第六膳(前編)初めてのハンバーグ(弥生side)
理一さんの家には料理の本がたくさんあります。その本棚をしげしげと見ていると、料理本を買うのが好きなのだと教えてくれました。
写真を見て、材料を見て、作り方を見て、どんな料理が出来上がるんだろう? どんな味がするんだろう? なんて想像するのが楽しかったそうです。
理一さんのことがもっと知りたくて、料理本を手にとって眺めました。次々にページをめくっては熱心に見ていた私に、理一さんが尋ねてきました。
「何か食べたいものはあった?」
私が小さく頷いて取り出した一冊。『僕の、私の、はじめてレシピ』。恐らく子供向けのものなのでしょう。
それは一番年季の入ったものでした。それを見るなり、理一さんはいつも気だるそうな目をちょっとだけ見開いて、驚いた顔をしています。ページをパラッとめくり、両手で開いて理一さんに見せると微笑んでくれました。
「お、ハンバーグか。いいね。これは作ったことあるよ。すごくおいしかった」
この本のレシピはいろいろと作ってみたそうです。どれも写真通りに作れて、すごく優しい味がしたと、懐かしそうに話してくれました。それに、料理の楽しさを知ったのはまさにこの本からだったとも。
そこで、理一さんは何かひらめいたように「あ」と声を発しました。
「このハンバーグ、自分で作ってみたらどう?」
想定外です。
料理が苦手なのに、と思考がパンクしています。以前話していたことを理一さんも思い出してくれたのでしょう。
「そっか、ごめんごめん。やっぱり俺が——」
申し訳なさそうに、レシピ本に手を伸ばしてきました。でも、私の脳裏には餃子やちらし寿司を一緒に作った光景がよぎって。咄嗟にレシピ本を遠ざけてしまいました。当然、理一さんは怪訝そうな目を向けてきます。
「理一さんと一緒に料理を作って、気づいたんです。食べるばかりじゃなくて作るのも楽しいですし、自分が作った料理を食べるのはとっても美味しいって。それに、この本の通りに作ればちゃんと美味しくできそうな気がするんです」
レシピ本に無数に書かれたメモ書きの数々。理一さんの字だろう。斜めになっている文字は、アイディアを取りこぼさないように慌てて書いたのだろうとすぐに分かります。
それに、理一さんは本当に料理が好きなんだということも、すごく。
ここに書かれている通りに作ればきっと、理一さんが作ってくれる料理みたいに、優しくて美味しいものが出来上がると確信がありました。
どうやらその言葉が効いたようです。理一さんはひとつ頷くと、キッチンの場所を私に明け渡してくれました。決意の表情も凛々しく、自分でエプロンを巻いていく私を見て、なんだか頼もしそうな顔をしています。
どんなハンバーグを食べさせてくれるのだろう、と期待したのでしょうか。
今日は理一さんのお腹がぐぅと鳴っていました。
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