不良少女(65点)

「何でそんなことしたんだ! バカ野郎!」


 父の甲高い怒鳴り声が、小さな借家の真田家に響いた。


 居間には、テーブルをはさんで父と母と担任の教師が、私に向かい合って座っている。


 いつもなら晩御飯の時間のはずだ。 ……なのに、食べられないでいる……。


 さっきから時計の針の音が良く聞こえてくる。父の怒鳴り声は静寂を生んでいた。 


 誰もしゃべらない。


 さっきからずっと私は俯いていた。じっとテーブルの木目を見つめて暇つぶし。


「まったく……うさぎ跳びなんて……」


 母が、信じられない、と嘆く。


 母は静寂の空気を変えようとしたのかな、と私は思った。多分そうだと思う。


「僕も、見た時は驚きました……とても……こんな事をするようには見えなかったので……」


 担任の教師が横に座っている父と母に向き、神妙そうな感じで言う。


 私の事の何を知ってんだ、このバカは。


 内心そうムカついているのを、顔に出さないように注意した。けれど態度に現れたかも。隠すのは苦手だ。


「すいません、先生。このバカ娘には良く言って聞かせます」


 父が教師に頭を下げる。母も続いて、頭を下げた。


 教師は、まぁまぁ、おやめください、との趣旨を口パクとジェスチャーとで表していた。頭を下げている父と母には、それは見えてない。でもそんなもの見なくても、どんな反応してるかわかってるんだろうなぁ。


 しかしね。いっつも思うんだけど、なぜ教師に謝るんだ? こいつはどういう立場なんだっ?


「真田さん」


 とその時、教師が私に向き直り、優しく話しかけてきたのでびっくりした。


「うさぎ跳びはね、膝に悪いんだ。だからもう、絶対、やっちゃいけないんだよ」


 そう、優しいながらも語気を強め、ゆっくりと、私に言った。


「はい、すいません……」


 悪い事をして、反省して、意気消沈している。と言う体の発音と態度で言いながら、軽く頭を下げる。


 教師が笑顔になった。


 うまくいったぁ。


「あのぅ先生、内申の方は……」


 母が気弱な声音で訊ねる。教師は困った顔をして、


「書くしかありません……うさぎ跳びをしたわけですから……どうしても、響きます……」

「そうですか……」


 2人が深刻な顔になる。


「まったく……」


 父はため息を吐く。そして、


「いいかっ! こうやってお前がバカなことをすると、信用も信頼も無くなってくんだぞっ! バカ野郎! 中学生でうさぎ跳びなんて馬鹿な事をしやがって!」


 私は、じっとテーブルの木目を見つめていた成果で、その時、単なる木目が笑っている顔に見えるようになった。


「おい! 聞いてるのか!」


 父がまた怒鳴った。


 やばい、態度に出てしまったらしい。すぐに姿勢を正して座り直す。


 うさぎ跳びのしすぎでムキムキになった太ももが、太くなりすぎて椅子から飛び出ているのを、教師はちょっと見て、


「お父さんもお母さんも、皆、君の体の事を思って、言ってるんだよ」


 優しい、強い語気で、ゆっくりそう言って、諭してくる。


 昔は、膝に悪いうさぎ跳びも普通に皆やってたらしい。でも、もうやっちゃいけない、膝に悪いから。法律でもそう決まった。子供を守るために。


「仕方がないけど、1か月の謹慎処分だから……」


 教師が気に病みながら言ってきた。


「すいませんっ」


 母がまた頭を下げ、


「ちゃんと反省するのよっ」


 と私に諭すよう言ってくる。ここから何とかいいイメージを教師に残そうとしているのかなと、思った。多分そうだろう。


「先生っ、こうして真由美も反省しておりますのでっ」

「ええ、分かっていますお母さん」

「ありがとうございますっ」


 私は空気を読んで、


「……すいません……」


 謝罪の言葉を母に続いて言った。


 テーブルを挟んで座る大人達が皆、私を見つめている。


 父は睨みつけて。母は悲しそうな顔で。教師は心配そうに。


 皆、一大事と言った顔で私を見つめていた。


 そんなに皆、私の膝が大事なの?

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