第112話 さらにある日の治安維持部隊:上



 

View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊中隊長 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター






 エインヘリア王都にて治安維持部隊の中隊長に昇進する為の研修を、無事生きて終えることが出来た俺は中隊長に昇進……そのままエインヘリア・エルディオン地方へと任地を変えていた。


 以前の任地であったソラキル地方は、北側に存在する二つの小国の治安があまり良くない事もあり、国外の連中を相手にすることが多かった。


 しかしここエルディオン地方は違う。


 この地は外勢力による犯罪よりも、住民達の手による犯罪が多い。


 エインヘリアに組み込まれてから一番日の浅いエルディオン地方だが、この地に来るまでここがこれほど荒れた地だとは思わなかった。


 土地が荒れているという訳では無く、人心が荒れているという意味だ。


 エルディオンという国では厳格な身分制度があった。


 他の国のように貴族と平民という訳では無く、魔法を使えるか否か……重要視されるのはそこだったらしい。


 その中でも特に純血と呼ばれる貴族の魔法使いがヒエラルキーの上位だったようだ。


 エインヘリアに併合された時点で貴族は全て廃されているし、魔法使いを優遇した様々な政策は失効しているが、長年染みついた差別的な考え方はそう簡単に払拭出来るものではない。


 それは差別をする側の意識も差別を受ける側の意識も同じだ。


 差別をしていた側は、未だ自分達が特権階級にあると勘違いをして暴挙に出る。


 差別を受けていた側はそれが当然であると受け入れてしまう……もしくは、既に時代が変わったと認識して、逆に差別する側に回ろうとしたりする。


 魔法使いは特権を失っただけで、別に階級が逆転した訳ではないのだが……今までのうっぷん晴らしをしようとする連中は少なくない。


 そんな混沌とした有様となっているのが今のエルディオン地方だ。


 新米中隊長として赴任するには中々厳しい土地と言える。


 因みに小隊長は一つの詰所を取り仕切るのが仕事だが、中隊長になるとしきる範囲が一気に広がり最低でも集落一つ……場所によっては複数の街や村を取り仕切る事になる。


 一応上に大隊長という職はあるのだが、現時点ではエインヘリアの治安維持部隊の大隊長はほんの数人しかおらず、直接の上司という感じではない。


 中隊長に昇格する為の試験や研修でさえあの有様……大隊長になるためには一体どれほどの……研修地獄を思い出ししまい、凍り付きそうになった思考を強引に動かす。


 大隊長よりも寧ろ大将軍であるアランドール様とやり取りをする事の方が多いので、直接の上司と言われると恐れ多い事ではあるがアランドール様の顔が思い浮かぶ。


 大隊長がなぜそんなに少ないのかというと、昇進試験を突破出来た人物が殆どいないということらしいのだが……正直俺の知っている中隊長格は非常に優秀な人が多い……というかあの研修地獄を潜り抜けた猛者達なので、大隊長昇進試験がどれほど難しい試験なのかと戦々恐々としていたりする。


 俺が受けた中隊長への昇進試験や研修地獄についても口外は厳禁なので、恐らく大隊長の試験も同様の措置が取られている筈だ。


 まぁ、中隊長になったばかりの俺が大隊長への昇進なんか気にしても仕方ないのだが、偶然とはいえ陛下直々に採用して下さったことを考えると可能な限り上は目指したいとは考えている。


 どんな研修地獄にも耐えてみせる所存……だ。


 その為にも、日々の業務に手を抜くことは出来ない……いや、そうでなかったとしても手を抜くつもりは全く無いが。


 特に、エルディオン地方における治安維持部隊の忙しさはソラキル地方の比ではない。


 そんな場所で手を抜こうものなら、守るべき民はおろか、部下や自分の身も危うくなってしまうだろう。


 常在戦場とまでは言わないが、常に緊張感を持って仕事に望み……その上で部下に緊張を強いる様な空気を出すわけにはいかないのが辛いところだ。


 上司という立場になってはじめて分かる苦労というか……うん、自身の事さえ考えていれば良かった魔物ハンター時代では考えられない気の使い方だな。


 そう考えると、俺も随分と治安維持部隊……公務員として馴染んだと思う。


 魔物ハンターをやっていた頃は、組織に縛られて自由をなくすなんてまっぴらだと思っていたが、これはこれでやりがいがある。


 いや、自分の稼ぎの為に戦っていたあの頃よりも色々な意味で充実していると思う。


 あの頃も、金の為では無く魔物や野盗等に苦しめられている人達の為に戦っているつもりだったが……先立つものが無くては戦うこと自体出来なかったからな。


 結局困っている人達から報酬を貰わなくてはどうする事も出来なかった。


 しかし、治安維持部隊は違う。


 エインヘリアでは税を殆ど徴収していないにも拘らず、俺達は非常に高給取りだし、支給される装備も非常に高品質なものばかりだ。


 何より強大な組織と仲間の存在によって、個人では対処しようの無かった相手や自然災害相手にも立ち向かうことが出来る。


 その分書類仕事という、かつては無かった仕事はある……まぁ、想像していたよりも書類作業は簡単なものだったが……やはり現場仕事の方が色々と楽だな。


 中隊長になったことで現場に出て巡回をする時間は減ったが、全くしなくなったという訳ではない。


 というか、本部からは小隊長の頃と同様に、極力現場にも出るようにと言われている。


 なので、今日も何とか時間を捻出して部下と共に街に出ていた。


「中隊長、今日は何処をまわるんですか?」


「第五小隊の管轄が最近荒れているらしくてな、支援要請が出ている。何人か回したが、様子を見ておきたい」


 部下の質問に、俺は上がってきた書類を思い出しつつ答える。


「第五小隊っていうと……北東方面でしたっけ?」


「あぁ、旧貴族街と商業地区が繋がる通りのある所だな」


「あー」


 若干げんなりした表情で相槌を打つ部下。


 まぁ、その気持ちは良く分かるが……。


 この街で起こる面倒事の殆どが魔法使いと元貴族関係のものだからな。


 一概にも彼らが悪いとは言わないが……そんなことを考えた瞬間、通りの向こうから罵声が聞こえてくる。


「こいつ、魔法使いだ!」


 その叫びが耳に入った瞬間、俺達は間髪入れずに駆け出す。


「……早速ですね」


「そうみたいだな」


 まだ第五小隊の管轄区域に行く前だったのだが、騒ぎが起こった以上それを無視する治安維持部隊員はいない。


「口を塞げ!詠唱させるな!」


「っ!?はなっ……!!」


 走り出してすぐに騒いでいる複数の人物が見えて来る。


 二人の男と……もう一人はボロボロのローブを頭からかぶり顔は見えないが……恐らく子供か女だろう。


 羽交い絞めにされるように抑えつけられている手足はほっそりしていて、少なくとも成人男性には見えない。


 そんな人物を囲み抑えつけようとしている男達もごろつきと言った感じではなく、その辺の一般人と言った風体だ。


「いって!!コイツ噛みやがった!」


「布を嚙ませろ!」


「このっ!」


「そこまでにしろ!」


 部下がけたたましい音のなる笛を吹き、周囲の動きを一瞬止めてから制止の声を上げる。


 ざっと見た感じ、そこまで深刻な状況といった様子ではなさそうだ。


「ち、治安維持部隊か。丁度良かった!コイツが店の商品を盗んだんだ!」


「窃盗か……」


 件の人物を後ろから羽交い絞めにしていた男がこちらを見ながら叫ぶ。


 ローブの人物が逃げようと体を捩るように暴れているので、抑えるのに苦労しているようだが……とりあえず逃がさないように捕まえておくか。


 近づいた俺がローブの人物の二の腕を掴むと、より一層抵抗が激しくなったが、厳しい研修を受けている治安維持部隊員の手を振りほどくには圧倒的に筋肉が足りない。


「離して構わんぞ……お前も抵抗するな。とりあえず話を聞くだけだ」


 余り高圧的な言い方は好きではないが、治安維持部隊員は多少畏れられるくらいじゃないといざという時……例えば避難させたい時とかにこちらの指示を聞かなかったりされるからな。


「こ、コイツは魔法使いだ!見ろ!俺の手が!」


 そう言いながら怪我をした手を見せる別の男。


「……それは噛まれたのだろう?他人の口に手を突っ込めば十中八九そうなるに決まっている」


 魔法で攻撃されたとでも言いたげな男に、俺はため息交じりに告げる。


「い、いや、それは……コイツが魔法を使おうとしたんだ!」


「……だそうだが、物を盗んだのか?」


 俺がローブの人物に問いかけると、抵抗を止めたローブの人物は首を横に振る。


「嘘だ!」


「まぁ、落ち着け。そちらの話は聞いただろう?次はコイツの番だ」


 不満そうな男達からローブの人物に視線を戻す。


「では魔法を使おうとしたか?」


「……」


 俺の問いに、今度はコクリと頷くローブの人物。


 ……随分と素直な奴だ。


「……見たところ何かを隠している様子はなさそうだが、何を盗んだんだ?」


「軒先に置いていたうちの野菜だ!コイツが来るまでは間違いなくあったんだ!」


 ローブの人物を羽交い絞めにしていた男が、近くの店の前に置かれた箱を指差しながら言う。


 箱の上には野菜が綺麗に並べられていたが、一か所だけぽっかりと穴が開いていた。


「確かに野菜が無くなっているようにも見えるが……コイツがその野菜を持っている様には見えないぞ?」


 頭からローブを被っているとはいえ、体の前の部分は開いているし手も見えている。


 少なくともどこかに野菜を隠し持っている様には見えない。


「こ、コイツは魔法使いだろ!?魔法でどこかに隠したに違いない!」


 そう言って店主の男と残りの二人がローブの人物を睨む。


 いや……そんな便利な魔法はないだろ。


 まぁ、ある意味魔法を神聖視させられていたエルディオンの民らしい考え方ではある……魔法は何でも出来ると思っている旧エルディオンの民は少なくないしな。


 魔法を使えない民はちゃんとした教育を受けていない事が多いし、魔法についても正しく理解はしていない……ただ神聖視され、神格化されていた魔法に対する恐れと特権階級にあったことへの嫌悪だけが残っている。


 面倒な置き土産を残してくれたものだな。


 内心でため息をつきつつ、俺は男に告げる。


「分かった、その点も含めて治安維持部隊が責任を持って調べよう。だが、その為にも現場を調べる必要がある。構わないな?」


「え、えぇ。それは別に……」


 俺が淡々と受け答えをしたことで、男の方も若干落ち着いて来たのか気まずげな様子を見せて来る。


 この雰囲気だと、置いていた商品がなくなったというのは勘違いや虚言ではなさそうだが……その辺りは調査をすれば分かるだろう。


「俺は一度コイツを連れて詰所に戻る。人を寄越すから現場検証と聞きこみは任せて良いか?」


「了解しました」


 敬礼をしながら答える部下にその場を任せ、俺はローブの人物の腕を掴んだまま連れて行こうとするが……当然ながらその人物は抵抗を試みる。


 俺は少し掴んだ手に力を込め、痛みで一瞬動きの止まった人物の耳元に顔を近づける。


「魔法を使おうとしたのが事実なら、ここでその話をするのはあまり良くない。手荒な真似はしたくないから大人しくついて来て欲しい」


 俺がそう告げるとローブの人物は顔をこちらに向け……真っ直ぐこちらの目を見ながら頷く。


 ……女の子だったか。


 汚い感じのローブと違い、綺麗な顔と髪をした少女……なんとなく厄介事のような気がする。


 しかし放り出すわけにもいかず、俺は少女を詰所へと連れて行った。


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