第314話 手の空いた人が送迎係

 息吹戸いぶきどたちは車を置いた立体駐車場の側にやってきた。

 建物全体にヒビが入っていたが倒壊の危険はないと予想した章都が、ひとりで階段を上り、駐車しているフロアに到着する。

 建物内の損傷部位を目視で確認しながらフロアを見渡した。整頓された並びがなくなり、ごちゃっと端に寄っている。

 車体同士の間隔がゼロセンチとなり塗装に傷がついているが、廃車レベルではないようだ。


 章都しょうとは乗ってきた車を探す。案の定、両脇と後ろの車にサンドイッチされてしまい苦笑いを浮かべる。


「まぁいっか」


 その場でしゃがんで車のナンバープレートよりも奥に手を入れてから、「よいしょ」と掛け声をかけて持ち上げた。力の強い章都しょうとにとっては朝飯前のことである。


 そのままずるずると引きずって広い空間で下ろすと、ドアを開けて運転席に乗り込んだ。


「さて降りてみるかな! ダメなら途中でシイロかハイロに運んでもらえばいいし!」


 車の廃車・紛失、そして破損レベルによっては始末書を提出する必要があるため、なるべく回収することにしていた。






 章都しょうとが車から降りてきて更に四十四分後、送迎が到着したと教えられた息吹戸いぶきど津賀留つがるは、礒報さがほうとともに移動する。

 

 送迎は立体駐車場の裏に停まっていた。カミナシのロゴがボンネットに描かれている黒いミニカーである。


 礒報さがほうが運転席の窓をトントンと叩くと、窓が空いて二十代前半の男性が顔を出した。

 オールバックにした前髪の一部が白髪である。顔のパーツひとつひとつが小ぶりですっきりとした顔立ち、いわゆる、しょうゆ顔だ。眠そうな目と薄い唇が特徴的で優しい印象を与える。


 医療課の職員、加無木穣かむきゆたかである。彼は二十代の顔をしているが実年齢は三十四歳であった。


「迎え有難うございます。二人を本部まで送ってください」


 礒報さがほうがにこりと愛想笑いをすると、加無木は無の表情で「わかりました」と返事をしてから運転席から降りる。

 スーツの上に白衣を羽織っていたため裾がふわっと風で浮かんだ。歩く姿、重心のかけ方は武道を嗜んでいるようである。


「あと、医療部の方針が気になります。教えてくれませんか?」


 加無木は眠そうな目でジッと礒報さがほうを見てから、「さぁ……送迎を頼まれただけなので」と首を横に振った。


 礒報さがほうの愛想笑いが苦笑へと変化していくが加無木は意に介さず、ぐるりと車を一周するように右の後部座席と左の後部座席のドアを開けて、「どうぞ」と息吹戸いぶきど津賀留つがるに座るよう促す。


「では、後ほど」


 二人が乗り込むと、加無木さがほうは礒報にぺこりと会釈をしてから運転席に乗り込み、無言で発進した。





 所々破壊された道路を縫うように車は進んでいく。

 浸食された傷跡は酷く、街並みが至る所で破損していた。

 来たルートを移動すればいいのだが、アメミットやヤクシャやクリーブの車に道を譲ったり、補強のため通行禁止となっていたため、その都度、ルートが変更になった。


 ぐるぐるぐるぐる動きすぎて、息吹戸いぶきどはだんだん現在地が分からなくなってきた。

 暇つぶしに滝登りドームについて一から十まで色々思案していると、どうしても祠堂しどうの態度が引っかかった。


「ねぇ、津賀留つがるちゃん」


 舟をこいでいた津賀留つがるはハッと目を見開いて、「なんでしょう?」と横を振り向いた。


祠堂しどうさんの『賭け』について何か知ってる?」


 単なる力の上下関係……俺の方が強いというマウントをとりたいだけだと考えていたが、もっと深い意味があるのではと今更ながら気づいた。

 そのため祠堂しどうと仲の良い津賀留つがるに問いかけてみたが、彼女は、はて、と首を傾げた。


「すみません。わからないです」


 嘘をついているようには見えなかったので、息吹戸が「そっか」と呟いた。


祠堂しどうさんと何かあったのですか?」


 津賀留つがるが興味津々な顔で聞き返してきたので、息吹戸いぶきどは鼻で笑う。


「口論以外何もない」


「口論……」


 がっかり、と津賀留つがるの眉毛が八の字になった。


章都しょうとさんの態度がねぇ。深い意味があるって全力で伝えてくるんだけど……」


 息吹戸いぶきどは腕を組む。今までの経緯から推察しようとするが思い当たるものはない。


 そのうち車の振動が心地よくなり、次第に瞼が重くなってくる。

 一瞬、視界が暗くなったと感じると


「到着しました」


 と告げる加無木の声で、息吹戸いぶきどはパッと目を開けた。

 眼だけで左右の景色を確かめると、車はカミナシ本部のすぐ横にある来客用の駐車場に停まっていた。すぐに建物に入れるように気を利かせたようである。


「……寝てた」


 加無木が後部座席に振り返りながら「おはようございます」と声をかけた。息吹戸いぶきどは「送迎有難う」と返事をしながら、リアンウォッチで時間を確認する。


(……あれ? 二十分しか経っていない?)


 二度見したがやはり二十分しか経過していない。

 これはおかしい、と眉間にしわが寄った。


(経路検索したときは一時間半ほどかかるって書いてあったのに……。しかも道が荒れていてあちこち通行止めだったはず。それでなくてもこんなに早く着くわけがない……。あの人は何をしたんだろう?)


 もの言いたげに加無木を見つめると、彼は首を傾げながら「気になる事でも?」と無の表情で尋ねた。聞いても良いのであればと息吹戸いぶきどは頷いた。


「予想していた時間よりも速い。何かやったの?」


 率直な質問を受けて加無木は、ああ、と息を吐いた。


「式神を用いて一時的に道を整えて走行していました。途中で面倒になったので短距離ほど飛行しましたが……」


「短距離飛行したの?」


 加無木はしっと左手の人差し指を自らの唇に添えた。


「それは他言無用で。道路があるのに飛行したとバレたら、『そんなに空が飛びたいなら飛ばせてやろう』と言われて、支部に飛ばされてしまいます」


 だったらなんで喋ったと口に出しかけたが、代わりに「そう」と頷いた。


 瑠璃に隠し事をしてはいけないとか、隠し事をしたらひどい目に遭ったとか。言わず語らずなカミナシ裏事情があるかもしれない。

 こちらに損はないため無視していい内容だ。


 息吹戸いぶきどが黙ったので、加無木は津賀留つがるに視線を向けた。彼女は頭を少し後ろにそらして口を開けたまま気持ちよさそうに眠っている。


津賀留つがるさん、到着しました。起きてください」

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