第2話 出会い
米一粒にも神様が宿っている。誰がそんなことを言い始めたのだろう。俺は今、茶碗の中で半分にちぎれた米一粒、いや、、、米1/2粒と戦っている。米のちぎれた側面が茶碗の側面にくっつき、箸で掴もうとすると離れまいとより粘り気で抵抗してくる。突いて丸に戻そう、、、なぜ伸びる、ただ食べたいだけなのに。もう原型をとどめてないじゃないか。チラッと目線だけを右に向けた。まだばあさんが黙々と食べていることを確認し、茶碗を食卓に置き、箸を箸置きにゆっくり戻し、手を合わせた。音を立てないようにと気をつけながら食器を重ね、流しへと向かうために席を立った。水につければこっちのもんだ。
「食べ終えたかぇ。」
「うん。」
「なっとらん。やり直しじゃ。」
「ど、どこからだよ!?」
「どこから?他にもあるのじゃな。」
しまった。
「茶碗をよこすのじゃ。」
ここで抵抗したらまた話が長くなる、俺は早くこの場を去り、学校へ行きたい。学校から帰ったら話というパターンも避けたい。考えろ。箸のセンスは俺にはない。視線を食卓に落とした。中央に銀の光るものが。、、、これだ!!瞬時にそれに手を伸ばし、もう片方の手で茶碗を持った。ブルドーザーのようにすくえるこれは画期的だ。いいぞやってやれ!、、、よりぺたんこになってないか。引き伸ばされた米は透けに透けて茶碗の色と同化している。見えない、これは騙せるのではないか。
「ごちそうさまでした。」
「邪道なことするではない!それでも日本人か!」
「俺は学校に行かないといけないの、お説教の時間がもったいないし、ほら茶碗の中綺麗になったでしょ?それにスプーンだって立派な食器だろ。」食器を重ね、流しへ置いた。
「米は箸で食べると決まっておる、、、、」
「その考え方は古いって。」言葉を遮るように言った。鞄を持ってふりむいた。
「じゃ、行ってきます。」
「待て、まだ話は終わっとらん!」
後ろから声が聞こえるが無視、遅刻しないことの方が大切だ。靴箱の上に置いてある木彫りの神様に手を合わせて挨拶をして外へ出た。
昔々、疫病が流行った時代があった。その疫病を食い止めるために危険を省みず動いた旅人がいた。その旅人は訪れた町が廃墟化していたとき、一体の木彫りの神様を置いていったそうだ。この町はその旅人が最後に訪れ、晩年を過ごした町として有名だ。そして、この家はその旅人が最後に作ったとされる神様を祀っている神社である。だから、出かけるときは手を合わせることが習慣になっている。ま、玄関に置いてあるのなんてただのレプリカだけど。
「ニャー。」
「またお前か。いい加減可愛がってもらえる家を探したらどうなんだ。」
「ニャー。」尻尾をふりふり動かしてはじめた。
「遊ぼうって言ったんじゃないからな。急いでるから、じゃあな。」
自転車にまたがり、学校へ向かった。
尻尾と耳と足の先だけが白くそれ以外は真っ黒という見た目が何か変わっている。きっと参拝者の誰かが可愛がったから住み着いたんだろう。昔から縁側の下に住み着く猫は多かった。俺も小さい頃は動物を可愛がっていたが、急に帰ってこなくなった悲しい思い出がある。だから、もう関わらないと決めている。
でも、この猫は家に住み着いてもう一週間。あれ以来、見つける猫にご飯をやらないことにしていたので住み着くことはなかった。でもこいつだけは違う。同じことをしても居座る、怒っても嬉しそう。無視したら寄ってくる、おかしな奴だ。今日はテストだから早めに学校に行って朝勉をする予定だった。でも、ご飯と猫のせいで時間がないかもしれない。その時は、勉強したところのヤマが当たるように神頼みしかない。大きなため息を一つして、自転車を思いっきり転がした。
「おはよ、出るとこおせーて!」
怖いくらいの笑顔でよってくる。
「知らねーよ。勉強してない奴が悪い。」
時計は8時20分を指している。到着予定時刻よりも20分もオーバーしている。鞄の中から必要なものを取り出しながら投げやりに答えた。
「山勘なんかより、友達だって!カツくーん、このとおり!」
両手を顔の前で合わせねだってくる。いつもそうだ。人をうまく使いやがって。まあ、頼られることに悪い気はしない。羽鳥は基本的にお調子者でクラスのムードメーカー的存在だ。
「俺だって勉強してねーって、バイトばっかで時間がとれなかったの。」
これは本当だ。旅人が残した最期の木彫りの神を一般公開するという行事を一ヶ月ほど行ったからその手伝いに駆り出されていたのだ。どうもうちの家の考え方は偏っているらしく、勉強なんてどうでもいいらしい。猿田彦様についての知識だけがあれば、他は何もいらないと言う。ようは後継者になれよっていうことらしい。だが、俺はあの家を継ぐ気はない。賽銭、早朝からの清掃に邪魔されて上質な睡眠ができない。
「ほら、俺のノート貸してやるから、静かにしろ。」
「さすが、カツ!」
時計を見るともう8時30分に近づいている。あと、30分程度しか勉強できる時間がないじゃないか。ばあさんといい猫といい。人の気も知らずに。
勝也は天を仰いだ。オワッタ。。。毎年思うが、祭りの時期とテスト時期を被せないでほしい。
「カツ、ノートありがとう!解けたわ!」
「そら良かったことで。」
「お礼に、マック行かね?奢って!」
「ああ、そうしてもらおう。・・・はぁ!?そこはお礼に奢るだろ?」
「えーバイトしてたんじゃないの?」
「お前のためにバイトしてたんじゃない。」
「でも、食べたいでしょ?」
「むしゃくしゃしてるからな。」確かに家に帰りたくはない。また手伝えってうるさいだろうから。
「ニャー。」
「猫だ!」
耳は白、尻尾も白、足先も白・・・はぁ!?何で俺の自転車のカゴに収まっている。家出るときは軒先にいたよな。
「何でお前がここにいる?」
「カツん家の猫?連れてきたの?」
「能天気か。生き物学校に持ってくるとか小学生か。」
「はは!俺小学生の時生き物連れてってクラスで飼ってたわ。」
「ニャー。」尻尾がふりふり動いている。
「だから遊ばないって。一人で来たんだから一人で帰れ、いいな。」
「優しくないなー。」
「だから、俺ん家の猫じゃないって。勝手に住み着いているだけ。」
「そーなの?でもカツのかごに入ってるってことはここまで追いかけてきたってことだ。相当気に入られているぞ?だろ?」
羽鳥は猫に聞いた。
「ニャー!」猫は前足をかごにかけ、後ろ足で踏ん張り立ち上がっている。
「ほら。」
「ゔ、、、、」
言葉が返せない。いかにも待ってましたみたいな、キラキラした目で尻尾をふりふりさせられたら、、、。
「よし、カツの家に行こう!な?」
「ニャーーー!!!」
「へーカツの家って神社なんだ。そりゃ、湿気と日陰がたくさんある場所は気に入るよな、かぶる。」
「かぶる?」
帰り道で羽鳥は猫に話しかけていた。気を許したのか俺のかごから羽鳥のかごに移動していた。
「そ、この柄、なんかかぶりもん着けてるみたいじゃね?だから『かぶる』いつまでも猫って呼ぶなんて可哀想だろ?」
「情が移ったら、さらに居座るだろ。」
「だからぁ、かぶるはお前のこと好きだって。」
「はぁー。」勝也は大きなため息をした。
「とりあえず、猫下ろしたら出るぞ。」
「俺、神社見学したい!」
「いいから、、、。」
二人が言い争っていると、かぶるはかごから飛び降り真っ直ぐ鳥居をくぐり神社の中へと入っていった。すると、自分達に近づいてくる人影が見えた。
「勝也おかえり、帰ってくるの早いじゃん!」
勝也は大きなため息をした。
「何そのあからさまな態度。友達連れてきたんでしょ?中入りなね!」
「お母さんありがとうございます!僕羽鳥と言います。カツ君にはいつも助けてもらってて!」
「そうなの?この子勉強ばっかで直球な物言いでしょ。だから、友達居ないのかと思ったけど安心したわ!勝也のことよろしくね。」
「任せてください!勉強以外のことなら!」
羽鳥は母に駆け寄り、スーパーの袋を一つ受け取った。勝也はまた大きなため息をした。
「お母さんいい人だな!」
羽鳥はかぶるを撫でながら部屋の中を見た。
「いや、なんでかぶるがいる!?」
「玄関の前で毛繕いしてたから!」
勝也は持っていた、ジュースとお菓子が乗ったお盆を落としそうになった。机の上に置いたとき、かぶるが羽鳥の膝から降りた。
『なんとうまそうな菓子じゃ!!』
「変わった形のお菓子じゃん。」
「この街のゆるキャラのお菓子。猿田彦様にちなんで、猿がモチーフ。」
『儂は猿ではない。』
「言われてみれば猿に見えるかも。目がデカすぎないか?」
「キモカワでヒットを目指してるんだと。」
『キモカワとはなんじゃ?』
「お前その言葉も知らないのか?」
「はぁ?」『儂を見下すでない!』二つの声が重なった。
背筋に冷たい風が通り抜けた。
「・・・ワシって誰が言ってる?」
「俺ではない。」『儂じゃ。』また二つの声が重なった。
二人は見つめ合い、視線を天井、窓、扉、舐めるように見渡した。
『ここじゃ。上ではない、下じゃ。』
二人は、促されるまま視線を下に落とした。かぶるが誇らしげなドヤ顔で尻尾をパタパタ動かしている。
「えーーー!!」
神に祈りすぎて弟子になった 路川 史栞 @akino-ts
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