休み時間探偵ミズキ

安室 作

第1話 濡れた目標カード事件 推理編




 今日は風が強いな。

 廊下の窓から外を見ていると、ミズキが女子更衣室から出て来た。


「あれ? コウちゃん」

「大丈夫そうか?」

「まあね。顔に当たっても体育館のボールは柔らかいから。コートが少し狭くて、ああいったことは始めのうちは起きやすいよ」

「保健室寄ってく?」 

「転んだサラほどじゃない。すり傷で済んで良かった」


 ミズキは背が低いから、他の男子に投げたボールがちょうど顔に当たるんだよなあ……ホントごめん。

 

「ん? なんで上はジャージのままなんだ?」

「今日は風が強いから。次の授業……理科室も寒くてね」

「まあ確かに」

「きゃああああ!」

「なんだ!?」

「む、事件か!?」


 女子の叫びで廊下の友だちがざわついている。

 走って教室に入ると、後ろ側の黒板の周りでサラを中心に人だかりが出来ていた。怪我とかじゃなさそうだが、みんなの視線は黒板に貼られた目標カードとサラ……そして、なぜが俺を交互に見ているようだった。


「これは」

「コウちゃん……はぁ、ふぅ、説明して」

「目標カードが濡れてる。サラと俺のカードが」


【おかし職人になりたい♡】

【プロサッカー選手になって活やくして点をとる!】


 俺のはいい。黒ペンで書いただけだ。

 サラのは……お菓子の飴やケーキ、ゼリーとか絵もカラフルにしてたのに、滲んでしまっている。これを見てサラが叫ぶのも当然だ。自分の夢を汚された気分になる。嫌な気持ちだと思うぜ。


「コウちゃん、廊下にいるみんなを教室へ。聞き込みも頼む」

「やるのかミズキ?」

「当然だとも。みんな心配しなくていい。私たちがこの事件……次の授業が始まるまでに解決してみせる!」




 *  *




「扉を閉めてくれ。まだ誰かいた?」

「いや、これで全員だ。理科係だけ先に準備に行ってるが」

「私たちも謎解きを終え次第、理科室に向かうとしよう」


 みんなは教科書やノートを持って俺たち二人を見ている。犯人に対しての疑問、誰がやったのかって不安。怒りを露わにしてるのは女子に多い感じだ。今回の件は悪質だからな……特にミズキはそういうの大嫌いだからな。人を馬鹿にしたり、思いを踏みにじるなんてことは。


 校庭のミステリーサークル事件。ハムスター脱走事件。給食プリン紛失事件……。他にもミズキが関わった事件はあるけど、どれも先生が来たりチャイムが鳴るまでにばっちり解決した。だから理科室へ移動しなきゃって焦る奴はいない。着替えもあるから早めに体育は終わったし。そしてミズキが解決すると言った以上、必ず片が

 次の授業までの間……あと5分間のうちに……!


「まず『今年の目標カード』二枚が濡れていた。体育の授業の前は無事だったことをすでに数名から聞き取っている。つまりさっきの授業中に犯人がカードを濡らした……それは明白だ。他の学年の線は考えにくい」


 体育は強風のため校庭から変更して体育館でのドッジボールだった。俺が情報収集した結果、出入りしていたのは――


「転んで保健室に行ったサラ、水のみに外に出たケンタ」

「あとは教室にジャージを取りに行った、私こと横井山ミズキ」

「体育館から出たのは以上の三人だな。まずサラだけど……転んで保健室に行ったのは間違いない。足の絆創膏はすり傷を手当てした証拠」

「コウちゃん、ミズキちゃん……」

「ああ、その、涙拭いて」


 泣き顔のサラをなだめる。今日は転んで怪我、教室では目標カードがあんなだし泣きたくもなるだろう。


「次にケンタ。外の水飲み場を利用した……戻って来るまで大分かかったって証言がある」

「俺……水はすぐ飲み終わったんだ。たまたま相手の攻撃が続いてさ。待ってたらそのまま時間切れで」

「内野一人だけの時か。ケンタが入ってボール取れたらそっちのチーム逆転出来たかもな。こっちも内野少なかったから」

「なんだ、すぐ戻りゃあ良かった。次からそうするよ」


 体育館の周辺でウロチョロしてる様子を外野の複数人が見てるから、ケンタにも教室に行く時間はない。もちろん膝をケガしてるサラもだ。二階の教室まで体育館からだと……まあ、行って戻って2分はかかるな。全力で走ればだが。


「最後にミズキか。……ってか教室に行けたのお前しかいなくね?」

「そうだね。寒くてジャージを教室に取りに行った。誰かいたり変わったことは無かった。だが、

「本当か!? じゃあ誰が」


 ミズキが教壇に立ち、身を乗り出すようにしてみんなを見る。

 あ、このいつもの感じ。誰かを名指しする気だ。ミズキの頭のスピードには誰も追いつけない。とっくに推理は終わっていて、あとはチャイムが鳴るまでにどう解決するか見守るだけ。


「今回の件。目標カードを濡した人物とは、キミだよ……コウちゃん」

「え、俺!? 体育館から出てないけど」

。準備体操のあと、ペアでボールを受ける練習をしていただろう? その時、高く投げたボールが少し開いていた扉から出てしまった」

「ああ確かに。ケンタと二人組で……ってかよく気付いたな?」

「たまたま目に入ってね。詳しい状況を教えて」

「ケンタが大暴投してさ……んで外に拾いに出たら段差を転がってて、遠くまで拾いに行った」

「時間は?」

「ケンタ。どれくらいだ?」

「長くて1分くらいじゃねえの」

「誰より足の速いコウちゃんなら、教室まで走れば――」

「世界陸上の選手でも不可能だろ」

「ではショートカット可能だったら?」


 みんなの視線が俺に集中する。

 ……待て待て。何かおかしい。揃いも揃って真剣な顔するな。 


「遠回りの階段を使わなくても、花壇の柵に足をかけ、パイプを伝って二階の教室までたどり着く……そこから換気で開いている窓から侵入すれば、目標カードを濡らす時間は充分にある」

「学校よじ登った時点で大事件だよ!」


 どうしたミズキ、推理が変だぞ!?

 いつもの5分で解決する隙のなさが嘘のようだ。

 あ、サラも俺と同じ気持ちらしい。窓を開けて調べてくれてる。


「ま、待って。ミズキちゃん……教室の窓、ストッパーが付いてるから開くのは15cmも無いけど」

「余裕でしょ? サラも通れるよ?」

「俺でかいし、これは無理だ……」


 自分もすべての窓を開けて確かめてみた。……あれ? いつ窓は閉め切ったんだ? 鍵は開いてたけど、体育の前はどうだったっけ。

 ふむ、とミズキは俺を見て首を振った。


「窓を男子が通ることは、荒唐無稽だと認めよう。しかし凶器を使っていたとしたら?」

「……一応聞くぞ」

「つまりコウちゃんは体育館外に出る口実を作り、用意していた野球ボールを濡らして教室目掛けて投げ……カードに命中。そのまま開いた窓から寸分違わず弾んで戻ったボールをキャッチすれば」

「それが出来たら、俺プロ野球目指すわ」


 そもそも凶器どこから出てきたんだよ!

 いや、ミズキを信じろ。さっき窓を開けた時のかすかな違和感。俺じゃ思いつかないような何かに気付いている? 必ず授業までに解決して来たこいつの推理を、邪魔しないで信じてやれ……!


「仮にそうだとして、犯行に使ったボールは?」

「さあ? 授業中ポケットにでも入れてたんじゃないの」

「結構でかいけど!? それでドッジしてたの俺!?」

「今も凶器を所持しているなんてミスはない。体育袋に忍ばせて着替えた後、教室へ戻る道……トイレやゴミ捨て場で凶器は処分可能だ」

「待てミズキ」

「なに?」

「俺、教室まで一人じゃなかったし」

「アリバイ作りのため口裏を合わせているのでは?」

「いや……俺と教室まで来てたろ。お前」

「私か」

「お前だよ。教室が見える廊下までだけどさ」

「ボールを私の顔に当てたことを、心配していたな」


 ミズキは呆れたように呟くと、急にサラの方へ向いた。


「サラ。ひざを擦りむいたあと保健室へ校庭側から入り、体育館へ戻った……間違いない?」

「うん。そうだけど」

「トリックだよ」

「ええー? な、なんかミズキちゃん今日おかしくない?」

「流れはこんな感じだ。保健室で治療を受ける。頃合いを見計らって熱があるかもと検温へ自然に促す……体温計は数分程度かかるタイプ。その間、巧みに先生の視線を外させる。そして検温しつつ教室へダッシュ」

「脇に差したまま!?」

「脇に差したまま。黒板の目標カードに水をぶっかけ、何食わぬ顔で保健室に戻ればいい」

「ミズキ。どうやって数分間よそ見させるんだよ?」

「頑張る」

「雑だなオイ!?」


 もうクラスの誰もがミズキおかしいぞって顔をしている。今までの事件解決が鮮やか過ぎたせいもあるが……ホントどうしたんだ?


「なんで自分とコウちゃんのカードに水をかけたの?」

「……そうね。あの黒板の目標カードを貼ったのは掲示係のコウちゃん。濡れていれば、その責任を問われる。サラは掲示係になりたくて評判を地に落とすため――」 

「コウちゃんは掲示係、後期もやる?」

「……いや、同じのは連続で出来ないって先生言ってたような」

「じゃあなりたくない、かな。これで動機も消えたね。あとさ、保健係が治療中、校庭で待ってたからトリックなんて使えない」

「かわいいサラの容姿と怪我を利用し、情に訴えれば――」

「付き添いの保健係、ミズキちゃんだけど?」

「私か」

「うん。心配してくれてた」

「俺のカード濡らさない方が評判悪く出来たんじゃ?」

「……まあ」

「ミズキちゃん。それに男子が校帽投げたりして習字の作品や班新聞とか落ちたりするし、誰も掲示係のせいになんてしないよ」

「サラ、それは本心?」

「もちろん。みんなもそうでしょ?」


 クラスの全員が頷く。

 ケンタも。……ケンタも掲示係だよね?


「……その言葉が聞きたかった」


 ミズキは満足げに教壇を降りた。

 おい、まだ何にも解決してないぞ。掲示係の話も必要だったか? サラやミズキにはあんま向かないけどな。こういうのは背の高い――あれ?




「コウちゃん。どうした?」

「……ここからは俺が推理する」



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