コーダ1
「ホントに売れてるの」
「ボチボチね。ほとんど年寄りばかりだけど」
あいつは少し疲れた顔で僕を見ている。久しぶりだったけれど、それほど変わったようには思えなかった。僕はそんなあいつの突然の訪問に驚いている。
「ここは京都のほうが近いの」
「梅田までだったらそんなに変わらないよ。ちょうど中間かな」
「あの子は。何て名前だっけ」
「パートに出てるよ」
「あんたも相変わらずね。そんな才能があるとは思えなかったけど」
「お前といるときはね」
「それに今は一応働いてるし」
「店番してるだけじゃないの」
「教室もやってるんだよ」
「お姉さんは元気にしてるの」
ここに落ち着いてしばらくした時、僕はあいつに電話を入れた。ゆり子のお父さんが僕にミサねえさんの様子を伝えてきた。ゆり子が連絡するまで、お父さんはゆり子の居場所を教えてほしいと、だいぶ激しくミサねえさんに詰め寄っていたようだ。ミサねえさんも僕たちの居場所は知らなかったのに。
「とにかくお姉さんから離れたくてここまで来たんだけど」
「たしかに落ち込んでいたわね」
「何であんたがこんなことをしたんだろうってあたしも思ってた」
あいつには様子を見に行ってほしいと頼んだのだけれど、見るに見かねてあいつは自分の家にミサねえさんを連れて帰ったらしい。もともと住んでいた家だし、少しいれば落ち着くだろうと思っていたらしい。
「お姉ちゃん、奄美の土地は売ってなかったみたい」
「家も残ってるの」
もちろん僕は何も知らなかった。どうやらミサねえさんは、あの家を売ってあいつのダンナと奄美に行ってしまったらしい。
「こっちの家を売ったのはあの人の入れ知恵よ。不動産のことはだいぶ勉強してたし、資格も取ってたから」
「あんたと違ってあの人にはこういう才能は無いみたいだし」ヒナは僕の描いた絵を見ながらこう言った。
「お姉ちゃんに男を操る才能があるとは思わなかった。ていうか気づかなかったのかな」
「和菓子屋のボンボンもそうだし、あなたもそう。もしかしたら親父も」
ヒナは僕の淹れたコーヒーを飲みながら大きくため息をついた。
「才能があったわけじゃないと思う」
「才能っていうより、願望かな」
ヒナは僕にこう言って、自分で言ったことに納得するようにうなずいている。
「ボンボンにもあなたにも逃げられちゃったわけだし」
「馬鹿なのはあの人だけか」
あいつがそう言ったときにゆり子がパートから帰ってきた。
「元嫁だよ」僕がゆり子に言う。
「ミサさんの妹さん」そう言ってゆり子が頭を下げた。
ヒナが驚いた顔で僕のことを見ている。そうか、あいつも初対面だからね。
「犯罪者」と僕にだけ聞こえる声でヒナがつぶやく。
「飯でも食べていく。時間はあるんだろう」
「いいよ。せっかく身が軽くなったんだから、羽を伸ばそうと思って」
「それならミナミのほうに行くといいよ」
「道頓堀のほう」
「それより、新世界のほうがええんやない」ゆり子が言った。
「新世界」ヒナが僕のほうを見る。
「通天閣のあたりだよ。案内してもいいけど」
たしかに、ヒナには新世界が似合そうだ。
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