第33話 祭り
ライカとの闘いで死んだ信長の死は伏せられ、後に本能寺で死んだ事として報じられた。魔の巣窟となっていた安土城は焼き払われ、戦国の世は、豊臣秀吉の時代へと移っていった。
風の里に帰った白龍斎達は、この戦いで亡くなった、炎龍斎を始めとする五十余人の戦士を懇ろに弔った。一家の柱を無くした家族の悲しみは余りにも深かった。ライカ達は、彼らに寄り添い、懸命に励まし続けるのだった。
その悲しみから立ち上がった彼らは、風の里の復興に取りかかった。最初に着手したのは、土地の整備である。
これには、土鬼黄龍斎をはじめとする土の使い手達が、大いに活躍した。彼らは土を自在に操って、破壊され踏み荒らされた大地を見る間に修復し、整地していった。そして、蘭丸に破壊された西の山の頂上も元通りに復元し、杉や檜などが植えられた。
次に、住む家を悉く失っていた彼らは、龍牙洞を根城にしながら、家を建てる為の木を、山から伐り出した。
右腕を失って養生していた神一郎も、その仕事に志願した。
神一郎が風牙を使って、一瞬で何本もの大木を切り倒すと、山の上から麓迄一定間隔に配置された風の使い手達が、その大木を風に乗せて、次々と受け渡しながら里迄下ろしていくのだ。
「神一郎、無理をするな。傷口が開くぞ!」
大木が列をなして空中を滑るように麓の方へ運ばれるのを見ながら、ライカが声を掛けた。
「大丈夫です。これ位の技では体に負担はかかりませんから!」
神一郎が白い歯を見せて、左手を振って応えた。
麓では、神一郎達が伐りだして来た材木を使って、男達が寄ってたかって一軒又一軒と家を建てていった。建設の槌音が里のあちこちに響くと、いやが上にも復興の意気は高まった。
屈強な男達が家造りに励んでいる間、女や老人たちは野良仕事に精を出した。田畑に種が蒔かれ、春になって草木の新芽と共に作物の芽が出て来ると、農耕にいそしむ彼らの顔にも笑顔が戻った。
これらの里の復興に、ライカを始めとする若者たちが先頭に立った事は言うまでもない。
そして、三年の月日が流れると、風の里は、自然豊かな元の姿を取り戻していた。
その年の二月のある日、宗家である白龍斎は、里の主だった者を集めて集会を開いた。
「皆の努力によって、風の里は昔の姿を取り戻すことが出来た。改めて礼を申す、この通りじゃ」
白龍斎は皆に向かって深々と頭を垂れてから、話を続けた。
「里の復興が終わった今、儂は本日をもって風一族の宗家の職を返上させて頂きたいと思う!」
白龍斎は宣言するように言ったが、彼が常々「復興が終われば宗家を辞する」と言って来たからか、稲妻家の大広間に集まった者達が驚く様子は無かった。
「それで、後継者は決めておられるのか?」
水神家頭領の幻龍斎が、口を開いた。
「いや、まだ決めてはおらぬ。五代目は皆の合議で決めてほしいと思っておる」
「ならば話は早い。儂は此度の戦で、里ばかりか国をも救ってくれたライカ様が適任だと思うが、皆の意見はどうじゃ!?」
最前列に居た幻竜斎が立ち上がり、皆に向かって言った。
「幻龍斎のいうとおりじゃ。風一族を託せるのはライカ様以外考えられぬ」
土鬼家頭領、黄龍斎も賛同した。
「火王家はどうじゃ?」
「もとより意義はございませぬ」
炎龍斎亡き後、火王家を継いでいた真麟がきっぱりと答える。
「ならば決まりじゃな。五代目はライカ様じゃ!」
幻龍斎が皆に向かって言うと、全員から賛同の声が上がった。だが、白龍斎が慌てて皆を制して言った。
「待ってくれ皆の衆。ライカはまだ若すぎるし、女子じゃ。五代目は五家の重鎮が良いのではないか?」
「合議でと言ったのは宗家ではないか。これは風一族の決断ですぞ!」
幻龍斎が咎める様に言う。
「それはそうじゃが……。ライカ、そなたはどう思うのじゃ。思うところを述べて見よ」
困り顔の白龍斎は、最前列に控えたライカに話を振った。
「私は風の里を守るために命を賭して戦ってまいりました。今後もその気持ちは変わりません。ですが、一族の統領の器ではありません。ご容赦ください」
ライカは、深く頭を下げた。
「何とした事、本人が嫌だと言うのでは話にならんではないか」
幻竜斎があきれ顔で言った。
「幻龍斎様、私は我儘を言っているのではありません。里の中だけの話であれば差し支えありませんが、例えば、地位のある相手と話をする時など、二十歳そこそこの女の私が宗家では役不足ではないかと言っているのです」
「そうじゃ、その通りじゃ。ライカはまだ早い。宗家は他の者が継ぐべきじゃ!」
白龍斎が、我が意を得たりと声高に言った。
「儂もライカ様の宗家襲名には反対じゃ!」
おもむろに立ち上がったのは、今迄沈黙していた、神一郎の父、神龍斎だった。
「神龍斎、何故じゃ?」
幻龍斎が訝し気に聞く。
「此度の戦では、若者達がよく頑張ってくれた。特にライカ様の激闘は皆も知っての通りじゃ。女子の身でありながら、身体を酷使しすぎたと思わんか? 秀吉が天下を納めた今、暫くは大きな戦も無かろう。ライカ様には、今はゆっくりと休養してもらいたいと言うのが儂の思いじゃ」
「神龍斎、よくぞ言ってくれた……」
白龍斎の目が潤む。幻龍斎もライカへの心配りが足らなかった事を恥じて、扇子で自らの額をピシャリと打った。
「……少々話を急ぎ過ぎたようじゃ、許されよ。ライカ様には、神一郎と子作りに励む大仕事がある事を忘れておったわ。はっはっはっ!」
幻龍斎の言いように、どっと笑いが起こった。
その後の話し合いで、五代目宗家は水神幻龍斎が継ぐこととなり、ライカは六代目と決まった。
「皆もご苦労だったな。私からも礼を言う」
集会後に残った若者たちを前にして、ライカが頭を下げた。
「ライカ様こそお疲れでしょうに、神龍斎様が仰るようにこれからはゆっくりして下さい」
「ありがとう真麟」
「俺も早く子作りに励みてえなあ」
「何を言ってるの大刃、相手を見つけることが先でしょ」
真麟が大刃の肩をポンと叩き、彼が頭を掻くと、若者達の笑い声が弾けた。
「ところで、氷馬と真麟の婚儀の日取りは決まったのか?」
ライカが真麟に聞いた。
「婚儀は四月頃にと思っています。でも、私が水上家に嫁げば火王家の跡継ぎが無くなってしまうでしょ、今はそれをどうするのかを考えているところなの」
「我が稲妻家は、神一郎が婿に来てくれるから良いものの、跡取りを取られた神龍斎様は、風家の後継者を誰にするか悩んでいらっしゃる……」
跡継ぎの問題は、ライカ達にとっても他人事ではなかった。それは、奥義を秘する為、他の里との交流を敢えてしてこなかった結果でもあったのだ。
「風の里も人が少なくなって、何時かは風一族の技の継承者も途絶えてしまうのかも知れぬな……」
氷馬が、沈みがちに言った。
「湿っぽい話になってしまったが、いっそのこと私達の婚儀と氷馬の婚儀を一緒にすると言うのはどうだろう。里を上げての祭りにするんだ。風の里の新しい船出の意義も込めてな」
「神一郎、それは妙案だ。このところ、里の者達に楽しいことなど無かったものな。ライカ様と真麟はどう思いますか?」
氷馬が二人に視線を注いだ。
「良いと思うわ」
「うん、盛大にやろう!」
かくして、二つの婚儀は合同でする事が決まった。
風の里に春が来た。あちこちから長閑な鶯の鳴声が寿ぐ中、ライカと神一郎、そして氷馬と真麟の婚儀が盛大に執り行われた。
場所は稲妻家。大広間の障子は開け放たれ、その前の広い庭は、二百人を超える里人たちが埋めていた。
大広間の奥には、黒紋付羽織に縞袴の神一郎と、濃紺の紋付き羽織に縞袴の氷馬が座り、その左右に親戚たちが整然と並んで、花嫁の登場を待っていた。
「ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!」
婚儀の開会を告げる大太鼓が鳴り響くと、白無垢に身を包んだライカが姿を見せ、その後に、白小袖に赤の打掛を羽織った真麟が続いた。
「おお! 何という艶やかさじゃ」
「ライカ様も真麟様も何とお美しいこと……」
「うむ、当に天女のようじゃ」
二人の艶やかさに、里人たちは感嘆の声を上げ騒めいた。神一郎も氷馬も、初めて見る彼女達の花嫁姿に言葉を失っていた。
二人の花嫁が着座すると、大広間は二つの大輪の花が咲いたように華やかになった。
三々九度は同時進行で進められ、里人たちは、二組の盃の行方を追った。
婚儀は滞りなく進んで、新宗家の水上幻龍斎の挨拶で締めくくられた。そして、皆がお待ちかねの披露宴へと移っていった。
広い庭にムシロが敷き詰められ、机代わりの大きな板の上に山と積まれたご馳走が並べられると、里人たちがそれを取り囲んだ。
「皆、今日は里の祭りじゃ。存分に飲んで食べてくれ!」
ライカの父である白龍斎が言うと、賑やかな披露宴が始まった。呼んでいた、旅の一座の歌や踊りが華を添える。
どの顔も輝いて、楽しそうに御馳走を頬張り談笑している。ライカ達四人も小袖姿に着替えて、彼らの中へ入って一人一人と話を交わしていった。
ある程度酒が回ってくると、演芸大会が始まった。太鼓を叩く者、自慢の声を聞かせる者、剣舞を舞う者等、思い思いの出し物で皆を沸かせた。その内、皆が総立ちになって歌い踊りだした。彼らは歌い踊る事で、忌まわしい過去を振り払い、前を向いたのである。
祭りは夜まで続き、皆、満足しきった様子で三々五々と帰って行った。
「今日は、楽しかったな。皆のあんな笑顔を見たのは久しぶりだ」
「そうですね。本当に楽しそうでした」
ライカと神一郎は、自分達の部屋に戻って、楽しかった一日を振り返っていた。
「戦国の世ではあるが、笑いが絶えない里にするのが我らの勤めだ」
「承知しています」
「ところで、……建てたばかりの家なのに、もう大きな鼠が居るようだな」
ライカが、天井に何かが居ると、神一郎に目で合図を送った。
「きっと旅の鼠が、祭りの賑やかさに誘われてやって来たのでしょう」
「物好きな鼠だな。この家には大きな龍が棲んでいるというのに」
ライカが微笑みながら言う。
「はっはっは、当にその通りですね」
神一郎も、ライカの例えが面白くて笑ってしまった。
「神一郎、私達には小作りという大事な仕事がある。鼠の相手をしている暇はないぞ」
ライカが、天井の鼠に当てつけるように言って、さっさと寝室に入っていくと、神一郎は吹きだしそうになるのを堪えながら、その後を追った。
翌日、旅の一座は、逃げるように里を出て行った。
「お頭、この里に不穏な動きなど何もありませんな……」
「うむ、だが、秀吉様の話では、此の里の者は途轍もない技を使うらしい。もう少し探ってみようではないか」
この旅の一座は、秀吉が風の里を探るように命じた甲賀衆だったのだ。彼らは、里の外れまで来ると荷車を隠し、忍者装束となって山に潜んだ。
暫くすると、彼らが潜んだ林の中に風が吹き出した。その風はどんどん強くなって、木々を大きく揺らし、立っていられないほどになった。
「何だこの風は!」
甲賀衆が慌てふためいていると、真っ青に晴れていた空が俄かに掻き曇り、雷鳴が鳴り響いた。そして、辺りが薄暗くなった途端、眼前に白い巨大な龍が忽然と姿を現したのだ。白龍は、彼らを睨みながらゆっくり近づいて来た。白龍に触れた木々は瞬時に燃え尽きていく。
「ひえー!!」
余りの恐怖に甲賀衆たちは、その場に座り込んでしまった。
戦意を失ってしまった彼らが固まっている内、黒い雲は去り、白龍の姿は消えて、青空が戻って来た。
「秀吉の手の者か!」
突然、良く通る女の声が背後から聞こえた。彼らが振り向くと、そこにはライカと神一郎が立っていた。
「……今の白い龍は、貴方達の仕業なのか?」
大夫に化けていた頭が恐る恐る聞いた。
「此の里には、大きな龍が棲んでいると昨日言ったはずだ。帰ったら秀吉に伝えよ、触らぬ神に祟りは無いとな。道中気をつけて帰れ!」
風が吹いて木の葉が舞い上がると、二人の姿は忽然と消えた。
春の風が、冷や汗をかいていた彼らの頬を撫でて、鶯たちの長閑な鳴き声が、夢の中の出来事のように響いていた。
― おわり ―
五龍戦記 安田 けいじ @yasudk2
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