神に祈りすぎて弟子になった
路川 史栞
第1話 プロローグ
「おい。」
男は、肩を揺すりながら声をかけたが、手からすり抜けるように地面へ崩れた。手には触れた感じ、骨に直接触れた気がした。
「この街もか。」
男は、手を固く握りしめた。原因のわからない疫病がいくつもの街を襲っていた。風の噂でしかなかったものを目の前にすると実感が湧いてくる。
「やはり本当だったようだ。」
男は、横たわってしまった人に合掌を捧げた。年齢も性格も、なぜ家の壁に寄りかかっていたのかもわからないが、幸せに過ごした日々があったことを願いながら。
見渡す限り、この人以外は外に出ていないようだ。それに、家々の煙突からは何も出ていない。田畑は烏や猫にでも散らかされたような跡がある。この前行った街の田畑は荒廃がひどく食えるものが何もなかったが、ここはまだ形を保っているものがありそうだ。ただ、この状態の街のものを食べても大丈夫なのかどうかはわからない。
男は、家の戸を開けた。生活感の感じる調理場には僅かの食料が鍋の中に残っている。机の上には食器が一組、置かれている。今すぐにでも使えそうなきれいさだ。さらに奥へと向かうと簾の先に寝具が一式きれいに畳まれていた。その隣には太った鞄が置いてある。裏庭に出られる戸だろうか。戸を開けると、板の刺さった砂山が二つあった。庭は荒れ放題だが、山の前だけ、草木が低く茂っている。あの男の家族なのだろうか。
男は、山の前にしゃがみ合掌を捧げた。一度立ち、隣に移り再びしゃがみ合掌を捧げた。立ち上がり鼻と口元を覆っていた布をきつく締め直し、大きく深呼吸をした。きっとこの人は街の最後の生き残りだったのだろう。取り残されたことに希望を失い、のうのうと生きている自分に腹が立ち、他の街に向かおうと旅の用意はしたが家族を置いて行く勇気も出ず、もしかして、自分に菌が潜伏していたら迷惑をかけてしまう。様々な気持ちに飲み込まれていたのだろう。男は、疫病で苦しんでいる人を見たことはない。しかし、この先の街には可能性があるだろう。噂を立証しない限り、対処の仕方がわからない。咳き込む回数が増え、何も喉を通らなくなるだの、熱が高く上がり、抑える薬が効かないだの、行商人から様々な噂を聞いた。どこでどのように広まっていったのか、どうすれば食い止められるのか。神様のみぞ知るなのか。
男は、家の周りを一周しながら主道に戻った。馬の手綱を引き。中心地であろう噴水の広場に向かった。鞄から一体の木彫りの神様を取り出し、噴水の淵に置いた。太陽が神様を照らした。優しく微笑んでいるように見える。男の行く道を明るく照らしてくれているように感じた。合掌を少し長めに捧げた。男は鞍にまたがり、手綱を勢いよく引っ張り走り出した。
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