原点回帰

 さて、それで。

 ふたりが話し合うべき重要事項がある。


「お前はこの家の当主となるつもりでいる。間違いないな?」

「あら。今すぐでなくても良いのよ?」


 まずは、オデットが学園を卒業するまで。

 それまでは当主“代理”で良い。


「あなたもヨシュアも、私が学園を卒業する頃までに一度戻ってらっしゃい。誰がこの家を率いていくかは、そのとき話し合いましょう」


 そのときは、また一族の主要人物を集めて親族会議だ。


「それまでに、あなたはひとつでもいい。何かこの家のためになるものを持ち帰ってきてね?」


 現状のままでも、リースト侯爵家は繁栄を続けていく。

 だが、舵のないまま大量の財宝を載せた船の如くだ。

 現代に蘇り、自分の家の現在の状況と周辺環境を知れば知るほど、いまひとつ立ち位置が不安定なのがリースト侯爵家だ。


「逆にお前に問う。お前はこの家に何をもたらすことができるのだ?」


 ルシウスの、銀の花のない湖面の水色の瞳で見つめられた。

 この問いは当然、予想していたものだ。




「……百年前。ううん、もうちょっと前ね、十歳くらいの頃かしら。初めてお父様とお兄様にリースト一族の秘密を教えられたとき、私すごくワクワクしたのね」


 始祖は魔王と呼ばれるほど偉大な存在だった。

 後に勇者に敗れたが友情を育み、今のアケロニア王国へと移住してきた。

 その際、元々使っていた魔法樹脂による魔法剣を金剛石ダイヤモンドへと変化させ、莫大な魔力を少しずつ魔法剣の形に変換して血筋の中に受け継いでいくようになった。

 その魔法剣は、ダイヤモンドから究極の上位鉱物アダマンタイトに進化させることが一族の悲願となる。


「学園で私、百年前も今も『破壊のオデット』などという呼び名で呼ばれているのだけどね」


 例のダイヤモンドの魔法剣の亜種、メイスを振り回す姿から名付けられた、あれだ。


「2学年に進学して生徒会長になったら、今度は別の二つ名が付いたのよね。『女魔王』ですって」


 オデットはその銀の花咲く湖面の水色の瞳で、面白そうに笑っている。


 この話の流れなら、ルシウスにも容易に先が読めた。


「ステータスに、その二つ名と同じ“魔王”の称号を復活させるつもりか。オデット」

「ご名答! この間、グリンダの中立ちで女王陛下と女大公閣下ともお茶会したのね? もう大ウケよ、大ウケ! あちら様は勇者の末裔、こちらは魔王の末裔。それぞれステータスの称号復活を目指しましょうということで大盛り上がりしたわ!」


 親友のウェイザー侯爵令嬢グリンダのみならず、グレイシア女王と、女大公とは今ヨシュアが追っているカズンの実母のことだ。


「欲しいのは称号だけなのか? それとも」


 始祖と同じハイヒューマンへの回帰をも目指すのか。


「何にせよ、お前に情熱を注げるものができたことは何よりだよ。オデット」


 かつて、一族の始祖たちが魔法樹脂に封印した人々や古代種たちは、安全な時代になってから少しずつ解凍されていった。

 だが、そこに己の知るものたちが誰もいないことに絶望して、自ら命を絶つものが後を絶たなかった。

 オデットにもその危険があったが、この様子なら心配は要らなさそうだった。

 



 その後どうなったかといえば、当主だったヨシュアは紆余曲折の末に旅先で先王弟のカズンに合流できたし、ルシウスはそれから長い期間、カーナ王国に留まることになる。


 他に特筆すべき出来事といえば、オデットに婚約の打診をしていたユーグレン王太子が学生時代の友人とともに出奔した。

 現王家唯一の後継者の出奔に女王グレイシアは頭を悩ませることになる。

 連れ戻してふたたび王太子の義務を務めさせるか、直系の王位継承を諦めて王家の親戚から新たな後継者を選定するか。

 女王自身がまだ壮年で気力も体力も漲っているから、何をどう対処するか結論を出すまで時間の余裕のあることだけが幸いだった。




 ちなみに、オデットに魔王の称号が発生することはなかったが、周囲の予想通りリースト家の女侯爵にはなった。


 そうして学園を卒業した後も、オデットはリースト女侯爵として国内外で“女魔王”の二つ名の通りの存在感を発揮していくことになる。




破壊のオデット 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

破壊のオデット 真義あさひ @linkstorymaker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ