第120話 我が知略の輝きを見ろ
さて、ふと思いつきでエインヘリアとはどんな国か……というよりもうちの武力を正しく認識してもらう為の見学会の開催を決めてしまったわけだが、レヴィアナ達の反応は意外と悪くなかった。
いや、最初……見学会の説明をするまでは全員警戒していた感じだったけど、説明してみれば良い案だと乗り気になってくれていた。
キリク達が合流すればもっと簡単に、エインヘリアとは……ってのを伝えられると思うけど、可能な限りキリク達が到着する前にこの地にエインヘリアという存在を刻み付けておきたい。
現在うちの事を舐めていないのは、ランティクス帝国上層部の一部とヒエーレッソ王国の王族と最激戦区に詰める連中くらい。
正直、キリク達基準で考えれば少なすぎるって感じだろう。
いや、ゲーム時代を基準にしてくれれば……一周目のエインヘリアであれば、一年でそこまで勢力は伸ばせなかったけど……いや、キリク達に周回の記憶はないからそれは通じないか。
うん。
覇王ムーブのせいでハードルが高くなりすぎている……完全に俺のせいだが、やるしかない。
可能な限り、エインヘリアという存在を周囲に刻み付ける……その為の見学会だ。
この見学会が終われば、エインヘリア……いや、俺の事を帝国上層部やヒエーレッソの上層部は正しく認識して、侮る事はけしてなくなるだろう。
そのくらいのものを見せつけなきゃならんけど、その辺りのエンターテイメント、俺に上手く出来るだろうか?
エリア系魔法をぶっ放すのは派手だけど……使用回数の制限を考えると、エンターテイメントに使うのはちょっと勇気がいる。
しかし、流石に戦場にかぶりつきの席を用意する訳にもいかないし、安全が確保できる距離って考えると、迫力に欠けるというか……って感じだもんな。
軍と軍がぶつかり合えば多少離れていても迫力はあるんだろうけど、こっちは覇王の一騎駆けって感じだからな。
うん、やはり魔法を利用したエンターテイメントは外せないな。
いっちょエリア系ぶっぱするか!
「フェルズ?」
テーブルの上にいた体長三十センチほどのムカデ……アシェラートが頭を傾げるように傾けながら俺の名を呼ぶ。
「っと、すまん。少し集中力に欠けていたな」
俺は今、自室でアシェラートにこの大陸の文字を教えてもらっていた。
丁寧に教えてくれているというのにまるっきり別の事を考えるとか、失礼にも程があるよな。
「いや、疲れているなら今日は止めておくか?」
「大丈夫だ。少し次の戦の事を考えてしまった。すまないな、折角教えてくれているというのに」
「気にすることはない。お前の忙しさはこの地に来てよく理解出来た。これ程までに動き回るからこそ、人は発展してきたのだと思ったよ」
アシェラートには城や城下町を自由に見学して良いと許可を出しているのだが、基本的にアシェラートは自分の事を知っている相手がいる場所に、しかもちゃんと一言許可を取ってから見学に行っている。
体を小さくしてこっそり覗く様な事はしない……やろうと思えばどこにでも忍び込めるだろうに、本当に義理堅いというか紳士なムカデだ。
「人とそれ以外の生物の最大の違いはそこだろうな。俺達は今以上に明日以降を見て生きている。勿論、今しか見ることが出来ない、そんな余裕はないという者も少なからずいるが……個々人では無く種族全体で見れば、やはりそうなのだろうな」
「私は個として完結している。外的要因で死ぬことはあるだろうが、老いや病といったもので死ぬことはほぼ無いだろう。故に前に進む、先を見据えるといった事は考えた事もなかった。蜥蜴共も似たようなものだが、奴等は弱いからな……外的要因でぽんぽん死ぬ。その癖態度だけはでかいのだから本当に連中の頭はどうかしているな」
アシェラートって最初にあった時からそんな雰囲気はあったけど、ドラゴンの事嫌っているっていうか、見下しているよね?
俺もこの世界のドラゴンって微妙だなぁって思ってるけど……かなり前にフィオが理知的なドラゴンもいる的なこと言ってたし、残念ドラゴンばかりではないと思うんだけど。
俺が見たことあるドラゴンって二匹だけだし、まだそれだけでドラゴンイコールアホと判断するのは早計というものだ。
アシェラートはアホなドラゴンを俺以上に見ているみたいだけど……。
「いや、蜥蜴はどうでも良い。私自身は己の身一つで完結してしまっていたから、こうして人の営みを見ていると……色々と思うところが出てくるな」
「ほう?」
いつになく真剣な様子のアシェラートに俺は頷く。
因みにだが、こうやってアシェラートと話をすること自体、勉強の一つとなっていたりする。
何故なら……今俺は翻訳の指輪を外しているからね!
なんとこの覇王……既にこちらの大陸の言葉がペラペラなのである。
何がヤバいって、このフェルズのスペックよ!
翻訳の指輪を外してアシェラートの授業を受ける……初日は流石に訳分らんちんだったけど、二回目の授業ではあれ?なんとなく分かるぞ?となり、三回目の授業では聞き取りはほぼ完璧に、四回目の授業でウィットに富んだジョークさえ可能となったのだ。
今は文字を教えてもらっているところだけど、読むのはほぼマスター……書く方も公文書が書けるくらいにまで達してしまっている。
恐らくこの授業も終わりが近いだろう。
もうね、過去イチ覇王フェルズのスペックの高さを実感してしまったかもしれない。
中身はフェルズじゃないただのゲーマーだから、勉強なんて絶対無理と思っていたけど……やればできる子だった。
いや、出来すぎだけど……やはりあれか、知略上げておいて良かったという事だな。
……そんな事よりアシェラートの話に集中しないと。
「私は人ではないが……その営みの中で過ごしてみたいと思うようになった。今はフェルズのお陰でこうして人の世を見ることが出来ているが……」
そこでアシェラートは口籠るように言葉を止めて体を揺らす。
言い難そうだな。
「……外側から見るのではなく、内側に入ってみたい。そういうことだな?」
俺の言葉に少し体を硬直させたアシェラートだったが、やがてコクリと頭を下げる。
「人の世の忙しなさ、それをこの目で見ることが出来たのはお前が誘ってくれたからこそ。だが、間近でそれを見てしまったが故、憧れてしまったのだ」
「何も悪い事ではないと思うぞ?憧れというのは前に進むための原動力の一つだ。人は憧れ……あるいは希望を持つからこそ前に進み、ここまで発展してきた。先程アシェラートは個として完結していると言っていたが……真に閉じた輪の中に居て、己の身一つで完結していたのであれば、憧れなんてものを持つはずがないのだからな」
「そう……だな」
「アシェラート、お前はその閉じた輪から一歩踏み出した。それは成長だ。俺はお前の成長を嬉しく思う」
「……」
自分の心境の変化に戸惑っている様子もあるけど、俺としては悪い事ではないように思う。
しかし、同時に避けられない大問題がある。
「だが、今のお前の姿で人の世に溶け込むのは……難しいだろう」
「あぁ、理解している」
この城に勤めている人達は、アシェラートが俺の客と知っているからあからさまな態度は取らないけど、それでも苦手意識を持っている者は少なくない。
皆表には出さないようにしているし、不意打ち気味でなければほぼ問題なく対応出来ているけど、ふとした拍子に発露してしまう事は……流石に仕方ないだろう。
しかし、アシェラートの望みを叶えるなら、まずそこをどうにかしないとな。
「以前……人の姿に化けられないかという話をしただろう?その研究を進めてみないか?」
「それも考えてはみたのだが……自らの姿を変えて人の世に入り込むというのは、周囲の者達全てを欺いているという事になるだろう?それは果たして正しい行いと言えるのか?隣人に対して誠実であると言えるのか?」
「くくっ……アシェラートは真面目だな」
そうは言ったけど……確かにアシェラートの言う通りって気もする。
どう言い繕ってもアシェラートがムカデである事には違いなく、その姿を隠して人の世に溶け込んだとしても異物であることに違いはない。
何より真面目なアシェラートは、周囲の者を騙しているという罪悪感を常に感じてしまうに違いない。
若干落ち込んだように見えるアシェラート……確かにその姿はムカデだが、実に人間味あふれる姿でもある。
友人として、落ち込む姿を放置することは出来ない。
アシェラートが罪悪感を感じず、その上で人の世に溶け込む方法……何かないか?
……そもそも、ムカデであることを隠さなければ良いのでは?
「例えばだが……」
そう口にすると、俺を見上げるように顔を上げるアシェラート。
「アシェラートが俺の知らぬ土地、知らぬ人々と暮らしたいというのであれば、アシェラートの言うように不誠実なやり方をしなければ難しいと思う。だが、エインヘリア……俺の国であれば、アシェラートがムカデであったとしても人の中で暮らしていけるようにしてやれると思う」
「エインヘリアであれば……?」
「仮に人に化ける技術を会得したとしても、アシェラートの本来の姿……こちらも大々的に見せてしまえば良い。何なら国中を本来の姿で飛び回っても構わん。最初は畏れられるかもしれんが、恐らくすぐに受け入れられると思うぞ?言い方はあれだが、エインヘリアの民は非常識に耐性があるからな」
「耐性……?」
頭を傾げるアシェラートに俺は普段通りの笑みを見せる。
俺の関係者だと公表してしまえば、うちの本国……向こうの大陸であれば高確率で受け入れてもらえるだろう。
バンガゴンガに任せればうまく間を取りなしてくれるだろうし、アシェラートの性格なら最初の一歩さえ踏み越えてしまえば、すぐに慕われるようになるだろう。
現に、この城でもレヴィアナと結構仲良くしているみたいだしね。
「あぁ。エインヘリアという国において、アシェラートという存在は確かにオンリーワンではあるが、規格外という意味では埋没していると言っても過言ではない。お前という存在を受け入れる土壌は間違いなく有る。それに、エインヘリア本国の俺の部下なら、間違いなくそのままの姿でもお前を人と同等に扱うだろう」
「色々と聞いてはいたが、面白そうな国というべきか、恐ろしい国というべきか……判断に迷うな」
「くくっ……非日常なんてものは一週間も続けば日常になる。そして一年も続けば、それが一年前までなかったことすら忘れる。人というのはそんなものだ。エインヘリアの民はそれを良く知っている」
俺は肩を竦めながら言葉を続ける。
アシェラートは真面目だが、こちらもそれに引っ張られて深刻になるよりは軽い感じで構えていた方が良い。
それに、常識を粉々にして再構築するのはエインヘリアのお家芸みたいなもんだ。
巨大な空飛ぶムカデくらいすぐに受け入れてくれるし、人の姿に化けれるようになればなにも気にしなくなるだろう。
「あと半年もすれば迎えが来る。魔法や人体に詳しい者もいるし、きっと人に化ける方法を得られる筈だ。悩むならそれを得てからでも遅くはないが……まぁ、その頃はエインヘリアがどういう国なのか十分理解出来ていると思うからな。杞憂だったと笑い話になっている可能性が非常に高いぞ?」
「……ははっ、そうか……うん、分かった。お前の自慢の国……エインヘリアをこの目で見ることを楽しみにしているとしよう」
「あぁ、絶対に損はさせないと約束しよう。俺としてはアシェラートが人に化けたらどんな姿になるのかも楽しみだ」
バンガゴンガみたいな巨体になるのか……それとも逆にちんまくなったりするのだろうか?
あれ?
そういえばアシェラートって雄?雌?
ムカデって雌雄あったよね?
いや、そもそも人に化けるのだから雌雄自在?
「ははっ、そうだな。フェルズを魅了出来る位の姿になってやりたいものだな」
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