第32話 最終決戦
ライカが沖の海に着くと、巨大な魔王龍が身体を覆った氷を振るい落としながら、空へと昇って行くところだった。魔王龍から剥がれた氷が、日にキラキラと輝きながら落ちてゆく様は、幻想的でさえあった。
(ふん、魔王でも美しさを現出する事があるんだな)
ライカが、魔王龍の行方を目で追いながら皮肉った。
俄かに広がった雷雲の中に消えた魔王龍は、大量の雷を吸収し始めていた。稲光が点滅する度に、魔王龍の巨大な影が雲の中に浮かび上がった。
「よし、こちらも準備を進めよう!」
ライカが目を閉じ、両の指を胸の前で組んで雷雲を呼ぶと、日の光は遮られ、再び薄暗い世界となった。二つの雷雲が激突して、凄まじい雷鳴が天地を揺るがす。海上は嵐となり、海を凍らせていた巨大な氷は、割れて流され始めた。
「出でよ白龍!!」
魔王龍が、雲雲から顔を出したのを見計らって、ライカがカッと目を見開くと、爆発的な雷鳴と共に白い巨大な龍が眼前に現れた。大きさも魔王龍に負けていない。
(何だこの龍は!?)
大刃が驚きの声を上げる。
「これは、雷を常態化した龍だ。本来有り得ない状況を作る為に、途轍もない力を必要とする。しっかり力を送ってくれ!」
(承知!)
四人が必死に力を送り続けると、ぼやけていた白龍の身体が鮮明に輝きだした。
そこへ、白龍を認識した魔王龍が空から急降下して来た。白龍はそれを迎え撃つべく上昇を始めた。ライカは白龍の後方から背中を見下ろすような位置に居る。
互いの龍の目が光った瞬間、魔王龍は青白い破壊光線を、白龍は白い破壊光線を同時に吐き出していた。
互いの超絶光線が中央で激突して、凄まじい衝撃波がライカの中に居る四人にも伝わって来た。ライカと一体化した彼らは、彼女と同じ痛みを分かち合わねばならないのだ。
(ウウッ、これが、魔王大破の威力なのか!?)
(うむ、何という凄まじさだ!)
「氷馬、大刃、感心してないで押し返せ! 押し切られたら終わりだぞ!」
ライカが二人を叱咤する。一人でも力を抜けば、待っているのは死だからだ。
(はっ!!)
力が拮抗していて勝負はつかず、魔王龍と白龍は光線を吐き終えると、睨み合いながらすれ違い、直ぐに反転して向き合った。
「今のところ力は互角だが、奴は勝つ為にはどんな卑怯な手を仕掛けて来るかも知れぬ。油断するな!」
(承知!!)
睨み合っていた魔王龍と白竜が前進を始めると、再び超絶破壊光線を吐き合った。どちらも譲らず、あらん限りの力を破壊光線に注いだ。
その時である。魔王龍の首のあたりが大きく盛り上がったかと思うと、もう一つの龍の頭がグググッと生え出て来たのだ。
二つ目の龍の頭は直ぐに赤い目を開け、『オオ―――ン!!』と吠えると、ライカ目掛けて破壊光線を吐いた。
ライカ達は、本来の魔王龍の頭が吐く、超絶光線同士のせめぎ合いに必死になっていて、二つ目の破壊光線を防ぐ手立てなど、あるはずも無かった。
「しまった!!」
誰もが思った次の瞬間、ライカの身体は瞬時に二つ目の破壊光線を躱し、白龍の真下に潜り込んでいた。余力のある神一郎が、ライカの身体を風で操って移動させたのだ。
しかし、魔王龍の二つ目の頭は、移動したライカに照準を合わせて、尚も破壊光線を吐き続けて来た。
凄まじい衝撃音と共に、魔王龍の二つ目の頭の破壊光線が、白龍の身体の一部を吹き飛ばし、その下に居たライカを直撃した。
「ウウッ!!」
ライカは咄嗟に全ての力を防御に切り替えたが、光線を吐けなくなった白龍もろとも、魔王龍の二つの破壊光線に飲み込まれていった。
(ウワ―ッ!!!)
(ライカ様!!)
ライカと一体化した神一郎達も、身体が千切れるような痛みが走り、思考する事さえ出来なくなっていた。
海に落ちたライカの身体は、そのまま海底へと沈んでいく。
「……し、神一郎、氷馬、真麟、大刃、皆無事か?」
(……)
「神一郎!!」
(あ、……は、はい!)
(ううっ!)
余りの痛みと衝撃で、正気を失っていた神一郎達が我に返った。
ライカは海底に着くと、水を変化させて空間を作り、その中でフーッと大きな息を吐いた。
(ライカ様、身体は大丈夫なのですか!?)
皆、ライカの身体を心配したが、全ての力を防御に回した事で、致命的な傷を負う事は無かったようだ。
「真麟、氷馬、大刃、お前達は自分の身体に戻ってくれ。私の体力も限界が近い。あとは私と神一郎とで最後の決戦に臨もうと思う」
(えっ? 今更何を言うんです! 私達は命を捨てて此処に来ています。引く訳にはいきません!)
真麟が、心外だと言うように声を荒げた。
(その通りだ。私達は最後まで力を合わせて戦うんじゃなかったんですか!?)
(そうだ。五人でも敵わない相手に、どうやって二人で戦おうと言うんだ。お前達が死ねば全ては終わりじゃないか!)
氷馬も大刃も納得がいかない。
「皆聞いてくれ。皆の力を合わせれば勝てると思っていたが、奴の方が一枚上手だったようだ。魔王龍を倒す為には、もはや阿摩羅の力を最大限に発揮するしかない。その為には自分を極限まで追い込まなければならない。余人を頼むような弱い心では出せないんだ。ただ、神一郎は我が夫、死ぬときは一緒にと決めているから連れて行く。風の里を再興する為には貴方達の力が必要だ。だから残って貰いたい、お願いだ!」
切々と訴えるライカの気持ちが、皆の心に染み渡った。
(……)
「死ぬ気では行くが、死ぬつもりは無い。勝つ為に行くんだ。私達の戦いを見ていてほしい!」
(……分かりました。我らはこれにて下がります。ご武運を!)
真麟に促され、氷馬と大刃もライカの意識から消えていった。
「神一郎、いくぞ!」
(はッ!)
ライカが瞑目して印を結んで念じると、海の水がググっと分かれて空への道を開いた。上空には、ライカの様子を探っている魔王龍が悠然と泳いでいた。
ライカが空に飛び上がると、それを見つけた魔王龍は、大きく旋回して彼女目掛けて突進して来た。ライカも、それを迎え撃たんと白龍を立ち上げ、加速しながら魔王龍に照準を定める。
ライカと神一郎の心は、命を捨てても魔王龍を倒し、この世を救うんだと言う、その一点しかなかった。
「神一郎、この戦いを終わらせよう。私の為に笛を吹いてくれ!」
(承知!)
ライカの心の中に、神一郎の優しく力強い龍笛の音が響き渡った。すると、ライカの心に、阿摩羅の力が一気に噴出して湧き上がり、彼女の身体を黄金に染めた。その刹那、白龍も、光り輝く黄金竜へと変わっていった。
迫りくる魔王龍の双頭の口が、裂けんばかりに開いた瞬間、
『魔王大破!!!』
特大の、二連の青白い超絶破壊光線が吐き出されると、
「皇龍雷破!!!」
黄金竜からも途轍もない黄金の光線が吐き出された。
「ビカ―――――ッ!!!!!」
黄金の光が、青白い光線を凌駕して魔王龍を飲み込んでいく。
『な、何!! こんな……馬鹿……な……』
黄金の光線の中で魔王龍の身体は焼かれ蒸発していく、咄嗟に頭を護ろうとした硬い鱗の装甲までも用をなさなかった。
『オオオオ―――――ン!!!』
魔王龍の悲し気な断末魔の咆哮が天に響き、消滅を免れた頭の一部が海岸の方へと落下していった。
地上に落ちた魔王龍の頭が転がっている所に、ライカが下りてその鼻先に立った。
『さ……さっさと……殺せ!』
顔の半分も剥ぎ取られた魔王龍が力なく言う。
「信長。悪魔のどこがいいんだ。次は、普通の人間に生まれて来い」
『……』
ライカが魔王龍の鼻に手を当てて祈るようなしぐさをすると、その手から黄金の光が放たれ、魔王龍を包んでいった。
「ああ……」
魔王龍は信長の姿に戻ると、やがて、土塊のように崩れ、風に散っていった。
(ライカ様、信長は来世では人間に生まれることが出来るのでしょうか?)
「多くの人を殺めた罪は免れまい。だが、いつの世にか人間として生まれる事も無いとは言えぬ。阿摩羅はどんな極悪人でも最後には救おうとするはずだ」
青い空と海が何処までも広がり、太陽の光が燦燦と降り注いでいた。
清々しい風がライカの頬を撫で、髪を揺らした。彼女は、手を翳しながら太陽を眩しそうに仰いだ。
「神一郎、帰ろう、風の里へ!」
(はっ!)
ライカは力強く大地を蹴って、天空に舞い上がった。
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