第116話 ゆるさんぞぅ



「昨夜はお楽しみでしたね」


 もしフィオが以前のように昨日の俺を覗くことが出来ていたら……そんなことを言ったのではないだろうか?


 張りつけたような笑みを浮かべながら。


 それを想像した俺は身震いをしてしまう。


 いや、誓って言うが……フィオに顔向けできないようなアレコレはしていない……と思う。


 ……いや、ウルルが俺の膝の上に座ってくっついている姿を傍から見れば、浮気だと断じられても無理もないと思うが……夜の覇王的なアレではなく、昼の兵卒……いや、夕方の小隊長くらいの段階だと思う。


 そう。


 アレはそういうアレではないのだ。


 この覇王逃げも隠れもしない。


 フィオに怒られた場合、全力で土下座をしつつ謝り倒す所存!


 浮気じゃないんです!


 ウルルが望んだご褒美だったんです!


 俺としては、うちの子達が望んだことは全力で応えてあげたいんです!


 だからそう!


 覇王的に疚しい気持ちは……ごほん。


 いや、ほんと……マジこっちに召喚した連中許さんからな!


 ガチのガチ……ガチムチな感じで許さんからな!


 俺はオロ神聖国とその上層部をぶっ飛ばすと改めて心に誓った。


 さて、そんな物騒なことを考えながら俺は会議室に向かっている。


 傍に居るのは、メイドとして微に入り細を穿つ世話をしてくれているプレア。


 彼女の献身的なサポートのお陰で、エインヘリアの城に比べて色々と不便なこちらの生活も快適に過ごすことが出来ている。


 エインヘリアの城とこちらの環境……その隔絶した差を考えれば、プレアの働きは本当にすさまじいものと言えるだろう。


 施設や物資の充実していたエインヘリアに居た頃も、メイドの子達には感謝していたし、その働きっぷりが凄まじいものだと理解していたつもりだったけど……こうして色々足りていない地に飛ばされたことで、メイドの子達が俺達の生活をどれほど支えてくれていたのか改めて理解しました


 こちらで快適に過ごせていると思えてしまうレベルで向こうでも頑張ってくれていたのだろう。


 うーん、メイドの子達にもご褒美を……うっ……。


 さ、さぁ!


 会議だ!


 キリク達が迎えに来る前にオロ神聖国ぶっつぶすぞぅ!

 

 物凄く気合を入れながら会議室の扉を開くと、ランカークとエリストンが驚いたようにこちらを向く。


 ……勢いよく開け過ぎた?

 

「おやおや、陛下。気合を入れ過ぎでは?」


 注目を浴びた俺が足早に自分の席に向かい腰を下ろすと、にやにやしながらレイフォンが声をかけて来る。


 揚げ足取りや皮肉の大好きなじーさんだが、その在り方とは裏腹に非常に優秀な文官で他の者達からの信頼も厚い。


「くくっ……そういうつもりはない。だが、ようやく連中も本格的に準備を始めてくれたようだぞ?」


「聖地に知らせが届いたと?」


「あぁ、やっと正式に届いた。まぁ、教皇やその親戚の貴族はかなり早い段階……俺達が宣戦布告をした日には情報を得ていたようだがな」


「それは……例の?」


「あぁ」


 例の……なんだっけ?


 スルラのなんとか……。


「ふぅ……気の毒になりますね。教皇がオロ神教の誰にも教える事の無かった諜報機関『スルラの影』。教皇にとっての切り札……秘中の秘である連中が、既に把握されているどころか、こちらに寝返っているとは……」


 レヴィアナが何とも言い難い表情で言うが……そうそう、影だったな。


 適当にスルラの闇とか言わなくて良かった。


「くくっ……秘中の秘なんてものはバレた時点で切り札でも何でもない。対策されるのは当然だな」


「教皇が長年秘して来た切り札をあっさりと見破ってしまうのは……あまり当然とは言い難いような」


 治安維持部隊を任せているランカークが苦笑するような、若干引いているような……微妙な表情で言う。


「敵の耳目を奪うのは戦いの基本だ。わざわざ切り札が懐に飛び込んで来たんだぞ?美味しく頂くに越したことはないだろう?」


「それはそうなのですが……」


 それが出来れば苦労しない。


 そう言いたげなランカークだが……うん、俺もそう思うよ。


 ただ、うちの外務大臣は……相手の全てを丸裸にしちゃうんですよ。


 その上で俺がやりたいなと言った事を完璧に遂行してくれるわけで……いやぁ、非常識だよねぇ……エインヘリアでは普通だけど。


「絶対に信用出来ると思っている情報が、偽情報にすり替わっているんだ。もはや教皇はまともな対応は取れん……この戦いは宣戦布告を民に公布する前に終わっているわけだ」


「「……」」


 俺が皮肉気な笑みを浮かべながら言った言葉に、ランカークだけではなくレヴィアナやレイン、エリストン……それにレイフォンさえも顔色を悪くしている。


 この地にいる、真にエインヘリアの人間と言えるのは俺とウルル、プレアの三人だけ。


 たった三人……いや、ウルル一人でこの大陸最大の宗教勢力にして二大大国を完封している事実に衝撃を受けているのだろう。


 まぁ、この辺りの話は以前からしていたことだけど……口で説明するのと、現実にそれが起こってしまうのとでは受ける衝撃が違うのだろう。


 ここまで全てが俺の筋書き通り……何度も見て来たエインヘリアという理解出来ない在り方を叩きつけられ、恐れると同時に引いている……って感じだね。


「信頼していた情報源に裏切られる……正直これ以上に怖い事はないな。俺もウルルに頼り切りだからあまり偉そうには言えんが、本来情報ソースは一つに絞るべきではない」


「情報ですか……」


「誰しも情報が重要だと理解していると口にする。だがそれにも関わらず情報を扱う者達への対応があまりにも稚拙だし、情報を取り扱う事への危機感が足りない。その点、教皇は悪くなかったのだが……何十年にも渡って有利を取ってきたことによる慢心があったのだろうな。本来、こちらの情報を入手できなかった時点で、教皇はもう少し考えを巡らせるべきだった」


「「……」」


 肩を竦めてみせる俺を、尊敬よりも恐ろしいものを見るような目でみる会議の参加者。


 情報化社会に生きた記憶を持つ身として……情報の取り扱いの難しさ、そして情報を得ることの危険性、情報を得られなかった事への恐怖、この辺りは非常に身に染みている。


 だからこそ俺は、早い段階で外交官達に下部組織……外交官見習いを鍛えさせたし、外交官ルートとは別の……商人や犯罪組織を使った情報収集機関も作らせた。


 勿論情報はかき集めるだけじゃダメなんだけど……集めた情報を正しく使ってくれるキリク達がいるからね。


 真偽の判断やどう扱えば最大限有効に活用できるのか……俺如きでは絶対に不可能なそれを、優秀なブレーンが裁いてくれる……覇王はうんうんって頷いているだけで、大体上手くいってしまうわけだ。


 もし俺が教皇みたいな立場だったら……うん、そんな何十年も陰謀渦巻く宗教のトップに居続ける事は無理だっただろうね。


 『スルラの影』を使って他国のみならず自勢力の中も徹底的に監視。


 謀略を駆使してトップに君臨し続け、相当な高齢になるまで生き延びた……とんでもなく優秀な人物であることは疑いようもない。


 もしウルルがいない状態でこちらに飛ばされていたとしたら……オロ神教には手が出せなかったかもしれない。


 出来たとして……力押しくらいかな?


 無論、その後凄まじく面倒なことになっただろうね……大陸ごと焼き払うしかないレベルで。


「さて、教皇はこれからドルトロス大司教ともう一人……連中が儀式と称して始末した大司教を殉教者として発表する訳だが……」


 自分達で殺しておいて、ほんと良くやるよね。


「厚顔無恥も甚だしいやり方ですな。そもそも陛下を召喚したことに対する詫びとしてモルトロール大司教の首を斬っておいて殉教者とは、謁見の際に我々が少人数の者しか参加させていなかったことを上手く利用したと言ったところですな」


 笑みは浮かべながらも、明らかに軽蔑するような表情でレイフォンが吐き捨てるように言う。


「真実を知る者が敵国の上層部……片手で数えられる程度の人数だからな。再利用した所で文句は何処からも出ないわけだ」


 仮に俺達が真実を発表したとしても戯言だと切って捨て、より一層信徒たちの心に火をつけるように立ち回るだろう。


 やさしさの欠片もないリサイクルだな。


 モルトロールとかいう大司教も浮かばれないね。


「一応、ランティクス帝国の皇帝もその場面を見ていたのですがね」


「くくっ……アレはあくまで非公式だしな。ヤツも他国の謁見に忍び込んだとは公表できんだろ」


「それもそうですな。まぁ、陛下が誘った訳ですし、一概にもランティクス帝だけが悪いわけではありませんが」


 肩を竦めながら言うレイフォンに、俺も肩を竦めてみせる。


 皇帝は息子さんや娘さんの小言を恐れていたけど、俺は別にそういう無礼を働いたところで誰にも怒られないからね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る