20回も暗殺されかけた伯爵令嬢は自ら婚約破棄を突きつけて自由を手に入れます
長尾隆生
20回も暗殺されかけた伯爵令嬢は自ら婚約破棄を突きつけて自由を手に入れます
今日という今日は堪忍袋の緒が切れましたわ。
私、フォルスト辺境伯令嬢であるアンネ・フォルストは、今日この日、ある決意を胸に秘めて王城を訪れたのです。
ドガッ!
激しい音と共に私が蹴り破った大きな扉。
それはこの王城の謁見の間の扉です。
「皆さん、おそろいでしたか」
私は扉の残骸を踏みしめながら謁見の間に入っていきます。
そこにはこのアコード王国の王と王妃。
突然の出来事にもかかわらず、腰に差した剣に手を添え、即座に動けるように身構えた近衛兵たちがいました。
「アンネ!? お前、いったい何を!?」
今日、私がこの場に会いに来た相手である第一王子のイグニス=アコードが驚愕に見開かれた目で私を見ながら声を上げます。
その足はみっともなく震えていたものの、この場で一番最初に声を上げたことは褒めてあげるべきでしょうか。
「何を……ですか。よくもまぁ白々しいことですね」
「白々しい? 何を言っているのかさっぱりわからないが」
「今日で二十回目になるかしら。私の元にまた暗殺者を送り込みましたでしょう?」
私はゴミを見るような目で王子を見返しながらそう答える。
結婚式の準備でこの王城にやって来てから八度。
その前から数えると今日で私の命が狙われたのは二十度目になります。
最初は第一王子の妃になる私をよく思わない派閥による物だと思っておりました。
そして何度も王や王子に調査と事件解決をお願いしてきました。
ですが、いつまで経ってもその成果は無く、王城という暗殺が本来なら行いにくいはずの場所に来てまでもそれが続きました。
なので、私は彼らに見切りを付け、自ら密かに手駒を使い調査に乗り出したのです。
その結果わかったのは衝撃の事実でした。
「まさか、王子も国王様も私を亡き者にしようとしていたとは思いませんでしたわ」
私はイグニス王子たちにそう告げる。
「そ、そんなわけは無いだろう。私が婚約者である君を殺す理由がどこにあるというのだ」
イグニス王子は、震えた声でそう答えます。
だけれど、その目は必死に逃げ場を探し左右に動き回っています。
それこそが彼の言葉は嘘だと示しているような物でした。
「不敬な!! 王族にそのような疑いを掛けるなぞ、死罪はまぬがれんぞ!!」
私と王子の間に豪奢な鎧を身につけた大男が立ち塞がります。
我が王国最強の近衛団長ガラハッド=インディスでした。
私を殺気を込めた目で睨み付けてきます。
が、私にはそんな物は一切効きません。
「証拠は揃っていますわ。いくら王族であろうとも、辺境の大貴族の娘である私を害しようとしたのです。その罪は償わねばなりませんわね」
私はそう宣言すると、脇に抱えていた大量の書類をその場にばらまきました。
「き、貴様!! もう我慢ならん!!」
王子がその書類を踏みつけながら叫びます。
「ガラハッド! 王族に対する不敬罪でこの女をこの場で処刑しろ!!」
いきり立つ王子の言葉を涼しい顔で聞き流す私に、ガラハッドが腰から抜き去った剣先を突きつけてきました。
これはもう正当防衛ということで対応させて頂いてよろしいでしょう。
「女子供とて容赦はせん。それが噂に名高いアンネ= フォルスト。お前ならなおさらのこと」
「さて、いったいどんな噂になっていますの?」
私はガラハッドに剣を突きつけられながらも口の笑みは絶やさず、さも心当たりがないかの様に応えます。
どうやらその態度が気にくわなかったのでしょう。
ガラハッドがいきなり私に向かって斬りかかってきました。
「とぼけるな、この悪女がっ!! 死ねぇぇぇい!!!」
鋭く突き出された王国最強の剣士の剣を――
「邪魔ですわ」
バキィィィ!!
私は素早く半身になって躱すと、ガラハッドご自慢の愛剣の横っ腹に拳を打ち付けます。
「あらあら。それが王より賜った聖剣ですか? あまりに脆すぎませんこと?」
私の一撃で真っ二つになったそれは、国王が王国を守る最強の剣士に贈った伝説の剣……とやらだったはずです。
ですが、こんな脆い剣が伝説級の聖剣な訳がありませんよね。
「王から偽物を渡されたのでしょうね。おいたわしいこと」
私は高笑いをしながら、怒りに我を忘れて折れた剣でもう一度斬りかかってきたガラハッドを蹴り飛ばします。
ガラハッドは剣を抱えたまま謁見の間の壁にぶち当たると、そのまま意識を失ったのか動かなくなりました。
あの無駄に煌びやかな鎧も、見かけだけでたいした物では無かったようです。
「あら、あまりに隙だらけでしたからつい足が出てしまいましたわ。少しはしたなかったですわね」
私は懐から取り出した扇で口元を隠しながら軽く笑うと、腰を抜かしてへたり込んでいた王子の元へ足を進めました。
そして口から扇を離すと、それを王子へ突きつけこう宣告したのです。
「王子。貴方のと婚約は今日、この時をもって破棄させていただきますわ!?」
と。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よろしかったのですか?」
辺境領である我が領地フォルストへの帰路。
馬車の中で侍女のイザベルがそう問いかけてきました。
彼女は今回、王城へ一緒に着いてきてくれた侍女団のまとめ役をしている優秀な女性でした。
私の侍女たちは皆容姿端麗で。
中でもイザベルは特に人目を引く容姿をしています。
ですので王城での滞在中は幾人にも声を掛けられて大変だったとか。
そんな彼女たちの辺境で鍛えられた手腕からすれば、中央の平和に慣れきった男どもを手玉に取ることなど造作も無いこと。
私の暗殺計画も、彼女たちに掛かれば数日で全ての証拠をそろえることが出来ました。
あまりのチョロさにこの国の未来をつい
「よろしいもなにも。先に手を出してきたのはあちらの方ですわよ?」
「ですが、これでは王家も黙ってはいられないでしょう」
「攻めてきますかしら?」
「良くてお嬢様を差し出させて処刑の後にお家取り潰し。悪くすれば領民もろとも処刑……かもしれません」
「それは困りましたわね」
『おほほほほ』と高笑いの私にイザベルが眉をひそめました。
ですが、そんなことは謁見の間で騒ぎを起こす前から既に覚悟していたことです。
「全く困ったようには見えませんけれど……お嬢様は本当に」
「あら? 王族が謁見の間に揃うタイミングを私に教えて早く行く様にと急かしたのはあなたではなかったかしら?」
あの日、あの時しかチャンスは無いと伝えてきたのは当のイザベルです。
しかも私に対する暗殺の証拠一式を私に手渡しながらなのですから完全に共犯者ではないでしょうか。
「まぁ、どちらにしろそろそろあの王族にもこの国のお馬鹿さんたちにも嫌気がさしていたところです」
私は口元を扇で隠しながらイザベルに問いかける。
「それで、準備はもう終わってますわよね?」
「はい。全てお嬢様と伯爵様の指示通りに進んでいると報告が来ております」
「十日後位かしら?」
私は頭の中で王国軍の準備が揃い、我がフォルスト家に押し寄せてくるであろう時期を計算します。
きっと先陣はあの近衛騎士団長ガラハッドでしょう。
あんな場で恥をかかされて黙っているわけがありませんし。
「とにかく領民とお父様には少し迷惑を掛けてしまいますが、この際ですからこの国を綺麗にしてしまいましょう」
「お嬢様の邪魔をさせないよう隣国の工作はすでに完了しておりますので、ご存分に」
「あら、流石イザベルね。手の早いこと」
「お嬢様ほどではございません」
「おほほほほ」
「うふふふふ」
馬車の中。
そんな主従の心から愉快そうな笑い声が響いたのでした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フォルスト辺境伯領に帰り着いた私は、早速王国軍を迎え撃つ準備を始めました。
といっても既にイザベルたちによってあの出来事がお父様に届いていたらしく、私がすることはほとんどございませんでした。
本当に手際が良すぎて私のやることが減って困ってしまいますわね。
「それではお父様、行ってまいります」
「ああ、好きにしろ。後の事は私たち大人がなんとかする」
お父様はそう微笑むと、机の上に広げられた書類を指先で叩きます。
その書類にはこの国をずっと外敵から守ってきた四大辺境伯全ての血判が押されていました。
さすがお父様。
イザベルたちを鍛えた本人だけはありますわね。
「我々と民が命をかけて長い間国を守ってきたというのに、中央の奴らはそれに全く報いようとはせず私腹を肥やし続けてきた」
四大辺境伯だけでは無く、中央に搾取されるだけの中小貴族たち。
彼らの訴えは王族にも届いていたはず。
でも彼らの取った行動はその是正ではなく、力を持った貴族の娘を人質の様に差し出せという命令でした。
私のように王子の婚約者にさせられた者はまだマシで。
中小の貴族の娘たちは、王都で私腹を肥やす商人や諸侯に強制的に嫁がされたりもしていたのです。
「徹底的にやってもよろしいのですわよね?」
扇で口元の笑みを隠すように私がそう尋ねると、お父様は静かに頷きました。
「ではお任せくださいまし」
『領主の許可』が出た所で私はお父様の執務室を後にします。
「イザベル」
「はい」
部屋を出て廊下を歩いていると、いつの間にかイザベルが私の後ろをついてきていました。
私ですら油断していると彼女の気配に気がつかないこともあります。
もし彼女が私の暗殺計画に関わっていれば、すでに私の命は無かったことでしょう。
「お父様から許可が出ましたわ」
「それでは」
「ええ、徹底的にやりますわよ」
「ですが、王国軍は無理やり徴収された民がほとんどです」
「わかってますわ。きちんと区別して潰しますから」
私はそうイザベルに告げると、出陣の準備をするために侍女たちが待つ私専用のドレッサールームに向かうのでした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それでは皆さん、作戦通りにお願いしますわね」
私がそう告げると王国軍を迎え撃つフォルスト領軍が一斉に見事な動きで持ち場へ移動していきます。
兵のほとんどは、日頃は畑を耕し猟をしている領民たちでした。
だけれど長い間、この地で外敵を相手に戦い続けてきた者たちです。
一度も戦を経験していない王国軍のような烏合の衆である寄せ集めとは練度が違います。
少し高台となった場所から王国軍の上げる土煙が見えてきました。
斥候に放った侍従の話から、予想通り騎兵部隊の先頭で駆けてくるのがガラハッドであることは伝わってきております。
しかし、血気に逸るせいか後方の歩兵部隊が付いてこれていないらしく、騎馬部隊だけが突出してしまっているらしいのです。
「愚かですね」
「いかがいたしましょう」
「そうですわね。でしたら――」
私は斥候からの報告を元に作られた戦況を描いた地図を指さしながらイザベルに応えます。
「あの方たちは私たちを甘く見すぎているようですから、ありがたくその騎馬部隊を殲滅しちゃいましょう」
私はイザベルを通じて各部隊に指示を伝えると、自らも軍馬を駆って丘を駆け下りていきます。
目標は先頭を目を血走らせて向かってくるガラハッド。
「アンネ様、回りの雑兵は我々が」
「別に全員私が倒してしまっても良いのでしょ?」
「それでは私たちの溜飲も収まりませんので」
「そうね。わかったわ」
そんな話をしているうちに、各部隊と打ち合わせした作戦開始地点をガラハッドの騎馬部隊が通過します。
その場所は山を切り開いた幅100メートルほどの道で、我が領へ攻め込むにはそこを通るしかありません。
「いまよ!」
伝令役に送り込んでいた侍女の一人の号令と共に山陰に潜んでいた我が軍の別働隊が動きます。
彼らは騎馬部隊が通り過ぎた後に壁を築き、騎馬の退却を阻止すると同時に最終的に岩を崖上から落とすことで道を完全に塞ぎ後方から遅れて来る部隊を足止めする役割をになっています。
王国軍とはいえ、そのほとんどは何の罪も無い国民です。
後のことを考えれば彼らをこんな戦で失うのは国家の損失でしかありません。
ですのでなるべく被害を少なくして、主に叩くのはその頭に決めていました。
「ここまでは作戦通りですわね」
こんな作戦は戦に慣れている相手には効くはずもありませんが、功に焦って怒りに我を忘れているガラハッドのような者は簡単に嵌まってくれるので笑いが止まりません。
ですがガラハッドたちはそんなことにも気づかず、私めがけて今も一直線で突き進んできています。
「猪武者とはあのような者の事を言うのでしょうね」
全く周りが見えていない様な者が、この王国の最強を名乗っていたなんて。
「本当の最強というものを見せてあげましょう。皆、行くわよ!」
「「「はい!」」」
私の号令と共にイザベルをはじめとした侍女たちが散会していきます。
私には及ばないものの、彼女たちもお父様が鍛えた一騎当千の猛者たちです。
なんの心配もいりません。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 小娘ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「あらあら、そんなに大声を上げられては迷惑ですわよ」
「黙れ!! 死ねぇぇぇい!!」
他の者たちに脇目も振らず、私に向かって一直線に突っ込んできたガラハッドの攻撃を、私はいつぞやと同じように軽いステップで躱します。
本当にわかりやすい太刀筋ですこと。
これでしたら辺境の野蛮な部族の兵士の方がまだ工夫を凝らした戦い方をいたしますわよ。
私は思わずため息をこぼしてしまいました。
「このっ!! このっ!!! 何故当たらぬっ!!!」
無様にも何度も何度も長刀を大振りするガラハッド。
「その長刀はこの前のガラクタより少しはマシなものですの?」
「貴様ぁぁぁ!!」
「唾を飛ばさないでいただけます? 不潔ですわ」
私の簡単な挑発にすら乗ってしまうガラハッド。
本当にこんな男が最強であるわけがありません。
王都で定期的に行われる武闘会で何度優勝したのかはわかりませんが、辺境の守りを担っている四大辺境伯領からは誰もそれには出場しておりません。
というのも、伝統ある武闘会に辺境の野蛮人など出場させては格式が下がると先々代の王が出場を禁止したせいなのですが。
そのおかげでこのような勘違い男が生まれたのでしょう。
「さぞかしルールがあるお上品な
私はそう口にしながらガラハッドの振るった長刀を足の裏でたたき落とします。
少しはしたないですが、実戦ではそんなことを考えていたら即命取りでございますし。
「ぐあっ!」
蹴った長刀に引きずられるように馬上から落ちそうになるのを必死にこらえるガラハッド。
ですがそのよろめいた彼の顎は、私にとっては絶好の獲物でした。
「がふっっっううっ」
私は愛馬を操り狙いを定めると長刀をたたき落とした足とは逆の足で、軽くガラハッドの顎を蹴り上げます。
同時に、彼の口から何本かの歯が飛んでいくのが見えました。
「手加減しましたのに」
なんという脆さでしょう。
これでしたら北の国の兵士の方がまだ頑丈ですわ。
「がはっ、きひゃまっ」
歯が抜けてしまったせいでしょうか。
ガラハッドの言葉がかわいらしくなってしまわれました。
ですが、今度は唾だけでなく血まで飛んで来るではありませんか。
「下品な血で汚されてはかないませんわね。イザベルたちの方もそろそろ終わりそうですし、貴方との遊びもこれくらいにしますわ」
「なんひゃと!!」
「だって弱すぎてぜんぜん面白くないんですもの」
「びゃっ、びゃきゃにしゅるにゃあああ!!」
私はガラハッドが飛ばす血の混じった唾を避けながら愛馬の背を蹴って彼の馬に飛び移ります。
「なっ!」
そして驚きの表情のガラハッドの後ろに乗り込むと、その後頭部を拳で殴り地面にたたき落としました。
「っっっ!!!????!!!???」
言葉にならない声を上げて地面をのたうち回るガラハッドを、私は彼の乗っていた馬の上から見下ろします。
この馬も中央では名馬なのでしょうが、この辺りの訓練された馬と比べると貧相と言わざるを得ませんわね。
「こんな馬、奪っても仕方ありませんわね」
私は馬から飛び降りると、馬から馬具を一瞬で取り外し野に帰してあげました。
「がふっ」
「あら、ごめんあそばせ」
馬から飛び降りた拍子にガラハッドの背中の上に乗ってしまったけれど、こんな所に寝ている方が悪いのです。
「アンネ様」
「ちょうど良かったわイザベル。このゴミをテントに放り込んでおいて」
「それでは他の者たちと同じく拘束してから運ぶように部下たちに指示しておきます。それでお嬢様はこれから王族の元へ行かれるのでございましょう?」
「もちろんですわ。あの人たちに、いったい今まで誰がこの国を守ってきて、そして誰に弓を引いたのかわからせてあげないといけませんもの」
私はそう言ってイザベルに笑いかけるとフォルスト領軍がバリケードを築いている方へ目を向ける。
そこでは既に領軍と王国軍との戦いが始まっているようで、剣戟の音がここまで聞こえてきます。
「さて、メインディッシュをいただきに参りますわよイザベル」
「お供します」
私たちはそう言って頷き合うと、王族が率いている王国軍へ向けて走り出しました。
そして決着はあっけなくつきました。
常に外敵と戦い続けていた私たちと違い、王国軍も、王国軍に急遽招聘された国民兵も脆弱すぎて話にもなりません。
戦が始まってすぐに王国軍は私たち辺境領軍によってあっさりと蹴散らされてしまいました。
しかも私が最初に兵たちに命じていたおかげで、ほとんど相手方に死人は出ていません。
これは相当な実力差があるということなのですが、愚かなイグニス王子はそれを全く理解していない様子で、敗走する味方に酷い罵詈雑言を浴びせ続けていました。
「お前たち! 逃げたら家族ともども死刑にしてやるぞ! 戦え!! 死ぬまで戦えぇぇぇ!!!」
さすがに聞くに堪えないと思った私は、一人彼の乗る無駄に豪華な馬車に飛び乗ると馬車の上からイグニス王子を引っ張り出し地面に投げ捨てました。
「うるさいですわね。少し静かにしてくださいまし」
「ぶべっ」
無様な悲鳴を上げて必死に逃げる彼の姿はあまりに滑稽で、無理矢理徴兵されてきた国民兵たちの中にはその姿を指さし嗤う者さえ出てくる始末でした。
「お、お前たち! 早くその女を殺せぇぇぇぇ!!」
周りで狼狽える近衛たちに大声で怒鳴ります。
ですが、彼らも私が視線を少し向けるだけで怯えて斬りかかっても来ません。
これで王族を守る近衛というのだから情けない。
「貴方の命令なんて、誰も聞きたがらないみたいでしてよ」
「お前たち! 帰ったら極刑だぞ! 家族どころか一族全て斬首刑にしてやるっ!!」
私の言葉を聞いたイグニス王子は顔を真赤にして叫びます。
流石に極刑だと言われては彼らも命令に逆らうことは出来ないようで、私に剣を向けながらじりじりと迫ってきました。
ですが二十人ほどもいる近衛兵の中で、誰一人先陣を切ろうという者はいないようで。
「何をしている!」
「で、ですが王子。この化け物はたった一人で我が軍の兵士たちをなぎ倒すほどの猛者ですぞ」
「それがどうした。たかが女一人では無いか!」
王子が口から血の混じった唾を飛ばしながら怒鳴り続けます。
どうやら先ほど私が地面に引きずり下ろした時に口の中でも切ってしまったようでした。
「そのたかが女一人にこんな大軍を差し向けたのは貴方ではありませんか。イグニス王子」
私はイグニス王子を見下ろしながら嘲笑を浴びせます。
しかし、王子と近衛の相手をするのにも飽きてきました。
ばきっ。
私は途中で農民兵から奪った槍の矛先を手で引きちぎって簡易的な棍を作り上げます。
「それでは、そろそろ幕引きとさせていただきますわ」
そう宣言すると、棍を構えて一瞬で近衛の懐に飛び込み次から次へと鎧の上から殴りつけていきます。
ゴン! ゴン! ゴン!
一見するとただの混なので、立派な近衛たちの鎧には何の効果も無いように思えます。
ですが、私は密かに棍に自らの魔力をまとわせていました。
「ぐわっ」
「ぎゃああっ」
私の魔力をまとった棍は、当たった場所からその丈夫な鎧の内部に衝撃を直接伝えるのです。
なので、どれだけ丈夫な防具を着けていても全く意味はありません。
「弱すぎますわ……」
数瞬も掛からず、二十名余りの近衛兵たちは地面に転がりました。
のこるはイグニス王子のみです。
「お待たせしましたわね」
私は震えながら座り込み、みっともなくも失禁している様子のイグニス王子の元へ棍を片手に歩み寄ると。
「楽しい楽しいおしおきの時間ですわ」
そういって笑いかけたのでした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私がイグニス王子を気絶させ、そのみっともない姿を彼の無駄に豪奢な馬車の上に晒したことで戦争は完全に終結しました。
その後、フォルスト辺境領軍に降伏した国軍はそのほとんどが強制的に徴兵されてきた民たちなのもあって、私たちの提案に一も二も無く飛びつくとフォルスト辺境領軍の一員に加わったのです。
「お嬢様。他の辺境伯から連絡がございました」
侍女のイザベルがどこからともなく現れると、元王国軍兵士に向けてこれからの作戦を説明していた私はその任を別の者に任せて作戦本部へ向かいます。
作戦本部といっても、せいぜい十人が入れば一杯の急ごしらえのテントですが。
どうせすぐにこの場所から移動するのですからこれで十分なのです。
「さて、他の辺境伯の方々。それと王家に冷遇され中央の横暴に苦しんでいた貴族の方々が私の作戦に合わせて行動を開始してくれたようです」
その言葉を静かに聴いていた者たちの中から一人が声を上げます。
「アンネ。ということはこのまま進軍するということだな」
我が父フォルスト辺境伯でした。
その口元には凶悪な笑みが浮んで、これから始まる『宴』が楽しみで仕方が無いと言わんばかり。
老いたりとはいえ、幾多の外敵を屠ってきたその顔には深い傷が何個も刻まれています。
中央の箱入り令嬢辺りが父のこの顔を見たならば、その夜はきっと悪夢にうなされることでしょう。
「ええ、一気に王都を攻め落としますわ」
私はきっぱりとそう返事をすると一同の顔を見回してから「いきますわよ」と立ち上がり、テントを飛び出したのでした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
せっかくの『宴』でしたが、その内容は余りに拍子抜けでした。
ほとんど抵抗という抵抗すら受けず、私たちと協力してくれた他の貴族の軍は数日で王都を攻め落としたのです。
いいえ、攻め落とすという言葉すら恥ずかしいですわね。
私たちの軍が王都を囲んですぐに王はあっさりと白旗を揚げ降伏を申し出てきたのですから。
「こ、降伏する! その代わり命だけは……」
「情けなさ過ぎますわ」
王自ら私の前に平伏して命乞いをする姿は余りに無様で。
長年この王を頂いた国を命がけで守ってきていたのは何だったのかと誰もが表情を無くすほどでした。
「でも無駄に抵抗して民に被害を出さなかったことだけは誉めて差し上げますわ」
その後、私たちは王族から身分を剥奪し辺境での軟禁生活を申し渡しました。
死刑にされなかっただけでも良かったと思うべきなのですが、裁判ではかなり非道い罵詈雑言を私に浴びせてきました。
あれだけ必死に命乞いをしたのをもう忘れているのでしょうか。
ですが、そんな負け犬の遠吠えなど私に効くわけがありません。
王族に取り入って私腹を肥やしていた商人や貴族たちも全て財産を没収するなどの処分を課し、新たな王が誕生するまで私の仕事は続きました。
いえ、実際にはその後も私にはこの国を素晴らしいものにしていくという仕事が課せられたのですけれど。
なぜなら、この国の新しい王に……いえ、女王として全ての辺境伯や残った貴族たちによって推薦され担ぎ上げられたのは――
私、アンネ=フォルストだったのですから。
~Fin~
「イザベル。今度の休みにはストレス発散のために北の蛮族どもを殴りに行っても良いかしら?」
「おやめくださいお嬢様……いえ、女王陛下。それはあちらが
20回も暗殺されかけた伯爵令嬢は自ら婚約破棄を突きつけて自由を手に入れます 長尾隆生 @takakun
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