第117話 常識とは、時代によって変化するもの


 

「大司教二名の殉教を発表して……その後はどうするのでしょうか?」


 ランカークの言葉に、俺はウルルから聞いている情報を伝える。


「義勇軍……というか、殉教の発表により信徒が自主的に聖戦に参加するらしい。既にそれがどの程度集まるかも分かっているようだが、その予測が下回る事はないそうだ。それと、主力となる聖騎士と神殿騎士団は既に集めている。第一から第五神殿騎士団を動員して南西部国境付近の平原に布陣するらしいぞ」


 オロ神聖国の神殿騎士というのは所謂正騎士で、個々人の武力よりも指揮官としての働きがメインとなる。


 一つの騎士団に神殿騎士がそれぞれ二十から百前後所属しており、その下の一般兵も含めほぼ全員が敬虔なオロ神教の信徒らしいが……それぞれの騎士団は最低でも一万の兵力を有しているとのことだ。


 分かっていたことだけど……信徒、多いなぁ。


「第一から第五……ランティクス帝国との国境がかなり手薄になりますね。流石に帝国が動くのでは?」


 将軍という立場で、ランティクス帝国とオロ神聖国の長い争いの歴史を見て来たランカークが難しい表情をしながら言う。


 帝国の参戦は、普通に考えれば望むところだけど……今回に限っては俺が手出し無用と突っぱねているからね。


 生真面目なランカークとしては、俺の予定が崩れかねないのが心配なのだろう。


「動くだろうな。といっても、国としては動かない……というか動かないように厳命している。だが、暴走する馬鹿は何処にでもいるからな。手薄になっているオロ神聖国の領土を掠め取ろうと、一部の貴族共が動くはずだ」


「功を持って命に背いた罪を帳消しにすると……大国であろうと小国であろうと、阿呆の考える事は変わりませんなぁ」


 俺の言葉にレイフォンが朗らかな笑みを浮かべながら言う。


「命令違反といえど、功を上げた奴を罰することは難しいからな。だが、今回に限って言えば……戦果が罪を帳消しに出来る程上がる事はない。ランティクス帝国上層部の狙いは、うちとの良好な関係を築くことだからな」


「というか、帝国の上層部はあえてそれを伏せて、抑えつけるようにオロ神聖国に攻め入るなと通達しているのでしょうな」


「……暴発させるためにですか?」


 少し驚いたように目を見開きながらレイフォンに問いかけるランカーク。


 ランカークからすれば、国の命令に従わない貴族も、それを見越して粛清しようとしている国も信じがたいのだろう。


「どんな国も……いや、大国だからこそ、権力を持った馬鹿が生まれてしまいますからな。減らせる時に減らすに越したことはないでしょう」


 やはり爽やかな笑みを浮かべながら、酷い事を言うレイフォン……だけど、帝国上層部の狙いは正にそうだろうし、レイフォンが特別あくどいという訳ではない。


 まぁ、爽やかに、朗らかにそう言ってのけるレイフォンは、まごうことなくあくどいけどね。


 ランカークは若干顔引き攣ってるし。


「ランティクス帝国には色々と我慢してもらっているからな。それくらいの役得くらいはあってもいいだろう。アホが多少参戦してきたところで俺の計画は狂わないしな」


「おや、私はてっきり、アホ共を利用してランティクス帝国に吹っ掛けるとばかり……」


「くくっ……その必要はない。向こうも何か言われることくらいは予想している筈だ。ならば、何も言わず相手の狙いを外し、貸しにしておく方が良いだろう?」


「なるほど、相手の用意した餌は食わないと。確かに連中からすれば、それが一番気味悪いでしょうなぁ」


 ニコニコしながらレイフォンが言う……大嫌いなオロ神聖国との開戦が目前に迫って、機嫌の良さが半端ないな。


「あの国は少しやきもきさせるくらいで丁度いいだろう。皇帝やここに来た使節団の連中は別として、まだこちらに懐疑的な連中の方が多いようだしな」


「無理もないでしょうな。ランティクス帝国の連中は現実的な考え方を第一としています。陛下という存在も、海の向こうにあるエインヘリア本国も、実際に目にしたわけではありませんからな」


「現実的過ぎるのも考え物だな。世の全てを知り尽くしている訳でもあるまい」


 俺が肩を竦めながら言うと、レイフォンだけではなく会議に参加している全員が苦笑するような笑みを浮かべる。


 情報に踊らされないってのも強みではあるけど、それ一辺倒では危険すぎるよね。


 塩梅は難しいけど、柔軟に対応しないと……まぁ、合議色の強い帝国では難しいかもだけど。


 強いトップに頼らないやり方は、長い目で見れば安定を生むだろうけど緩やかに腐っていくやり方でもある。


 責任の分散は、重大な物事に取り組んでいるという意識さえも分散してしまうからね……薄まった緊張感は油断と腐敗を生む。


 まぁ、独裁の場合はアホがトップに立ったり、賢くても大ポカをすればあっという間に国が傾くけどね。


 どんなやり方も一長一短。


 完璧な政治体系なんて存在しないのだろうね。


「さて、話が逸れたな。神聖国は南の平原に戦力を集める。騎士団は先程述べたとおりだが、更に聖騎士を四名投入するそうだ」


「陛下一人に対して四名ですか……教皇は、最大限警戒をしているつもりなのでしょうな」


「そのようだな」


 レイフォンの言葉に俺が肩を竦めると、ランカークが真剣な表情で口を開く。


「聖騎士が四名……普段は聖地を守護するという名目で、ランティクス帝国との大戦くらいにしか聖騎士は出ません。それも、精々一人か二人……国内での戦とはいえ、四名もの聖騎士が一つの戦場に集まるのは史上初めてのことかもしれません」


「英雄は我が強いですからなぁ。一つの戦場に固めておいたとしても、まともに機能するとは思えません。それぞれが勝手に動いて、全ての盤面を破壊するくらいしか有効には使えないでしょうな」


「レイフォンは随分と英雄が嫌いなようだな」


 軽蔑の色を滲ませるレイフォンに俺が言うと、至極真面目な顔で頷かれた。


「えぇ。連中は自分の力がこの世の全てとでも思っているように振舞いますからな。本当に傲慢で面倒で厄介な連中です」


「なるほど。俺は英雄ではないから、連中の考え方や在り方、それに連中に向けられる感情とは無縁だが……戦術や戦略を考える上で勝手な動きをする駒は、使い難くて面倒だな」


 俺がそう言って肩を竦めると、レイフォンがこれ見よがしに大きくため息をつく。


「私は陛下の事を敬愛すると同時に、これ以上ないくらいに英雄という称号に相応しい方だと思っております」


「ほう?」


 それはつまり、俺の事を敬愛しながらも嫌いであると……ツンデレさんめ。


「幸いにして、陛下は自ら策を立案し自らも駒として使うタイプですし、ウルル様は陛下の立てた筋道を違えるような方ではありません。心の底から安心して見ていられますな」


「お前以外がそう口にしたのなら見ていないで働けと言うところだが……国内の教会と元貴族共はどうだ?」


 レイフォンに限らず、今会議に参加している連中は……こちらが心配になるくらい働いているんだよね。


 まぁ、オロ神聖国の件が片付くまでは……ゆっくり休んでくれとも言えないのが辛いところだ。


「教会はオロ神聖国に近い西側の一部は確実に、元貴族も目をつけていた連中は挙兵の準備を進めていますな。しかし、こちらの陣容が陣容ですからな……教会はともかく元貴族連中は最終的に挙兵するかどうかは微妙なところかと」


 こちらの陣容ね。


 まぁ、後背をつきたい貴族連中からすれば、今回のうちの陣容は動きにくいものだろうな。


 今回エインヘリアからオロ神聖国領に攻め込むのは……軍と呼ぶにはあまりにも……って感じだからな。


「普通に考えれば、我々がどれほど戦力をかき集めたとしても、相手の五分の一も集められないでしょう。だというのに、オロ神聖国は五つもの神殿騎士団と四名の聖騎士を導入。そこに国内の教会勢力と元貴族共が蜂起すれば……まぁ、確実に我々は跡形もなく粉砕されるでしょう」


「なるほど、この大陸の常識ではそうなのだな」


 元の大陸でも、エインヘリア以外の常識はそうだったかもしれないけど……まぁ、大陸の半分はエインヘリアだし、常識と言っても差し支えないだろう。


 少なくとも英雄四人でうちの子達を抑えられるとは、フィリア率いるスラージアン帝国の人間は考えていないだろうし、俺達相手に数万の一般兵を並べたところで何の役にも立たないと理解している。


 うん、やっぱどう考えてもうちの大陸の共通認識だね。


「この戦いが終われば……陛下の、エインヘリアの常識がこの大陸の常識となるのでしょうな」


「ふむ……なるほど、レイフォン。確かにその通りだな」


 しみじみと呟いたレイフォンの台詞に、俺は一つ案を思いつく。


 そんな俺の様子を怪訝そうに見る会議の出席者達。


「本来であれば、このままオロ神聖国に殴りかかる予定だったが……少々予定を変えるとしよう」


「こ、これからですか?」


「向こうは準備を整えていたとは言え、一応向こうに連絡が届いてから一ヵ月後に攻めると宣言しているからな。それまでぼーっとしているのも勿体ない」


 ちょっとした思い付きではあるけど、今後の事を考えれば悪い案ではない筈だ。


 俺が皮肉気に笑ってみせると……ランカークとエリストン、そしてレインは憂鬱そうに、レヴィアナは頭が痛いとでも言いたげな表情を……レイフォンは……何処か面白がるような笑みを浮かべた。


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