第2話 濡れた目標カード事件 真相編




「ミズキ。どうしてジャージの上着、教室に取りに行ったんだ? 風が強いのは分かってたよな。更衣室に持って行っとけば済んだ話なのに」 

「実はサラが怪我から戻った時に寒がってね。サラのジャージを教室から取りにいくなら、頼まれついでに私の分も、と考えた」


 サラはミズキの言葉に頷いている。

 怪我の後は見学だし、上着はあった方がいい。女子たちも同意している雰囲気だ。でもそんなに寒いか? 俺は暑かったくらいだけど。


 もう一度整理しよう。体育館を出入りした順番は


 【俺がボールを拾いに】

 【サラが転んで保健室に】

 【ミズキがジャージを取りに教室に】

 【ケンタがノド乾いて水飲み場に】

 

 で間違いないはずだ。他にはいない。なら――


「上着を見せてくれるか?」

「ん? どうぞ。水で濡れてるってオチは無いよ」

「ありがとう……後ろの黒板な。濡れた目標カードも含めて、俺とケンタが結構高いとこまで貼ってるんだよ。女子は背を伸ばしてやっと届く位置だ」

「何が言いたいの?」

「黒板の下に余白あるだろ? 男子も女子も結構落書きするんだよな。○×ゲームとか漫画のキャラクターとかさ」


 近くに居たサラが気付いて小さな声をあげた。

 その反応で、また何人かが気付く。


「そのミズキの体育着。ずっとドッジボールしてて、教室に戻るまで……黒板やチョークに触れることは無かったはず。汚れたんだ?」

「……」


 お腹の辺りに、カラーチョークの粉が付いている。

 決定的な証拠だ。普段ならミズキがぐうの音も出ないほど完璧に解決する場面……だからもう、宣言するしかない。


「目標カードを濡らしたの、お前だろ」

「私か」

「私か、じゃない。ふざけるなよ。お前……!」

「……」


 分かってんのか? 

 悪いことを反省もせず隠して、友だちに罪をなすり付けようとしたんだって……みんなに思われてるんだぞ!?

 ああくそ。いつもそうだ。いつも先を行かれて、こいつだけ勝手に納得してる。それが、マジで、我慢ならねえ。

 お前、


「ミズキ!」

「そろそろ移動を始めないと、次の授業に間に合わない。だからここまでだ。ほぼ理想的な進行だったよ。コウちゃん」


 湧きあがる気持ちのまま怒鳴ろうとした時、

 ガラッと教室の扉が開いた。


「もう準備出来てるぞ? チャイム鳴る前にみんな来いよ!」

 

 理科係の二人が心配で呼びに来たらしい。

 その時、窓の方から音を立てて風が入り込んだ。


 目標カードが何枚か宙を舞う。

 壁に画鋲で付いた習字や班新聞と違い、黒板にはセロハンテープで貼ってあるだけだ……年度初めに貼ったから古くなってるのが、テープの変色具合で分かった。


【早ね早起き!】

【自分の思っていることを正しく伝える】


 ケンタとミズキの目標カードも床を滑って止まる。

 あと少し風や椅子の向きが違ったら、濡れた布巾の滴りに飛び込んでいたかもしれない……なんで濡れた俺のカードは剥がれないんだ?


 自分とサラの目標カードの裏をめくると、真新しいテープが貼ってあった。掲示係のやり方と違い、重ねて張り付ける工夫で落ちにくくしてある。

 つまり、今回の事件は――


「ミズキ」

「なに?」

「怒らないから自白してくれ」

「ああ。簡単に言うと、風のせいなんだ」




 *  *




「放課後まで結局かかったな」

「サラの最初のカードが完成度高いし、この時間で済んだのは私たちが手伝ったからさ。本人は前よりずっといいと言ってたが」

「まあな」


 夕暮れの帰り道、二人の影が伸びていく。

  

「元はと言えばコウちゃんが、頑丈に貼っとけば飛ばなかったんだけど」

「今日は風が強いから、そのせいだ」


 ミズキがジャージを取りに教室に戻った時、窓から扉への風が吹き抜けて目標カードが剥がれて濡れた床に落ちてしまった。真相はそれを戻しただけって話。


 あのふざけた推理、というか茶番は時間稼ぎだったようだ。ミズキに俺なりの推理を突き付けなかったら、あいつは次の授業が始まる直前にネタばらしをしていたに違いない。いや、俺が問い詰めるってところまで巧みに誘導された気さえする。

 そう言うことにこそ頭が回る奴だ。


「ミズキ。動機を聞いてなかったな。なんでわざわざ落ちた目標カード貼ろうとしたんだ? 変に疑われるより、そのままにしとけばよかったのに」

「二人のは目標というより将来の夢でしょ。放っておけなくてさ……書いたこと、努力できるコウちゃんはすごい」

「でも推理やる前に、落ちて濡れたカードを貼りました! って言えば済むだろ?」


 すぅ、はぁ、と隣の呼吸が大きくなる。

 ゆっくり歩いてるつもりだったけど、早足だったか?

 立ち止まるミズキを背にして、風が強く吹いた。


「飾ったコウちゃんのせいにされるの、ぜったいだった」

「え、おいミズキ。聞こえるように言えよ」


 うん? 誰かをかばってるって勘は外れたのか。

 まあ今回もなんとか一件落着。次の授業までという宣言も守られた……ことになるんだよな? 俺たちで解決っていつも言ってるし。




 難しい顔をしていると、ミズキが笑った。

 俺の考えぜんぶお見通しって得意げな表情を、隣で向けて来る。



 

「今日は風が強いから、そのせいね」



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休み時間探偵ミズキ 安室 作 @sumisueiti

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