コーダ2

 倦怠感を助長するような香りが部屋の中を漂っていた。常連客の紹介で店に来た老人が僕の絵を気に入って、今日はその絵の納品に来ている。常連客によるとかなりの金持ちらしい。

「ねえ」

 ゆり子が僕に目配せをしながらこういう。そう、この香り。

 僕がシャワーを浴びて部屋に入ると、ミサねえさんは少しはだけた浴衣を着てゆったりとした籐の椅子に腰かけている。僕が近づくと笑みを浮かべて僕の体に香油を塗りはじめた。部屋の中にも香油の香りが充満していた。そして陶酔したミサねえさんの顔がぼんやりと霞むように見えてくる。あの時の肌と肌がこすれ合う感覚を僕はまだ覚えていた。肌で会話をしているようなあの感じ。

「鍵の部屋」

 僕のとなりでゆり子がつぶやくように言う。多分彼女も経験があるのだろう。ゆり子を抱いているときに、たまにあの感覚がよみがえってくることがある。

「なんか怖い」

 ゆり子の体の震えが僕に伝わってくる。僕はその震えを押さえるようにゆり子を抱きしめた。そのとき、部屋のドアが開く。

「わざわざ、すいませんな」

 白髪の老人はやさしい声でそう言った。

「これはヨメさんの趣味で」

「ヨメさんゆうても、まだ籍を入れたばかりで」

「あんさんと同じや」

 多分この老人は年が離れているということを言いたいのだろう。老人は少しだけ気恥ずかしそうな表情をした。そして僕は老人からこの部屋の香りとは違う香りがするのを感じた。多分ゆり子も同じように感じている。

 鍵の部屋を出ると、僕とミサねえさんはミントの香りのする風呂に入った。その風呂に入るとぼんやりとしていた意識がすっきりと晴れてくる。

 ゆり子がしがみつくように僕を見た。

「うそやろ」

 ひとり言のように何度もつぶやく。

「うそやろ」

 ドアが開いて着物を着た女性が部屋に入ってくる。

「ミントティーです。お口に合うかどうか」

 その女性は透明のティーカップをテーブルに置くと、落ち着いた声でそう言った。  

 その女性をじっと見ていたゆり子が急に部屋を飛び出していく。僕もゆり子のあとを追った。

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心震えるミントの香り 阿紋 @amon-1968

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