3 真相
「そうなると」
残りの容疑者は、昨日この病室に出入りしていた看護師である。彼女なら夕食に睡眠薬を混入させることも可能だし、病室の出入りも容易だ。
「でもなあ……」
困ったことに、彼女にはほかの容疑者よりも抜きん出て犯行に至れない理由があるのだ。以前、入院していた時の会話を思い起こしてみよう――
『この病院って、造りが古いから虫が出るの。中でも、クモが出た日には仕事どころじゃないわ! すべてがダメ……フォルム、足の数、名前! なに『くも』って!
『猟奇ナース……。名前ってことは、じゃあ水蒸気の雲も嫌いなんですか?』
『嫌いよ! 雨が降るじゃない!』
『ルールが変わっている……』
『とにかく気をつけて! 消灯してから出たら、ナースコール使ってね!』
『この看護師うるさい……』
彼女の告白は、蜘蛛に対してのド直球な恐怖心、
「でもクモ恐怖症が偽りだったら?」
今思えば、あの看護師は恐怖より明らかな敵意が
犯人はこの院内に出入りしている者で間違いないのに、どれもこれも主観でしかなく、犯行を立証するには欠けていた。
「ん、待てよ? このままだと、次に狙われるのは……」
――もどかしさの裏でふいと頭をよぎったのは、遅かれ早かれもう片方の友人も犯人の毒牙にかかってしまうという
「被害を食い止めないと……!」
体の弱い床上探偵だとしても、友人を守りたい意志は誰よりも強い。もう、失うわけにはいかないのだ。きっと事態は正午に動く――
「あと三分もない」
誰かが必ずここを訪れ、仕掛けてくるはずだ。すぐにでも状況の悪さを知らせたいのに、友人の姿が見えなかった。できれば、このまま鳴りを潜めていてほしい。
昼の十二時は刻々と近づき、わたしの胸元から始まったソワソワが、もう全身に広がろうとしていた。両足のつま先さえムズムズして、布団に潜らせておけなかった。
興奮のせいだろう、こんな時にまた体の調子が悪くなってきた。けれど、
普段、それほど動かさない眼球が引きつるような、はたまた乾くような痛みを覚え、首の骨がグキっと変な音を立てた。眼球に集中させた数十秒――小さな黒いドットが視界の隅で動くのを見逃さなかった。
広い広いひとり部屋で、大袈裟に顔を向けると、チャスジハエトリ♀が安っぽいカーテンの
「あそこだ」
だが、体はだるくて動かない。少々荒っぽいが、なにか物を投げて一時的に追い払おうか。右手にスマホを握りながら
「に、逃げて……犯人が来ちゃう……!」
わたしはほとんどダメ元で声を上げた。
すると、その魂に
そうだ、そのまま鳴りを潜めて――
「え……?」
違う、彼女の少し下――ポリエステルの波の陰に居たのは、別個体の小さな蜘蛛だったのだ。それはさながら奇襲。彼女は別個体へ飛びかかり、八本の足でがっちりロックしたあと、垂らした糸の先でゆらゆらと左右に振られていた。
ほどなく捕獲された別個体が暴れ、絡み合った二匹が空中で高速回転した。しばらくして獲物が抵抗の意志を失うと、彼女は徐々に窓枠へ下りてゆき、一足早い優雅な昼食を始めたではないか。
「あっ、共食い……」
獲物の腹に牙を突き立て、生肉を咀嚼する被写体からピントがずれてゆき、頭がぼうっとした。同時にチャスジハエトリ♂殺害事件の謎は解けた。
大体――推理どおり、犯人はこの病院内に潜んでおり、さらには女で、事件は正午に動いたのだ。
「えーと、なにはともあれ……事件解決か」
床上探偵の、日によって色を変える心はもはや
けれど、これだけは言わせてほしい。
「犯人はメスグモ、お前だ……!」
――人差し指を突き立て、ドヤ顔をもって。
「ランチお
ほどなく、くすくす笑いながら調理補助が配膳してきたのは、月に一度だけ献立に組みこまれる、野菜たっぷりカレーだった。
「えぇ、わたし強く生きます。あのハエトリグモみたいに」
わたしは小さく「いただきます」を発し、窓辺の友人を
「うわぁ共食いエッグー。でもま、男を食らうくらいの野心はあったほうがイイんじゃね? 良く食って、良く寝て。それでも悩んでんなら、息止めを五分くらい繰り返してれば、けっこー解決するし」
「単純……。てか、そんな解決は要りません」
「夜遅くまでスマホいじってた挙句、あまりの眠さに夕食中に寝落ちする
「あぁ……睡眠薬じゃなかったんだ」
「んなわけあるかい!」
わたしは
ちなみにまだ、『友達とはなんだろう?』という答えは出ていない。
――いや、これから見つけてゆこう。それこそ、わたしにとっては五分ではとても解決できないミステリーなのだから。
了
はるのくも 常陸乃ひかる @consan123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます