Lilies
紫耀
第1話
思わず見とれてしまった。
彼女の艶やかな漆黒のまつ毛に縁取られた、ぱっちりとした瞳に。
かたちのいい可憐な唇に。
絹糸のような長い髪に。
儚いほどに白い肌の色に。
そして制服の下に潜む大きな胸に。
三鷹由里子は、席替えをした新しい席に座りながら、横目で彼女を見つめる。
その女らしさに溢れた造形美は、自分とはまるで正反対だと思った。
神様はホント不公平だ。
なんでこんなに完璧な娘が存在するのだろうか。
「……?」
視線に気づいたのか、彼女はこちらを見て一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「三鷹さん、これからお隣さんだね。よろしくね」
「……う、うん……こちらこそよろしくね、藤城さん」
隣にいる彼女__藤城小百合は、にこやかに挨拶をしてきた。
「今日も部活……?」
教師達が注意してこないのをいいことに、制服を着ずにジャージで過ごしている私の格好を見ながら、小百合が続ける。
「う、うん……そうだよ」
デザインが可愛いと評判の白坂学園の制服をバッチリと着こなしている小百合と、自身の格好の差に、引け目を感じながら由里子は答える。
藤城小百合__。
同じクラスになってからも、一度も喋ったことは無かったが、ずっと可愛い娘だなぁとは思っていた。
西洋のお人形さんを思わせる整った容姿に、大和撫子という言葉がぴったり似合う黒髪ロングが目を惹く、清純を絵に描いたような女の子。
噂によると、家は相当なお金持ちらしい。
これぞ、お嬢様という彼女は、男子からの熱い視線を常に集めていた。
それは女である由里子から見ても、うっとりしてしまうような美しさだった。
そんな完璧な条件を持って生まれた小百合に、羨望にも似た気持ちを覚えたこともあったが、所詮は別世界の人間というか、自分にはまるで関係のない人だと思っていた。
出身中学が同じだったわけでもなく、同じ部活にも所属しているわけでもない。
上品で優等生な彼女と自分では、明らかに同じグループにはならないので、接点もないだろうと思っていた。
しかし、運命のイタズラか、こうして隣の席になり、初めて言葉を交わすことになった。
イメージ通り、穏やかな口調で話す彼女に対して、由里子はモジモジと、どこかぎこちない態度になってしまう。
それは、好きな子を前にした、思春期の少年のようであった__。
「じゃあ部活頑張ってね」
授業が終わって席を立つと、小百合がバイバイと手を振ってきたので、柄にもなく、手を振り返した。
その心はキュンと甘く、そして締め付けられるように切なかった__。
流れる汗をTシャツの襟元で拭う。
蒸し暑い体育館の中は、女らしさとは程遠い空間だった。
バスケットボールを床につく音が、鼓膜に響き渡る。
3年生の先輩よりも、今年、鳴り物入りで入学してきた1年生よりも、由里子は素早く、巧みに、そして力強く動き続ける。
このコートにいる誰よりも自分が強い存在だと思っているし、そうでありたかった。
その為に、「可愛い」だとか、「女らしい」なんて言葉は邪魔でしかないモノだと思っていたのに__。
由里子がバスケットを始めたきっかけは父と二人の兄の影響だった。
父は強豪大学でバスケット部の監督を務めており、兄達も「三鷹兄弟」の愛称で有名な、相当な実力の選手だ。
そんなバスケット一家に生まれた由里子だったが、3兄妹の中で一番才能に恵まれたのは彼女だった。
女子選手の中では群を抜いて恵まれた長身に、抜群の運動神経、そして英才教育によって磨かれたテクニック……と、他の女子選手達どころか、男子選手をも凌ぐ程のプレーを見せるまでになった。
その女子離れした実力から、男子と同等の扱いを受ける内に、性格や素行も男っぽくなっていったのだ。
由里子自身、その方が自分らしいと思う。
サラサラのロングヘア―よりも、ショートカットの方がバスケットをする時に都合がいいし、可愛いデザインの洋服よりも、ジャージの方が楽で動きやすい。
そして、いくら顔が良くたって、自分より運動神経が悪くて、頼りない男には興味が無かった。
周りの同級生達は17歳の女子高生らしく、芸能人の誰それがカッコいい、同じクラスの○○くんのことが好きという話題でいつも盛り上がっているが、由里子はその話題に一切共感できなかった。
由里子にとって男は恋愛の対象ではなく、競い合う相手だったからだ。
だから、同年代の男の子や、イケメンの芸能人を見ても、胸がときめくことなんて無かった。
それなのに__、どうしてこんなに胸がドキドキしているんだろう……?
小百合と隣の席になってから、ざわざわとうごめく感情の整理がつかないでいる。
自分とは正反対の人種で、気なんて合いそうもないのに__、
いや、だからこそか、そんな彼女のことで頭がいっぱいになっていた。
部活の為だけに学校に行っているような由里子だったが、今から、明日、教室に行って自分の席に座ることが楽しみだった。
__……明日も……、藤城さんに会えるかな……?__
今まで味わったことのないドキドキとワクワクで、由里子の胸は揺さぶられていた__。
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