第35話 戦後処理

また、元に戻ってしまったなぁ。


太い木の枝に寝転びながら、ユウはぼんやりとそんなことを考えていた。


神樹の家から出て、砦の兵士に捕縛され。

砦から脱走し、神樹の家に戻ったが、復讐のため再び出奔し。

魔王の森で多数から疎まれつつ腕を磨き、本願を果たし。

奴隷化された人間を見てられず、解放させるため奔走して、全てのケリがついて、いまここにいる。


もう、ここでやることは残っていない。心残りはない。

エルナや妖精、老犬に蜂鳥など、仲良くなったが、とは言えここに定住する目的がない。そもそも、魔王軍と呼ばれる組織に所属する理由がない。

今さらこの世界の人間の町に行く気も起こらない。


どこに行けば良いのだろうか。

寄る辺ないこの世界、とことん異邦人という実感だけがこの胸の裡にある。


神樹の家に帰ろうかなぁ……


あそこにも目的はないが、少なくとも最愛の人と同じ外見をした者がそこにいて、自分を受け入れてくれる。しかも、ユイには迷惑ばかりかけて、まだ何の報告もしていないのだ。不義理もいいところだと、我ながら思う。

更に、家も近代的であり、森の生活よりも馴染み深い環境だ。

いったん神樹の家に戻り、英気を養なってから今後を考えるのが良いのではないだろうか。


仲良くなった皆には悪いが、俺はしばらく引きこもろうかな。そんな後ろ向きなことを考えていると。


「こちらにいらっしゃいましたか」


珍しく、丁寧な言葉が聞こえてきた。

森に連れてこられた人間達の世話役をしている、ファシールだ。


砦にいた時は、人柄は良いが冴えない商人、くらいの人だったそうだが、この逆境にあって細々と相談に乗っていたら、気がついたら世話役に担ぎ上げられてしまったらしい。

いわゆる、損な性格のお人好し、というタイプなのだろう。


お人好しだが頭の回転も良さそうで、話が早く、話していて気持ちが良い。


「今回は、色々とご支援賜り、誠に有り難うございました。

我々の行動方針もおおよそまとまりましたため、一言、ご報告しておこうかと思いまして」


人が良く面倒見が良いだけでなく、礼儀正しい。

どれほど完璧なのだ。


「いえ、とんでもない。

あれは、俺が勝手にやらかしたことなので、お気になさらず……

それよりも、あの子のこと、くれぐれも宜しく頼みますね」


あの子。

今回の騒動に至った原因のひとつである、あの心神喪失状態に見える子供のこと。


妙に気になる存在ではあったが、根なし草のような状態の俺では、引き取ることもできずどうしようもない。そう困っていたところ、この人柄が良い商人が、責任を持って引き取って育ててくれるというのだ。

願ってもない身の振り。


以来、俺の中で、この人の評価はうなぎ登りであり、大抵の相談事は乗っている。

つまり、互恵関係の構築。

ありがたい話である。


「お安い御用でございますよ。

子供がおりませんので、私も家内も寂しい思いをしておりました。

我が子を授かったと思い、育てたいと思います」


そう言って、柔和な笑顔を浮かべる。

こちらまで嬉しくなり、軽口を叩く。


「有り難うございます。

頼みましたよ?

そのうち、様子を見に行きますので、もし幸せそうじゃなかったら、承知しませんからね?」


そう言いながら、人の悪い笑顔を浮かべる。


「おお、怖いですなあ。

ならば、私も責任をもってあの子を幸せに致しましょう」


そう言って、朗らかに笑う。


ひとしきり話を聞くと、彼の方も順調で、食糧と水を調達し行動計画がおよそ定まり次第、出発だそうだ。

見込みで、二日後くらい。


なら、彼らを見送ったら、俺もここを発つかな。そう考えて、胸元の黒水晶を掌で転がした。


砦の兵士達に巻き上げられた、この黒水晶。今回の宴の食材を漁りに砦の廃墟に行った際に、うまいこと見つけられたのだ。


まるで呼ばれているかのように、隠れていた水晶を見つけられた。流石は霊験あらたかなパワーストーン。

あるべきものが帰ってきてくれたようで、気持ちに一区切りをつけられた一因かも知れない。


そんなことを考えていると、急に辺りが陰った。

そう思うと同時にエルナが舞い降りてきて、すぐ脇に腰かけた。


「ファシールさんと話は終わった?」

「ああ、出発の準備は順調だって。

明後日くらいには、出発できるんじゃないかな」

「そっか」


そう言って、所在なげに足をぶらつかせるエルナ。

少しそうしてから、視線を自分の足先に向けたまま、再び口を開く。


「あの人達が出ていったら、ユウも旅立っちゃうの?」


何度か聞かれた、同じ質問。

答えも同じ。


「ああ」

「そっか……」


エルナはそれだけ言って、変わらず足をぶらつかせている。


不思議である。


エルナは、この森でも、『森の娘』と呼ばれ、特別扱いで、ボスであるルーパスからも可愛がられており、実力も抜群。

戦闘力だって、シーニスと張るようなことも言っていた。

戦闘にほとんど興味がなさそうな彼女が互角というなら、ポテンシャルは完全にエルナが上なのでは?とか思える。


そんな彼女が、俺のことを、ほとんど最初に会った時から、かなり気にかけてくれている。

何故なのだろう。


恋愛感情ではないだろう。

最初にあった時から、対応は変わっていないし、話していても、そういった表情の変化はないように思う。

あけっぴろげに笑って怒って、そして俺の行動に呆れたりして。

そうやって仲の良くなった友人が去っていくことが、寂しいのだろうか。


それにしても、今生の別れと言うわけでもないのだし。

よくわからん。


「まあ、そう遠くに行くわけでもないし、また、遊びに来るよ」

「うん……」


なんか、小さい頃、親の都合で転校した時のことを、ふと思い出した。


***


居留区。


第三魔王の森の片隅に作られた、奴隷として連行されてきた人間達を解放するまでの間の仮設住宅区。

エルナの家に似た、寸胴型の木が立ち並び、そこに人々が住んでいる。


ユウがケンカ祭りに優勝した後、ユウからここをあてがわれて、出立の日まで好きに使って良いと言われた。

「どうやって用意したんだ?」と気になったが、今のところ詳細不明である。

ただ、自分人間達にとっても、元々の自分達の住まいより居心地良いのではないか、と評判は上々だ。


「おや、帰ったか」


森を出る準備のため、街道までの道筋を確認していた一団が帰ってきたようだ。

身体中を汚し、少し青い顔で、やや俯きながら、言葉少なにぞろぞろと歩いて来る。


「おいおい、どうした?

そんなに大変だったのか?

お前さん達、随分と疲れた様子じゃないか」


そう問いかけられた先頭の男は、苦笑いのような、どこか引きつったような表情で手を少し上げて応じ、問いかけには応じずに言った。


「ファシールさんは、いま家にいるかい?

ちょっと相談したいことができたんだ」


***


「ユウさん、ちょっとお時間をよろしいでしょうか?」


二日程経ち、そろそろ出発かなと思っていたら、ファシールの方からやってきた。

見慣れない男を二人ほど連れている。


何やら、少し暗い表情に見えるが、はて?


「どうしましたか?

俺は大丈夫ですが……」


ファシールは少し視線をさ迷わせたあとで、話し出した。


「実は、この者達が、先に街道の様子を見てきてくれたのですが…」


そう言って、後ろに控える、フードを目深に被った男達を示す。

その言葉を受けて、挨拶なのだろう、二人とも少し頭を下げた。


「この先の街道で、第二魔王軍と思われる魔人に隊商が襲われ、甚大な被害が出たとかで」


そこまで言って、いったん区切り、話を続ける。

しかし、第二魔王軍と言っていたが、この辺は第三魔王軍の縄張りと聞いているのだがなあ……

何か、情勢に変化があったのか?


「街道を巡回している警備隊と偶然会い、我々のことを話して受け入れを相談したのです。

ところが、その兵士達から、我々が命惜しさに魔族の手先になったと決めつけられる始末。

挙げ句に、兵士達の気が立っていたのでしょうか、後ろの者達も乱暴に扱われ、顔に傷まで受け……」


顔を俯き、徐々に声が小さくなり、最後には良く聞こえなくなってしまった。


仲間がひどい目にあい、そして明るく思えた未来も怪しくなってしまったため、ショックを受けているのだろうか。


「ですので、申し訳ないのですが、事態が落ち着くまで、もう少し滞在させていただけないでしょうか」


やや俯きがちに、辛そうに話す。

こちらまで申し訳ない気分になりそうな、恐縮っぷりだ。


「あー、まあ、そういう事情なら、仕方ないし、いいと思うけど?

とりあえず、俺の方から、ルーパスには話をしておくよ」


そう言うと、ファシールが、もごもごと、お礼の言葉を述べている。

ファシールの後ろの男ももぞもぞ動いていて、何かを言っているようだ。


出発しようとした矢先に問題が起こって、また魔族の厄介にならなくてはいけないので、気が滅入るのは分かるが、もう少しはっきり話せないものだろうか。


「あ、あの、このようなお願いをするわけですし、私も魔王様に、一度お目通りをお願いしたいのですが、いかかでしょうか」


決心したように顔を上げて、ファシールは語気を強めてそう言った。


「え。そんな、別にいいですよ、そんな気を使わなくても。

あの人狼、人見知りだから、知らない人に会うのを嫌がるのですよ。

大丈夫ですから」


軽口を叩くように言っているが、事実である。

というか、人が会いたいとか言うと、真面目にトンズラしそうだ。

で、魔王はお前達に会いたがらないとか言うと、今度はこの人間達が、『そんなに嫌がられているのか』とか気にしそうだ。


だからこその軽口。

あー面倒臭い。


「そこを何とか、お願いできないでしょうか。

これだけご迷惑をお掛けして、なお一言の挨拶もないとなると、私としても……」


食い下がられた。

几帳面にも程があろう、と思うのだが、だからこそあの子をお願いするに足る、とも思える。

いや、それとも、会うことを口実に、何か直訴したいことなどあるとか?


うーん、わからん。

とかく、この世は難しい。


「分かりました、それではルーパスにも、その気持ちを伝えておきますので、ひとまずお戻りください」


そう言うと、ファシールさんは何か言いたげな顔をして、小さく息を吐くと踵を返し、元きた道を帰って行った。


***


「……と、いうことらしいんだけど、どうする?」


ひとまず、義理を果たすために、ありのままをルーパスに話してみる。

そして、その返答は―――


「そんなもの、会う必要など、全くないだろう」


―――と、予想通りの、すげないものだった。


だが、それだけではなかった。


「だが、ヴィストのヤツが、こんなところに出てきている?

そんなことがあるのか?」


何か引っ掛かっているのか、ぶつぶつと独り言を言っている。


少し悩んではいたものの、やはりというか、面会の約束は取り付けられなかった。


「まあでも、あの人間達が、しばらくここに留まるのは構わないよな?」


正直、面会の件は、俺にとってどうでも良かったが、こっちは確実に約束しておいて貰わないといけない。


「ああ、構わないさ」


良し、これでここまで来た甲斐があったというものだ。

やれやれ、と思っていると、ルーパスが、別件を持ち出してきた。


「ユウ。お前、近いうちにここを出ていくんだって?」


隠している訳ではないが、広めているわけでもない。

ルーパスが知っているなら、エルナが話したのだろう。


「ああ、元々、あの砦の奴らに借りを返すために、ここに来ただけだった。

思わぬ大事になったけど、目的は果たせたし、ずっと居続ける理由もないし、な」


それで?と、今の質問に意図があるのか、と、目で先を促してみる。


「エルナが残念がっていたから、な。

あのチビスケ達とも仲良くなっていたようだが、あれらでは留まる理由にはならないか」

「あいつらは、良い奴らさ。

ダメになっていた俺を、一生懸命、支えてくれようとしたし、な。

感謝もしているし、これからも関わり続けたい、と思っている。

もし何か困っていたら、駆けつけてやりたい」


この世界に来て、人間達によって損なわれた俺の人間性は、人外のあいつらとの交流で救われ、人としていられた。

字面だけみると、変な話だが。


「だけど、あいつらとの関係は、足を向ける理由にはなっても、留まり続ける理由にはならない。

そういう、ベタベタした関係が嫌いなのは、ルーパスこそ分かるだろ?」

「ああ。全くその通りだ」


ルーパスは、そうだよな、という感じでふぅ、と息を吐いた。


「ところで、なんでエルナはそんなに気にしているのだろう?

この森の仲間から人気あって、友達も多いだろうから、ぽっと出の俺を、そんなに気にしなくてといいのに」


折角なので、かねてより疑問に思っていたことをぶつけてみた。

ルーパスは、エルナの親代わりみたいなものだから。


「お前は、転生して魔人になって、人の身にありながら人から嫌われるようになったが、それについてどう考える?」


質問に、質問で返されてしまった。

しかも、何故それを今聞く?と思える内容を。


「どう考える……か。

そうだな、前に少し話した通り、俺は別の国からここに来たのだけど、見るもの全てが異質で、自分が世界から除け者にされていると感じていた。

更に魔人になってから、同胞と思っていた人間達から迫害されて、今度は世界から排斥されている、と感じているよ、今でも。

だから、今は何を信じて、何のために生きて行けばいいのか、分からなくなってる。

正直、この森で安閑と過ごすには、あまりに自分が頼りないと感じているのさ」


最近、つらつらと感じていたことだが、口に出してみると余計に胸に迫るものを感じる。

今更ながら、この森を離れる理由を、他ならぬ自分に教えてもらった気分だ。


そんな俺を、しばしじっと見ていた後に、口を開いた。


「俺は異種族だから、はっきりとした事は分からんが、エルナは人間の目線で見ても、魅力的ではないかと思うのだが、どう思う?」


また全然違う方向に話が飛んだ!

ルーパスは何を考えているのか。


「そうだな、誰が見ても、素晴らしい女性だと思うぞ?

その、角だの翼だのを気にしなければ、だが」

「お前は気になるのか?」

「いや、まあ……どうだろ?

今となっては、それほど気にならないかな……」

「ならば、目の前に魅力的な異性がいたとして、何もしないのか?」


なんだよ、ぐいぐい来るなぁ!

飲み会じゃないんだぞ!

少なくとも、魔王と話す内容ではないぞ!たぶん!


「えーと、実はなんだけど、この体に転生してから、その、あまり異性に対して気分が動かなくなったんだ。

エルナは魅力的な外見をしているけれど、どうも前の体の時みたいに、衝動というかそういうのが失くなって……」

「……そうか、不能になってしまったのか。気の毒にな」


「なんだよ!

人が気にしていることを、何言ってくれてるんだよ!

違うよ、まだ新しい体に馴染んでないとか、精神的なアレとか、そういったことだよ、きっと!

まだこれからなんだからな!!」

「あ、ああ、わかった。

すまん、無神経だった。

そんな、涙目になるほど気にしていたんだな、本当にすまなかった」


あまりの剣幕に、思わず謝るルーパス。


いや、少し気にしていただけだよ?

いずれ改善されるはずだし!

でも、もしルーパスが謝ってくれなかったら、この友情?もなくなっていたかも知れないから、まぁ良かった。


「で、結局、エルナはどうなの?

別に、異性として俺に気があるという訳ではないだろ?」

「ああ、そう言う訳ではないのだが……」


物事を端的に、はっきりとさせるルーパスにしては、最後まで要領を得なかった。

仕方なく、そこは曖昧なまま、ルーパスと別れ帰路についた。


「んっ……」


丘を下る途中に、烏のような鳥が羽ばたいて去って行く。


行きも同じくらいの大きさの烏が近くにいたような気がするが、まさかずっと待っていたのだろうか。

随分と人懐こい烏が居たもんだな。

そんな風に思って、気にも止めずに、もと来た道を戻る。


その程度にしか思っていなかった。

この時はまだ。


その後、帰り道に居留地に寄って、ルーパスには会えないことを、ファシールに伝えた。

疲れているのか、やや青い顔で元気なく頷いた彼は、諦めたのか、もごもごと礼を述べて、明後日には立つと言ってきた。

外の情勢は大丈夫なのか、と聞いても、あまり要領を得た返事が返ってこず、最終的には、わかったと答える他ない。


ルーパスと言い、ファシールと言い、なんなんだ?

釈然としないが、もうじきこの森を離れるのだし、あまり深く考えるのは止めだ。


頭をかきながら、自分の寝床にしている木の家に向かった。

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