さよならを忘れて

達見ゆう

別れはある日突然に

「転職先の規定に反するため、当アカウントは今月末を持って停止します。鍵アカウントにもしません。削除となります」


 え? と私は聴きながらかじっていたクッキーをポロッと落とした。またこぼしたと夫に叱られる、じゃなかった、お気に入りの博士のSNSのボイスチャンネルで発表されたのは唐突であった。


 今月末って明日じゃないか。転職するため帰国したというのはこのチャンネルで聞いていた。このチャンネルやSNSで医学の専門的なお話や、ユーザーとの交流は続くものと信じていた。


 時差による放送時間が無くなるから、生放送はもう無くなるのか、深夜に切り替わるのかな、とぼんやり思っていた。なのに突然の終了のお知らせ。何でも転職先の規定でSNS、メディアの取材は一切禁止なのだそうだ。厳しい会社だが、最近はちょっとした呟きから特定する輩もいるから仕方ない。研究職なら盗まれる恐れもあるからだろう。


「過去のボイスチャンネルは残しますが、他は全て削除します」


 彼の声はたんたんと続く。普段からのポリシー「たんたんと進める」をここでも行っているのだ。


 彼の情報は本当に役に立った。未知のウイルスに怯える私を落ち着かせ、デマやインチキ商品に引っかからなかったのも彼や彼らの立ち上げた団体のおかげた。リプもこまめにする人だったから常連さんも沢山いて、まるでラジオのようであった。聞き慣れないmRNAワクチンの情報もここで仕入れ、「よし、打つぞ」と即決できたのも彼のおかげだ。


 そんな日常が明日限りなんて。

 あれから情勢は相変わらずだが、ワクチンが開発され接種も終え、分かったことも増えてきたからちょうどいい引き際だったのかもしれない。でもやはり寂しい。


 翌日、案の定SNSは感謝の嵐であった。


 さよならは言わない。今はさよならは忘れる。彼は次のステップへ進むのだ。門出を祝うことはすれ、泣いてはいけない。


 でも、目から汁が出るのは何故だろう。私は視界が滲みながらも感謝の言葉を書き込んだ。今はさよならを忘れて過ごすのだ、そうするしかない。


 彼からのリプは見なかった。余計に目から汁が出そうだからだ。


 それから数か月後。ある製薬会社が突然公式SNSを開設した。中の人はプロフィールが「永遠のゼロ歳児」とある。

 ……まさかね。

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さよならを忘れて 達見ゆう @tatsumi-12

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