第30話:神与の儀式

帝国暦1122年・神暦1022年・王国暦122年1月1日・ロディー視点

ロディー15歳


 俺は緑竜ジュダックの背に乗せてもらって王都に行った。

 緑竜ジュダックと聳孤ハワードなら転移魔術を使って王都に行く事もできるが、俺に半殺しにされた2人に魔力を無駄遣いする余裕はない。

 普通に飛行するだけなら使う魔力量は大したことない。

 だから幾種類もの隠形魔術を使って気配を消した状態で移動した。


(騎士殿は流石だな!

 我が全力飛行をしてもビクともしない。

 とても人族とは思えない強靭さだ!)


 緑竜ジュダックが手放しでほめてくれる

 これがエンシェントドワーフと一緒なら、彼らの負担にならないように、飛行速度を絞らなければいけない。

 頑丈さが自慢のドワーフの中でも、数千年生きた高いスキルを持つエンシェントドワーフでも、エンシェントドラゴンの全力飛行には耐えられない。


(俺が暴れてもよいと言うまでは、何があっても攻撃するな。

 分かっているとは思うが、反撃も駄目だぞ!

 お前ら2人が軽く反撃しただけで、こんな城など簡単に崩壊するからな。

 俺の大切な家族を巻き込んだら、この場で耕すからな)


 緑竜ジュダックと聳孤ハワードに厳しく念を押しておく。


(それくらい我にも分かっているぞ。

 人族は信じられないくらい身体がもろいからな)


(ええ、わかっていますとも。

 これでも昔は人族に吉兆を伝える役目を神から与えられていたのです。

 最近の人族は性根が腐ってしまって、担当の神にまで見放されてしまい、吉兆を伝える役目がなくなってしまいましたが……)


(気にするな、ハワード。

 人族の性根が腐っているのは、同じ人族の俺が誰よりも知っている。

 だが、そうか、担当の神にまで見放されているのか。

 だったら神になど頼らずに自力で人の世を変えればいいだけだ。

 弟のルキウスならやってくれるだろう。

 ジュダックは人族がもろいと言うが、神に匹敵するエンシェントドラゴンと人族を比較できるわけがない)


(……よく言う。

 そのエンシェントドラゴンを一撃で耕したのはどこのどいつだ?)


(俺は人族でも特別だからな。

 平均的な人族と平均的なエンシェントドラゴンを比べるなという話だ。

 エンシェントドラゴンの中でもゴッドエンシェントドラゴンは別格だろう?)


(確かに、ゴッドエンシェントドラゴンは別格だな)


 俺たち3人は雑談を交わしながら王城の中を移動していた。

 雑談とは言っても声を出しているわけではない。

 そんな事をすれば、何のために隠形魔術を使っているか分からなくなる。

 ちゃんと声に出さない心話で想いを伝えている。


 俺の唯一の弱点だった方向音痴も、今回は何も問題もない。

 王家に仕える者たちの動きを見れば、どこで何をしているか分かる。

 特に神与の儀式を行う謁見の間は、多くの人が集まってくる。

 身分の低い者ほど早く入室するから、真っ青な顔色をした15歳くらいの男爵公子の後について行けば、間違える事なく謁見の間にたどり着ける。


 俺たち3人は身分順に入ってくる貴族たちを観察した。

 可愛い弟ルキウスが入室してきた時には、思わず声をかけてしまいそうになった。

 だが、家畜を競売場に連れてきたような、冷たい表情を浮かべる両親と祖父母が側にいたので、愚かな行動をとらないですんだ。


 場合によれば、何の愛情もないとはいえ、この世界では両親や祖父母にあたる男女をぶち殺さなければいけないのだ。

 子供を平気で殺す冷血漢の腐れ外道とはいえ、この手で殺すとなると、乗り越えなければいけない心理的な障壁は厚い。

 今から心の準備をしておこう。


(騎士殿、あそこにいる中年の男女は私が殺そう。

 人族にしては高い戦闘系スキルを持っているが、それでもヒュージゴブリン並だ。

 指で軽く弾いてやれば簡単に死ぬ。

 騎士殿は、弟を助ける事に全力を尽くせばいい)


 ハワードは、俺が両親と祖父母を殺すのを躊躇っていると思ったのだろう。

 俺の代わりに殺すと言ってくれた。


(ありがとう、ハワード。

 殺してもらう時には声をかけるよ。

 それまでは、多少腹がたつことがあっても、我慢してくれ)


 俺に気を使ってくれるハワードにお礼を言った。

 聳孤は吉兆を伝える役目があったからか、人族に優しい所がある。


(俺も殺してやるぞ!

 創造神を脅す時に言っていた、王太女とはあそこにいる生意気そうな小娘だな。

 神与スキルを偽る神官とは、あそこにいる傲慢そうな連中だな。

 我に声をかけたら直ぐに殺してやるから、何時でも言え)


(ありがとう、ジュダック。

 殺して欲しい時には声をかける。

 それまではハワード同様、多少腹がたつことがあっても我慢していてくれ)


 ジュダックも手伝うと言ってくれているが、これは純粋な親切心ではない。

 俺が創る100年エイジングのワインが飲みたいだけだ。

 それも、ハワードと差を付けられないようにだ。

 前世の竜伝説の多くも、酒で失敗する話が多かった。


 竜族は全て酒に弱いのかもしれない。

 種族として酒に弱いのなら、酒で全員味方にできるかもしれない。

 全ての竜族を味方にできたら、下位や中位の神なら畏れなくてすむよな?

 ジュダック以外の竜も酒で手懐けておくべきか?


「マーガデール男爵家四男、フェルメール、前にでろ」


 去年と同じように、1番序列の低い貴族、男爵家の子供から呼ばれる。

 俺と一緒に神与の儀式を受けた者の弟だろう。

 同期の奴はまだ生きているのだろうか?

 何かの小競り合いに送られて殺されたのだろうか?

 それとも、俺のように追放ですんだのだろうか?


 去年もしくはそれ以前に武術系スキルを持つ後継者を得られた家は、今年の子供が生産系スキルでも家が滅ぶことがないので、余裕の表情を浮かべている。

 だが今までの後継者候補が誰も武術系スキルを得られていない家は、屠殺場に連れてこられた家畜のような表情をしている。


 去年はそんな人たちの表情を見る余裕がなかった。

 農民スキルがこれほど活用できるとは思ってもいなかったから、逃げだす準備は整えていたが、それでも自分が生き残る事に必死だった。

 だが今は、余裕を持って全ての人の表情やしぐさを観察できる。

 特に、王家や神官連中が何を考えているか見抜く余裕がある。


「トラースト公爵家長男、ルキウス、前にでろ」


 いよいよ弟の番だ。


「はい!」


 今年の鑑定結果も例年通り10人に1人くらいが武術系スキルを得ている。

 

「ルキウスの神与スキルは農民だ」


 よし、俺と同じだ。

 これなら俺の指導次第でルキウスを最強の公爵にできる。


「なんてことなの、2年続けて私に恥をかかせるなんて!

 軍師や将軍どころか、剣士や槍士ですらないじゃないの!

 ロディーと同じようにルキウスも婚約破棄よ!

 農民などと婚約していられないわ!

 もうトラースト公爵家の男と婚約なんて真っ平よ。

 最近武術系スキルを得た者を配偶者にするわ」


「その前に神与の儀式を受けていただきましょうか、アレッサンドラ王太女殿下。

 今口にされた言葉の全てが、アレッサンドラ王太女殿下にも当てはまります。

 昨年我が家は大切な長男を王家の仕来りに従って大森林に送りました。

 本家の娘であるアレッサンドラ王太女殿下も、戦術系スキルを得られなければ、最前線か大森林に行って頂く事になりますからな!」


 トラースト公爵家の当主である祖父のアグリッピナが、穏やかな声色だが、内容はとても厳しい言葉を王太女に向けて吐く。

 だがその眼は、甥である国王マクシミヌス4世に向けられている。

 その眼は、王太女のスキルが生産系なら、有無を言わせずに大森林に叩き込むと言っている。


「大神官、アレッサンドラの儀式を行え」


「はい」


「待ってもらいましょうか、国王陛下。

 国王陛下が王太女のスキルを偽るために、大神官に賄賂を贈ったという噂がある。

 これを放置していては、これまで大切な子女を泣く泣く最前線に送ってきた王侯貴族を離反させてしまう事になる。

 ここは公平中立な神官にもスキルの確認をさせていただきたい」


「無礼が過ぎるぞ、トラースト公爵!」


「公平中立な神官の立ち合いを認めないと言う事は、不正を行うと言う事ですな」


「違う!

 不正など行わぬ!

 王家と神に対する敬意と忠誠心を言っておるのだ!」


「そのような言葉を、大切な子供たちを殺されてきた王侯貴族に言って通じると本気で思っておられるのですか、マクシミヌス4世陛下」


「だまれ、だまれ、だまれ、黙れ!

 これ以上言うなら、王家に対する叛乱ととるぞ!」


「では私は、マクシミヌス4世陛下が、家臣たちに強要している王家の仕来りを、自分の娘にだけは行わなかった罪を問わせていただきましょう。

 マクシミヌス4世陛下と私のどちらに貴族たちは味方するでしょうね」


「大神官!

 このような乱心者は無視して、神与の儀式を続けよ。

 邪魔する者には神罰を下せ!」


「……はい、国王陛下の仰せのままに。

 アレッサンドラ王太女殿下の神与スキルは軍師です。

 ギャアアアアア!

 あつい、あつい、熱い、ギャアアアアア。

 おゆるしを、おゆるしください、王に、王に命じられて仕方なく、ギャ!」


 大神官が神与スキルを発表したとたん、大神官は炎につつまれた!

 恐らくだが、創造神が罰を下したのだろう。

 あるいは、創造神に命じられた人族担当神がやったかだ。

 どちらがやったにしても、上手くやってくれた。

 大神官は王に命じられて噓をついたと白状してくれた。


「「「「「オオオオオ」」」」」

「神罰だ、神罰が下ったぞ」

「やはり王が大神官に嘘をつかせたのだ」

「私はこんな卑怯者の為に子供たちを殺して来たのか……」

「俺はこんな下劣な奴のために剣はとれん!」


「黙れ!

 王の言う事が聞けないのか?!

 トラースト公爵が王位を狙って謀略をしかけているのだ!

 大神官も神罰が下ったのではなく、トラースト公爵が術殺したのだ!」


 マクシミヌス4世が好き勝手言っているが、神罰は下らない。

 神罰を下せる相手は神の言葉を偽った奴に限定されているのか?

 それとも、神の言葉を偽った神官限定なのか?

 条件が分からない状態で利用するのは危険だな。


「誇り高いアルテリア王家の名誉をこれ以上汚さないでいただきたい。

 私も陛下を弑逆すると言っているわけではない。

 王侯貴族たちが長年守ってきた仕来り通りにしてくれと言っているだけだ。

 王太女殿下が本当に軍師スキルを神与されていれば何の問題もない。

 私が連れてきた神官だけでは信用できないと言うのなら、王家と各貴族家に所属する神官も一緒にスキルを見ればいいだけの事だ」


 トラースト公爵の言っている事が1番公平中立だ。

 マクシミヌス4世が言い訳に使っている、トラースト公爵が王位の簒奪を狙っている件も、王家の神官が監視すればいい。

 トラースト公爵も含めた王族が信じられない貴族たちも、自分たちが抱えている神官が確認すれば納得してくれる。


「嫌よ、絶対に嫌よ!

 私のスキルは軍師よ!

 2度も調べる必要などないわ!」


「黙れ、売女の娘!

 お前が王家の血を受け継いでいない事など、王城に仕えている者の常識だ!

 愚かな国王は騙せても、侍従や侍女を騙せると思うなよ!」


 若く正義感に溢れているのだろうか?

 それとも、落ち目の王家を見捨ててトラースト公爵家に着く心算なのだろうか?

 王太女は、フランチェスカが浮気してできた子供だと言う噂。

 あれほど多くの女を集めて子作りに励んでいたマクシミヌス4世が授かった子供が、身持ちが悪い事で有名なフランチェスカが産んだアレッサンドラ唯1人。


「よく言った、ほめてとらす。

 では、神与のスキルだけを鑑定するのではなく、アレッサンドラが国王陛下の子供かどうかも神託しようではないか」


 トラースト公爵が氷のような声色で断言した。

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