第313話 礒報と合流

 結界内の従僕じゅうぼく化と重度転化した者たちが元に戻ったので本部に戻っても良いようだ。


 息吹戸いぶきどは眉間にしわを寄せて「どうしようかな」と呟いた。


 術を展開した副作用で激しい疲労がやってくる。例えるならパソコンで長時間プログラムを組んだ後のような、脳が疲れて眠いという感覚である。

 頑張れるが、休みたいという気持ちが上回る。


「じゃあ帰る」


「よしわかった。礒報さがほうと合流したら迎えを呼ぶ。そんで津賀留と本部に戻れ」


 章都しょうとが承諾したので息吹戸いぶきどは「そうする」と頷いてから、


「あとで章都しょうとさんには聞きたいことがあるのでオフィスで待ってる」


 と念を押す。


「ワタシに聞きたいこと……だって?」


 嫌な予感がして、章都しょうとが口元をひきつらせた。


「被害が大きくなった理由、教えてくれるよね?」


 息吹戸いぶきどは少しだけ恨みをこめて見据えた。

 呼び出しがなければ同人誌即売会で物色していたはずであり、雨下野うかの烏頭うずと楽しく談話していたはずである。楽しみを邪魔されて多少なりともお冠であった。


 章都しょうとは胸に刃物を突かれたように「うぐっ」と声を出して、青汁を飲み干したような顔をした。そのまま深々と会釈する。


「ホントにすんませんでした。初動封じ込めに失敗したんです。玉谷たまや部長からお説教くらうはずだけど、アンタからも雷堕ちそうだな、殺さないでくれよ」


「内容次第だね」


 息吹戸いぶきどは冷たい視線を向ける。回避不可能の初見殺しであれば見逃すが、怠慢及び傲慢による油断であれば拳という雷を落とすつもりだ。


 章都しょうとは体を起こしながら、「はぁ~~」と魂が出るような息を吐いて、頭の後ろを掻いた。












 三人は第二駐車場で礒報さがほうと合流することができた。


「皆さんご無事でなによりです」


 顔は汗だくで整っていた髪は乱れている。手と頬に細かい擦り傷があるが、大きな怪我はなかった。


 礒報さがほうはまず息吹戸いぶきどに応援の感謝を述べ、次に津賀留つがるにねぎらいの言葉をかけてから、章都しょうとに振り返ると目を吊り上げて怒鳴った。


「転化も完全に解けていないのに戦場に戻るなんて何を考えているんですか!」 


 激しい剣幕をみて、章都しょうとはたじたじと後退する。


「いやいや。あの場合は仕方なくだな」


 礒報さがほうは足早に章都の目の前に来ると、右手の人差し指で彼女の頬を刺した。


「にゅ」


「気を失った私が悪いんですが、それでもアメミットの医療隊員が来てからでも遅くなかったはずでしょう!? 不調のまま戻ってどうするんですか、死ぬかもしれないでしょう!? 目が覚めて事情を聞いたときは生きた心地がしませんでした!」


 怒りの衝動に任せてぐりぐりと指を動かすと、章都しょうとはむぅと眉をひそめながら弁解する。


「イタイイタイ。第二破がきたら全滅だっただろ。だからワタシが倒そうと思ってだなイタイイタイ」


「勇気と無謀は紙一重です! 息吹戸いぶきどさんやアメミット隊員が来てなかったらどうなっていたことか!」


「空中戦だったから息吹戸いぶきどあいつ戦ってねーもんイタイイタイ爪が食い込むイタイイタイ」


「……そうなのですか?」


 礒報さがほうが意外とばかりに驚いた様子で息吹戸いぶきどを見た。


「まぁ、祠堂しどうさんに邪魔されたのであまり戦ってない」


「それなら仕方ありません。同士討ちにならないだけまだマシです」


 謎は解けたと言わんばかりの納得ぶりに、息吹戸いぶきどは疲れたように目を細めた。


 やはり祠堂しどう息吹戸いぶきど禍神つまがかみ討伐中によくケンカをしていたようである。


 礒報さがほうは「はぁ」と息を吐いてから章都しょうとの頬から指を離した。


「とりあえず、皆さまお疲れさまでした。後はマニュアル通りに後始末を……と言いたいのですが、事態は楽観できません」


「なにかあったのですか!?」


 津賀留つがるが慌てて聞き返すと、礒報さがほうが眉間にしわを寄せる。


津賀留つがるさん、まさか室内にいらっしゃったのですか? 空を一切見ていないとか、そんなことはありませんよね?」


 察しが付いて津賀留つがる章都しょうとが「……あ」と声を上げた。


「空が鏡のように変化したでしょう!?」


 礒報さがほうが興奮したようなキラキラとした眼差しになる。


「見ましたよね!? 光なのか炎なのか、何か大きな塊が落ちてきましたよね!」


 目が合った津賀留つがるが「はい」と躊躇いつつに頷く。


従僕じゅうぼく化や重度転化、一部の初期転化の人が塊にくるまれてしまい、どうなるかと思いましたが、なんと全て人に戻ったんですよ!」


 目が合った章都しょうとが控えめに「あのさぁ落ち着こうや」と黙るように提案する。


「あれは間違いなく転化解除の術! それも私が確認したところによれば結界内全てです!」


 目が合った息吹戸いぶきどは「すごいね」と他人事のように賛同した。


「こんなことが起こるなんて信じられません! まさに奇跡です! どなたが行ったか分かりませんが、防衛組織でここまで扱える人の話は聞きません。きっと一般の人です! これは正体を突き止めて、他よりも先に上梨卯槌の狛犬カミナシにスカウトしなければ、早速二課に依頼して情報をむぐ」


 章都しょうとは呆れ顔になりながら、おもむろに左手で礒報さがほうの口を塞いだ。


 礒報さがほうは引き剥がそうとしたが筋力差により何もできず、恨みがましい目を向けて「もごもごもご」と文句を言った。


「興奮しすぎだ。それは後で話そう。まず息吹戸いぶきど津賀留つがるを本部に送りたいから連絡とってくれ」


 礒報さがほうがちらっと見る。津賀留つがるは立つのが辛そうであり、息吹戸いぶきどはスンとした表情で腕を組んでいた。


二人とも疲労が溜まっていると感じた礒報さがほうは、落ち着きを取り戻してゆっくりと頷く。


 章都しょうとが手を離すと、「わかりました。手配します」と、リアンウォッチを操作して送迎を依頼した。


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