第二部 第四章 始まりと終わりの我覇王

第115話 まだそこ!



View of ソルトン=リーフ=ハイゼル オロ神聖国 第一位階ハイゼル家当主






「では、エインヘリアはオロ神聖国に宣戦布告をしたと」


「はい、間違いありません。詳しくはドルトロス大司教猊下より報告がありますが、私は急ぎ知らせを届けるために先行して戻ってまいりました」


 ドルトロス大司教と共に使節団の一員としてエインヘリアに向かった司教が、使節団本隊より一足先に聖地に戻り、宣戦布告を受けたことを報告する。


 当然それ以前に早馬で連絡はあったし、教皇猊下に至っては早馬が到着するよりもかなり早くその情報を掴んでいたが……これによりオロ神聖国は正式にエインヘリアから宣戦布告を受けたという事になった。


「ご苦労様でした、司教。まずは旅の疲れを癒してきてください」


「ありがとうございます、オロ神の導きのあらんことを」


「オロ神の導きのあらんことを」


 聖句を口にした司教が部屋を出ていくと、教皇猊下はゆっくりと息を吐く。


「これでようやく正式に戦争の準備を始められますね」


「すぐに公布なさいますか?」


 私が問いかけると教皇猊下は首を振る。


 まぁ、そうだろうな。


 公布の際には同時に二人の大司教が殉教されたことも発表する必要がある。


 しかし、その情報はまだ聖地に届いてはいないのだから。


「もう間もなく国境から早馬が来るはずですし、公布はその後ですね。数日と言ったところですし、問題はないでしょう」


「畏まりました。準備は進めておきます」


「よろしくお願いします。ふぅ、しかし、ドルトロス大司教の持っていた帝国との繋がりが使えなくなったのは痛手ですね」


 困ったような表情を見せながら言う教皇猊下に私は頷く。


「そうですね。帝国方面の情報はともかく、影響力が落ちたことは否めません。後任となった司教ではまだ力不足のようですし」


「致し方ありません。ドルトロス大司教は非常に優秀な方でした。例え彼の地盤を継いだとしても、同じだけの働きを最初から求めるのはあまりにも酷というものです」


 優秀だからこそ、ドルトロス大司教は排斥されたわけだが……間違ってもそのようなことを口にするつもりはない。


「ようやくエインヘリアの情報もそれなりに質の良い物が手に入るようになりましたし、開戦の準備は整ったと見て良いでしょう」


「編成についてはどのように?以前、聖騎士四名でエインヘリアの侵攻軍を迎撃、一名をエインヘリアに攻め込ませるとおっしゃられていましたが……」


「えぇ、その辺りは内々に伝えてはあります。筆頭聖騎士ギラン、聖騎士ファロット、聖騎士バーラル、聖騎士ラランガの四名を迎撃に。そして攻めは……聖騎士ガルロンドに任せようと思っています」


「ガルロンド殿を!?」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、エインヘリアにとって最悪な名前を口にする教皇猊下。


 聖騎士ガルロンド……オロ神教に所属している聖騎士の中で、最も強く……そして最も危険な英雄。


 己が持つ暴を振るう事を愉悦とし、誰よりも多くの戦場に立ち、誰よりもオロ神教の敵を殺した聖騎士。


 そして……あまりにも残忍なその行いによって、聖騎士として表舞台に立つことを許されていない、オロ神教の切り札中の切り札とも言える人物。


「それは……大丈夫でしょうか?ガルロンド殿を他国に解き放つというのは……その地で信者を得る事が難しくなるのでは?」


「我々の力を最も分かりやすく知らしめてくれるのは、聖騎士ガルロンドを置いて他にはいないでしょう。それに……聖騎士ガルロンドは騎士団を率いて攻め込むわけではありませんので」


「……表向き、神聖国やオロ神教と関わりはないという事ですか」


 確かに聖騎士ガルロンドの力は他の聖騎士と比べても頭一つか二つは抜けている。


 エインヘリア王を四人で止めている間に、最強の暴力でエインヘリアを蹂躙……その情報が入ればエインヘリア王は退かざるを得ないだろう。


 更に表向きは聖騎士ガルロンドは神聖国やオロ神教と関わりが無いものとし……その行いは野盗か何かの仕業という事にする。


 当然相対するエインヘリア王にはバレるだろうが……我々が聖騎士ガルロンドの行いを隠したいのは民相手だから、エインヘリア王がどう思おうと関係ない。


 勝ってしまえば、どのような無茶も、非道な行いも正義となるのだから。


 最強の暴で相手を民ごと蹂躙することで、結果的に最小の犠牲で戦争を終わらせることが出来る……教皇猊下はそう考えているという事か。


 帝国……そして海の向こうのエインヘリアという存在を考えれば、短期決戦かつこちらに有利な条件で戦争を終わらせるには聖騎士ガルロンドを出すのは一つの手ではある。


 最善と呼ぶにはあまりにも苛烈な手だが……。


「聖騎士ガルロンドが劇薬であることは十分承知しております。ですが……報告を受けた感じ、彼以外ではエインヘリア王を止める事が出来る者はいないと考えます」


「四人の聖騎士でも足りないと……?」


「そうは言いませんが……聖騎士ギランはともかく、他の聖騎士が連携して事に当たってくれますかね?」


「それは……」


 確かに我の強い聖騎士達が相手を格上と認め、複数で戦う事を良しとするか……相手が強いと念押しすればするほど、個々人で戦おうとするのではないだろうか?


 となると、単体でエインヘリア王の相手が出来そうなのは聖騎士ガルロンドのみ。


 迎撃に……というか、国内の戦いで……味方の兵を率いて戦うというのは聖騎士ガルロンドにはまず無理だ。


 かと言って兵を連れて行かねば、エインヘリア王が聖騎士を抑え兵のみを進軍させた際に面倒なことになる。


 それならば聖騎士ガルロンドに攻めさせ、確実にエインヘリア王に迎撃にあたらせた方が良いということだろう。


「筆頭聖騎士ギランであればうまくバランスを取ってくれるでしょうし、守戦はお手の物ですからね。若手が多少暴走しても上手くフォローしてくれるでしょう」


「守りに関して不安はありません。他の聖騎士ならまだしも、ギラン殿を聖地から動かすとは思っていませんでしたが、筆頭聖騎士にして『聖地の守護者』と呼ばれるあの方でしたら、いくらエインヘリア王が規格外の英雄だとしても上手く抑え込んで下さるはずです」


「確かに筆頭聖騎士ギランを聖地から動かすことには抵抗がありますが、正直そんなことを言っていられる状況ではありませんからね。相手はたった一人……しかし、相当油断のならない相手です。最低限の備えは残し、最大戦力で挑むべきでしょう」


「それがギラン殿とガルロンド殿ですか」


 私の言葉に教皇猊下が頷く。


 筆頭騎士ギランは長年聖騎士としてオロ神聖国……いや、オロ神教を外敵から守ってきた。


 若い頃は他の聖騎士同様我の強い人物だったそうだが、正直今の姿から想像できない。


 オロ神への信仰心が非常に厚く、教皇への忠誠心は随一……正直、オロ神教の中枢に居ながらもそのように厚い信仰心と忠誠心を持つことが出来るのは……やはり英雄という存在は只人とは異なる世界が見えているのだろうな。


「他の三人が個人でエインヘリア王に挑もうとしても、上手くフォローして聖騎士がやられないように立ち回ってくれるようにお願いしてあります。防衛軍の役割はエインヘリア王を抑える事であって打倒することではありませんからね」


「そうやって抑えている間にガルロンド殿が攻める……」


「エインヘリアにおける教会の影響力が低下していなければ、聖騎士ガルロンドを使う必要はなかったのですがね。まぁ、エインヘリアは自らの首を絞めたということで納得してもらいましょう」


「……そうですね」


 教皇猊下は可能な限り力の差を見せつけるように勝とうとしている。


 それは底のしれないエインヘリアを恐れているということの裏返しなのかもしれない。


「防衛軍には可能な限り兵を出します。より多くの兵にエインヘリア王を抑える姿を見せ、戦意を高揚させる必要がありますしね」


「聖地と国境の守りは最低限にするという事でしょうか?」


「えぇ、それで構いません」


「……帝国は大丈夫でしょうか?」


「帝国は今回の戦争に連動して動くつもりはないようですね。一部の貴族が反発して独自に動く可能性はありますが、英雄さえ動かなければ一部の貴族が暴走したところで脅威たり得ません」


「帝国そのものが動かないのであれば、確かにおっしゃる通りですね」


 私はそう答えたが……ドルトロス大司教が管理していた帝国の情報を既に掌握している事に恐怖を禁じ得ない。


 いや、最初から誰よりも情報を握っているのは教皇猊下だったのだろう。


 ドルトロス大司教を排除したのも……帝国方面に影響力を強めていると同時に、排除したところで何も問題なかったから。


 エインヘリアは確かに得体の知れない恐ろしさがあるが、教皇猊下のそれは近くにいるからこそ……そして教皇自身が英雄などと言う規格外では無く、只人だからこそ……恐ろしかった。


「……今頃エインヘリア王も戦の準備で忙しいのでしょうね」


 まるでエインヘリア王の動きがその目で見ているかのように、教皇猊下は微笑みながら呟いた。






View of 忙しいエインヘリア王






 うーるるるるるるるるるるさん!?


「……んふふ」


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