DATA=3 鴉#5

 白衣を纏った人物の登場にレルムは自らの目を疑った。何故、自分は先程まで似ても似つかわしく無い“異形”の事を彼女、、だと認識してしまっていたのだろうか。彼女はレルムに背を向けて異形の前に立ちはだかった。

「あなたも? あなたも?」

 異形の標的がレルムから白衣の人物に切り替わった。牙を剥いた異貌が先刻までのゆったりとした動きと変わって凄まじい速度で彼女へと迫る。その最中、彼女は呪文か聖典の一説の様な言葉を唱えていた。

「死告鳥の声。夕闇の長。その声が今ここに響いた」

 後ろで一つに纏めた長い黒髪がふわりと舞う。瞬間、彼女は跳躍した。そして彼女の丁度真下を通過する頭部とそれを繋げる管に対して彼女はその上に降り立つ。軽やかに、羽根のよう静かに。だが仕草とは裏腹に彼女の瞳は飢えた獣か或いは歴戦の刃を思わせる鋭利さを宿していた。

 肉の管の上を短く駆けて彼女は更に跳躍。異形の本体である塊を眼下に捉えるが、初撃を回避された異形の頭部が回遊魚じみた動作で管をしならせて旋回、彼女の背を目掛けて直進した。足場の無い宙空に浮かぶ彼女には回避の手段が無い────かに思えた。

 彼女の体が空転した。前傾姿勢から空気を蹴り出す様に足を突き出して極めてコンパクトな回転動作を彼女は取りこなし、素早い回転から上方へと向けて放たれた風脚によって異貌は鈍い音で打ち出され天井に衝突して沈黙する。

「お前にも聴こえるか? 私の声が。死を告げる鴉の羽撃きが」

 そして、その回転の勢いを乗せたまま彼女は白衣の袖から小さな両刃のナイフを手元まで滑らせて握り締め、肉塊へと振り下ろした。対峙する肉塊の大きさに対し、彼女のナイフはあまりにも小さく肉塊の機能を停止するには至らない。異形の肉塊からは先刻までとは変わり、複数の肉の管とそこに連なる異貌を出現させ彼女へと襲い掛かった。

「危ない蓮水さんっ!」

 レルムが叫ぶ。しかし彼女は白衣をはためかせ振り返ると、いつかの様に無表情のまま告げた。

「────何も問題はありません。君が生きてて良かった」

 肉塊の異形が彼女の背後で崩れ落ちる。彼女の白衣には返り血一つ付いていない。着地の際に広げた両腕がレルムの目には純白の鴉の翼の様に見え────酷く美しく思えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DREAM=SanatoN ガリアンデル @galliandel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る