第25話 対戦:エルナ
街道の中継点であるコヴァニエ砦。
ユウはその名を知らない砦に、騎乗した数名の戦士達が速度を緩め、入り口の前に立つ。
すぐに砦の門の扉が、大きく軋みながら音を立てて引き上げられた。
門の中には、不揃いな小汚ない装備に身を固めた男達が雁首を並べ立っている。
その先頭に、眼光鋭い男が立つ。
男は、背は高くないが横幅があり、その頑健な体に武骨な鎖を巻き付けていた。
腰には長剣が乱暴に差してある。
その山賊の頭領のような風体の男が、騎乗した戦士達に向かい歩みより、そして言う。
「メフル殿、そして仲間の方々。
お待ちしておりました」
騎馬の戦士達の中央にいる者が、騎乗したまま一歩前に出た。
「ご苦労」
くぐもった声で答える。
その者は赤い仮面を被っており、声がこもり聞こえづらい。
(確か、顔の皮膚が爛れていて、空気に晒さないためとか言っていたが……)
まっとうな戦士にとって、顔は己を誇示するための象徴であり、醜くかろうが世間に見せつけるべきもの。
それが出来ないのは、どこか後ろぐらい物を抱えているため。
この砦の戦士長を勤める男はそう信じて疑わず、この仮面で素顔を隠した胡散臭い男のことは決して信じない。
だが、彼の雇用者たる
この胡散臭い強者を油断なき目で観察しつつ、その役目に従い戦士団を砦に迎え入れた。
***
コヴァニエ砦に戦士団が迎え入れられた頃、その砦を遠くで眺めている者達がいた。
どぉん、と大きな地響きを立て、足を踏み鳴らし、ギギギギ、と嫌な軋み音をさせて歯軋りをしたその魔人は、憤懣やる方なく言った。
「クソがぁ!
あいつら、あいつら、あいつらぁ……!!」
シーニスは、その怒りをもて余す。
あの妖精のチビと、はぐれ魔人が逃れてきた砦に捕らえられていたという数多の魔人達。
シーニスも知る者達のはずだ。
それを知った時は、即座に報復に向かうべきとルーパスに訴えた。
当然、ルーパスはシーニスと怒りを共にして、即座に砦を攻める。
そう信じていた。
だが。
『あいつらは、俺のいいつけを破って勝手に街道に出て、勝手に暴れて、勝手に捕まった。
自己責任だ』
ルーパスはそう言って、背を向けた。
「なら、ナメられたまま、そのままかよ……!!!」
シーニスは怒りでおかしくなりそうだった。
だが、いま同調する者達だけで突撃しても、勝ち目がないことは、シーニスにも分かっている。
だからこそ、ルーパスを捲き込みたいのだ。
「ゆるせねぇ……!!」
目をむき出し、涎が垂れるままに、歯をぎちぎちと鳴らしながら、シーニスは砦を睨み続けた。
シーニスとユウが出会う三日ほど前の出来事だった。
***
目を閉じる。
息を深く吐き、全身を意識する。
鼓動を感じ、そのリズムに従い、静かに体中の細胞を動かすように感覚を開いてゆく。
やがて体の中で痺れるような感覚が生まれ、徐々にそれが高まる。
少しずつ息を吸い込む。
体幹に力が少しずつ満ち行き、そこを起点として徐々に体に循環するよう意識する。
流れ始めた力は腕から掌を通して木剣に流れ込んで行き―――
バヂッ
木剣の刀身に光が弾けた。
そのまま、木剣も体の一部であるように力を循環させる。
木剣はやがて薄く、青白い光を纏い、微かな火花を散らしながら、徐々に光が剣身を舐めるように広がった。
「できた……」
静かに光を放つ木剣を見て、目の奥がじんと染みる。
ここまでたどり着けた。
俺にも出来たんだ……
正直、そもそも本当に自分に可能なのか、そこが分からないままに続けていたため、嬉しさもひとしおであった。
「やったじゃん!
ユウも、頑張った甲斐があったね!」
遊びに来ていたエルナも、手放しで喜んでくれた。
エルナは、自分で森の娘、とか言っていたが、確かにこの森の魔人達の中ではかなり顔が利く。
そんな立場のエルナが、はぐれ魔人扱いの俺を気にかけてくれるのか、不思議ではある。
ひょっとして、ルーパスとかに言われて、俺を監視しているのだろうか?
そう考えると、理解できてむしろスッキリする。
もし、そうだとすると、仮にも魔王と人から呼ばれるほどのルーパスが指名しているのだ。
やはり、かなりな手練れなのだろう、
と考えざるを得ない。
妖精と笑いながら話している様子からは、まったく想像できないが。
気を取り直して、再び木剣に力を送り込んでみる。
バシッと火花が散った。
意識を集中すれば、ここまでは再現できそうだ。
気怠そうに片目を開けてこちらを見る老犬が、ゆっくりと言う。
「ユウ。砦に復讐をしたいか?」
「もちろん、それが目的だからな。
それがどうかしたのか?」
「ドウカシタノカ、だと!?
眠てぇこと言ってんじゃねぇぞ?」
突然、老犬の頭から蜂鳥の頭が生えて、けたたましく
「聞いたところによると、シーニスのヤツがもうガマンができねぇって話だぜ。
あちこちに声かけて、じきにケンカ売りにいくってウワサだ」
「間に合わないのではないかと思ってな」
「本当かよ!」
甲高い声で
なんてこった。
俺が手を出す前にあの砦が落とされたら、俺の目的がなくなっちまう。
それが本当だとしたら、こんな火花を散らして喜んでいる場合ではない。
焦る俺に、老犬が提案した。
「エルナ、ユウの相手をしてみないか?」
「へ?」
老犬の唐突な提案に、少し間の抜けた声で返すエルナ。
「実戦の方が良い経験ができる」
「ジイサンは、ユウとエルナを戦わせて、ユウにそのブキをもっと使えるようになれって言ってんだよ!
まったく、ジイサンもしゃべりがカクカクして分かりヅレぇ」
老犬の言葉を蜂鳥が補足してくれる。
きょとんとした顔のエルナに、聞いてみる。
「エルナって、戦えるのか?」
びっくりした顔でこちらを見たエルナは、そのままニマ~っと笑って言った。
「あ、そんなこと言っちゃうんだ?
そしたらちょっと試して見ちゃう?」
「ああ、ちょっと試させてくれ」
ちょうど、見張りとしての疑いをかけていたこともある。
エルナの実力を、見せてもらうことにした。
***
「それじゃあ、ここでいいかな?」
少し開けていて、上に邪魔な木もない場所に移動し、エルナと対峙する。
エルナの特徴的な角と翼にやや威圧を感じるが、それ以外は、見た目は背の高い女の子である。
素手の様だが、そもそも戦えるのだろうか?
「それじゃあ、行くよー!」
呑気な笑顔で手を振ってくる。
細かいルールはない。
相手が敗けを認めたら終わり。
あとはなるべく怪我をさせないように、というだけだ。
さて、どんな試合になるのか?
ひとまず木剣を正眼に構えてみる。
元柔道部だから本職ではないが、隣の剣道部とじゃれていた時に型くらいは覚えた。
ふわり。
突然、何の前触れもなく、エルナが浮き上がった。
風とか吹いて無いんですけど?
相変わらず、気象条件を無視したような飛び方だよな。
エルナはその大きな黒い翼を広げると、垂直方向に浮かび上がる。
羽ばたいてすらいない。
まるで下から上に風が吹いているように、翼が膨れている。
いや、実際に強い上昇気流があるのだろう、砂埃や葉っぱなんかも巻き上がってある。
茫然と見ている間に、あっという間に小さくなったエルナ。
その間、ものの数秒であろう。
「気をつけてねー!」
そんな声が聞こえた気がした。
ざくっ!!
凄まじい音を立てて、目の前で土煙が立ち上る。
ややあって土煙が薄れてくると、目の前の地面が抉れているのが見えてきた。
……え……?
これを、あのエルナがやったのか?
上空を見ると、先程よりは低い位置で滞空しているエルナがニヤニヤと笑っていた。
次の瞬間、上空に在るエルナがぼやけた。
急降下!?
咄嗟にバックステップで飛び退くと、そこを黒い影が通りすぎ、やや遅れて風が通りすぎる。
あれだけ高い所にいては、攻撃する手段がない。
あんなに早く動かれては、
というか、そもそも目で追えていない。
まったく相手にならないんですけど!?
「く!」
慌てて木剣を構え直し、精神を集中させ……
ごばぁ!!
そんな暇はないと言わんばかりに、目の前の地面が爆ぜた!
これは、確実にわざと攻撃を外している、つまり手加減されているわけで。
それでも、その手加減の一撃をまともに食らったら、一発で再起不能になること請け合いで。
油断をついてカウンターを狙おうにも、そもそも相手が見えないので。
つまるところ、この訓練の目的であるところの、実戦形式で木剣バチバチを使うなど、まるで見込みがない。
……それでも!
気を取り直し、木剣を構える。
キッ、とエルナを睨み、気持ちをこの試合に集中させる。
「来い!」
それを聞いたエルナはニヤと笑い、手を上げて下降体勢に入る。
……なんとしても、エルナの動きを見切り、その上で木剣を叩き込む!
「うおおおぉぉぉ!!」
――結果を言えば、そのあと三回ほどの攻撃で俺がエルナの攻撃に巻き込まれて気絶、試合日終了。
エルナに完敗し、今日は終わるのだった。
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