おれを殺したな、なら次は貴様がおれだ

八重 暁名

第1話 突然の出会い

「お疲れ様でした。お先に失礼します」


 今日はいつもより1時間近くバイトが長引いた。心配性の母が心配し出す前に帰らねばそんなことを考えながら普段なら通らない路地裏をぼくこと「日野ゆうや」は少し早足で歩いていた。


「あ、あの死んでくれませんか」


 ――は?


 そういっていつの間にか目の前にいた黒のパーカーを着た少女はぼくの体にをつきさした。


 何が起こっているのか理解が追いつかない。人の腕が体に刺さっている。


「めっ、珍しいですね。こんなことになっても悲鳴を上げないなんて。」


 そう言って少女は不思議そうにこちらをのぞき込む。


 こんなことってなんだ。そう思ったのもつかの間


 「――――、――――――――――――――――」


 自分の体に腕が刺さっているそう理解した瞬間、声にならない絶叫が体からあふれ出る。


 ――やばい、これはやばい


「きゃっ」


 ぼくは少女を突き飛ばし一目散にその場から逃げていた。


 お腹からドボドボと血を流しながら薄暗い路地を走り抜ける。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。私なんかに殺されるの嫌ですよね。でも、私、死ぬ勇気もないんです。だからっ、だから私が生きるために死んでください」


 すすり泣きながら少女が迫ってくる。その腕を血に染めて、ぼくの命を奪いに。


 なぜ、少女は泣いているのか。そんな問いが一瞬、頭をよぎったがそんなことを考える余地はない。


 ――やばい、やばい、やばい、にげろ、にげろ、にげろ


 傷のことなど気にせずにがむしゃらに歩く速さで走り続ける。


 あと少しで大通りに出る。さすがにあの女も夜とはいえ人通りのある場所で攻撃してこないだろう。そうたかをくくり足に力をこめる。だが足裏がいつまでたっても地面を蹴らない。


 固いアスファルトを全身で味わい自分が倒れたことを自覚すると同時に足に激痛が走る。足を押さえようと伸ばした腕が空を切る。


「ごめんなさい、ほんとは楽に逝かせたかったんですけど逃げられるとめっ面倒なので足切っちゃいました。」


 ――足を切られた。もう逃げられない。


 家を出る前言い争った父が心配性の母が家で待っている。そう思うとまだ諦められなかった。


 匍匐(ほふく)前進(ぜんしん)で前に進む。死にたくない、その想いで進み続ける。


「何でそうまでして生きたいんですか。生きてても辛いだけなのに」


 ――こんなことを言う奴に殺されてたまるか


「俺の帰りを待っている家族がいるんだ。父さんとは仲直りしたい、母さんにはただいまって言いたい。それが悪いかよ」


 自分でも驚くほど激昂していた。


「そう、ですか。あなたは何も悪くありません。悪いのは死ぬことすら選べない私なんです。では、さようなら」


 グチャリと何かが潰れる音がした。「ごめんなさい、いただきます」という声と首もとにチクリという感覚を最後に意識が沈んだ。

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