第122話 何かを決めてこそ会議
View of ライノール=ミリア=ヒルマテル ヒエーレッソ王国公爵 王弟
「今年も無事、魔王国の連中を撃退することに成功しましたな」
「いやはや、毎年のこととは言え、この時期が来ると本当にほっとしますな」
「おっしゃる通りですな。オロ神聖国の方々には感謝してもしきれないというものです」
会議の場で朗らかに話をしている大臣達に気付かれぬように、私は小さくため息をつく。
会議……いや、これは会議ではないな。
意味の無い雑談……生産性が何もない、雑音を垂れ流しているだけに過ぎない時間。
嬉々として雑音を垂れ流している連中は、本当に気分が良いのだろうか?
少なくともそれを聞かされるこちらは、無為な時間を過ごすことへの苦痛しか感じないのだが……これならばまだ、ろうそくに火をつけて蝋が溶けてなくなるまでじっと見つめ続ける方が有意義な時間の過ごし方と言えるかもしれない。
まぁ、残念ながら今日の会議……的な何かには参加しなければならなかったので仕方がない。
正直とっとと本題に入りたかったが、こんな実の無い会話を繰り広げている連中とは言え、一応は我が国の大臣格。
公爵である私よりも遥かに権力を握っている……まぁ、張りぼてに過ぎない権力ではあるが。
……落ち着け。
いくら同じ話題が三周目に突入したからと言って苛立ってばかりはいられない。
それに連中の口が軽くなればなるほど、有益な情報がポロリと零れ落ちる事も……ゼロではないしな。
「それにしても、我が国の西方軍にはもっと神聖国軍の強さを見習ってほしいものですな」
「全くです。何かといっては装備を人をと、金を使う事ばかり考えて。大した成果も挙げられていないというのに……」
命を賭けて国を守ってくれている西方軍に対してその言いざま……陛下は瞑目しているが、ダメだな。
見る者が見れば、煮えたぎる怒りを必死に押し殺しているようにしか見えない。
しかし……それは私も同じだ。
込み上げる怒りを噛み殺す様に、陛下と同じように瞑目する。
「そういえば、最近は金を寄越せと西方将軍が言ってきませんな?」
「いい加減弁えたのではないですかな?高々魔物相手に我が国の軍の大半を回しているのです。金が無くとも戦えるでしょう」
ぬくぬくと王城でだべる以外にやる事の無いお前達が、戦働きなぞしたことのないお前達が何を偉そうに……そう思うが、私も戦働きはしたことが無いので同じ穴の狢といったところか。
だがそれでも、カウルン殿を始めとした勇士たちに敬意は持っているし、彼らのような厚顔無恥な振る舞いは出来ない。
「はっはっは、ようやく戦いの何たるかを学んだのでは?」
「我が国の将軍も質が落ちたものですなぁ」
「だからこそ神聖国に頼っている訳で……まぁ、仕方のない事ではありますな」
西方から物資の要求がなくなったのは、ドラゴンの素材を少しずつ帝国に流しているのと、エインヘリアとの塩の取引で出た儲けを回しているからだ。
財務の大臣と副大臣は神聖国派だが、特に仕事はしていないので実務のトップである事務次官をこちら側に引き込み上手く処理してもらっている。
神聖国にバレる可能性もあるが、現時点で何も言って来ていないのであればもう問題はない。
エインヘリアが勝たなければ、遅かれ早かれ我々は破滅するのだから。
「魔王国軍と戦っていた主力は既に神聖国に戻ってしまいましたが、西の国境付近を守って下さっている軍は残っておりますからな。西方将軍の所にいる兵も減らして良いのでは?」
「……それは流石にマズいのでは?あの地は最激戦区と呼ばれる地ですし、数を減らしてしまえば、もし大量の魔物が攻め寄せてきた場合、神聖国軍の援軍が間に合わずに抜かれるやもしれません」
「大層な砦を築いているのだ。そのくらいは耐えて欲しいものだがな」
……エインヘリアの王に頼んだら、耳栓の魔道具とか譲ってもらえないだろうか?
怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
陛下はよく毎回これに参加出来るものだ……。
いや、外遊を理由にこれを陛下にずっと押し付けているのは私だが。
「しかし、神聖国も少し忙しくなりそうではありませんか。レグリア王国の……何と言いましたか?」
「エレンなんとかでしたな、確か。神聖国に宣戦布告をするとは正気の沙汰とは思えませんな」
「まぁ、どうせすぐに神聖国に潰されるのでしょうが、そのせいで我が国への援軍が手薄になるかもしれないのは頂けないですな」
エインヘリアの名すら覚えていないか。
隣国の事だぞ?
正気か?
そう思いはするが、この連中にとって大事なのは自分達の事だけ。
神聖国は自分達の安全と権力を保証してくれる宗主国……無邪気にそんな風に考えているのだろう。
連中にとってこの国はただの盾。
自国の領内に魔王国軍を踏み込ませたくない、ただそれだけの存在価値しか認められていない……都合の良い戦場でしかないのだ。
まぁ、これ程までにお気楽に生きていけたら、さぞ幸せな人生を歩めることだろう。
この生活が永遠に続けば、だが。
「失礼、少し宜しいかな?」
折よくエインヘリアと神聖国の戦争の話が出たので私は口を挟むことにした。
これ以上この連中の話を聞くのは精神衛生上よくない……とっとと用事を済ませてしまおう。
「……どうかされましたかな?ヒルマテル公爵」
普段会議にて発言することなどない私が声を上げた事に、大臣達が驚きの表情で固まる中、宰相が私の方を見ながら口を開く。
「実は、さるお方から招待状を預かっておりましてな」
「ふむ、どこぞでパーティでもされるのですかな?」
せせら笑うような表情でこちらを見ながら言う大臣。
お前達にパーティをする余裕などないだろう……とでも言いたげだな。
そんな大臣に私はにっこりと微笑みながら告げる。
「えぇ、とても大きなパーティです。場所は……オロ神聖国」
私の言葉に大臣達の顔色が変わる。
まぁ、それも当然の話だ。
彼らはオロ神聖国と繋がる事で自らの権勢を盤石の者としている。
だというのに王族の一員……王派閥の筆頭である私が、オロ神聖国との繋がりがあるかのように振舞ったのだ。
心中穏やかではいられまい。
「……ヒルマテル公爵。さるお方というのは……?」
「私の口からは申せませんが、皆様も御存知の方かと」
まぁ、先程の話し振りでは、殆どの者がエインヘリアの王のことなぞ知らないだろうが……隣国の王なのだから知っていて当然だ。
「それは……」
「まぁ、お待ちください。誰か……というのはこの際置いておきましょう。今重要なのは何への招待状なのかということです」
送り主について知りたそうな連中を切って捨て、話を先に進める。
「これは、戦場への招待状です。エインヘリアとオロ神聖国の」
「せ、戦場!?まさか、援軍の派遣要請で!?」
顔色を変えて叫ぶのは、軍務大臣。
まぁ、文官出の大臣なので軍務に関しては兵卒にも劣るだろうし、文官としては……まぁ、これだけのポストにいる以上、時制を見る目だけはあったのだろう。
「いえいえ、違いますよ。かの国が我々の援軍を必要とする筈がないではありませんか。これは戦場を見学にこないか?という誘いです」
「戦場を……見学?」
意味が分からないという表情で首を傾げる軍務大臣。
……まぁ、今回ばかりは大臣達の気持ちもよく分かる。
「実は、今回の戦争……オロ神聖国内が戦場となるのですが、聞くところによると一つの戦場に聖騎士を四人も投入するらしいのです」
「聖騎士を四人も!?」
驚きの声を上げたのは大臣ではなく宰相。
これも無理はないだろう。
聖騎士は聖地守護という名目で殆ど聖地から離れる事がなく、近年で言えば、帝国との戦い以外で聖騎士が戦場に姿を見せた事はないのだ。
周囲で大臣達が顔色を変えながら話をするのも、決して大げさな反応ではない。
「そんな戦場に何故……?」
「戦場と言っても、それなりに離れた位置から観戦するといった感じですね。狙いは……間違いなく自国の強さを見せつける事でしょう」
「しかしそれは……」
離れているとはいえ戦場に向かうという事に尻込みしているのだろうが……ここで首を縦に振らないと、強制連行になってしまうのだぞ?
私としては苦労が減る分それでも良いのだが……。
「招待状とは言いましたが、かの国から渡された物です。強制……そう考えた方がよろしいかと」
「「……」」
私の言葉に恐怖を顔に張りつけながら口を噤む大臣達。
甘い汁を吸わせて貰っている分、オロ神聖国の恐ろしさは彼らの方が知り尽くしている事だろう。
「ただ問題もありまして、非公式での観戦となりますので、あまり大人数での移動は出来ません。相手側に見つかってしまうと厄介なことになりかねませんしね。一応護衛は向こうからも出してくれるとのことですが、こちらからは護衛と給仕を入れても百は連れて行けないかと」
「……そんな人数で戦場まで移動などと、自殺行為では……」
「ならば断わりますか?」
「いや……それは……」
当然、この者達は神聖国からの命令には逆らえない。
逆らえば首を挿げ替えられるだけだからな……まぁ、今回の件は断ってもそんな事には絶対にならないが。
「招待を受けた以上私は行きますが、宰相と……最低でも大臣方の内五名は同道して頂きたい」
「「……」」
「指定された場所までは距離もありますし、可能な限り早く出立せねばなりません。すぐにでも準備を始めねば開戦に間に合わないでしょう」
「し、しかしですな、ヒルマテル公爵」
「この招待状が私の元に来た意味をお考え下さい」
私の言葉に宰相も大臣も顔色を悪くする。
実に良い気味だと思うし……陛下も表には出していないが、私には分かる。
アレはかなり喜んでいるな。
近年稀にみる程白熱した話し合いが会議場で行われ、この日の夜には見学会の参加者が決まり、私は屋敷に滞在しているエインヘリアの手の者に参加者のリストを渡した。
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