一章 奪われた場所 奪い取った場所①

 よどんだ空気の中を進む。隣には第二王子アーロン様。そして、背後にはくつきような騎士達。

 前方にそびえているきよぼくは、かつてはこうごうしい光を放っていた聖樹だ。だが、今はみずみずしさをなくし、暗く重い空気を放っている。

 しようまり、けがれてしまった聖樹の正面で私は足を止めた。

「コハネ、よろしくたのむ」

 アーロン様のこえけに、私は力強くうなずいた。必ずこの聖樹を浄化してみせる。

「黒の聖女様……どうか聖樹を……我らをお救いください!」

 少しはなれたところには、しきを待ち望んでいたきんりんの村に住む人々が集まっていた。

 本来、瘴気を中和する聖樹の近くは安全だ。だから、村はずっと平和だったが、この数年は魔物が現れるようになっていた。

 最近では魔物の出現が日常化していたため、怯える日々が続いていたという。

 村人達の表情は暗く、ろうが見える。早く安心させてあげたい。

「では、聖樹の浄化を始めます」

 私の声が静かに広がった。だが、その直後──。

「魔物だ! 魔物の群れが接近中!」

 騎士の声にり向くと、背後に広がる草原におおかみ型の魔物の群れが見えた。

 リーダーらしき大型の魔物を先頭に、三十ぴきほどの魔物がこちらに向かって来る。

 村人達は悲鳴を上げてげ出そうとしたが、そのしゆんかんに青い光が私達の周りを包んだ。

 何事かと足を止める村人達に、黒衣の男が呼びかけた。

「結界を張った。魔物のえさになりたくなければ、ここでジッとしていろ!」

 その言葉を聞いて動かなくなった村人達を見ると、男は満足げに頷いて私を見た。

「俺は騎士達と魔物を始末してくる。お前もボーッとしていないで、気にせず進めろ」

 ……誰に対しても、もう少しやさしい言い方はできないものか。黒衣の男──魔法使いのセインの口の悪さにため息をついた。

「コハネ、あちらはセインに任せよう。オレはここにいる。安心してくれ」

 アーロン様の頼もしい言葉に頷き、私は浄化を始めることにした。

 意識を集中し、祈りをささげるように手を組む。

 聖女のみが使える聖魔法の浄化を発動すると、聖樹を温かな白い光が包んだ。れそうになっていた聖樹の葉が青さを取り戻していく──。

 幹にも力強さが戻り、聖樹自身が放つ神聖な光も戻って来た。

「おお……」

 見守っている村人達がかんたんの声をあげる。私は浄化が上手うまくいっていることにあんしながらも、聖樹をむしばんだ瘴気をどんどん消していった。

 完全に浄化を終えるまで、それほど時間はかからなかった。

「……浄化が終わりました。もう魔物が村をおそうことはないでしょう」

 私の言葉を聞き、村人達が駆け寄って来た。

「聖女様、ありがとうございます! これで安心して暮らせます……!」

 村人達は、みんながおになっていた。安堵でなみだを流している人もいる。こうして喜んでくれている姿を見ると、聖女になってよかったと思う。

「浄化も問題なく終わったようだな」

 魔物のとうばつを終えたセインが戻って来た。気づけば周囲をおおっていた結界もない。

「今日は転ばずに済んだようでなによりだ」

「もう転びません!」

 ニヤリと笑うセインにムッとする。初めて浄化をした時、きんちようしすぎて転んだことを、儀式の都度にからかってくるのだ。

 セインは、サリスウィードでトップクラスの魔法使いで、浄化の旅を共にする仲間だ。

 細身の長身で、長いくろかみ。目の下にはいつもクマがある。全身黒で不気味だが、魔法については貴重なアドバイスをくれるし、くやしいけれどとてもたよりになる。

「魔法をに使ったり、余計なことをせずに休めよ」

 みようにトゲのあるありがたい言葉を残し、セインは離れて行った。

 私が真顔で黒い背中を見送っていると、騎士達と話をしていたアーロン様が戻って来た。

「コハネ、おつかれ様。今日のじようも見事だった」

 アーロン様の笑顔を見て、今日の儀式も無事終わったと実感してホッとした。

 出会った当初は、こんなに安心感をいだく相手になるとは思わなかった。

 私は日本で暮らすどこにでもいるつうの女子高生だったが、サリスウィードが行った『聖女しようかん』により、二年程前にこの世界にやって来た。

 私を召喚したこの国では、『瘴気』という魔物を生み出す負のエネルギーを、『聖樹』と呼ばれる聖木が中和することで平和を保ってきた。

 だが、長い月日の中で処理しきれなかった瘴気が聖樹に溜まり、中和機能が低下。

 その結果、魔物が村や町にも出現するようになり、人々の暮らしがおびやかされ始めた。

 聖樹の中にある瘴気を消す『浄化』ができるのは『聖女』だけ。だから、聖女召喚が行われたということだった。

 私の両親は、もう十年ほど前にくなっている。ずっとめんどうを見てくれていた祖母も去年に他界しているので、帰りを待ってくれる家族はいない。

 でも、会いたい友達やしんせきはいるし、思い出がたくさんまった大事な家を放置したくなかった。だから、どうしても日本に帰りたかったが、元の世界に帰る方法はなかった。

 アーロン様やサリスウィードのじゆうちん達に、「どうかこの国のために力を貸して欲しい」とこんがんされたが、私から日常を奪った人達に協力する気にはなれず……。だいに部屋に閉じこもり、ふさぎ込むようになった。

 そんな私を支えてくれたのがアーロン様だった。

 当時の私にとって、アーロン様はゆうかいの主犯格。ずいぶんじやけんにしたのだが、それでも私の体調や精神面をだれよりも気づかってくれた。

 そして、しんに協力を求め続ける姿を見ているうちに、私の気持ちに変化が生まれた。

『どういても元の世界に帰ることはできないのだから、それなら聖女として人の役に立った方が良いのではないか。私にしかできないことがあるならがんりたい。誰かの力になりたい』

 そう思うようになり、聖女として使命を果たしていく決意をしたのだ。

 ここは日本とちがってものがいる世界だ。きようや不安もあったが、アーロン様が「コハネはオレが守る」と言ってくれたから、浄化の旅に出るかくができた。

 その後、アーロン様の方から婚約を申し込まれたときはおどろいたが、この世界で誰よりもしんらいしていたからしようだくした。

 そして、婚約を済ませ、サリスウィードにある七つの聖樹を浄化するための旅に出た。

 今は五つ目の聖樹の浄化が終わったところで、残すはあと二つとなった。

「あとはオレに任せて、コハネはゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。でも、もう少し村の人達の話を聞いてから休もうと思います」

 旅を始めた当初の私は、浄化後は心身共にへいするため、アーロン様に頼りきりだった。

 でも、今は私も様々なことで、人々の力になることができている。今日も疲れているけれど、少しでもみんなの期待にこたえたいし、もう旅もしゆうばんだ。

 これまでアーロン様やセインにずっと頼っていたからこそ、二人にもいい加減安心してもらって、王都での浄化にのぞめるようにしたい。

「そうか。……村人もオレより、聖女に話を聞いて貰った方が安心するだろう」

「アーロン様?」

「……いや。無理をするなよ。オレは達と話してくる」

 少し元気がない様子のアーロン様が気になったが、再び私は村人達に囲まれた。

 彼らの話を聞き、体の不調をうつたえる人には回復ほうをかけてあげたりと、できるかぎりの協力をしたあと、私は宿にもどって体を休めた。



 そして、次の聖樹へ向かうため、移動を開始した数日後──。きゆうけいのために立ち寄った町で、私達の旅に大きな変化が起こった。

「私に聖女が務まるでしょうか」

 今まで私とアーロン様だけだった馬車に、新しく聖女とにんていされた女性が加わったのだ。

 ダイアナはうすい茶色のかみに赤い目。色白ではかない印象の美人だ。高校一年生のころに召喚されてもうすぐ一九歳になる私より、二つ年上だという。

 そして、異世界人の私とは違い、この世界の人間だ。史実にもとづき、聖女は異世界人だけだと思われていたが、ダイアナは魔物が出現した場所にただよっていたしようはらったそうなので、ちがいなく浄化の力を持っている。

 国でも浄化の力だと確認が取れたので、私達の旅に加わることになったのだが、サリスウィードのしよみんだったダイアナは、急に聖女という大役をにない、まどっていた。でも、ちゃんと使命を果たそうとする姿勢は立派だし、けんきよ可愛かわいらしい人で、好感を持ったのだが……私はむなさわぎがした。

「国に力を認められているのだ。胸を張れ。何かあればオレを頼るといい」

 私が塞ぎ込んでいた時のように、アーロン様がダイアナをはげましている。

 私はまだ体調がばんぜんではなかったため、眠るように目を閉じていた。ぼんやりとしながら二人のやり取りを聞いていたが、いつの間にか本当に眠ってしまっていた。

 そして目覚めた時には、次の目的地であるリノ村に着いていた。

「コハネ、ここの聖樹の浄化は、ダイアナに任せようと思う。最終となる王都での浄化に向けて、君はゆっくり休んでいてくれ」

 この地の聖樹も浄化するつもりだった私は、アーロン様の言葉にいつしゆん戸惑った。でも、私は体を休めることができるし、ダイアナは聖樹の浄化を経験できる。一石二鳥だ。

「分かりました。お言葉に甘えて私は休ませて貰いますね」

 そう言って二人と別れたのだが……。

しきに集まって来た方々へは、どのようにえばよいのでしょう……」

「君は儀式に集中してくれ。ほかのことはオレが担おう」

たのもしいです……! アーロン様のようならしい方がそばにいてくださって、とても心強いです。あっ、一度聖樹を見て来てもいいですか?」

「もちろんだ。いつしよに行こう」

 寄りって歩いて行く二人の背中を見ていると、言いようのないさびしさにおそわれた。

 あとから思えば、この時にもっと深く考えるべきだったのかもしれない。

 それからダイアナの浄化は問題なく終わり、私も体を休めることができた。リノ村を出発し、道中に魔物に襲われた人々の手当などをしながら王都に無事かん。残すは最終浄化のみとなった。

 王都の聖樹を浄化する最終浄化の儀式は、聖女がすべての聖樹の浄化を終え、国に平和を取りもどしたことを広く知らしめるため大勢の国民の前で行われる。千年近く前、聖女召喚によってサリスウィードにやって来た初代聖女テレーゼの頃から続く特別な儀式だ。

 この儀式を終えることで、初めて本当の意味で聖女として認められる。

 最後の聖樹は王都の外れにあるのだが、儀式は王都の広場で行われる。国民達に見せることで安心感をあたえ、ひいては王家の支持を高めたい、ということのようだ。

 一度広場を下見してきたが、最終浄化を見るために、王都外からも人がおとずれているようで活気がすごかった。「ここで国民に見守られながら儀式を行うのか」と思うときんちようした。

 でも、浄化をやりとげれば、やっとこの三年の努力がむくわれることになる。しっかりと成功させ、みんなを安心させてあげたい。

 そして万全の状態でむかえた儀式前夜、緊張でなかなか眠れずにいると誰かが私の部屋を訪れて──。

「ふふっ。……安心して、『すべて』私におまかせくださいね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る