第31話:簒奪

帝国暦1122年・神暦1022年・王国暦122年1月1日・ロディー視点

ロディー15歳


 大半の侍従と侍女に背かれた王家の人間に逃げ場などなかった。

 近衛を務める騎士や徒士も神与の儀式では辛い思いをしている。

 国法だから、王家も守っていたから、泣く泣く子女を見殺しにしてきた。

 それなのに、王家だけが不正をしていたと知れば、忠誠心は霧散する。


 直接取り押さえるのは気が咎めても、王族であるトラースト公爵がアレッサンドラ王太女を取り押さえるのを邪魔したりはしない。

 武術系スキルを持っている国王は抵抗したが、王位を継いでからは死なない事が最優先で、戦わないようになった国王と、今も最前線で戦い続けるトラースト公爵に勝てるわけがない。


 2人だけでなく、アレッサンドラ王太女の生母フランチェスカも捕らえられた。

 3人は縄で厳しく縛られ、順番に魔法陣の中心に固定された。

 トラースト公爵は前もって派閥の貴族に準備させていたのだろう。

 全員で7人の神官が儀式とスキル確認をした。


「「「「「アレッサンドラの神与スキルは詐欺師だ」」」」」


 7人の神官が声を揃えて、アレッサンドラの神与スキルが軍師ではなく詐欺師だと断言した。

 その中には王家の支配下にあった神官までいた。

 自分以外に6人もの神官がいるのだ。

 とてもじゃないが嘘をつく事などできない。

 

 いや、大神官がついさっき目の前で神罰を喰らったのだ。

 誰だって我が身が可愛い。

 徐々に身体を焼かれて激痛にのたうち回るような死に方はしたくない。

 それに、今王家を裏切らないと、後で確実に貴族たちに嬲り殺しにされる。


「「「「「ウオオオオオ」」」」」

「やはり王は不正を行っていたのだな」

「ゆるせん!」

「これまで死んでいった王侯貴族たちの忠誠心はなんだったのだ?!」

「殺せ、国家の大法を破るような王は殺してしまえ!」


 もうマクシミヌス4世に生き残る術はないだろうな。

 もちろんアレッサンドラとフランチェスカも嬲り殺しにされるだろう。

 悪人とはいえ、女が嬲り者にされるのを見るのは嫌だ。

 ここは俺の手で楽に殺してやるべきだろうが、まだ早いな。


「待て!

 国の大法を破って不正を行った王を殺すのは当然だ。

 だがその前に、全ての罪を明らかにしなければならぬ。

 今後同じ事が起こらないように、何もかも明らかにするのだ。

 特に、アレッサンドラが王の子であるかどうかは絶対に調べなければならぬ!」


「「「「「オオオオオ」」」」」

「「「「「そうだ、そうだ」」」」」

「フランチェスカの罪を明らかにしろ!」

「アレッサンドラの父親を確かめろ!」

「王国を簒奪しようとした大逆人を明らかにしろ!」


 謁見の間に集まっている全ての者が怒りの炎に身を任せている。

 王の権力を笠に着たアレッサンドラとフランチェスカの横暴が、それだけ激しく理不尽だったのだろう。


 王族で唯一の男系王位継承権を持つトラースト公爵家の後継者候補であった俺でさえ、怒りに打ち震えるほどの横暴な言動をされていたのだ。

 遥かに身分の低い下級貴族や士族がどれほど横暴な言動を受けていたかなど、簡単に推測する事ができる。

 

「神意を問う魔法陣は既に準備しております」


 トラースト公爵家の支配下にある神官が、精巧な魔法陣が描かれた板や絨毯をたくさん運んで来た。

 移動する事なくこの場で新たな魔術を駆使するために準備していたのだろう。


 確かに、このような状況で神意を問う魔法陣のある場所に移動するのは下策だ。

 王を奪還しようとする者が現れるのはもちろん、王侯貴族たちの怒りが霧散してしまうかもしれない。

 ここは準備が大変でも、持ち運びができる魔法陣を準備しておくべきだ。


「では、今から神に真実を明らかにして頂きます。

 全知全能なる我らが神よ、どうか我ら卑小な者に真実を教えてください。

 アレッサンドラの父親は誰なのですか?」


(アレッサンドラの父親はロウルである。

 アレッサンドラはフランチェスカが男娼のロウルと交わってできた子だ)


「ウォオオオオ!

 ウソダ……うそだ……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、うそだ~!

 ぎゃあああああ!」


 神から真実を心話で伝えられたマクシミヌス4世は半狂乱になった。

 彼が今まで1度もフランチェスカの事を疑わなかったとは思えない。

 疑っては、それを打ち消してきたのだろう。

 自分に洗脳をかけるように、アレッサンドラは自分の娘だと信じたのだろう。

 それを神に完全否定されたら……狂うのもしかたがないのかもしれない。


「王には、その権力に相当する責任と義務がある。

 自分の子供に王位を継がせたいと言う欲望に負けるような者に王の資格はない。

 これまで多くの家臣に忠義ではない無理を課してき罰は受けてもらう。

 その1つが、自分の子供だと思っていた者が不義の子であると証明される事だ」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 マクシミヌス4世は嫌われていたのだな。

 王の個人的な言動によるものなのか?

 それとも王族全てが嫌われているのか?


 王家だけが大法を守らなかった、不公平が嫌われている可能性もある。

 王個人、王家、王族、何が嫌われているか確認する必要がある。

 それによって弟妹たちを助け出す時期が違ってくる。


「次は自分の子供だと信じていたアレッサンドラが目の前で殺される事だ」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」

「「「「「殺せ、殺してしまえ!」」」」」

「ただで殺すな」

「そうだ、嬲り殺しにしろ」

「穴という穴に焼けた鉄串を突き刺してやれ」


 アレッサンドラは王侯貴族から心底嫌われているな。


「待て、我ら誇り高き王侯貴族が下劣な売女と同じ所まで下がってはいけない。

 常に戦場で先陣を切る誇り高き戦士として、一撃で殺すのだ。

 このようにな」


「ぎゃあああああ!

 あれっさんどら、アレッサンドラ、アレッサンどらぁああああ!」


 トラースト公爵が一刀のもとにアレッサンドラの首を跳ね飛ばした。

 胴体から離れて宙を舞うアレッサンドラの首は不思議そうな表情をしている。

 自分の身に何が起きたのかもわかっていないのだろう。

 それに比べてマクシミヌス4世は、絶望の底が破れて更に深く落とされたようだ。

 絶叫した後でアレッサンドラの名をくり返している。


「最後は、自分を裏切り騙し続けたフランチェスカとロウルが許されて生き残り、自分だけが処刑される事だ」


「「「「「……」」」」」


 一転して熱狂が冷めてしまった。

 トラースト公爵はここで貴族たちの心を読み違えたのか?

 王族が誇り高く大法を守って神与の儀式を続ければ、塵芥のような生産スキル持ちなど、死のうが生きようが関係ないと思っているのだろう。


 トラースト公爵に人間の、特に親兄弟の情愛を理解しろと言っても無理だろう。

 そんなトラースト公爵では、貴族が何故熱狂を失ったのか理解できないだろう。

 問題は、理解できないでこのまま自分のやり方を押し通すかどうかだ。

 臨機応変に対応できなければ、王が代わるだけでなく、王朝交代もあり得る。


「ふむ、その方たちは気に喰わぬか?

 塵のような売女や男娼が死のうが生きようが関係ないと思ったが、違うようだな。

 ふむ、ではその方たちの気が済むように、この場で処刑しよう」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」

「「「「「ころせぇえええええ」」」」」

「焼き殺せ!」

「斬り殺せ!」

「突き殺せ!」

「叩き殺せ!」


 怒りに我を忘れている時なら、多少は残虐な殺し方もできる。

 だが今は冷静だから、群集心理で我を忘れている連中にはついていけない。

 ルキウスがこの場で殺される可能性はなくなったし、ここは一旦城に戻るか?


「トラースト公爵殿下、いえ、アグリッピナ国王陛下。

 残念ながら私は武術系スキルが神与されませんでした。

 これまでの王家王国の大法に従えば、最前線で名誉の戦いを賜る事になります。

 しかしながら、この数年は隣国の侵攻がありません。

 こちらから侵攻するにも兵糧すら不足している状況です。

 先年兄のロディーが、農民スキルを活用して兵糧不足解消するために、命懸けで大森林の開拓に向かいました。

 私も王家王国の為に、命懸けで大森林の開拓に向かいたいのです。

 どうか許可を頂けないでしょうか?」


 さすがルキウスだ。

 この場で自分に生きる可能性を与える事で、トラースト公爵に貴族たちが何を求めているかを教える心算だ。

 問題はトラースト公爵がそれに気がつくかだが、大丈夫だろう。


「さて、新たな王となって最初の命令をどうするかだな。

 余はマクシミヌス4世のように愚かな決定をその方たちに強制したりはしない。

 だが、王家王国を護ってきた大法を破る気もない。

 兵糧がないと言うのなら、隣国に攻め込んで奪えばよい。

 奪えなければ餓死すればよい。

 敵の剣に斃れるのも、飢えて死ぬのも、名誉ある戦死である事には違いない!」


 ……さすがトラースト公爵と言うべきなのだろうか。

 戦術系スキルを得ていない者に王侯貴族の資格なし。

 王侯貴族の家に生まれた名誉を護りたいのなら、どのように不利な状況であろうと、戦って死ねというのだな。


 それが戦術系スキルを得られなかった者にとって唯一名誉を護るモノだと信じ込んでいるのだろう。

 俺には理解不能な考えだが、トラースト公爵の頭の中では正しい事なのだろう。


「「「「「おう」」」」」

「「「「「……」」」」」


 武術系スキルの後継者に恵まれた家だけが賛同している。

 割合で言えば1割から2割だろう。

 8割近い家がトラースト公爵の言葉に困っている。

 彼らはこのまま武術系スキルの跡継ぎに恵まれなければ、貴族位を失うのだ。


 武術系スキルに恵まれた者を婿や嫁にもらいたくても、生産系スキルを得た子女が必死の戦場に送られては、自分の血が絶えてしまう事になる。

 マクシミヌス4世が適齢期の女をほとんど全て自分のハーレムに強制収容していなければ、ここまで無残な状況にはならなかったのだろうが……


「ふむ、ここでもマクシミヌス4世の愚かな行為が影響を与えているか。

 しかたがない、今後10年だけ特例を設けてやる。

 生産スキル持ちでも、最前線に送る事を免除する。

 その適正に応じた職につかせたうえで、戦術系スキルを持つ嫁か婿を取れ。

 ただし、農民系のスキルを持つ者は大森林の開拓に向かわせろ。

 余も公平にルキウスを大森林の開拓に送る。

 それと、マクシミヌス4世のハーレムを開放して、適齢期の女をその方どもに分け与えてやろう。

 10人子供が生まれれば1人は武術系スキルを持つ者がいるだろう」


 常に最前線に立ち、士気をその身に感じ続けてきたトラースト公爵らしいな。

 神与の儀式は守り続けるが、状況の悪い10年だけは特例を設けるか。

 確かに、マクシミヌス4世が狂気のハーレムを作るまでは問題なかったのだ。

 前世の歴史や物語にあった、堕落した王侯貴族がこの国にはほとんどいなかった。

 それは王侯貴族に命懸けの義務と責任を課していたからだ。


「ありがたき幸せでございます。

 では今直ぐ大森林に向かいます」


 ルキウスがこの場を離れるのなら、俺も一緒に離れよう。

 これ以上自分に係わりのない残虐行為を見るのは嫌だ。

 それに、トラースト公爵が密かにルキウスを殺さないとは断言できない。

 直ぐに合流して1の城に連れて行こう。

 2人で力を併せれば、大森林に弟妹と幸せに暮らせる楽園を築けるはずだ。

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王女に婚約破棄され実家の公爵家からは追放同然に辺境に追いやられたけれど、農業スキルで幸せに暮らしています。 克全 @dokatu

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