逃げようとする私の行く手を騎士達が阻んだ。

「私は何もしていない!」

「国外に行くというのなら塔にいてもらうしかない。君とのこんやくだ」

 とつぜん告げられたことに思わず固まった。でも、私の返事はすぐに決まった。

「私の方からお断りだわ!」

 そうさけぶと、かアーロン様は傷ついたような顔をした。

「……オレは、ダイアナと婚約することになるだろう」

 婚約破棄を言い渡した相手に、新たな婚約者を告げるなんて信じられない。

「今回のことは残念だったが、君は婚約破棄をしても生きていける強い女性だ。だが、ダイアナはちがう。聖女として生きていく彼女には支えが必要なんだ」

「あなたは強いからだいじよう」だなんて、別れ言葉の中ではトップクラスで最低な言葉だ。

 今の言葉を聞いて、この出来事がなくても、私は捨てられていただろうとさとった。

 聖女が二人いれば国益になるのに、私を裏に回そうとしたのは、ダイアナとの婚約を正当化するためかもしれない。

 そうなると、私が最終浄化をしないように閉じ込めたのはアーロン様? もしくはアーロン様の新しい婚約者のダイアナだ。

「連れて行け」

 アーロン様は騎士達に指示を出すと部屋を出た。それと同時に騎士達が私を取り囲む。

「……コハネ様。そこないました」

 私を連行しようとしている騎士の一人がつぶやいた。見覚えがある顔だ。

「……あなた、ウエストリーで警護をしてくれた騎士さん?」

「そうです。レイモンです」

 浄化のために立ち寄った町では、警護のために地元の騎士がついてくれることがある。

 レイモンさんは、ウエストリーという町で私を守ってくれた騎士だった。

「王城に配属になったの?」

「そうです。あなたの浄化に感動して……。聖女様の力になりたくて志願しました」

「……そう」

「どうして、ダイアナ様に使命を押しつけるようなことをなさったのですか! ウエストリーを救ってくれたあなたは──」

「さっきのやり取りを見ていたでしょう? 私、信じてくれない人とは話したくないの」

「…………っ」

 きよぜつすると、レイモンさんがまどった。周囲の騎士達も同じ様子だ。

 ……げるなら今だ! 私は聖女の『聖ほう』で、目くらましの光を放った。

「くっ、目がっ……! 何が起こった!?」

 騎士達の間をすりけて宿を飛び出すと、広間に残ったひとみの中にまぎれた。騎士達が追って来るが、なんとか逃げ切りたい。でも、私の足では追いつかれそうだ。

 振り切るために、私は目に入った細い路地裏に入った。とにかく姿をかくそう。

「……なんとしてでも逃げてやる。だれの指図も受けず、静かに暮らすんだから!」

「逃げられると思ったのか? 相変わらず勢いだけで浅はかだな」

「!? ……あれ、セイン?」

 誰もいないと思っていたのに、話しかけられてきもが冷えたのだが、よく見ると暗がりにセインの姿があった。……セインも私をつかまえようとしているのだろうか。

「そう簡単に国外まで逃げることができると思うか? すぐに連れもどされるぞ」

「やってみないと分からないじゃない! 事情は分かっているようだけど、セインも私がダイアナにしきを押しつけたと思っているの?」

 私の質問に、セインはまっすぐな目を向けてきた。私を見定めているような目だ。

「こちらの世界に来たばかりのお前は、確かにはんこう的で何の役にも立たなかった。だが、腹をくくってからのお前は……よくやってくれていた」

 喜んでいいのか、落とされる前兆だと構えた方がいいのか分からない。

「お前と第二王子のやりとりをこっそり聞いていたが……」

「え、とうちようしていたの? 聞いていたなら、どうして話に入ってきてくれなかったのよ! セインがちゆうさいしてくれたら、せめてまともに話し合えたかもしれないのに」

ぼうかん者という立ち位置が最もじようきようあくに適している」

 思わず口をとがらせる。セインはこういう人だったことを思い出した。

「聖女であるお前を眠らせた方法がなぞだ。お前には状態変化の魔法や薬は効かないはずだ。ダイアナは信用ならないが、お前の主張に確証が持てない限り、お前も信じない」

 どうやらセインは、ダイアナと私を公平に疑って判断をしようとしているようだ。

 ちゃんと事実を知ろうとしてくれている。それは私が何よりも望んでいることだ。

「うん。無条件で信じてくれなくていい。セインが正しいよ」

 真実が明らかになったら、セインは私の力になってくれるだろう。……多分。

「……お前の婚約者だったあの脳筋は、無条件で信じるべきなのだがな」

「うん?」

「いや、何でもない。王都を出たいなら逃がしてやる」

「え、いいの? セインが責められたりしない?」

 しばらくは大人しくしろと言われると思っていた。まさかの申し出に目を見開く。

「バレるようなヘマはしない。俺の心配より、自分の心配をしろ。お前の『誰にも利用されず、ひっそりと暮らしたい』という願いをかなえられる場所があるだろう。お前以外には入ることができない場所が。そこにいるといい」

「私だけ? そんな都合の良い場所…………あ! 『聖域』ね!」

 王都の近くには、聖女だけが入ることができるという森──聖域がある。

 そこなら誰も私を捕まえに来ることができない。

「でも、ダイアナが来たら……」

「あれが入ってくることができたなら、返りちにすればいい」

「入ってくることができたなら?」

 セインの言い回しに少し引っかかったが、確かに追いかけてきても、返り討ちにすればいいとなつとくした。聖女の力は浄化だけじゃない。

 旅の中、危険なこともたくさんあったし、ダイアナには負ける気がしない!

「行け。しばらくお前の姿が見えなくなるように魔法をかけてやる。時折れんらくを取るから、困ったことがあれば言え」

「セイン……!」

 見た目も中身もこわいと思っていたセインが、困ったときに一番やさしくしてくれるなんて思ってもみなかった。アーロン様のことといい、私は見る目がないのかもしれない。

「ありがとう! ツンデレセイン! いつかきっと恩返しするから!」

「さっさと行け!」

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