第24話 停滞と前進

「ふんっ!」


気合いと共に、木剣に力を籠めるイメージを作る。

木剣は―――何の変化もない。

そう簡単には行かないだろうと思ったが、手応えのなさにガックリくる。


「ユウー、できたー?」


てこてこと歩いてきた少年が声を掛けてくる。

俺は、力なく左右に首をふる。


「新しい事は、何事も時間を要するものだ。

やむを得まい」

「ケー!なさけねー!

やるんじゃなかったのか!

しっかりしろ!」


励ましと罵声が同時に聞こえ、その声のする方向から、老犬が歩いてくるのが見える。それと、老犬の上でぴょこぴょこしている蜂鳥と。


言い返すこともできずに、溜め息をつく。

これが、今の俺の生活である。


今から二週間前。

森で老紳士に出会い、木剣を正しく使えるようになる、という目標を持ったのは良いが、問題があった。

練習の場所である。


砦を観察していたのは、森の外れ。

砦を見やすい分、見つかりやすくもある。

木剣をびかびか光らせたりしたら、流石に見つかり警戒されるだろう。


では、と、森の奥に移動したら、今度はシーニスが黙っていないだろう。

敵意ありとして絡まれたら、練習どころではなくなる。


居場所が欲しい。

久しぶりにそう、切に思った。


ならば神樹の家に戻れば良いのだが、あの居心地の良い環境に戻るよりも、報復の対象に近い、この場所で練習を続けたい。

そうでなくてはならない気がする。

ひょっとしたら、またあの老紳士に出会い、何かを教えて貰えるかも知れない、という、淡い期待もある。


どの面下げて、という気持ちはあったが、まずはエルナに頭を下げた。

自由に、なんて贅沢は言わない。

魔人達の里の外れで構わない。

とにかく、どこかに居ることを許可して欲しいから、ルーパスに渡りをつけて欲しい、と。


エルナは快く承諾してくれたし、ルーパスも今度は何も言わずに受け入れてくれた。

そして、今に至る。


額に流れる汗を拭う。

むせるほどの緑の匂いの中、夏の陽気に晒されながら体を動かすので、汗が止まらない。

森の中を吹き抜ける風が爽やかで、少し気を緩めて涼しさを感じる。


「うまく行かないな……」


本来、どれほど修行して体得するものなのか知らないが、復讐という目的のある身としては、焦らずにはいられない。


「頑張ってる?」


鮮やかなオレンジ色をした、筆柿のような形の実が生った木の枝を片手にぶらさげて、エルナが現れた。


その黒い革の服から伸びた手足の白い肌を、惜しげもなく夏の日差しに晒しているが、日に焼ける気配もない。

その特徴的な黒い翼と額の角を除いても、不思議な存在だな、と改めて思う。


エルナは手に持った枝からフルーツをもぎ取り、投げてよこす。

俺はフルーツを受け取り、その先端を齧り取ると、中から酸味と甘味が程よく混じりあった果汁が溢れ出し、喉を潤してくれた。


「なかなか上手くいかないもんだ」


溜め息まじりに愚痴を漏らす。


「あたしもやってみていい?」


目を輝かせながら、エルナがにじりよってきた。

俺は黙って、木剣を放って寄越す。

ぱし、と小気味良い音を立て掌に納めたエルナは、俺の構えを真似る。


「エルナがんばれ!」

「無理はするな」

「ソイツには負けるんじゃねえぞ!」


妖精と犬と鳥が、思い思いに囃し立てるのを聞きながら、エルナは目を閉じて集中し―――何も起こらなかった。


「あははー、やっぱり何も起こらないねぇ」


照れ笑いしながら、こっちを向く。

夏の日差しのせいか、その屈託のない笑顔が、やけに眩しい。

そのエルナに向かい、老犬が呟くように言う。


「エルナ。

そのまま、爪で切り裂く感覚を試してみてくれんか」


一瞬、きょとんとしてから、再び木剣を構えて目を閉じ、集中する。

やがて、木剣から陽炎のような揺らめきが生じたように見えた。


バヂッ!


一瞬だけ、青白い火花が剣身に走る。

エルナがびっくりした表情で、木剣を見る。

いや、俺こそが、一番驚いた表情をしていただろう。


「すごいや!

ボクもやってみたい!」


少年がはしゃいで、エルナからひったくるように木剣を受け取った。


「チビスケ、お前は白炎を出す感覚でな。剣の内側に、だ」


再び、老犬がアドバイスを送った。

少年は木剣を両手で構える。

しばらく、うーうーと唸ってから、やがて木剣の刃先に線香花火のような音と光が現れた。


「やった!出たよ!」


おおはしゃぎで駆け回る。


驚いたのは俺である。

二週間ほども試行錯誤して出来なかったことを、あっさりと実現されたのだ。

悔しさを感じる前に、驚きで何も言えない。

老犬に聞いてみる。


「これは、どう言うことだ?

どうして、そんな助言ができた?」

「私は、普通の者達が見る景色は見えない。だが、違うものが見える」


老犬は、その瞳と白目の境が不分明な眼でこちらを見ながら答えた。


「それが何かは分からない。

生き物に巡る力の流れ。

他者の言葉を聞くと、私が見ているのはそんなモノのようだ」


そう言いながら、少し首をかしげ、ゆったりと尾を振る。


「魔人も、一部の人間も、大きな力を使う時は、この流れが大きくなり、外に向かう。

お前が会った老人の語った言葉から推測し、エルナとチビスケに試して貰った」


そう言うと、老犬は顎を地べたにペタンとつけて黙った。


エルナの方は知らないが、少年の幻炎とは、あの色彩豊かな幻の炎のことだろう。


「なあ、あの幻の炎って、どうやって出すんだ?

コツとか分かるか?」


「うーん、あの炎出すのって、何も考えないで出来たからなぁ。

どうやってやるのか、うまく言えないや」


少年は困った顔で頬をかいた。

エルナの方を見ると、やっぱり困った顔をしている。

意識してやっていることではないのだろう。

とすると、残る手立てはひとつ。

俺は、老犬に頭を下げた。


「なあ、悪いが、俺の練習に付き合って貰えないだろうか。

あんたの目で、俺の体内の力の流れとやらがどう動くのかを、確認して欲しいんだ」


老犬は、寝そべった状態で片目だけあけてこちらを一瞥し、また閉じた。


「ああ。

良いだろう」


流れで犬に教えを乞うことになってしまったが、切実な問題であるため、この際そこはどうでもいい。なんとか、この機会をモノにしなくてはならないのだ。


眠そうにアクビをする老犬を見て不安になる心を、視線をそっと空に向けて誤魔化すのだった。


***


丹田を意識し、呼吸を静かに、深く。

重心を低くし、円を描くように両腕を丸く形造り、両の掌を胸の前に。

両手に循環するイメージをして、掌の間に熱をイメージする。


しばらくして、掌が仄かに暖かくなるような感覚が芽生えた。

それを育てるように保ちながら―――


「どうだ、少しは力が流れたんじゃないか?」


期待をこめて、そばでだらしなく地べたに寝そべる老犬に話しかけた。


面倒臭そうに顔を少し持ち上げ、片目で俺を見遣り、ふんと鼻息をついて顔を左右に振る。


漫画や映画の記憶をたどって、それっぽいことをしてみたが、やはり効果はなく。


「だめか~~~」


あれから一週間、俺は思い付くことをあれこれと試してみたが、未だ糸口すら見えていなかった。

ふう、と構えを解いて、地面に座り込む。


「おい、そんなチンタラやってたら、日が暮れちまうゾ!」 


馴れ馴れしく頭に止まり、甲高い声で囀ずる。

自称、森の情報通の蜂鳥さんだ。

頻繁に食事をとらないと行けないらしく、しょっちゅう飛び回っては花の蜜を吸っている。


口は悪く、更に口数が多いため、やかましい。

けれど、こいつも森のなかで色々、力の使い方について聞いて回ってくれているらしい。成果はないが。

気はいいやつ―――なのだろう。

口は悪いが。


「なかなか上手くいかないもんだね」


俺が勝手に筆柿モドキと呼んでいるフルーツをちゅうちゅうと飲みながら、妖精がやってきた。

そのまま、俺の隣に座り込む。


雲のまばらな、透き通るような青空を見上げながら、さてどうしたもんかとぼぉっと考えた。

隣では、妖精が、こぶりな幻炎で器用にお手玉をしている。


「面白いもんだな。

熱くないと分かっていても、なんか不思議な感じがするよ」


少年はにかっと笑い、幻炎のお手玉を一つなげて寄越す。

慌てて両手で受け取ろうとするが、掌の上に乗ると、熱も重さも感じられないままに、空中で溶けてしまう。


「本当に熱くない……」


もう一つ、幻炎を寄越して貰う。

熱くないと体で理解した後で、落ち着いて掌中の白い炎が溶けていくように消える有り様を眺めてみると、その幻想的な美しさをしみじみと感じる。


「なあ、試しに俺の体を、その幻の炎で包んでみてくれないか?」


ふと思いついて、妖精少年に頼んでみた。

悪戯心による気分転換。


応じてくれた少年は、近寄って俺に両手をかざす。

自分の体が炎に包まれるという不思議を体験する。

自分が燃えているのに、全く熱くなく、体表面の変化もない。

違和感と言えば、全身がビリビリと微量の痺れに似た感覚を覚える程度。


全身にビリビリした感覚……ん?

改めて自分の体内に意識を向ける。

目を閉じ、体内感覚に集中。


微量の痺れというか、微細な振動?

全身に行き渡り、循環し……鼓動と微細な振動が混じりあい、心臓に熱量を感じる。


この感覚……ひょっとして、これが求めていた感覚なのだろうか。


ふいに、その微量の痺れ的な感覚がなくなった。

目を開けると、体を覆う炎は消えており、不思議そうな目で少年が俺を見ている。


再び目を閉じて、先程の感覚を思い出す。

こう、心臓が少しだけ熱を持ち、それが微細な振動となって全身に浸透して行き……


ぴく、と老犬が顔を上げる。


「ユウ。少し力に反応がある。

僅かだが、力が動いた」


やった!


思わず、両の拳を握り、喜んだ。

僅かばかりの進捗だが、それでも前進だ。


「待っていやがれ、砦のゴロツキどもめ」


顔がねじれたような笑みを浮かべつつ、改めて木剣を構えた。

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