第六膳(後編)ハンバーグの形に込めた思い(弥生side)

 まずは玉ねぎを微塵切りにします。

 包丁を握ってひとつ深呼吸をしてから、玉ねぎを半分に切りました。二等分というわけにはいきませんでしたが、とりあえず大きい方を使いましょう。

 左手で押さえて、縦に切り込みを入れて……手を切らないように慎重に……更に真横に切っていって。


 それから、それから?

 微塵切りってどうすれば木っ端微塵に切れるのでしょう??


「どうかした?」


 包丁片手に動きを止めた私が心配になったのか、理一さんが様子を見に来てくれました。


「もっと細かくしたいんです」

「それなら」


 理一さんに包丁を渡すと、左手で包丁の先を押さえ、そこを支点に動かして玉ねぎを切り始めました。

 綺麗に整えられた、短い、清潔な爪……料理人だったころの癖なのでしょうか。


「こんな感じで切るんだよ」


 理一さんの爪ばかり見ていて切り方を見逃してしまいました。もう一回お願いします、と言うと嫌がらずに再度切り方を教えてくれました。

 微塵切りをしていると、涙目になってきてしまいました。

 その玉ねぎを耐熱皿に入れてレンジで温めると甘みが増しますし炒めるより時短になる、と理一メモに書いてありますのでそれに従います。


 挽肉の入ったボウルに、粗熱を取った玉ねぎと卵とパン粉と塩胡椒、それとナツメグというスパイスを入れるらしいのです。

 ナツメグが入ることで、玉ねぎの甘さを引き出すだけでなく、お肉の臭みを消してくれるみたいです。


 粘り気が出るまで根気強く混ぜて、手のひらサイズに分け、小判型に整形したものを空気抜きしていきます。ここはテレビで見たことがあります。


 それからちょっと一工夫。別な形に成形してから油をひいたフライパンに投入すると、ジュウ、という音を立てました。

 暫くするとお肉の焼ける匂いがキッチンを漂いはじめ、私のお腹もぐぅ、と鳴りました。焦げ目がついたらひっくり返して蓋を閉め、中まで火が通るのをひたすら待ちます。


 ソースはとっても簡単。良い感じに焼けたハンバーグを取り出したフライパンに、ケチャップとソース、バターを合わせたものをハンバーグから出た旨味を含んだ脂と一緒に煮ます。

 皿に盛った焦げ目のついたハンバーグに垂らし、茹でたアスパラガスとコーンを脇に添えたら完成です!


「「いただきます!」」


 理一さんは気づいてくれたでしょうか。ハンバーグに込めた、私の気持ちを。


「この形って……」


 ドキッとしたのは、私が待っていた言葉を理一さんが発したからです。


「はい! ハ……」

「待って。俺が言うから」


 私の声を遮って、理一さんはハンバーグをまじまじと見つめています。顔を上げた理一さんは、何故かしたり顔をしていました。


「この形は……カナダスピスの背中だね?」


 ————えっ????


「何故、カナダスピスを……」


 カナダスピスは、バージェス頁岩から発掘された古生物のうちマルレアに次いで二番目に多い発見数を誇ります。背中を覆う硬い甲羅のようなもので身を守っていたのではと考えられ、ギリシャ語で盾を意味するaspisが名前の由来ともなっているのです(※諸説あり)。


 何故理一さんがカナダスピスを知って……いえ、それよりも早く訂正しなければなりません。そのハンバーグの形はカナダスピスの背甲ではなくて……ハートなんです。

 ハートにしたのは他でもなく、告白するためのきっかけです。何でハートなのかと聞かれたら、あなたのことが好きだからです、と伝えるつもりだったのです。


「あの、理一さん」

「違った? じゃあ、アンモナイト?」


 ハートです!


「それとも、ウィワクシア(※1)だったかな」


 ハートですって!


「分かった、やっぱりアノマロカリスの顔、とか?」


 ハートなんですぅぅぅぅ……!


 そんなにハートに見えませんか、このハンバーグ。たしかにちょっといびつではありますが普通に考えたらハートに……。

 もしかして。この間餃子を作った時、テンション上がりすぎて古生物餃子を作っていたから、今回も古生物ハンバーグを作ったのだと勘違いして……もうっ、過去の私のバカっ!


「実はさ」


 でも、訂正することができませんでした。


「買っちゃったんだよね」


 照れたように差し出して来たのは、子供向けの分厚い古生物図鑑。


「夕食を振る舞うからには、弥生ちゃんのこともっと知らないと。弥生ちゃんが好きなものを、俺もちゃんと知っておきたいって思って」


 私のことを、私の好きなものを知りたいから。カナダスピスとかウィワクシアとか、普通に生活していたら絶対に知ることもない古生物達を、お忙しい仕事の合間を縫って覚えてくれたのですか?

 ハンバーグの形を見て、パッと名前が言えるくらいに?


 それだけで嬉しくて、胸がいっぱいになってしまって、告白どころじゃありませんでした。


「えっ! 何で泣いてるの?」

「……なんでもないです。ハンバーグ、食べましょう」



🍁🍁🍁


※1 ウィワクシアとは、カンブリア紀に生息していた軟体動物と見られる生物です。バージェス頁岩より発見。楕円形で背中は鱗のようなもので覆われ、更に左右一列ずつ鋭い棘が生えています。これにより、捕食者から身を守っていたと考えられるのです(諸説あり)。

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