第36話 爆炎術士
快晴。
その言葉がとても良く合う青空。
風は凪いでおり、気温はやや高めであるものの、暑すぎるというわけでもない。
旅立つのに、望ましいコンディションだろう。
だというのに、ファシールは全く冴えない表情で、のろのろと片付けをしている。
ファシール以外の者達も、皆が憂鬱そうに荷物をまとめていた。
やはり、第二魔王軍のことや、戦士団に睨まれていることで、先行き不安なのだろうか?
それにしても、あの様子は尋常でないし、そもそもそこまで心配するなら、こんなに急いで出かける必要もないはずだ。
釈然としない。
「なあ、ファシール。
何か俺に隠してないか?」
びくっとファシールの肩が震えた。
何かを堪えるように、しばらく小刻みに身体を震わせて、そしてゆっくりと振り向いた彼の両の目から涙が流れていた。
予想外の光景に、びく、と身体が震えてしまった。
え?なんなの?
どうしてこのおっさん、こんなに涙を流しているの?
「もう……耐えられない。
申し訳ありません、ユウさん。
実は、お話ししなくてはならないことが……!」
堰を切ったように、早口に話し始めたファシールの身体が、縦に大きく揺れた。
そのまま、支えを失ったように膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏す。
その後ろに、フードを被った男が、血塗られた剣をぶら下げている。
え?
頭が追い付かない。
しかし、体は反応し、咄嗟に背中の木剣を引き抜こうと柄を掴む。
倒れ伏したファシールの背後にいた男は、その反応よりも早く後ろに飛び退いた。
それを追おうと膝のバネを溜めた次の瞬間。
『きゃー!!!』
一部始終を見ていた周囲の者達から、悲鳴が上がる。
叫び声を上げて、蜂の子を散らしたように駆け出した。
周囲に気を取られ、フードの男に飛び掛かる機を失ってしまい、混乱の中で男を見逃してしまう。
「くそっ!」
男を追うのを諦め、目の前に倒れているファシールに目を向けた。
背中を切り裂かれ、着衣は血で赤黒く濡れ、鈍く光を反射している。
周囲は既に血溜まりが出来ていた。
これは、もう……
顔を上げると、ローブで身を覆った新手の男達が、弓を構えている。
まさに、矢を放つ瞬間だった。
がうんっ!
咄嗟に横飛びに避けると、俺が居た空間だけでなく、その周囲にも矢が射かけられた。
矢が当たった周辺が弾け、炎が飛び散る。木が裂け、炎を纏い、燃え上がった。
ローブの男達は次々に矢を放つ。
あっと言う間に炎が回り、木々が燃え盛る。人々は叫びながら右往左往に逃げ惑い、その様はまさに阿鼻叫喚と呼ぶべき光景であった。
「ユウ、どうしたの!?」
エルナが、妖精、老犬、蜂鳥が、駆けつける。
「エルナ、みんな、逃げ回っている人間達を誘導して、逃がしてくれ!」
それを聞くと、エルナが妖精と老犬に向かって声をかけた。
「みんな、人間達をこっちに誘導して!
道を作る!」
エルナが燃えている木の前に立ち掌をかざすと、次の瞬間に音を立てて炎が消え去る。
それを繰り返して、道をつくって行く。
ローブの男の一人が、そのエルナに向かい矢を放った。
矢はみるみるエルナに迫り―――
ぺいっ
翼の一振で矢をはたき落とした。
続いて、轟音と共に矢が炸裂するが、これも黒い翼で身体を覆い、防いでいる。
……えらく頑丈な翼だな……
一瞬だが、思わず見惚れてしまった。
「ユウ、ぼさっとしないで!」
声のする方を見ると、老犬に跨がった妖精が、錯乱している人間達に声をかけ、誘導している。
リアル世界を見ることができない老犬に代わり、頭上に陣取る蜂鳥が目ざとく人間を見つけ指示し、妖精が声と身振りで行くべき方向を伝える。
いいコンビネーションだ。
これなら、自分は敵に専念してもいいだろう。
似たようなローブを来て武器を構えている一団に向かって突っ込む。
ローブの男達は剣を構え、迎え撃つ様子を示す。その剣身が淡く光を放ち、何らかの力を持つ。
「うらっ!」
まずは木剣に力を込め、力任せに横に薙いだ。
相手は剣を縦にして斬撃を受けるが、力を受けきれずに身体がズレる。
攻撃によりできた隙に、両脇のローブの男達が、左右から俺に挟撃をかけた。
俺は、手近な右から来る男をひとまず蹴飛ばし、木剣を引き戻して左からの攻撃を受ける。
そのまま木剣を構え、次の攻撃に備えるが、そのローブの者達は追わずに、少し退きながら構えていた。
追撃がない?
少し距離をとり、左右に展開したローブを着用した男達が防御的に剣を構え、真ん中の男がいつの間にか弓矢を構えている。
あの、爆発する矢のヤツだろう。
なるほど、接近戦を避け、距離を取りながら、中・遠距離で攻撃をする。
しかし、このやり方では、自分達は
当座の攻撃は回避可能と整理して、周囲に視線を走らせる。
武器を持って展開していると思しい者は全体で十五名くらいか。
全員、同じようなローブを着て、三名一組で行動している。
そして、逃げ惑う人間達には目もくれずに、やたらと周囲に矢を放っていた。
……魔族への攻撃が目的ではない?
もう少し様子を見ていると、火の回りの弱いところや、エルナが鎮火した箇所を目掛けて、焼夷弾みたいな矢を放っている……?
あれは、火を放ち、騒動を大きくすることを目的としている?
え、何のために?
まてまて、話を整理してみよう。
最近、ファシールの様子が変だった。
特に日を追うごとに憔悴して行き、先ほど声をかけたら、何かを告白しようとして、そして殺された。
その後、ローブの者達が、武器を取り出して攻撃を始めた。
しかし、俺やエルナ、老犬なんかを積極的に殺そうとする様子は見られず、どちらかと言うと周囲の火災を大きくするような攻撃を繰り返している。
偶発的に開始された放火。
広がる騒動、逃げずに留まり火を放ち続ける者達。
目的は何だ?
敵の殺傷に重きを置かず、逃げるでもなく、騒ぎを大きくする作戦行動。
……陽動?
そんな単語が頭に浮かぶ。
なんで?
何から目を逸らす必要がある?
陽動とは、もっと計画的に行うものではないか?
いつから始まった?ファシールが殺されたところから始まったのか?
なぜ殺された?ファシールは何を言おうとした?
彼がおかしくなる前後、その言動はどんなだった?
何かに
「てめぇら、なにやってやがる!!」
シーニスが、その子分を連れて現れた。
動揺するローブの者達。
アレが子分を引き連れて来たのなら、ここは離れても大丈夫だろう。
この状況を危険と理解できずにさまよっている子。
「畜生!」
抱き抱えて、とにかく安全を確保する。
だが、このままでは行動できない。
「エルナ!この子を頼む!」
俺を見つけて近寄ってきてくれたエルナに、子供を託す。
「え?ユウはどうするの?」
問い返しながらも、素直に子供を受け取ってくれるエルナ。
「妖精達は、そのまま皆を安全な場所に避難させてくれ!
こないだの祭りの広場でいい!」
妖精達が頷いて応じてくれたのを見届けてから、駆け出しざまに、エルナに向かって叫ぶ。
「ルーパスの様子を見てくる!
今回の騒動の狙いは、あいつかも知れない!」
***
転生したこの身体は、非常に優秀である。人間にはあり得ない身体性能に持久力。
普段の装備のまま百メートルをダッシュして、かるく十秒を切り、そのまま一時間でも走り続けられるだろう。
そんな身体でも、距離の離れた丘の上にあるルーパスの庵に行くのは、少し時間がかかる。
息を切らせながら、丘の中腹を掛け登っていると。
ドーーーン!!
遠くで花火が鳴ったような音が響き渡った。
だが、そんな風流なものではない。
つまるところ、打ち上げ花火と同等以上の爆発が、この丘のどこかで起こった、ということか。
やはり、何かが起こっている―――
肺が焼けるように痛いが、やむを得ない、さらに速度を上げた。
だが、今から助太刀しに行く相手は、仮にも魔王と人から恐れられているほどの存在。
以前、エルナから聞いたことがある。
ルーパスは、シーニスとエルナが二人掛かりで挑んだとしても、傷を負わせることすら難しいだろう、と。
シーニスと死闘を演じている程度の実力の俺が行ったところで、そもそも何かの足しになるのだろうか。
むしろ、足手まといか。
とりあえずは隠れて様子を見て、何かする必要があるかを考えよう。
『ドーーーン!!』
だいぶ近づいた!
あれこれと考えるのを止めて、息を整えながら近づいて行った。
***
人間達から第三魔王領と呼ばれている、生命力に溢れた広大な森。
その森の中の北寄りに見晴らしの良い小高い丘があり、その頂きのあたりに大きな庵が結ばれているのは、あまり知られていない。
その庵の主はルーパス。
人間から第三魔王と後ろ指を指される身であるが、当人はそれにうんざりしていることは、人間達には知られていない。
その丘は東側がなだらかになっていて、ルーパスを知るものは、そちらから頂を目指す。
南側は比較的斜面に凸凹があり、小さな沼沢も存在する。さらに草木も生えていて見通しが悪く、あまり移動に向かない。
ファシールが凶刃にかかっていた頃に、ルーパスは庵の中で考え事をしていた。
どうも、ここ数日、違和感を感じるのだ。
普段はあまり変化のない南側で、妙な気配を感じて、どうも落ち着かない。
とはいえ、先ほど少し様子を見て回ったが、何かを感じられたわけでもない。
(あの人間達が出ていくのは今日とか言っていたな――)
放浪癖のあるルーパスは、この庵を留守にすることも多い。
ただ、今日は人間達が出ていく日のはずで、何か騒動があるかも知れない。
折角、あのユウという変な魔人が画策して穏便にまとまろうとしているのだ、念のため近くにいよう。
そう思い、あの祭りの日にユウが出した、ベーコンとかいう食べ物の作り方を研究していたのだが、その変な気配が気になって集中できない。
だが、外の様子も変化ないようなので、気を取り直し、肉を浸すソミュール液の配合について改めて考えようとして――
ビン。
何処かで、弦を弾く小さな音が聞こえた。
極めて小さな音。
しかし、自然界のものではない、人為的な音。
ルーパスの極めて鋭敏な聴覚は、それを辛うじて拾った。
そして同時に動いた。
がうんっ!!
ルーパスの茅葺きの庵は、一瞬で爆散した。
激しい爆発。巻き込まれたら、ルーパスといえども無事では済まなかったろう。
弦音に気付き即座に反応したこと、そして着弾から起爆まで一瞬の間があったことが、ルーパスに利した。
外に出てすぐ伏せ、獣毛に力を巡らせる。
すぐに、第二、三の矢が射かけられた。
その矢の速度から、普通の人間が射ているものではないことも悟る。
――本気で殺しに来ている。
少なくとも、ここ百年は無かったことだ。
舐めて掛からぬ方が良い。
だが、ここは見通しの良い丘の上。
身を低くしたとて、いい標的だろう。
場所を移動しながら、周囲を探る。
ヒュン、と鋭い風切り音が聞こえ、すぐ傍に突き立ち、半瞬おいて爆発。
音が聞こえるのと、矢が届くのとで、殆ど差を感じられない。
それでこの精度。
凄まじい弓勢に、精妙な技術。
敵が人間と考えるなら、今までにない強敵である可能性を考えねば。
どこだ。
どこから射ている。
五感を研ぎ澄まし、矢と爆風から身を守りながら、敵を探る。
あれか?
低木が数本、肩を寄せ合うような様子で立っている場所、その木の上。
良く見ると、草色の服に、丁寧に植物で偽装した出で立ち。
しかし、わざわざ見つかり辛いようにしているのに、赤い顔をしているのが目立つ。
あれは、仮面か?
何はともあれ、敵の位置は分かった、あとは風のようにそこに至るだけ。
以前、仲間からは風のルーパスと呼ばれていた彼は、自分の速度に絶対の自信を持っていた。だから、敵を捕捉できれば、後はこちらが有利。
そう考えた時、僅かな油断が生じたことに気づかない。
攻撃を避けながら敵を探す。
そこに神経を使い、場所を誘導されていたことに気づかない。
敵が矢を射た。その矢は、ルーパスまで届かず、手前に落ちるだろう。
矢の威力も爆発の威力も分かっているから、それを避けるという必要性に気づかない――
ガヴッ!!
自分と敵を結ぶ直線のやや手前に矢が突き立ち、炸裂する!
これは、
ならば舞い上がった砂塵に紛れて敵に肉薄し、一気に攻めれば良い!
だが、その考えは甘かった。
『ガガガガガガガガ!!!』
凄まじい轟音と共に、足元の大地が光り、割れ目から炎が吹き上がる。
爆薬が埋められていたのだが、そういう戦法に慣れていないルーパスは、咄嗟に何が起こったのか理解が追いつかない。
彼の本能は、足元から来る破壊の気配に対抗して、無意識的に下半身を防御した。
彼の獣毛は強度を増し、どのような鎧よりも強くなり、その骨格は鉄よりも強靭になる。
しかし、その破壊力は絶大であり、強化した彼の身体を蝕みながら、彼の立つ大地を崩した。
爆破により出来た斜面を滑り落ちながら、自分の足は今の爆発で怪我を負い、普段の半分ほども働かないであろうと評価する。
彼の最大の武器、自信の拠り所が、封じられた。
やがて斜面は崖に代わり、少し落下してから、彼の傷ついた後肢が大地を再び踏みしめた。
小さな沼と付近に生える低木、苔むした石に鬱蒼と広がる青い草。
丘の南側中腹あたり、開けてはいるが見通しの悪い盆地に、ルーパスは誘い込まれた。
後肢をぐっと踏みしめる。
鋭い痛みが、足の芯を走り抜けた。
見れば、信頼している自身の毛も所々焦げて縮れ、肉も何ヵ所も抉れている。
骨も折れてないだろうが、細かいヒビくらいは入っているだろう。
敵はどこだ?
周囲を探る。
誘い込まれたのなら、敵もこちらに来ているはず。
罠を発動させたタイミングから移動を開始すれば、そう時間はかからないだろう。
ふと、何かが視界の隅をかすめた気がした。
反射的に目を向けると、青空を
先ほどのルーパスを襲った大爆発。
その衝撃は、この付近一帯を襲った。
普通ならば、鳥は怯え警戒して逃げ去るはず。
人間には、鳥獣に意識を移して操作する、あるいは感覚を乗っ取る術を持つものがいるとか。
であれば、あの鳥は――
「がっ!?」
自分の左前肢か切り裂かれる衝撃に、意識を戻す。
「へえ。まだそれだけ動けるんだ?
流石は魔王サマと呼ばせているだけのことはあるよな、おい?」
赤い仮面のお陰で表情は分からないが、その声音から多分に嘲りの感情を含むことは、良くわかる。
目の前に、
濃緑をベースとした布地に草花で偽装し、丁寧に草色の頭巾まで被っている。
なのに、赤い仮面を被り、身体の外を覆う布地の裏は深紅で、近くて見るとなかなかに派手だ。
「なんだ、変な仮面つけおって。
おまけにそのマントの裏地、趣味が悪いな」
余裕があるようにニヤリと笑ったつもりだが、うまく笑えただろうか?
ルーパスは、まずは会話を仕掛けて、時間稼ぎを試みる。
「ああ?そういえば、こんなダセェ格好のままだったな。
ふ、魔王サマの御前で失礼だったな」
そういって、マントをバサリと裏返し、頭巾と仮面を外す。
仮面は黒い毛髪が着いているようで、仮面と共に毛がばさりと宙を舞った。
「久し振りに素顔を外気に当てられて、気分がいいぜ!
ちょっと自己紹介でもしてみるか?」
仮面の下から出てきたのは、深紅の瞳に深紅の髪。
そしてその額からは、白い小指の先くらいの角があった。
「俺の名はメフル。
征魔
昔から、爆破は得意なのさ。
そして、将来は
だからよ、お前はこれから首だけになってもらうぜ」
そういってルーパスを上から下まで睨めつけ、そしてニヤリと笑った。
異種族ながら、嫌な笑いだな、とルーパスは感じる。
「は、お前如きにそんなことが出来るわけがないだろう。
俺は今まで人間に後れを取ったことなどない。お前一人では、俺を倒すなど到底無理だろう。仲間と一緒に出直して来た方が良いのではないか?」
そう言って、メフルを睨みつける。
「時間稼ぎなんて、大変だな?
だが、ちょっとやそっとの時間稼ぎなんて、何の役にも立たないぜ?」
はっきりと嘲りの表情を見せながら、メフルは腰から鞭を取り出す。
柄を握り力をかけると、鞭が霞んで見えるほど緋色の光が鞭を包む。その美しさは、持ち主に反して気高くすら感じられる。
「さて、続きと行こうぜ。
その身体じゃあ、そう長くは持たないだろうけど、よろしくな」
そう言ってメフルは鞭で足元をピシリと打った。
***
鋭くしなる、赤い光を帯びた鞭の動きと、ルーパスの爪先に生じた歪みの、捻れたように丸まり弾けるような動きが、交錯する。
手の甲で鞭を弾くルーパスの身体の随所に、赤い血と焦げ付いた黒茶が斑を成していた。
急に距離を詰め、懐に入りこんだメフルが、短剣で水平に薙ぐと、一筋の赤光が残像となって残る。
いつもなら身体ごと瞬時に移動し攻撃を避けるが、今はそこに躊躇いが生まれる。
鋭い痛みが足の筋肉の迅速な収斂を阻害し、身体で覚えた動きに合わずリズムが狂うのだ。
それでも、リズムを落とし確実な動作で行動を組み立てることで、致命的な怪我は防げている。豊富な戦闘経験の賜物、と言えよう。
しかし、それもいつまで持つか。
ルーパスは、彼にしては珍しい焦りに似た感情が、胸の裡に生じていた。
対するメフルも焦れていた。
彼としては、失敗のないように、周到に準備したつもりだ。
危険を冒し近くまで接近、気取られない距離で身を潜め、意識をシンクロした烏でルーパスを監視した。
わざわざ不在を狙って急斜面付近に大規模な炸薬を仕掛け、これで仕留めきれなかった場合の備えで斜面を下った中腹にある狭隘な地形に誘導。
更に、この盆地にも仕掛けを施し、追い込んでから発動させ確実に仕留めるよう策を巡らせている。
正に万全。
と、考えていたのだが……
実際のところ、徐々に追い詰めてはいるものの、未だ仕留められていない。
焦れる。
それがメフルの偽らざる思いである。
いらつくんだよっ!!
頭の中で毒づきながら、鞭を鋭く振り抜く。
焦れたメフルが放つ、いつもより少しだけ鋭い一撃。
焦りを抱えているルーパスは、今までより僅かに速いその一撃に、必要以上に大きなモーションで身をかわす。
その程度では、問題にもならない。
普段なら。
だが、足を負傷したルーパスは、僅かにバランスを崩す。
それを見たメフルは、勝負時と見て、全力で踏み込む。そのまま、構えた短剣を真っ直ぐに突き出した。
「死ね!!」
ぎぃん!!
メフルの狙い済ました一撃は、しかし緑色の髪をした魔人に邪魔をされた。
咄嗟に飛び出して正解だった、とユウはビビりながらも、ほっとする。
そのまま、精一杯力を籠めた紫色に光を放つ木剣で、追撃してきた短剣を跳ね退ける。
(だが畜生!まるで勝算の立たないまま飛び出しちまった!)
心の中で叫ぶ。
しばらく前から繁みの影で様子を窺っていたが、まるで付け入る隙が見当たらない。
当然だ。
これは、魔王と、魔王を倒しに来た戦士の戦い。
一介の魔人風情が介入して良いわけがない。
せいぜい、戦闘シーンに彩りを添える雑魚キャラの位置である。
魔王の敵対者に向き合うなど、分を弁えぬ、と言うものだろう。
(お前、何しに来た?)
後ろからこそこそ声が聞こえる。
無論、役に立たない援軍の正気を問うているのだろう。
(様子を見に来て、思わず飛び出しちゃったんだよ……かなり危なそうだったらさ)
(耳が痛い話だが、出てきてもあまり状況は変わらないのは分かっているだろう)
こちらこそ耳が痛い。ていうか、こっちの世界でも耳が痛いとか言うのか。
攻め込まれたら終わる。
不安を押し殺しつつ、正面を睨む。
その
怪しい闖入者に警戒して様子を見ている――わけでもなさそうだ。
こちらを、胡乱な目で見ている。
しばらくしてから、メフルが口を開いた。
「おい、そこのお前――額に小角がある魔人?
お前は何者だ?」
「お前にそんなことを答える必要があるのか?」
とりあえず、挑発しすぎない程度に返答する。
顔をしかめたメフルは、額にかかる、燃えるような赤髪をかき上げた。
浅黒い肌をした額が剥き出しになり、そこに白い小さな角が見える。
俺の額に生えるそれと同じような角が。
え?
全身に動揺が走る。
あれは?
同族?あるいは関係者?
それとも、魔人はそういうものだとか?
小さい角のレア度はどうなんだ?
分からない、情報がなさすぎる。
そもそも、外見が人間に近い魔人というものは、エルナくらいしか知らない。
この遭遇が何を意味するのかが分からない。
動揺がまともに表情や挙動に現れていたのだろう。
メフルの顔が笑みの形に歪む。
嫌な笑い方だ。
「なにをみっともなく動揺していやがるんだ?
お前もアレか?樹の家で生まれ変わったクチか?」
背筋に衝撃が走る。
この世界に放り出されて、初めて何らかの事情を知っていそうな存在。
「は!間違いはなさそうだな。
遅参者、か。しかも、状況も何も分かってない、間抜け面かよ。
笑えるな、ははっ!!」
そう言ってメフルは顔を更に卑しく歪め、右手を構えなおす。
握られた赤い鞭が、再び緩やかに緋色の光を纏い始める。
俺は、茫然とそれを眺めるしかできなかった。
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