第114話 さらにとある日の治安維持部隊・下



View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊中隊長 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター






「わ、私は……え、アリーシャ、アリーシャ=クレイントス」


 俺が途方に暮れていると、絞り出すように名前を言う少女。


「そうか、アリーシャ。とりあえず……お茶でも飲むか?」


 暖かいものを飲めば少しは落ち着いてくれる筈だ……自分の名前を言うくらいには落ち着いてきているみたいだし、悪い手ではない筈。


 俺は手早くお茶を淹れて……その間椅子に座り直そうとせず床に蹲っていた少女を椅子に座らせお茶を渡す。


 これで熱々のお茶をぶっかけられたら最悪だな……。


 つい先程火の玉をぶつけられたことを考えればあり得そうだが……そもそもこの少女に恨まれる覚えはない。


 こちらに赴任して来てから、そこまで大きな犯罪を取り締まった事もないしな。


「……何故こんなことをしたのか聞かせて貰えるか?」


「……」


 多少落ち着いて来た頃合いを見計らって尋ねた。


 少女は痛みに堪える様な、それでいて助けを求める様な……その年齢に似つかわしくない苦悩に満ちた表情を見せる。


 その様子に心当たりが出来た俺は言葉を重ねる、


「……因みにだが」


「……?」


「治安維持部隊の詰所……ここはこの街の本部にあたる場所だ。関係者以外は立ち入り禁止だし、外からの監視ではこの部屋の様子は見ることが出来ない。ここでアリーシャが何を話したとしても、誰にも漏れる事はないから、そのつもりでいてくれ」


「っ!?」


 俺の言葉に弾かれた様に顔を上げ、驚きの表情を見せるアリーシャ。


 やはりそういった感じか。


 誰が後ろにいるかは分からないが……恐らくこの街の治安維持部隊のトップである俺を害するように命令……もしくは脅迫されたといったところだろう。


 ソラキル地方でも小隊長や中隊長が狙われる事件は少なくなかったし……エルディオン地方でも治安維持部隊は狙われやすい位置にいる。


 ソラキル地方と違うのは犯罪組織だけでなく旧貴族や魔法使い達にも恨まれている点だな。


 しかし、彼女は魔法使い……元特権階級だったことを考えると、バックにいるのは犯罪組織ではなさそうだな。


 クレイントス家という貴族に聞き覚えはないから、恐らく平民出身の魔法使い……権力者とまでは行かなくても十分に優遇された存在だった筈だ。


「どうかな?先程の魔法についても……事情次第ではそれなりに厳罰も軽減されるだろうし、話してくれないだろうか?」


「……で……でも……」


 俺の言葉に顔を青褪めさせたまま体を震わせているアリーシャ。


 この様子……バックに居るのは権力者……いや、元権力者だろうな。


 平民にとって、決して抗える存在ではない純血の魔法使いと言われていた貴族達。


 エインヘリアでは何の意味も力も持たない身分制度だが、国の根幹だったその思想は一年やそこらで簡単に払拭できるものではない。


 だからこそ、この地の民は魔法使いに対して過剰に反応するのだ。


「俺達治安維持部隊はこの街の犯罪を取り締まり、罪なき民が平穏に暮らせる環境を作る事が仕事だ。もしアリーシャが助けを求めるのであれば、俺達は全力で君を助けると約束する。信じて貰えないか?」


「……」


 手が真っ白になるくらい強く握りしめ、必死に悩んでいる様子のアリーシャ……全てを話してしまいたい、しかし話すことが出来ない。


 それほど追い詰められている様子なのに口に出すことが出来ないとなると……そう言えば最初にこの子が泣きだした時の話は……。


「……口に出すのが怖いというのであれば、頷くか首を振るだけで良い。君が助けを求めることを怖がっているのは……ご両親が関係しているからかな?」


「っ!?」


 弾かれた様に俺の顔を見たアリーシャだったが、やがて目を強く瞑り怯えを見せながら小さく頷く。


 その様子は両親の事を恐れてという感じではなく、寧ろその身を案じているような色が見えた。


「……ご両親が、誰かに捕まった?」


「!?」


「……なるほど。それで君を脅して、治安維持部隊の中隊長を襲わせた」


「……」


 アリーシャは瞑っていた目から、涙をぼろぼろと零し俯く。


 頷いたように見えなくもないが、我慢できずに俯いたようにも見える。


 しかし、その様子は俺の予想が的外れなものではないと如実に物語っていた。


「となると……参ったな。流石にピンポイントで犯人を名指しするのは難しい……ん?」


 そういえば、アリーシャの家名は……。


「クレイントス……確かそんな名前の商会があったな。エルディオン時代は貴族向けに商売をやっていた商会だったか?確か資料が……」


 この街の商会関係の資料が棚にあった……筈なんだが、残念ながら顔を向けた先にあった棚は倒れ、中身がぐちゃぐちゃになっていた。


 さっきの魔法のせいだなぁ……流石に資料が無いとこれ以上の推測も不可能だ。


 俺は内心ため息をつきつつ、傍に落ちていたファイルを拾い上げ……どういう奇跡か分からないが、それは目当ての資料がファイルされているものだった。


 余りの都合の良さに驚きよりも何故か呆れのような感情が芽生えたが、俺は急ぎ先程思い出したクレイントス商会の情報を探す。


 高級志向の調度品や美術品を主に取り扱う商会で、数少ない国の外と直接取引を許された商会。


 旧エルディオンに置いてかなり力を持った貴族を複数出資者としており、平民の中でもかなり力を持った存在とも言える。


 これだけだと甘い汁を吸っていた商会といった感じだが……ここまでは表向きの話で実情はそうでもない。


 エルディオンでは基本的に輸出入に関して非常に厳しい制限があった。


 それ故、国外の商品を取り扱う都合の良い商人を貴族達は欲した……その一つがクレイントス商会だ。


 勿論ただ国外の商品を貴族の為にせっせと運んでいた訳ではない。


 取引金額からすれば微々たるものだが最低限の儲けは出ているし、平民の立ち上げた商会としては国内でも有数の商会だったのは間違いないだろう。


 経営自体は健全なものだが、貴族との繋がりが強かったことでエインヘリアによってエルディオンが併呑されて以降、業績は急降下……各地にあった支店は軒並み閉鎖、従業員も解雇され、元貴族達が買い取ることが出来なかった商品の維持費で首が回らなくなっていたようだ。


 その事を恨みに思って襲撃を仕掛けて来た……その可能性もあったかもしれないが、資料によると商会長であるクレイントスを始め、この一家はどちらかと言えばお人好しに分類される人柄だったようで、解雇した従業員に対してもかなり手厚い支援をしている。


 まぁ、その支援が一層自分達の首を絞めているようだが……とりあえずクレイントス商会に関してはそれくらいだな。


 それと……。


「セリヌ家かヘンディ家……出資していた元貴族でこの街にまだ残っているのはその二家だな」


 びくりと大きく身を震わせるアリーシャ……返事を聞く必要すらないな。


 後はどちらがやらかしているかだが……セリヌ家の方は、当主が強権を振るっている家で、その当主自身の評判もすこぶる悪い。


 特に非魔法使いへの対応は……まぁ、エルディオンの貴族としては普通かもしれないが、眉を顰める様なことを普通にやっていたようだ。


 しかし、エインヘリアに併呑されて以降は表向き大人しくしているし、時勢の読めない馬鹿という訳ではなさそうだ。


 ヘンディ家のほうは、当主は毒にも薬にもなりそうにないタイプだが……次期当主である長男がこれまた非常によろしくない人物のようだ。


 過去の行いを見る限り思慮の浅い人物のようだし、やらかしているとすればこちらか?


「……ヘンディ家か」


 流石にここは推測で突撃は出来ない。


 アリーシャから明確な答えを貰いたい所だが……。


「ギルワルド様が……治安維持部隊の中隊長を……殺してこいって……じゃないと……お父さんたちを……」


 可哀想なくらい身を震わせながら、絞り出すように言葉を続けるアリーシャ。


 ……十分だ。


「ギルワルド……ヘンディ家の長男だな。分かった、すぐに動こう」


 それにしても、直接アリーシャに殺害指示を出したか。


 予想以上に短慮な人物だな。


「誰か!来てくれ!」


「……いや、中隊長。泣いてる女の子の相手は……」


 げんなりした表情でアホな事を言う部下に俺は指示を飛ばす。


「仕事の時間だ。代官の所に先触れを出してくれ。それと二時間後に大捕り物だ。詳細は追って伝えるが、第四から第六小隊を動員する。あと誰か彼女の護衛に寄越してくれ」


「はっ!」


 一瞬で真剣な表情になった部下が敬礼をして足早に立ち去る。


「アリーシャ、君の家族は必ず救ってみせる。だから君はここで家族の帰りを待っていてくれ。ここに居れば君の身は安全だからな」


「……だ、大丈夫……ですか……?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔に脅えを張りつけたまま、アリーシャが尋ねて来る。


「大丈夫だ。誘拐に脅迫、殺人未遂……相当な重罪だし、ギルワルドが君の前に現れる事は二度とない。エインヘリアは犯罪者に相手の権力に関わらず毅然とした対応を取るしな。あぁ、君がもしギルワルドをぶん殴りたいというのであれば、一度くらいは顔を見る機会を上げてもいいかな?」


 アリーシャに笑いかけながら頭を撫でたあと、冗談めかしてそんなことを言っていたら良いタイミングで部下が部屋に入ってきた。


「……ろ、ロリコ」


「後は頼んだぞ」


 部下が何かを呟いていたが、俺は後を任せて代官の所へ向かう。


 魔力収集装置を使って応援を呼ぶ必要がある。


 ギルワルドだけなら俺と部下だけで大丈夫だが、人質がいるとなると外交官見習いの手を借りた方が確実だからな。


 そんな風に俺は頭の中で算段をつけながら、本部を見張っていたギルワルドの手下らしき連中をとっ捕まえた。






 ヘンディ家に突入した俺達は護衛として雇われていたごろつきを薙ぎ倒し、ギルワルドを捕縛、同時に外交官見習いがアリーシャの家族を保護することに成功した。


 ソラキル地方で相手をしていた犯罪組織の連中と比べて、かなり歯ごたえの無い相手だったな。


 ギルワルド自身も魔法使いだが……詠唱する隙すら与えずに制圧したので苦労らしい苦労はなかった。


 屋敷の地下に囚われていたアリーシャの両親と弟も、多少の怪我と疲労はあったもののポーションを必要とする程のものでもなかったし、無事に保護することが出来たといっても過言ではないだろう。


 再会したアリーシャたちは人目も憚らず、泣いて再会を喜んでいた。


 それを見ていた部下達も心の底から嬉しそうにしていたし、逆にギルワルドたちへの対応は厳しいものになっていたな。


 まぁ、捕まえた後は俺達の仕事ではない。


 あとは司法の裁きに任せればよい……けして明るい未来は待っていないだろうが。


 そんな大捕り物から一週間ほどが経過した頃、アリーシャ達の一家が治安維持部隊の本部にやって来ていた。


「なるほど、商会を完全に畳んで別の地方に……」


「はい。ランディ殿に紹介して頂いた方のお陰で在庫の処分も出来ましたので……何から何まで本当にお世話になりました」


 アリーシャの父親が深々と頭を下げながら礼を口にするのを、俺は両手で止めるようにしながら首を振る。


「いえ、偶々そういった方面に強い知り合いがいたので声をかけてみただけです。感謝されるほどの事ではありません」


 そう。


 俺はイアスラにちょっと話をしただけで、礼を言うなら即座に動いた彼女の方が良いだろう。


「レキュル殿にも感謝しております。引っ越し後の仕事の面倒まで見て頂いておりますし……」


「彼女はやり手ですからね。長年エルディオンで輸入関係をしていた貴方の腕が欲しかったのでしょう」


「ははっ……そう言っていただけると面映ゆいですね」


「新天地でも頑張ってください」


 俺が手を差し出すと、アリーシャの父親は力強く握り返してくる。


 イアスラの下で働くとなったら色々と苦労はするだろうが……頑張って欲しいと思う。


 そんな事を思っていると、父親の傍に居たアリーシャが俺の前に出て来た。


「ちゅ、中隊長さん」


「アリーシャ……元気でな」


「う、うん……あの……本当に私……いいのかな?」


「奉仕活動はちゃんとこなしたんだ。それで罰は終わり……あとは家族と今まで通り、新しい土地で仲良く暮らしていって良いんだ」


「うん……」


 アリーシャは脅迫されていたことを勘案され、数日の奉仕活動のみを罰則とし、前科はつかず放免されている。


 本人的にはまだかなり罪の意識があるようだけど、事情が事情だ……今後は健やかに過ごして欲しいと思う。


 俺がそんなことを考えていると、何か言いたげにアリーシャが俺の前でもじもじしていた。


「……あ、あの……」


「ん?」


「……わ、私が大人になったら……」


 俯きながらそう口にしたアリーシャ。


 その姿を先程まで浮かべていた笑みを消して真顔で凝視しているアリーシャの父親と……興味津々といった様子でこちらを見ている部下達。


「……私が大人になったら……治安維持部隊に入れて下さい!」


 アリーシャが大きな声でそう言った瞬間……これ以上ないくらいに安堵した様子を見せるアリーシャの父親と、逆に物凄く緊張した表情になる部下達。


「……アリーシャ。君の決意は嬉しく思うが……俺はそれを決める事は出来ない。あと……ち、治安維持部隊は……あまり……お勧めしがたい……かな?」


 俺の言葉に疑問符を浮かべるアリーシャとその父親……しかし部下達は真剣な顔をしながら頷いていた。


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