伝説(ーー点)

 魔王と人類の戦いが、ついに終わった。


 ノンホーネ流の魔術師ジン・イテルレンの元、人類は勝利し、平和を勝ち取ったのだ。


 しかし英雄ジン・イテルレンは、そのあまりの強さゆえに、世界の首脳人達から自らの権力の敵となるのを懸念され、自分が作った平和から追放されてしまう。


 全てを理解していたジン・イテルレンは、ここで反発するより自分が去ることで世界が秩序を得られるならと承諾し、ガリンセン王国王都から放浪の旅へと、ひとり旅立とうとした。

 

 リールク・ダダンは、その日の事をよく覚えている。


 ジン・イテルレンが西門を出た辺りで、王子だった彼は偶然に鉢合せ、少しだけ会話できたのだ。


 たわいもない、短い会話だったが、その英雄の傷1つも持たない美しい顔と透き通る声に、そして何よりその神々しい姿を、リールク・ダダンは生涯一度も忘れたことはない。


 それから、40年が過ぎた……。

 

「異常なモンスターの蠢動……民達が今日も食われてしまった……早く対処をしないかぎり、我が国は終わる……」


 ガリンセン王国に、2年前に即位したばかりの王、リールク・ダダンは大きく息を吐く。


 王の間に各大臣が勢ぞろいして、王の言葉を受け賜わっていた。


 王はビロードのソファに1人座り、大臣達に背を向け、燃える暖炉の火を見つめ、


「民たちは飢餓よりなにより、モンスターの被害におびえている……こんな事、魔王大戦以来だ……」


 何よりも民を思う初老の王は、心を病んでいた。揺れる炎だけが彼の心を癒やしている。


「はい、モンスターへの恐怖が国中に蔓延しており、流通も滞り……このままでは……」


 大臣の1人が進み出て言った。


「あっ、そう言えばですが、行方不明になっていた英雄ジン・イテルレンをラナン湖で発見しました」


 その言葉にダダン王は打ち振り向いた。


「なんだとっ!?」

「はい、モンスターの調査をしていた第33部隊が、魔法障壁でがんじがらめで隠されていた場所を発見しまして、それが外からなのに解除するのに10日がかるほどの障壁で……何かと思っていますと……」

「それで、そんな近くに、彼は住んでいたというのかっ!?」

「はい、部下は間違いなく本物の桜の徽章を確認したそうでございます」


 ダダン王は立ち上がり、日が差し込む窓の近くへと歩いていく。


「わしは……彼の元に行く」

「はっ……?」


 大臣全員が、顔を見合わせた。


「彼の、意見を聞きに行く。わしが知っている限り、最高の専門家だ。そして対モンスター最強の男だ」

「王よ、では連れて参りましょう」

「……いや、急を有する。私が直々に彼の元へ出向く」

「なにを!? 王自らなど! 危険でございます!」

「――黙れ! ……最低限の護衛を用意しろ、そして馬の用意だ」


 ダダン王はマントを羽織り、王笏を持ち、大臣達の静止も聞かず、すぐに護衛4人を連れて王都郊外へと馬を走らせた。


 王都西に広がるラナン湖が目前に現れる。


 静かな湖のほとりには、ぽつんと小さな平屋が建っていた。


「くれぐれも無礼のないようにな……」


 馬を止めたダダン王は、護衛らに注意すると、その平屋の扉へとゆっくり歩いていく。


 平屋の窓は戸が閉め切られ、中は見えない。


 だが人の気配はする。


 木造で、切妻造りの立派な屋根、そこには強力な魔法障壁の魔方陣が何個も描かれていた。


 家の前には弓の練習用的が何個も置いてある。的を狙った外れた矢がいたるところに突き刺さっていた。


 緊張している自分を落ち着かせるために、平屋の重厚な玄関扉の前に立ったダダン王は、一呼吸を置く。


 そして、手に持った王笏で力強くノックした。


 後ろに控える護衛の4人が、何時でも抜けるように柄に手を置く。


 扉が開かれた。


「何の用だ?」


 ジン・イテルレンが、現れる。


 ダダン王は、王笏の王家の紋章を見せ素性を伝えた。


 ジン・イテルレンは今年75になる。


 桜の紋章を施された徽章を胸元に付け、くたびれている黒のコートを着こんだ大岩のような巨躯の持ち主で、その顔は傷だらけだった。


 顔全体におった傷の中に光る目が、鋭い眼光を放ってダダン王達を睨みつける。


「ジン・イテルレン殿、今日伺ったのは国を襲っているモンスターについて、意見を聞きたいと思ったのだ」


 ダダン王は緊張しながら、そう言った。


「……おい、おい」


 イテルレンはあきれ顔になった。


「バカな事を言っちゃいかんよ、坊や。意見だ? もっと大きな声で喋れよ。舐めてんのか?」


 イテルレンの声は、酷いガラガラ声だった。


「俺の事をなめたりしてんなら、ベヒーモスみたいにてめぇに飛び掛かってはよ、その髭面を体から引きちぎってやるぜ?」


 ダダン王は、大きな声で言い直す。


「ここらに生息する全てのモンスターが活発になって、人間も怖がらず襲っている……多くの民は、昼でも王都郊外に出るのを怖がっているのだよ」

「ばかばかしいっ」


 イテルレンは両手を上げ、王たちをバカにしながら、


「モンスターなんかやっつけちまえばいいだろ。なんだ? てめぇ俺と一戦やってみるか? すぐわかるぞ、俺の強さはなっ。俺はモンスターなんか怖くない、俺を誰だと思ってんだね? 間違っても俺より力があるなんて思っちゃあいけないよ、坊や。王だからって力比べになりゃ人と人、俺にとっちゃ、あんたなんかひとひねりなんだぜ?」

「……戦いなんてするつもり……」


 ダダン王に疑念が頭を過ぎった。


 しかし相手が相手なので、続けて今、国を襲っているモンスターの被害について、何か解決策はないかを訊ねた。


「だから武器持って、魔法使って、一発戦えばいいだけだろ。なぁ、なんでそんなクズみたいな話、しなくちゃならんのかね」


イテルレンが、いきなり握りこぶしを見せ、


「だいたい、俺はあんたらの事を、ここに来た瞬間から、もう魔法にかけてるんだぜ。へっへっへ、てめぇらときたら、いつも俺を陥れようとしてやがる。まぁ今度ばかりは無理だろうな」


 一体誰が陥れようとしているのか、ダダン王は尋ねた。


「言えねぇよ」


 言えないとはどういうことか、ダダン王は尋ねた。


「奴らの中にも、強い奴はいるって事よ、坊や」


 その奴らとは、どんな奴なのかと、ダダン王は尋ねた。


「俺に手出しなどできるものか! そうだろ、できてたまるかよ、あんな下等生物共にはよ!」


 怒りに任せて、強く扉が閉められた。


 しかし間髪入れず扉は開いた。


 何もなかったかのように、イテルレンはダダン王と同じように向かい合い、


「で、俺への質問は、他にはあるのか?あるなら言えよ」

「……モンスター対策について、個人的な考えを聞かせてほしい」

「だーかーらっ、俺はどんなときにも、恐怖なんて感じたことはない。まぁ、昔の俺なら倒せたかも知れない、しかし、俺をやっつけるチャンスなんてもう無理ってもんだ、坊や。お前らは絶好のチャンスを逃したんだ」

「民は弱い。いかにして、モンスターから身を守ったら良いのだろうか」

「誰が弱いって?」


 イテルレンは握りこぶしを握り、ダダン王に見せ、


「あんた、俺とやろうってのかね? 最後に剣を抜いたしたのはいつだ? 坊や? 俺をなめちゃいけないよ?」


 イテルレンは大きなため息をつき、


「だいたいよぉ。お前が自分の国を守るために、何をしたのか、どんなけ民のためになったのか、そこんところを教えてもらおうじゃないの? 偉そうに髭など生やしやがって、坊や」

「私としては――」

「――あんたモンスターを殺ったことあるか?」


 ダダン王を無視して、イテルレンが訊ねた。


「ないって? じゃ人ならあるか? ないって? まいったな。これだから王族は……俺は一級魔術師だったんだぜ。あの、ノンホーネ流のだっ。あとなっ」


 イテルレンがダダン王たちを指差して、


「俺はてめぇらが来た時から、魔法を掛けてるんだからな。ちょっとでも俺に手出ししようもんなら、もうっ、ただじゃ置かないぜっ。できないと思ったら大間違いだっ」


 ダダン王達に唾を飛ばしながら、指を指しながら、そう言ったイテルレンは、決まったといった満足げな顔をした。


 ダダン王は、モンスター被害解決の手立てがあるかどうか、もう一度、最後のつもりで尋ねた。


「この俺に向かってくるなんて、あんたも相当だな……」


 イテルレンは少したじろいだ。


「……ええっと、モンスター被害? 解決……? ……ああっああ、ある。あるぞ、ある」


 と少し考えたイテルレンは言った。


「ま、それが唯一の方法だろうな。聞きたいか?」


 ふんぞり返りながら、ダダン王に訊ねる。


「おしえてやろう。あんたに聖書でも送ってやるよ。矢文でなぁっ。俺は毎日、弓矢の連勝してるんだ。しっかり届けてやるよ、聖書でも読んで祈れ。それが犯罪に立ち向かう方法だ」


 ダダン王は、


「子供の頃、お会いしたことがあるのです……あの時はあなたは民のことをすごく思っておいででした。だからわしは、あなたのように民を思い、政治をしてきた……」


 国の問題に関心があるのかと、ダダン王は少し悲しくなって尋ねた。


「そんなもの、知ったことか。これっぽっちも気にかけてなんかいないね。モンスター被害だって? 意見はないね」


「あまりの魔法力の強さに隠れて住む事を強要されていたが、わしは王都に住むことを許可するつもりだ」


 ダダン王は、イテルレンに、移住するかと聞いてみた。


「なぅ、お前、どうして軍隊に行かなかったんだ?」


 イテルレンは諭すように言った。


「俺は西部戦線だった。そこで魔王軍のモンスターと死闘を繰り広げていた、20年間もだ。今更街中で暮らすだとっ? 人里離れた方が楽だ、八つ裂きにしてほしいか。こんな会話もうやめだ」


 ダダン王は、もう一つだけ質問に答えてほしいと頼んだ。


「なんだ?」

「国を、世界を守ったノンホーネ流はもうないのだろうか?」

「なんだそりゃ。バカな事を聞くなっ」


 イテルレンは当たり前だと、言ったように、


「ノンホーネ流が解決策にならないかだって? 笑わせるんじゃない、役立つに決まってるだろ。俺はノンホーネ流魔術師、ジン・イテルレンだ!」


「そう、あなたは伝説だ」


「ははは、愛してるぜ、坊や。じゃあな、とっとと帰ってママのおっぱいでも吸ってな」 


 バタンと、扉が絞められる。


 が間髪入れず再び開いて、


「あと、魔法はすでに、てめぇらが来た時からかかっているのを忘れるなよ、ざまぁみやがれ!」


 平屋を後にしながら、ダダン王は思った。


 こんな事になったのは、わしらのせいだ。……我々が、彼を、追放するような人間だから……こんな事になったのだ……!


 モンスターが国を襲うのも……国が危機になるのも……何もかも……彼をこんな風にしてしまった、わしらのせいだ……!


 モンスターがここまで被害を出すまでに、一体先代は何をしていたんだ!一体イテルレン殿に何をした!わしの知らないところで何をしていたんだっ!


 追放したのも、モンスター対策を怠っていたのは彼ではなかった。


 だが、ダダン王は自分を責め続ける。


 英雄はもういない。出ても来ないだろう。


 異常なモンスターの蠢動の原因は、人間のこの習性がモンスターにバレたからなのかも知れない……。


 そんな風にまで、ダダン王は思うようになってしまった。

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