第九膳(前編)再会のメニュー


 出会いは偶然だった。

 別れは突然だった。

 この再会は必然なのだろうか?


 俺の前から突然消えた弥生ちゃんが、出会いの場所にいた。

 あの日はうつ伏せに倒れていたけど、今度はまるで捨てられた犬か猫のように、一人でポツンと立っていた。


「何でここに!? カナダに行ったんじゃなかったの?」


 弥生ちゃんは何も言わずに、静止している。のっぴきならない事情でもあるのだろうか。

 その時、弥生ちゃんのお腹が、ぐぅぅぅぅぅと盛大に鳴り響いた。


「また、お腹空かせてたわけ?」


 俺の言葉に弥生ちゃんが目を上げた。

 本当に久しぶりの再会。

 でも視線が交わった瞬間には、あの時を思い出して二人で微笑を交わしていた。


 と、弥生ちゃんの手にエコバッグがあるのに気付く。

 中には何やら入っている様子。


「なにか買ってきたの?」


 弥生ちゃんはうなずくと、バッグを開いて中身を見せてくれた。

 中にはキャベツが一玉と、値引きシールの張られた豚ひき肉のパック。


「なにか作ってほしいものがあるってこと?」


 俺の言葉に弥生ちゃんは小さく首を振った。

 はて? どうも様子が分からない。

 だが真剣な表情からして、どうも大事な目的があるようだった。

 そこで俺はなんとなく気づいた。


「ひょっとして、俺に作ってくれるのかな?」


 その言葉に弥生ちゃんは頼もしく、大きくうなずいた。


「それはうれしいな! そうと決まれば……家に来る?」


 二人でこの道を歩くのは久しぶり。

 いろんな思い出がよみがえるけど、そんなに遠い昔のことじゃなかった。

 それでも思い出してしまうのは、あの時間が俺にとってなにより大事な時間だったからだろう。

 今になってそれをまざまざと思い知る。


「キャベツと豚肉か、おいしい組み合わせだよね! 生姜焼きとか、トンカツとか、ホイコーローとか。あとはあとは……」


 家に着くと弥生ちゃんは懐かしのエプロンを巻き、一人でキッチンに入った。それから缶ビールとコップが机に置かれ、俺はキッチンから追い出されてしまった。

 どうやら全部一人で作る気らしい。

 どうもそれが大事な事らしい。


 キッチンからはリズミカルではないが丁寧な包丁の音が聞こえてくる。

 しばらくするとなんともいい匂いも漂ってきた。


 不意に俺の目から涙が流れる。

 どうして流れたのか自分でもよく分からない。

 ただ、弥生ちゃんの料理を食べた後、はっきりと伝えなければいけないことがあるのが分かった。曖昧なままにしておける時間はとうに過ぎていたから。


 そして弥生ちゃんが出来上がった料理を意気揚々と運んできた。


 俺のお腹が久しぶりにぐぅと鳴った……。



◆◆◆



「これは……餃子?」


 形はいびつだし、ヒダも上手くついていなくて所々中身が見えてしまっているものもある。だが、これは紛れもなく餃子だ。

 前に作った時は餃子大爆発とかいって古生物餃子をたくさん作っていたけれど、今回はよく見る半月型の餃子。皿に円を描くように並んでいる。


 早速ひとくち食べてみる。下味は塩胡椒というシンプルなものだから、胡麻油の風味が際立っている。若干焼きすぎて焦げている所もあるけれどそれは愛嬌。

 タレはシンプルに、酢のみ。

 油っぽさを打ち消す酢の酸っぱさ、それにしんなりした細切りキャベツと豚肉の味に、箸が進んで仕方がない。

 

 料理なんてできなかった弥生ちゃんが、ひとりで餃子を作れるなんて。感激して涙が出そうになるのを堪えた。


「美味しいよ、すごく美味しい」


 弥生ちゃんはほっとして微笑んで、自分もひとつ餃子を口に放り込んだ。


「でも、何で餃子? もしかしてこの前作ったものの復習とか?」


 餃子を咀嚼して飲み込んだ弥生ちゃんは、リュックからアノマロカリスのぬいぐるみを引き抜いて、ぎゅっと抱きしめた。ひとつ、深呼吸をすると真剣な眼差しで俺をじっと見つめた。


「『やり直し』の為です」


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