魔女の家
区隅 憲(クズミケン)
魔女の家
「魔女だ! 魔女だ! あの家には魔女が住んでいるぞ!」
学校の帰り道、
通学路が一緒だった他の3人の生徒が一斉にそちらに振り返る。
「うげぇっ!! ホントだ! 前までこんな所に家なんてなかったのに、ホントに気持ち悪い家が建ってやがる! 絶対魔女だ! 魔女がここに住んでるに決まってるぞ!」
そう同調したのは幼なじみの
「お、お兄ちゃん、怖いよぅ。何だかこの家変なものが出てきそうだよぅ。は、早く帰ろうよぅ......」
怯えた様子で兄の智春の袖を引いたのが妹の
「ねえみんな、ちょっと小耳に挟んだんだけど、この家の魔女は動物の死骸を集めているそうだよ。ネコとかカラスとかをゴミ捨て場から拾ってくるんだって」
クラスメイトの
「うわぁっ! マジかよ! 動物の死体とかホント気持ちワリぃ! 一体この家の魔女はそんなもので何してるってんだ?」
敦が疑問を呈すると、智春は捲し立てるように言葉を継いだ。
「決まってる! 動物を使って人に呪いをかけてるんだ! 人を一生呪い殺すまじないさ! おっかねぇおっかねぇ! ここに住んでる魔女は殺人鬼に違いないぞっ!」
その”殺人鬼”というキーワードに智子は怯えきる。敦や大地も同様であり、ゾッと背筋を凍らせたのだった。
「なあ、みんな、今から魔女退治しないか? ここにいる奴は悪いことをする魔女だ! 人を呪い殺す悪い奴だ! みんなでいっちょ懲らしめてやろう!」
そう智春が言うと、
ガシャンッ
窓ガラスが割れる音が響く。中からは何も声がしない。辺りはシィンと静まり返った。
「ふん、どうやら魔女は留守みたいだな。まあいい、今のうちだ! みんな家の中に石を投げ込んでやろうぜ! 魔女の家を石まみれにしてやるんだ!」
そう智春が呼びかけると、他の生徒たちも一斉に石を中に投げ込んだ。
ガシャンガシャンガシャンッ
窓ガラスが更に割れた。中からは声がしない。石がどんどんと家の中に飛んでいく。
「ギャハハッ!! ざまあ見やがれ魔女め!! 気味の悪い家に住んでるからこうなるんだ!! この町から出ていけぇッ!!」
智春が笑い声を上げると、他の生徒たちもゲラゲラと笑い声を上げた。黒い家はすんとも返事しない。4人の生徒はそのまま家路へと帰っていった。
***********
「あ、魔女だ魔女だ! 魔女の家だ! みんな魔女の家があるぞ!」
下校帰り、智春たちが黒い家の前を通りがかると、早速智春が叫んだ。
敦と智子も一緒だった。
「お~い魔女! そこにいるんだろクソッタレ!! よくも大地を俺たちから絶交させる呪いをかけてくれたなぁ!!」
智春は憎悪を込めて叫ぶ。だが家の中からは何も声が聞こえてこなかった。
「お、おい寄せよ智春! 魔女なんかいるわけねぇだろ!? 寄せって!」
幼なじみの敦は智春の行動を必死になって止める。だが智春は敦の話をてんで聞こうとしなかった。
「うるせぇよ敦! お前は悔しくないのか! 大地が魔女のせいでいなくなっちまったんだぞ! あんなにいい奴だったのに! クソゥ、クソゥッ!! 絶対許さねぇ!!」
智春は黒い家の前で悔しがって見せる。そんな兄の様子を智子は心配そうに眺めていた。
「お、お兄ちゃん。もう魔女に関わるのはよした方がいいって。お父さんやお母さんも言ってたでしょ? 魔女なんかこの世にいないって。もう家に帰ろうよ」
智子も必死になって智春を静止する。だが智春は親友である大地を失った怒りが収まらなかった。
「うるせぇ智子! お前だって大地のことが好きだったくせに! どうしてそんな風に冷たくなれるんだ! 魔女がいるから大地は消えちまったんだ!!」
智春は
ガシャンッ!
窓ガラスが割れた。だが中はシィンと静まり返って何の音沙汰もない。魔女は姿を現さなかった。智春は三度石を投げる。
ガシャンガシャンガシャンッ!!
窓ガラスがまた割れた。家の中から音はない。石を投げ込んでも魔女は外から出てこない。
「ふん、魔女め! 俺たちが怖くて出て来れないみたいだな!! だけど絶対許さねぇぞ!! 大地の仇だ!! あいつがいなくなったから俺は受験にも失敗しちまったんだ!!」
そう吐き捨てると、智春は黒い制服を揺らして帰っていった。紺色の制服を着た敦と智子は、何ともいえない表情でそんな智春の背中を見送っていた。
************
「魔女だ魔女だ! 黒い家の魔女がいるぞ! おい智子! 今度こそ俺たちの手で魔女を退治してやるぞ!!」
帰り道、智春が黒い家の前に立つと叫んだ。私服を着た智子はそんな兄を慌てて止める。
「に、兄さんッ! 魔女なんてこの家にいないよ! 恥ずかしいから大きな声出さないで!!」
「うるせぇ智子!! この町に魔女がいるから敦は町から出ていくことになっちまったんだ!! 俺たちに声すらかけずに突然都会になんかいっちまってよぉ! 魔女が敦を唆したから、敦は車に乗って町から消えちまったんだ!! 魔女は俺から大事な幼なじみまで奪いやがったんだぞ!!」
智春は大きな声で騒ぎ立てる。智子は兄の智春の腕を抱えたまま必死で兄の行動を静止しようとする。だが智春はそんな智子の腕を振りほどき、徐にカバンの中から石を取り出した。
ガシャンガシャンッ!!
窓ガラスが割れる。中はシィンと静まり返って誰もいない。けれど智春はまたカバンから石を2つ取り出した。
ガシャンガシャンッ!!
窓ガラスが割れる。けれど中から返事は返ってこない。それでも智春はふんとあざ笑い、鼻を指でこすって見せたのだった。
「へっ!! ざまあ見ろ魔女めっ!! お前が俺に呪いをかけたから、俺はずっと家にいなくちゃいけないんだ!! 久しぶりに外に出たって、結局また俺は家に戻らなくちゃいけなないんだ!! このクソッタレの呪い女めッ!!」
「兄さんッ!! もう気が済んだでしょ!? 魔女はもうやっつけたよ!! さあもう家に帰ろっ!! お父さんとお母さんが心配してるよ!!」
智子が智春の腕を再び取ろうとする。だが、
バキッ!!
智春は持っていた石で智子の鼻を殴った。智子は地面に倒れ、だらだらと鼻血を垂れ流す。
「うるせぇ!! 魔女がこの町にいるから悪いんだ!! 俺は魔女の呪いのせいでこの町から出られなくなっちまったんだ! やっと家から出れたのに、また魔女の呪いにかかるなんてもううんざりだッ!!」
智春は怒りのままに、智子の頭に石を投げつける。
ボコッ!
智子の頭に激痛が走った。頭からも血を流す。けれど智春はそんな怪我をした妹に構わず、また石を家の中に投げつけた。もはや智子には、魔女に怒り狂う智春を止めることができなかった。
********
「魔女だ魔女だ! この家の中に魔女がいるぞッ!!」
智春は白い家を見つけると、1人で叫び散らした。
ガシャンガシャンガシャン
懐から石を3つ取り出し、投げつける。
大きな音を立てて窓が割れた。
「智子の仇だぁッ!! 魔女の奴めッ!! 智子を病気にして殺しやがってぇ!! 絶対に許さねぇ!!」
智春は震える体を杖で支えながら、何とか懐からまた石を1つ取り出す。そしてまた白い家に向かって投げつけた。
ガッシャァァンッ!
窓ガラスの中から、何かが壊れる音がする。
「おいあんたっ! ウチで何やってるんだッ!!」
すると家の中から、30代ぐらいの男性が怒鳴りながら出てきた。
「うるせぇ!! 智子を殺しやがって!! 俺の家を奪いやがって!! 智子が死んだから俺はアパートから追い出される羽目になったんだぞ!! この魔女めッ!! 俺におかしな呪いをかけやがって!! まともだった頃の俺を返しやがれッ!!」
智春は杖を頭上で振り回す。だがその振り上げた手は震えており、ヨタヨタとして体がよろめいた。間一髪、両手に握力のない力を込めることで倒れそうになるのを防いだ。
男性はそんな智春を見てはあ、とため息をつく。
「......あんたか。最近町中の窓ガラスを割って騒ぎになってるっていうじいさんは。あんたのことは噂になってるよ。全く、人間ボケが回ると終わりだな」
「うるせぇ!! 俺はボケてなんかいない!! 魔女の呪いにかかったんだ!! 生まれた時から魔女が呪いをかけやがったんだ!! ふざけやがって!! 親友も、家族も、ぜんぶぜんぶ俺の手から奪いやがって!! 俺はボケてなんかいない!! ぜんぶ、ぜんぶ、魔女の奴が悪いんだぁッ!!」
智春は再び杖を振りかざす。だがその拍子に足を滑らせてしまい、体が倒れてしまう。強かに地面に打ち付け、足を骨折してしまう。智春には激痛が走り、もはや暴れることすらできなくなった。
「イタいッ! イタいよぅ......。大地ぃ、敦ぃ、智子ぉ,,,,,,どぉして俺は、魔女の呪いにかかっちまったんだぁ? どぉして俺は、いつまでも魔女の呪いを解くことができないんだぁ? イタいよぅ。イタいよぅ......。ぜんぶ、ぜんぶ、魔女のせいで俺の人生は滅茶苦茶だぁ......」
智春は皺だらけの顔を更に皺だらけにして泣きじゃくる。男性はそんな智春をやれやれといった様子で見下ろす。静かに携帯を取り出し、119番に電話をかけた。
ピーポーピーポー
やがて黄色い救急車が智春の前で停車する。
救急隊員が数人出てきて、智春を白い担架に乗せる。
「いやだぁ。いやだぁ。俺はどこにも行きたくないぃ......俺は悪くねぇ、悪くねぇんだぁ......。俺は、俺は、60年間、魔女を倒すためだけに生まれてきたんだぁ......」
智春は救急隊員に運ばれながらブツブツと呟き、魔女を呪い続ける。
けれど智春には、魔女の姿を永遠に見つけることができなかった。
魔女の家 区隅 憲(クズミケン) @kuzumiken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます