東方・カピバラリーゼント

れなれな(水木レナ)

東方・カピバラリーゼント

 鶴高との抗争は続いている。

「リーダー! ご無事ですか!?」

「……なんでもねえ、これくらい」

 浅草寺せんそうじ千早矢ちはやはいつものようにツッパったが、鹿島かじま竜人りゅうとがかけよると、無表情になった。

「千早矢さん……」

「大丈夫だ」

 竜人は知っている。

 千早矢が大丈夫と言うときは、きまって回復を必要とするときだ。

 サブである竜人が声を張る。

「てめぇら! 今日のところは解散だ!」


 あれから一週間後――

(千早矢さん、ケガ、大丈夫かな。ずっと姿が見えないけど)

 そもそも竜人になにも言わずにいなくなるなんて。

 涙ぐんでしまいそうになるのを竜人はこらえ、眉をしかめた。

 この男――千早矢とつるんで六年。

 それなりに実力があるので昇りつめたが、トップに立つには性根が優しすぎた。

 そして、急に抜けたことをするので、千早矢にドジカメと評されている。

(!)

 たまり場を抜けると、やっぱりドジをやった。

(尾行られてる……?)

 今日は一人だ。

 だれともつるんでいない。

 すなわち! 千早矢の不在を勘づかれるということだ。

「だれだ!」

 先手をとるに限ると、竜人は廃れたビルの角を曲がって、すぐに距離をつめた。

 ところが……。

「キャッ」

「おまえ……」

 相手は腰までのおさげを背に垂らした、幼馴染のみおだった。

「竜ちゃん……」

「なんでこんなところにいる!?」

 内心ドキドキしていた。

 殺されるかもしれないと思っていたのだから。

「竜ちゃんこそ、なんでこんなところに来ているの? 私、こわかった」

 難癖をつけられてとまどう竜人の胸に、澪が飛びこんできた。

「あん? 勝手についてくんじゃねえよ! アブなっかしいヤツだ」

 竜人はあのクールな「千早矢」のサブなのだ。

 女にデレデレしたところを見せるわけにはいかない。

「なによ! 竜ちゃんなんか、竜ちゃんなんかもう知らないっ」

 バシッとなにかをたたきつけて澪は去ってゆく。

「なんだあいつ……」

 後には、短ランを着た羊毛フェルトのぬいぐるみが転がった。

「人形……?」

 UFOキャッチャーでキャッチしたのとは別の手触り。

 いかにもな手作りに、思わず捨てようとするのをためらう。

「千早矢さん……」

 似てる、と一瞬思ってしまったら、もう捨てられなかった。


 鶴高との抗争は続いている。

「フロ、入るか……」

 スリガラスの引き戸を開ける。

 と、そこに。

「……」

 湯けむりの中、茶色っぽい毛むくじゃらがむくむくゆだっていた。

「なんだ? 澪がよこしたバスボムとかのおまけか?」

 それにしてはやたらむくむくしている。

「おう、竜人!」

「……!? しゃべった!?」

「さわぐな古傷にひびく」

「かっ……」

 カピバラだ。

 カピバラがしゃべっている。

 頭にみかんをのせている。

「かあちゃーん!」

 産まれたままの姿で、竜人はタライをけとばして自室にひきこもった。


 ベッドにこもっていると、カピバラが――見覚えのある短ランを羽織っている――入ってきた。

 そして、ふう、とため息をつくのが聞こえた。

「だからおめえはドジカメだってんだ」

 まだビビっている竜人の、ポマードをとりだして、目にかかりそうな毛をリーゼントにしあげている。

(これは……なんだ? いったい……)

「べつに話すほどのことじゃねーが、これでも一応ワケならある。聞きたいか?」

「なんで……っ」

 竜人はなんでカピバラが部屋にいるんだと問いたかった。

「そうか。聞きたいらしいな。んなら、服を着ろ」

「ひゃい!」

 飛び上がってパンツだけはいた。

(千早矢さんばりの命令口調……なんだこれ)

「あ、それとなー、おまえのプリン食った」

「ちょ、ちょっとぉ! プリンは残しといてッて、いつも言ってるでしょぉっ」

「気にするな」

「ガクッ」

 そこまで言って竜人は気づいた。

 これは数週間前に千早矢とくり広げたいさかいと、そっくり同じだと。

 カピバラのワケとやらを聞いて、竜人はますます混乱した。

「温泉でカピバラをけたぐったら、ヘンなじじいにどつかれた?」

「ああ、そのじじいがオレになにかしたらしい。気づくとこんな姿に」

「で……?」

「家にも帰れねえし、しばらくやっかいになる。よろしくな」

 カピバラは千早矢の特等席に居座ると、タバコは? と指をさしだす。

 ――千早矢だ。そのしぐさはまるで――

 千早矢が帰ってきた。

 短ランを着たリーゼントのカピバラとして。

「信じたくないのはオレも同じだ。無理もない」

 竜人は奇声をあげて家を飛び出した。

(カピバラが、カピバラで、千早矢さんがカピバラで、オレらのリーダーがカピバラ!?)

 そのままパンツ一丁で夜の街へ。

 そこで鶴高のヤンキーと遭遇した。

(はっ、千早矢さんがいないことに気づかれてはマズイ!)

 我に返ったが、竜人はパンツ一丁。

 やりすごそうにも、目をひきすぎる。

「よぉ、よぉ。亀高の竜人じゃねーか。祭りでもあんのか?」

「おもしれぇかっこうしてるじゃねぇか」

 ヤンキーたちは声をあげて嘲笑。

(千早矢さんのことがバレたら終わりだ!)

「そういやぁ、おまえんとこの頭ァ、最近見ねーなぁ」

(やりすごせ!)

「じじいみたいに山奥の温泉にでもつかっているのかぁ!?」

(かぎつけてきた! どうして!?)

「そろそろ引退だろう……おまえんとこのボンクラは」

(なぐれ!)

 竜人はふりかぶったが、いなされる。

 パンツ一丁では力が出ない!

 そこへながいものをなびかせて、とびこんでくる影。

「やめてっ!」

 澪だった。

「なんだ、この女」

「そういやぁ、かわいいおもちゃをいただいてましたね、竜ちゃん!」

「くっ! 澪っ」

(やはりあのとき……鶴高のやつら、見ていたのか)


 鶴高との抗争は続いている。

 カピバラは見ていた。

 ことのてんまつ、そのあり方を。

 竜人は庇っている。

 目の前にいない千早矢を、澪を。

 澪が竜人の叫びを聞きつけ、隣家から駆けつけ追いかけてきた――そこまではなんでもない。

 しかし、後先もかえりみず竜人のもとへ飛びこんでいった澪。

 それを今は、竜人が護ろうとして鶴高のヤツらに手も足も出ない。

「キャア!」

 澪のおさげ髪がつかまれた。

 そのままひっぱり起こされ、澪は自分が足手まといでしかなかったことを確実に悟った。

 涙。

 目をつぶる。

 ナイフでざっくりやられた。

 澪の髪が舞い飛ぶ。

「……ヤロウ!」

 竜人が立ちあがって澪の二の腕をとらえ、ひきよせた瞬間、古びた自転車が飛んできた。

 鶴高のヤンキーは下敷きになって慌てている。

「オンナの髪に手を出すとは」

 竜人はその声にふり返った。

 暗いアスファルト道路にまるまるとしたシルエットが、たたずんでいた。

 鶴高との抗争は続いている。


「竜人、おまえの漢、見せてもらったぜ」


「なんだあれは!?」

「人間じゃねえ!」

「いや、どこかにスピーカを仕込んでいるに違いねえ!」

「さわぐな、雑魚ども」

 そのとき、通りすがりの車のヘッドライトが「彼」の背後を照らし出した。

 そのまるいシルエットが伸びて、ブレて、人間になる。

 カーブを曲がりきれなかったのか、その車はガードレールにつっこんだ。

 鶴高の連中に戦慄が走る。

「おまえは!」

「……死ね」

 吐き出した唾と同時にさく裂した飛び膝蹴りが鶴高のアゴをくだく。

 そのまま押し倒して四肢がはねる。

 バネのように、しなやかに、おどるように。

「このォ!」

 刃をぎらつかせふりかぶったその拳を、つぶしたのは竜人だった。

「さすがオレのサブだ」

「千早矢さんっ! 元に戻って……って、ヘンなじじいにカピバラにされたって、ほんとうだったんすね!?」

 蹴散らされたヤンキーはほうほうの体。

「てめぇ、亀高の千早矢ッ!」

「逃げろォ!」


 鶴高との抗争は続いている。

 竜人はとびはねんばかりの心臓を、整える。

 千早矢に倣って憶えた呼吸だ。

「竜人、おまえ、ちったあマシな目ぇするようになったな」

「千早矢さん……ほんとにっ!?」

「フッ」

 泣きそうになりながら竜人が飛びつくと、どこからか光るものが飛んできた。

 千早矢が腕でふりはらうと、口の開いたペットボトルが転がる。

「ヤロウ!」

 一瞬の間に変身をとげた千早矢が四つ足で鶴高の残党に蹴りを入れた。

「なんだこのネズミのでかいの!」

「ネズミと呼ぶな!」

(どうなっているんだ!?)

 竜人が頭を抱えると、千早矢がどなる。

「またか! どうなってやがる!」

(あ……オレたち、シンクロ率百パーセント)

 思わず目がうるむ竜人の目の前に、キラキラとした清らかな光が舞った。

 もっさもさのヒゲを垂らしたカピバラが天から降りてきて言った。

『みんなほっこり』

「あ、あ、あぁあー!? てめぇえーっ!」

(どうしたんだ、千早矢さん!?)

 どうしたもこうしたもない。

 ふり仰いだ先に千早矢の上背がないのはもちろんだったが、むしろ竜人の目線もそうとう低くなっている。

 路面が広く感じた。

 と同時に世界が一変していた。

 鶴高の連中も、澪の姿もない。

 その見渡すかぎりの道路の一面、頭にみかんをのせたカピバラたちの、むくむくした背中が平和的な光に照らしだされていた。


 -完-

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