第113話 さらにある日の治安維持部隊・中



View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊中隊長 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター






 詰所……いや、本部に戻った俺はローブの女の子に椅子を勧める。


 本部に到着してから女の子は警戒するようにあたりをきょろきょろと見渡していたが、とりあえず危険はないと判断したか、それとも諦めたのかは分からないが椅子に座わり、顔を隠していたフードを外す。


 ……やはりボロボロのフードに反し、髪を綺麗に整えているし、下に着ている服の仕立ても豪華なものではないがしっかりとしたものだ。


 どこからどう見ても訳アリだな。


 そんな事を思いつつも、俺は不信感を表に出さないように淡々と話を始める。


「ここは治安維持部隊の詰所だ。別に犯罪者としてここに連れてきたわけじゃないからそこは安心してくれ。俺はここで中隊長を任せられているランディだ」


 俺が名乗りつつ現状について軽く説明をすると、少女は驚いた様な表情を見せる。


 なんだかんだ言っても、結局問答無用で捕まるとでも思っていたのかもしれない。


 そう思ってしまうくらい、今のエルディオン地方では魔法使いへの当たりが強いしな。


「大人しく話をしてくれればすぐにでも解放しよう。商品の窃盗は……多分別に犯人がいるだろうし、傷害に関しては……まぁ、正当防衛でなんとかなるか?あとは……使おうとしていた魔法次第か……」


「……目晦まし」


「ん?」


「目晦まし用の魔法」


「ふむ。強い光を発生させるようなやつか?」


「……」


 俺の質問にコクリと頷く少女。


 本当にこの少女が目晦ましの魔法を放とうとしていたかは分からないが、先程のように大人二人に囲まれた状態で詠唱に時間のかかる攻撃魔法を使うのは難しいだろう。


 まぁ、この子が完全な素人だったらその選択もあり得るが……どちらにせよ魔法は不発だった訳だし、今となっては調べようがない。


「街中で周囲に影響が出る様な魔法の使用は原則禁止だ。それは知っていたか?」


 俺の問いに再び頷く少女。


「まぁ、大人二人に囲まれて無抵抗でいられる訳ないしな。今回は被害も出ていないし厳重注意という事で問題ないだろう。だが……」


「……」


 顔をこわばらせながらこちらを見ている少女に肩を竦めてみせる。


「この辺りの連中が、魔法に対して過剰に反応することは知っていただろう?」


「……」


「偶々俺達が通りかかったから良いものの、あのままだったらかなりマズい事になっていたぞ?それがわからないようなタイプにも見えないが……」


「……」


 歯を食いしばりながら悔し気に俯く少女。


 恐らく成人前だろうが……魔法を使うことが出来るということは一定水準以上の教育を受けているという事だ。


 そして、魔法大国と呼ばれていたエルディオンの事を考えれば、エインヘリア占領後……魔法使いにとって生き辛い土地となっている可能性にすぐに辿り着くはず。


 わざわざエルディオン地方以外に住んでいる魔法使いがこの地にやってくることは考えにくい……ならば、彼女は元々この地に住む魔法使いということになる。


 まぁ、彼女の事情に首を突っ込むつもりはないのだが……犯罪に巻き込まれている可能性もあるからな。


 治安維持部隊の方針として、成人していない子供を保護しないという訳にはいかないし……もう少し事情を聞くか。


「君は……あー、名前は?」


「……」


「見たところ、まだ君は成人していないだろう?こういった場合……保護者と少し話をしないといけないんだが」


「……保護者」


「御両親とか」


「両親……」


 そう呟いた女の子の目が潤み……あ、やばい……そう思った次の瞬間、少女の目から大粒の涙がぽろぽろと零れだした。


「あー、隊長が女の子泣かせてる!」


 タイミング悪く報告書を持ったであろう部下が部屋に入って来て声を上げる。


「おい、人聞きが悪い事を言うな」


 少女を部屋の奥に座らせて俺は入り口に対し背中を向けて座っていた為、背後から聞こえて来た声に俺は立ちあがり振り返りながら抗議の声を上げる。


「いやいや、どこからどう見ても事実ですよ」


「……よし、ここはお前に任せる。俺はダレンの応援に行く」


 ダレンとは先程まで一緒に居た部下だ。


 応援を送ると言って窃盗の調査を任せたが、詰所に戻った時誰も見当たらなかったので後回しになっていたのだ。


 まぁ、詰所に誰もいないという事はあり得ないから、少し席を外していただけなのだろうが……まぁ、それはどうでも良い。


 それよりも、ここはコイツに任せて俺はダレンの応援にもど……。


「隊長!後ろ!」


「!?」


 部下の声に反応した俺は、咄嗟に横に跳びながら前を向こうとして……直後至近距離で火の玉が弾けた!


「ぁぅ……っ!」


 間違いなく魔法……撃ったのは目の前に居た少女!


 弾けた炎を被っていた帽子で振り払うと、少女は魔法を放ったポーズのまま固まっている。


 自分で魔法を撃っておきながら、引き攣る様な悲鳴が彼女の方から聞こえてきた気もするが……。


「隊長!」


「問題ない!」


 部屋に踏み込んで来た部下を俺は手で制し、少女を刺激しないように声をかける。


「あー、いきなり魔法を放つのは、あまり良くないと思うぞ?」


「な、なんで……」


 先程以上にぼろぼろと涙を流しながら少女は疑問を口にするが……何に対してのなんで?だろうか?


「……話している相手に魔法を放つようなコミュニケーションの仕方は間違っていると思うぞ?」


 惚けたように俺が言うと、少女は先程にも増して涙を零しながらぎこちなく首を横に振る。


「……そ、そう、じゃ……」


 ……そうじゃないってところか。


 泣きじゃくり、言葉が上手く出せていないが……困ったな。


 これは一体どういう状況だ?


 窃盗の疑いを受けた少女を保護して詰所に連れ帰ったら、魔法をぶっ放された。


 そこまで追い詰める様な話はしていなかったと思うが……。


 攻撃性のある魔法の使用は厳罰に処される。


 子供といえど、それなりの刑罰になるはずだ……それを決めるのは俺ではないが。


 それはさて置き、話を聞かなければ……。


「魔法が効かない理由なら、治安維持部隊に支給されている装備のお陰だな」


 先程炎を振り払った帽子は『安全ヘルメット』という兜を参考に作られた帽子で、治安維持部隊の標準装備として採用されているものだ。


 元となっている『安全ヘルメット』程完璧な安全は望めないが、少なくとも素人に剣で斬りつけられても多少衝撃を受ける程度……らしい。


 何故そんなことまで知っているのかというと、装備品の支給時にドワーフの技術者が現れて、装備一つ一つに対して懇切丁寧に大興奮しながら教えてくれたからだ。


 当時はただの平隊員だったわけだし、何故わざわざ技術者が自ら装備の説明に来るのか最初は分からなかったが、説明が進むにつれて真面目にその説明を聞いておいて良かったと心底思った。


 支給されている装備……そのどれもがとんでもない性能を秘めていたからだ。


 流石に怖すぎて試したことはないが……劣化版と言われるこの帽子でさえ、素人の振り回す剣をいともたやすくはじき返すことが出来るし、魔法の直撃を受けたとしても先程のように無傷でやり過ごせる。


 どう見ても布で出来た帽子なんだが。


「俺達に個人が撃てるくらいの魔法は効かない……まぁ、詰所はその限りではないし、さっきの魔法で苦労して整理していた書類が悲惨なことになっているから、これ以上魔法は撃たないで欲しいのだが……まだ撃つか?その場合はこちらもそれなりの対応をしなければならないぞ?」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしている少女相手とあって、非常にやり難いのだが……そんな風に困っていると、少女は構えを解き顔を抑えその場に蹲ってしまった。


 やばい……どうしよう。


 こんな時彼女ならどうするだろうか……?


 俺はありとあらゆる意味で敵わない女性……イアスラの事を思い出す。


 何事も如才なくこなす彼女はこの地に居ないが、エルディオン地方に赴任した後もちょくちょくと会って……まぁ良い付き合いをしている。


 翌日の仕事が非常にしんどくなるが……一切文句はない。


 って、そうじゃない。


 彼女だったらこの子に対してどう話をするか……想像してみたが、上手く宥め話を聞きだす光景こそ思い浮かぶものの、肝心のやりとりの詳細が全く思い浮かばない。


 しかし、だからと言ってこのままというのは非常にマズい……あ、部下に頼んで子供の相手が得意な隊員を……そう思って振り返った俺の視線の先に、部下の姿は既になかった。


 ……いや、それはおかしくないか?


 怪我の一つもなかったとはいえ、上司が魔法攻撃を受けたんだぞ?


 何でその犯人と上司を二人きりにするんだ?


 いや、その犯人泣きじゃくっているけどさ……治安維持部隊員として泣いてる子供から逃げるのはどうなんだ?


 現在途方に暮れまくっている俺が言えたことではないが……。


「あーその、すまない。何と言ったらいいか……えっと、と、とりあえず……何があったか聞かせて欲しいんだが……あー、怒っていないから……泣き止んでくれないか?」


 いや、普通に無理だろ。


 自分でも泣いている子供に何を言っているんだとは思うが……何も思いつかないのだ。


 だ、誰か助けてくれ……。


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