第119話 こちらにも届いてます



View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子





「ぶはははははははは!あの野郎!本気かよ!」


 エインヘリアから届いた書簡を読んだ陛下が品の無い笑い声をあげる。


 これは最悪の状況と言えるだろう。


 陛下がこれほど機嫌よく他国の王から届いた書状を読んでいるのだ、確実にその中身は碌でもない事……いや、陛下好みの悪ふざけの類がそこにかかれているに違いない。


 エインヘリア王は陛下と違い非常に理知的で道理を弁えた信用のおける方と聞いていたが……陛下がこれほど上機嫌になるような話を持って来るのだ。


 やはり英雄は英雄……十分警戒が必要な相手のようだ。


「なるほど……面白れぇ手だ。だが、これは恐らく俺達の方はついでだな。本当の狙いはヒエーレッソ王国か?それともレグリアの元貴族共か?」


 自らの顎をさすりながら、明らかに悪だくみをしている表情で陛下が言う。


 ヒエーレッソ王国?


 最西南に位置する小国だが、運が悪い事に魔王国軍の進軍経路の先にある国だ。


 国境の防衛自体はオロ神聖国の連中がやっているようだが……同盟とは名ばかりのほぼ属国のような扱いの国だった筈。


 その国を狙っている……?


 内陸にある国からすれば、海を持っているという旨みはあるが……それ以上に魔王国軍の進軍経路上にある時点でデメリットがメリットを大きく上回っている。


 エインヘリアが何か仕掛けるとしても、その狙いは何だ?


 オロ神聖国からの離反……?


 いや、あの国を寝返らせたところで、オロ神聖国は痛くもかゆくもないだろう。


 オロ神聖国にとってあの国は盾以上の価値はない。


 自国を戦場にしない……それさえ叶えば、寧ろ独力で魔王国軍と戦ってくれた方が良いとさえ思っている筈だ。


 そんなあってもなくても良い場所に手を伸ばしたところで……。


「あまり奴の思考を追おうとするなよ?」


「……何故でしょうか?」


 私の顔色を読み取った陛下が肩を竦めながらそんなことを言う。


「お前は優秀だがあくまで只人。英雄の……いや、英雄という枠さえ飛び越えているアイツの思考を追いかければ、確実にドツボに嵌る。只人の損得と俺達英雄の損得はかけ離れているからな。無駄にその考えを追えば、今度は逆に只人を相手にする時に読み違えるようになるぞ?」


「……そういうものでしょうか?」


「流れや行動自体を読むなと言っている訳じゃない、考え方や価値観……そういったところを読もうとすれば絶対に間違える。いや、アイツだったら、思考を読もうとする事自体を利用しかねない。力一辺倒の英雄には出来ない芸当だが、頭に能力を割り振った英雄であれば、それこそ未来を一度見て来たんじゃないかってくらい、周りを自由自在に操り、望む結果を手繰り寄せるからな。だからこそ、俺は目の前にある事実を追いかけろと昔から言っているんだ」


 頭に能力を割り振った英雄……以前、帝国と正面からぶつかり合った小国にいたという英雄のことだろう。


 全てを見透かす様な陛下をもってしても、二度と戦いたくないし顔も見たくないと言わしめた英雄。


 その英雄の策略によって我が国はかつてない程被害を出し、多くの人材を失ったらしい。


 たかが小国のいち英雄に翻弄される。


 凄まじい屈辱を覚えただろうが、その感情さえも利用され更なる深みへと落とされたそうだ。


 我が国が極端な現実主義となったのは、かの英雄との戦いが原因の一つとされている……大国一つの考え方、思想を決定してしまうほど件の英雄は強烈だったのだろう。


 そしてエインヘリア王はそれと同等か、あるいはそれ以上の存在であると陛下は言っているのだ。


「……肝に銘じます」


「あぁ、それがいい。あの時もそうだったが、あの手の手合いを相手にする時は、大身である俺達はどっしりと構え、振り回されないように堅実に進めれば良い。被害は出るだろうが、堅実な一手は簡単には崩れないからこそ堅実と言われるんだ」


「はい」


「まぁ、その堅実な一手を正面から粉砕するのが英雄なんだがな」


「……」


 どうしろというのだ。


「なに、簡単な話だ。英雄の相手は英雄にさせておけ」


 そう言って、皇帝というよりも野盗の首領のような野性的な笑みを見せる陛下。


 身も蓋もない話だが、それが一番賢いやり方だという事はこうして英雄の父を持つ身としては痛い程理解出来てしまっている。


「……英雄のスカウト強化は勿論、民から英雄の候補を集める政策をそろそろ通すべき時期かもしれませんね」


「我が国の人口は大陸一だからな。問題はその候補がオロ神教の信徒だったりしないかってところだ」


「本当に厄介な連中です。締め出したいのに締め出せない……」


「思想ってのは一度食い込まれちまったら、排除しようとして出来るもんじゃねぇからな。それこそ、教皇や大司教を含む聖地の生臭共を一掃したとしても、大陸に根を張るオロ神教とその信徒は残る。そして各地で殉教した教皇たちの為に蜂起するだろうよ」


 さしもの陛下も、オロ神教のことを語る時は表情が苦々しいものになる。


 誰もが畏れ敬う英雄帝であっても、オロ神教という宗教勢力は手に余るということだ。


 そんな連中相手に宣戦布告をしたエインヘリア……。


「エインヘリアは、あの連中とどう戦うつもりなのでしょうか?」


「さぁな。アイツが、ただ教皇たちの首を獲ればそれで勝利だなんて馬鹿なことを考えるような奴じゃない事は確かだ。やりようによってはこの大陸中が荒れまくるが……まさかそれが狙いじゃねぇだろうな?」


「それは……なんとも不穏な話ではありませんか?もしやその書状に何か……」


 私が身を乗り出すと、陛下は一瞬きょとんとした表情を見せた後破顔した。


「いや、すまん。冗談だ。アイツはそういうタイプじゃない。アレはなんというか……敵国の民の事も、いずれ自分の民となるのだから無下には扱わない。そんな甘い事を考え、実践してしまう様な奴だ。そんな奴が、いたずらに混乱を拡大するような真似はしないだろうよ」


「しかし……オロ神教相手となると、なりふり構わず動く可能性もあるのでは?本国に帰ってしまえば関係ないと……そんな風に考えるのではありませんか?」


 所詮は他人事。


 狂信者となったオロ神教の信徒がどれだけ暴れようと、遠く離れた大陸にあるエインヘリア本国に影響はない。


 そう考え、この大陸そのものを無茶苦茶にする可能性は否めない。


 もしオロ神教が暴走したら、我が国もその対応に追われるだろう。


 その結果……次の春にやってくる魔王国軍を防ぐ力がなくなり……山のこちら側は魔王国軍に蹂躙される。


 エインヘリアからすれば、魔王国軍がオロ神教の信徒諸共山のこちら側を蹂躙してくれれば御の字といったところだろう。


「……エインヘリアの民からすれば、この大陸に住む全員が王を攫った咎人と言えるかもしれん。レグリア王国のアレコレは、うちとオロ神聖国のいざこざの縮図だし、あの国がそこまで疲弊したのは魔王国も含めたこの大陸全体の流れによるものだからな」


「暴論だとは思いますが、これは私達がどう考えるかではなく向こうがどう考えるか……その可能性はけしてゼロではない」


「その通りだ。だが、アイツは自身に誓って責任を波及させるつもりはないと口にした。アレがそう口にした以上、絶対にその言葉は違えまい。ここで面白いのは、普通であればそういう人物を狂っていると称するのだが、アレはそれを叶えるだけの力を持っているということだな」


 それを面白いと思えるのは陛下くらい……そう思うと同時に、エインヘリア王の事をこれ以上ないくらい好意的に評価している陛下の姿に、若干面白くない感情が芽生える。


「陛下の読み通りであれば、聖人君子と呼ばれるに値する人物ですね」


「おいおい、よりにもよって聖人なんていうなよ。アイツは今それを認定している連中に宣戦布告したところだぞ?」


 聖人認定をしているのはオロ神教の連中だ。


 認定されると、神聖国あるいはオロ神教内において大司教クラスの発言権を有する事になるそうだが……現教皇が就任して以降、聖人認定された者は一人としていない。


 まぁ、あの人の良さそうな笑みを作る事にかけてはこの大陸で間違いなくトップであろう血塗れ教皇であれば、わざわざ常任されていない権力者を作る様な真似はしないだろう。


 そんな事を考えていると陛下がニヤニヤしながらこちらを見ている事に気付き、少しバツが悪くなってしまった。


 エインヘリア王に対する感情を読み取られてしまったのだろう。


「お前とミザリー、大臣と将軍からも何人か……俺は確定として、あと何人位ならいけっかな……」


 確実に悪だくみをしている表情で、何やら不穏な呟きを漏らす陛下。


「何の話ですか?」


「この書簡はな、招待状だ」


「招待状?」


 私が首をかしげると、エインヘリアからの書簡を放り投げてよこす陛下。


 正式に送られて来た書簡をぞんざいに扱った事に対し文句を言いたくなったが、それよりも先程から陛下の浮かべているいやらしい笑みが……早く書簡を見た方が良いと告げている。


 何もなかったことにして、このまま書簡を見ずに部屋から出ていきたかったが、今逃げたところで意味は全く無い。


 私は覚悟を決めて書簡に目を落とし……途方に暮れる事になった。


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