元気が取り柄のVtuber!

ショートメイ

第1話

 21時ぴったり、配信開始。

「こんひゆ~! 聞こえてるかな? 今日のライブも楽しんでって、ぼっちアイドル辷りひゆです!」

『こんひゆー』『こんひゆ!』

「今日は最近話題のあのホラーゲームをプレイするよ! 絶対びっくりして叫んじゃうだろうなぁ。あ、鼓膜の予備は用意してきたかな?」

『鼓膜破る気で草』『イヤホンで聞きます』

「はーい!じゃ画面切り替えるね~」



 0時過ぎ、配信終了。

 疲れた、叫び過ぎて喉が変な感じする。でも短いゲームでよかったぁ。これが五時間コースだったら絶対明日に響いてた。

 私はゲーミングチェアに深く腰をかけ目を瞑った。しばらくそうしていると眠気が襲ってくる。いやまだだ、おやすみツイートしてない! 「今日もご視聴ありがとうございました! 怖かったけどめちゃ良いゲームだったね! 明日の配信もお楽しみに、おやすみ~」

 ツイートするボタンを押し、後頭部を背もたれに預ける。家に帰ってすぐに配信を始めるから、落ち着く暇もない。今からお風呂に入るのも少し面倒臭い。でも明日は一限からあるんだよ。頑張らないといけないんだよ!

 私は重い腰を上げ、バスルームへと向かった。



 大学はしんと静まり返っていて人も少ない。一限とる人ってほとんどいないんだよな。あと単純にサボりも多いかも。こんな風に真面目に来るのってバカなのかな。

 授業が始まるとますます自分がバカだと実感できる。

「~のページ開いて」

 あ、聞き逃した。ええと何ページ開けばいいんだ? とりあえずめくってみるけどさっぱりわからない。周りの人は、寝てる……。そうだ! 先生の話してる内容から見つければいいのか。

 私は先生の顔をじっと見つめて集中する。

「だからこちらの三行目の通りに解けばいいんですね」

 いやどこの? なんで全部口で説明してくれないのかな。これ三行目が見えてない人全員わからないよね。それともそんなのも見れない奴は論外なのか。


 結局最後までページわからなかったし、先生が何語を話してるかもわからなかった。早起きして来る意味はあるのだろうかと落ち込みながら、ペンケースをカバンに突っ込む。ちゃんと理解したいのにな、どうして初歩的なところで躓くのかな。



 21時になった、配信開始。

「こんひゆー! 聞こえてるー? 今日のライブも楽しんでって、ぼっちアイドル辷りひゆです!」

『こんひゆ』『こんひゆ!』

「今日は皆からもらった幸せエピソードを読んでほっこりしよ!」

「先日大学の頃からの友人と旅行に行ってきました。そこで見た歴史的建造物が凄くて圧倒されました。友人ともすごいねーって話したりして。誰かと感情を共有できるって幸せなんだなと感じました。ひゆちゃんも久しぶりに誰かとコラボ配信とかどうですか。待ってます」

 友達なんて大学入ってから一人もできてないな。私が変な授業とっちゃったから、人全然いないんだもんなぁ。コラボもなー、あ。

「お、お便りありがとう! 友達がいるって素敵なことだね。私も誰かと一緒にアイドルしたいな~なんて、アハハ」



 23時、配信終了。

 自ら皆の幸せエピソードを募集したのに、何か心が痛い。それに人の幸せを素直に喜べないって性格悪いってことだよね。皆を幸せにしたくてVtuberになったのに、これじゃごちゃごちゃだよ。コラボ配信のことも困ったな。


 私がVtuberとして活動を開始した頃はV界隈が盛り上がってきてる最中で、同時期にデビューした子も大勢いた。その子たちとよくコラボ配信をしたりしてすごく楽しかったことを覚えてる。でも、三年経った今も活動している子はほとんどいない。たとえ界隈が盛り上がっていたとしても、その恩恵が自分にくるとは限らない。

 毎日配信をしていても私のチャンネル登録者数は一万に届かないくらいだ。夢見て飛び込んでも、そこはヴァーチャルの世界じゃない。


 溜息をつきながらおやすみツイートを打ち始める。「本日もご視聴ありがとうございました! 皆幸せそうで私は安心したぞ。明日はいつもより遅めスタートかも、よろしくお願いします!」



 大学からアルバイト先へ直行する。急いで服を着替えレジに向かった。

「いらっしゃいませー」

 コンビニは突然レジに行列ができたりするから気が休まらない。


 周囲を気にしつつ商品をビニール袋に詰めていると、突然目の前のお客さんが大きな声を出した。反射的に体が跳ねて冷や汗をかき始める。

「商品の扱い方雑、それじゃ中身揺れて食べられないだろ!」

 何言ってるんだろうこの人は。そんな風に扱ったつもりないのに。しかもこの一瞬で食べられないほどぐちゃぐちゃにできるなら今すぐしてやりたいよ。

「あ、あの申し訳ございません」

「何言ってるか聞こえねーぞ」

 お客さんが凄い剣幕で怒ってる。大人の男性に怒られるってすごく怖い。これどうすればいいんだろう。心臓がうるさく鳴り、周囲に聞こえてもおかしくないと思った。

 でも私の心臓よりも大きな着信音が鳴り始める。

「チッ」

 お客さんは舌打ちを残して帰った。自動ドアの先で何度も頭を下げている姿が見える。電話の相手はよっぽど怖い人なんだろう。怖い人が怖がる人はもっと怖いはずだ。

 少しずつ気持ちが落ち着いてきて汗を服の袖口で拭っていると、店長が出てきた。

「雑な仕事するなよー。おい、悪気ないんですけどみたいな顔するのやめろ。お前のせいだろ。バイトも辞めろよ」

 しばらく固まってしまった。私なんでも顔に出ちゃうのかな。しかも悪い点があったってことだよね。それに気付けないってことは接客業向いてないってこと。



 22時過ぎ、配信開始。

「こんひゆー! 今日のライブも楽しんでって、ぼっちアイドル辷りひゆです」

『こんひゆ!』『初見です』

「わー! 初見さんいらっしゃいませ。よかったら見てください~」



 1時過ぎ、配信終了。

 今日はすごく疲れた。初見さんがいるとつい緊張して上手く話せなくなる。チャンネル登録してもらえたかなぁ。おやすみツイートついでにエゴサしてみるか。

 私に関するツイートは基本的に少なくて、いつも応援してくれる皆のものがほとんどだ。『今日のひゆちゃん元気なかったな』『元気だけが取り柄なのにね』

 元気なかったっけ、それじゃ私じゃない。あ、初見さんぽい人だ。

『初めて辷りひゆの配信見たけどガワだけって感じ』


 そう、このアバターは学生の私にはかなりの出費で、しばらく生活苦しかったんだけどお気に入りなんだ。自分のアーカイブを開き、まじまじとその姿を眺める。

 ポニーテールの金髪がグラデーションでピンクになってる。どちらも蛍光色で目が痛いけれど、元気なアイドルキャラには合ってる。ホワイトのブレザーとミニスカートはまさにアイドルって感じだ。髪色が混ざり合った瞳がゆらゆらと揺れてる。

 元々五人組だったのに。ソロアイドルって今時いるかなぁ。



 昨日の配信終了時間が遅かったりエゴサしてしまったりしたせいで、睡眠時間がほとんどとれなかった。その結果、寝坊して一限には行けなかった。

 あーせっかく皆勤賞とれそうだったのにな。私から私へ送る賞だけど。もう授業ついていけないし、単位諦めようかな。全部どうでもよくなった。


 私はそのまま一日を布団の上で過ごした。最近企業からデビューした新人Vtuberを見たり、私とほぼ同期の子のチャンネル登録者数が五十万人を突破しているのを知ったりして、落ち込んだ。

 今更周りと比べるつもりなんてないけれど、憧れて入った世界だし、レジェンドのような先輩方みたいになりたかった。私も誰かの幸せを作れたらなって思っただけなんだけども。誰かの幸せって……。


 アルバイト先からの電話がうるさかったから、スマートフォンの電源を落とした。

 今日の配信どうしようかな。もう全部どうでもよくなっちゃったからなぁ。


 今まで毎日配信してきたのに、全て自分の手で壊すのはすごく嫌だ。

 そうか、これからも配信を続けられる方法があるじゃないか。



 パソコンの前で拳を握り締める。視界が揺れてボタンがぼやける。目元を袖口で拭い、マウスを掴んだ。

 21時、配信開始。

「こんひゆー。今日のライブも楽しんでって、ぼっちアイドル辷りひゆです」

『こんひゆー』『こんひゆ!』

「今日は皆に伝えたいことがあります」

『なに?』『企業勢になるんか』

 大きく深呼吸をする。

「これからはヴァーチャルの世界も超えて、さらに向こう側で活動することにしました。皆がいつか辿り着く世界で、待ってるね」

『どういうこと?』

「皆を幸せにするためにアイドルになったんだ。私は皆のいつかも幸せにしたい。それが全部私のためだってことは秘密だからね! おつひゆ!」

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