首吊り自殺

 

首吊り自殺

「僕、今日自殺しようと思うんだ」

 

 僕は、ベッドの上に寝転がっている香織の方を見てそう言った。


「へ〜、そうなんだ」


 香織は心底どうでもいいように、冷たく返した。


「僕、今日、自殺しようと、思うんだ」


 今度は、聞き取りやすいように単語を区切って、ゆっくりと発音した。


「へ〜、そうなんだ」


 しかし、香織の反応は変わらない。香織はベッドの上で、うつ伏せになり、足をバタバタと動かし、スマホの画面をじっと見つめている。まぁ、無理もない。毎日のように自殺すると言った結果、香織は僕の発言を一切信用しなくなってしまったのだ。


「僕、今日首を吊って自殺しようと思うんだ」


 僕がそう言うと、香織は突然、僕の方を振り向き、真剣な顔で


「首吊りはやめた方がいいよ」と言った。


「どうして?」


 不思議に思い、僕は聞き返した。すると、


「失敗したら、後遺症が残るから」と香織は早口でそう言った。


「でも、ここ電車が通っていないから飛び込み自殺は出来ないし、高いビルから飛び降りるにしても侵入するのは面倒だしなぁ。やっぱり、首吊りにするよ。助言してくれてどうもありがとう」


「最後に忠告。本当に首吊りだけはやめた方がいいよ。冗談抜きで」


 香織は真剣な顔で僕にそう言った。


 その夜、僕は香織の忠告を無視して、自分の部屋で首を吊った。





 目を覚ますと、目の前には真っ白な天井が広がっていた。そこは病室だった。ふと横を見ると、香織がイスに座って僕のことをじっと見つめていた。


「ほら言わんこっちゃない。だから、首吊りはやめとけって言ったのに」


 香織は怒ったような顔をして、そう吐き捨てた。しかし、次の瞬間うっとりした表情を浮かべ、両手で僕の右手をやさしく包んだ。


「でも、ありがとう。君のおかけで首吊りの後遺症がどんなに酷いものなのか知ることができたよ。ネットの情報を見たところで、実際に見てみないとよくわからないからね。排泄も自分で出来ず、しゃべることも出来ないなんて、君には心底同情するよ。三浦春馬や竹内結子が首を吊って自殺したからと言って、真似なんてするもんじゃないね」


「ねぇ、苦しい?辛い?死にたい?私が殺してあげよっか?」


 香織がニヤニヤと笑いながら、僕の耳元でそっと囁く。僕はそれに答えるため、精一杯まばたきをした。


「わかったよ。じゃあ、殺してあげる」


 香織の冷たい手が僕の首に触れる。僕は目を瞑り、その時を待った。しかし、香織は一向に首を絞めようとしない。どうしたのかと思い、目を開けると、香織は酷く冷めた顔をしていた。


「やっぱや〜めた。他人の生き地獄ほど見ていて楽しいものはないからね。だから、殺すのはやめにするよ」


「また来るよ。じゃあね、バイバイ」


 香織は爽やかに手を振って、軽やかな足取りで病室から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

首吊り自殺   @hanashiro_himeka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ