第118話 エインヘリアは突如降りかかってくる



View of ライノール=ミリア=ヒルマテル ヒエーレッソ王国公爵 王弟






 陛下に呼び出された私が部屋に入ると、非常に難しい表情をしながら陛下が書簡に目を落としていた。


「お呼びとの事でしたが……お忙しいようでしたら、少し時間を遅らせますか?」


「いや、すまない。届いた書簡の扱いに困ってな」


 私が声をかけると顔を上げ、書簡をテーブルの上に置いた陛下が疲れたような笑みを向けてくる。


「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」


「あぁ、書類関係を見るのが本当に辛くなったな。なんというか……焦点が合わないというかぼやけるというか……」


 目元をほぐす様に指で揉む陛下。


 私もその気持ちが分かる年齢だが、幸いにして陛下と比べれば書類を見る機会が少ないこともあり、そこまで不自由はしていない。


「まぁ、目が辛い以上に……この書簡の内容が厳しいものなのだがな」


 テーブルに置いた書簡を私の方へ押し出しながら陛下が言う。


 これは書簡を確認しろという事だろう。


「失礼します……あぁ、なるほど」


 書簡を手に取り、すぐに気付く。


 内容はまだ確認できていないが、この書簡の差出人が誰なのか分かった時点で陛下が難しい表情をしている理由を悟る。


 書簡の差出人はエインヘリア王。


 先日ふらりと我が国の最激戦区と呼ばれる西の砦に現れ、二度に渡って国の危機を救ってくれた英雄。


 その時点で既に返しきれないだけの恩があるのだが、その上、レグリア王国時代に開発された魔道具と燃料である魔石の提供。


 そしてその魔道具を使用して作った塩を適正価格で買い取ってくれるという、こちらに得しかない取引まで持ちかけてくれた御仁だ。


 この繋がりは神聖国にバレるとマズいこともあり、いくつかの海沿いの寒村を使って細々と塩を作っているのだが、それでも元手のかからない魔道具の効果は凄まじく、非常に大きな儲けが齎されている。


 最近頭を悩ませているのは、製塩作業をしてくれている寒村の者達への手当だ。


 表向きに出来ない事情があるため、労役として製塩作業をさせる事も難しいし、あまり礼金を出してしまうと急激に羽振りが良くなり周りから目をつけられる。


 かと言って、金を渡しておいて使うなと言っても効果は無いだろう。


 ならば発覚を避けるため、作業をしてくれている者達への見返りは最低限としなくてはならない。


 儲けを考えれば、搾取と呼ぶにふさわしい程度にしか支払えていないが、それでも作業をしている者達からはありがたがられている。


 まぁ、オロ神聖国の極限まで価格を下げた買取金額を考えれば、確実に生活の一助となっているからだろう。


 エインヘリアとオロ神聖国の戦争に決着がつけば……いや、正確にはエインヘリアがオロ神聖国に勝てば、今まで抑えていた分も還元出来るだろうが……それが何時になるかはまだ分からない。


 我が国が陛下の元に意思が統一出来ていれば、色々と還元してやれることもあるのだが……残念なことに現在の上層部は神聖国派によって掌握されている為、下手に動けばかなりマズい事になる。


 今、連中にエインヘリア王との繋がりを壊されるわけにはいかない。


 まぁ、神聖国派の連中は今の所エインヘリアのことなぞ眼中にないだろうが。


 季節が巡り、ようやく魔王国とのにらみ合いが解け、連中は山の向こうに引き返していった。


 魔王国と神聖国の連中が睨み合っている隙をついて、エインヘリアは事を構えるべきだと思うが、あの自信満々なエインヘリア王は真正面からオロ神聖国とぶつかり合うつもりなのだ。


 正直無謀としか思えないが……森の王の一角であるドラゴンをあっさりと切り捨て、更には森の王と呼ぶにふさわしいムカデを自陣に引き入れた手腕。


 力も知も運も、常人とは次元の違う……あんな姿を見せつけられて、手を取らないという判断が出来る訳がない。


 いや、戦事に疎い私だけであれば、あるいはオロ神聖国の聖騎士という存在……同等の英雄という存在を恐れ、その手を握る事が出来なかったかもしれないが……。


 そんな事を考えながら、渡された書簡に目を通した。


 ……。


「どう思う?」


「……」


 書簡から顔を上げた私を待ち構えていた陛下が尋ねて来た。


 書簡に目を通しながらも必死に別の事を考えていたのだが……現実と向き合わなければならない様だ。


「これは、援軍要請……ではないのですよね?」


「……兵は道中の護衛程度で十分。参戦する必要もないし、軍旗も国旗も用意する必要はない。そう書いてあるな」


「……」


 あまり見たくはないのだが……私は再び書簡に目を落とす。


 そこにはエインヘリア王の署名と、エインヘリア見学・体験会なる文字が記載されていた。


「こちらの大陸では我がエインヘリアの事を、正しく認識されていないことを危惧している。何せ、我がエインヘリアのこの大陸における領土は非常に小さい。そして小領故、我が国を侮る者が貴国にも少なからずいる事だろう。その事自体を責めるつもりは一切ないが、だからと言ってふざけた態度を取られれば、俺は王としてそれ相応の対応を取らねばならない」


 私が序文を口にすると、陛下の眉間に深い皺が刻まれる。


 エインヘリアがオロ神聖国に宣戦布告したことは、既にエインヘリアより正式に通達があった。


 当然、神聖国派の連中は冷ややか……というよりも明らかに馬鹿にした様子でその知らせを聞いていたし、会議の場に相応しくない口さがない様子を見せていた。


 私はそれをヒヤヒヤして聞いていたし、陛下も余計なことを言いださないかと戦々恐々としていた事だろう。


 確かにこの書簡にある通り、エインヘリアの事を誤認している者は少なくない……いや、大多数を占めている。


 更に上層部の殆どがオロ神聖国に迎合している今、エインヘリアに対して余計なことをしでかさないとは言い難い。


 エインヘリア王と交わした契約は、製塩に関する魔道具と塩の取引……それからオロ神聖国が我が国の防衛が出来なくなるにあたり、代替としての援軍派遣に関してだ。


 塩の取引ではかなりの金額を既に受け取っているが、それを軍事費に使う事はまだできない。


 しかし、来年の雪解けの時期にはまた魔王国軍が攻め込んで来るし、何より最激戦区以外の土地にも魔物への備えは必要……援軍を送ってもらわねば、我が国は来年を待たずして魔物に滅ぼされかねない。


 勿論、今でかい顔をしている貴族連中はこの約定の事を知らないし、我々もそれを知らせるつもりはない。


 エインヘリア王はこちらの事情を最大限汲んでくれている……いや、我々がどっちつかずな対応をしている事を許してくれており、我々はそれに甘え切っている。


 正直健全とは言い難いが、我が国の状況はもう一歩踏み込んで動くことを許さない。


 乾坤一擲すら、もはや打つ事は出来ない。


 少しでも動けば、確実に陛下諸共消される……その状況でのこの誘い。


「我がエインヘリアにおいて武力とはその力の一端に過ぎず、この一点だけを見てエインヘリアとはどういう国なのかを判断してもらいたくはない。しかし、同時に面倒な輩を簡単に黙らせることが出来る単純かつ明快な手段であることも否めない。故に、幸運にもオロ神聖国との第一戦が目前に迫っている事を利用させて貰おうと思う。エインヘリアとオロ神聖国の戦争……ここに観覧席を設ける事にした。一人や二人等とケチなことは言わない。希望の人数を事前に伝えてくれれば、席を用意しておこう」


 口に出して読んでみても内容は変わらない。


 エインヘリア王の署名が記されていなければ、狂人の戯言と一笑に付すような内容だが……私の脳裏には皮肉気な笑みを浮かべながら、それでいて虚言なぞ一切言わないと言った雰囲気のエインヘリア王の姿が浮かぶ。


「どうする?」


「この最後の一文……無論貴国の事情は重々承知している。当然、貴殿等がいくら言おうと、上層部の者達が観覧に向かうことはないだろう。だから、こちらの手の者に強制的に観覧席に招待させる事も吝かではない……これは大臣達を拉致するという事でしょうか?」


「私にはそう読めたな」


 私にもそうとしか読めません。


「……エインヘリアが勝つのであれば、首に縄をうってでも連れて行く必要があるかと……」


 私がそう言うと、陛下は目元を抑えながら大きくため息をついた。


「勝つのだろう?」


「私には、エインヘリア王が負ける姿を想像出来ません。そしてそれはカウルン殿も同じでしょう」


 陛下の頭を抱える姿に申し訳なさを覚えるが、こう言うに他ないのも確か。


「正気の沙汰とは思えないが……誰を送り込むか、真剣に考えなければならないか。しかし、これ程訳の分からない書状が国家間でやり取りされるとはな……」


「それこそ序文にあった、エインヘリアを知らぬが故……なのでしょうな」


 肩を竦めながら言う私を、陛下は恨めしそうに睨んでいた。


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